ずっと、ということばが、如何に安易的で、如何に重くて、如何に呪縛性を伴うかを、やつは知らない。
ずっと一緒にいよう。
そのずっととは、いつまでなのか。
高校が終わるまでなのか、大学が終わるまでなのか。はたまた三十路に至るまで?まさか。
そんな先のずっとが、存在するはずがない。
俺は今まで、何度も各方面からずっとという言葉を貰ってきた。
ずっと仲間、ずっと恋人、ずっとメンバー、ずっと、ずっと。
そう、その紡がれた言葉たちは、ほんの数ヶ月で滅んでいった。
だので、ずっとなんて言葉がこの世で一番信じられないと思っている。
どうせいつか終わる縁なれば、ずっとなんてあやふやにせずにいつまで、なんて有限にしてもらった方が気が楽だ。
しかし、俺がそんな気持ちをいだいているなんて知る由もないこいつは、いとも容易くずっとという言葉を使いやがった。
「ずっとって、いつまでだ?」
俺が眉間にシワを寄せて問い掛けても、すんと澄ました顔で首を傾げてこういう。
「ずっとはずっとだ。それ以外に何がある?」
わかってない。
わかっていない。
俺の気持ちが爆発するまで、多分あと少しだろう。
ずっとなんてものはない。
そうキレるまで、あともう少し。
人間不信の僕のこころを、勝手に解そうとしないでほしい。
秋羽紅葉が、颯爽と俺の懐に潜り込む。
まるで猫のように、するんと自然に、だ。
誰かを頼るのも、誰かも信じるのも苦手な僕は、そんなプライベートゾーンに踏み込まれるのが嫌なはずなのに、どんなに引き離してもくっついてくるこの野郎。
紅葉は、名前に似合ったらオレンジのふわふわな髪の毛を僕の頬にぐりぐりと突きつけた。
それは鼻をかすって擽ったい。
でも、どうしてそこまでして僕の懐に入りたいのかはわからなかった。
「佐久浦は、どうしてそんなに独りなの?」
突然問われたその声に、よくも分からないひょんとした声がこぼれた。
独りのつもりはないし、独りになりたいわけでもない。
ただ、他人を信じることが怖くて、弱音を見せて頼るくらいなら1人で片付けたほうがマシだと、そう思うのだ。
だからそんなカンペキを求める僕に、次第に人もついてこなくなる。
いつの間にか、周りには誰も居なくなる。
いつもそうだった。
そんな感じで世界が終わる。
はずなのに。
「ねぇ、佐久浦のメアド教えてよ」
幾ら無視してもついてくる。
変に懐いてきた同級生の秋羽紅葉。
人懐っこい性格なのは知っていたが、いざそれが自分に降りかかるとなるとやはりかなりのしんどさを伴った。
こんなに長時間、誰かと居たことがない。
「俺、人間不信なんだ」
そんなことを言えば引いて、きっと居なくなるだろう。
そう思ったのに。
秋羽は笑ってこう言った。
「そうなんだ、よかった。僕は宇宙人でさ」
だから話が合うはずだ、なんて言われて、
はいそうですかと納得出来るわけもなく。
とはいえ思いもよらない発言に思わず笑みを零した。
ばれないように口元に手を添えてもバレるものはバレる。震える肩を抑えることは出来なかった。
「あ、本当なんだからな?」
「はいはい」
僕のこのクラスで、唯一会話できる存在は宇宙人。
これはこれでありなのかもしれないと、そう思った昼下がりなのだった。
爪を塗りました。
姉に借りた、紫色のツヤのあるマニキュア。
塗り立てのときこそ、自分の爪ではないようでドキドキして、キラキラしているムラサキに心を躍らせたの。
明日はこの素敵な爪を、お友達に見せるんだ、!
そう、思ったのに。
翌朝起きて見た私の爪は、自然にそぐわない色をして、私のどの部分よりも主張をしているように見えて、今すぐにでも落としてしまいたい恥ずかしい爪に思えてしまった。
でも、朝には爪に構っていられる時間なんてないから、そのまま仕事へ行くしかなかった。
職場では、爪をバレないように手をなるべく上げず、なるべくグーの形で目立たないようにした。
私にとってその爪は、最早コンプレックスでしかなかった。
誰も気づかないで欲しい。その一心だった。
「爪、綺麗ですね」
後輩くんが、気付いてしまった。
「へ?」
きっと顔も引き攣っているだろう。そんな私によく話し掛けれるものだわ。
その後も色のことや塗り方、色々な質問をされた。
私はこの爪を忘れたくて思い出したくもないのに何度もなんども掘り返されてイライラしかしなかった。何故私の爪には気付けて、このイライラには気づかないんだ、!
結局私は、家に帰った途端に姉の部屋から除光液を借り、全てを落として元の私に戻ったの。
少し桃色な爪、白でなぞられたライン。
これが本来の私だ。
爪からの強烈な違和感からの解放は、私の心を和らげた。
もう二度と爪なんか塗るもんか。
私はそう思いながら、そっと姉の部屋に除光液を戻したのだった。
ある日少年は、誰かの言葉で傷付いた。
暫く引きずり、少年は正しく日本語を使おうと学んだ。
ある日少年は、誰かを自分の正しい言葉で傷付けた。
辛そうに苦しむ誰かを見て、相手を思い遣る柔らかい言葉を使おうと意識した。
ある日少年は、誰かが誰かを罵声する声を聞いた。
なんて醜いんだろうと、その誰かを自分の反面教師にして、自分はそうなるまいと決意した。
ある日少年は、弱音を吐いて親友に心配を掛けてしまった。
心配することがどれだけ心を落ち着かせないものかを知っている少年は、申し訳なくなって弱音は吐くまいと決心した。
ある日少年は、弱音も吐かず罵声もせず、正しく柔らかな言葉で会話をしていると、怪しい、何か企んでいる。本性が見えないと次々に陰口を叩かれるようになった。
その日から少年は、言葉を発することをやめた。