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『白の皇国物語』から抜粋

(レクティファール様!)
 リリシアは柄を強く握り締め、〈皇剣〉をさらに深く突き刺す。
 それと同時に大きくなる叫び声に追い立てられるように、彼女は小さな身体でさらに刃を押し込んでいく。〈皇剣〉と候補者の合一が進まなければ、リリシアの預かる〈力〉とて意味を成さない。
 実際に身体の中に埋まっていくわけではないとはいえ、異物を挿入されることへの拒否反応が起きない訳ではない。
 融合率が一定の値を超えれば巫女姫の持つ力で〈皇剣〉を制御、安定化させることが出来るが、しかし、そこに至るまでの融合は候補者一人の手に掛かっていた。
〈レクティファール様! 頑張って下さい!〉
 聞こえているかも定かではない。
 それでも叫ばすにはいられなかった。
 あと少し、あと少しと〈皇剣〉を押し込み、溢れる血に顔を汚しながらリリシアは叫び続ける。
 あんなに優しく笑う人を、傷付けたくはない。
 だけど、この一度だけは自分が傷付いてでも成し遂げなくてはならない。
〈こんな儀式すぐに終わらせて一緒に出掛けましょうレクティファール様! 何も出来ないわたしですけど、お弁当ぐらい作れるようになります! あなたが隣に居てもいいと仰って下さるなら、いつまでもお支えします!〉
 どうしてそこまでこの青年に拘るのか、正直自分でもよく分からなかった。
 優しくしてくれたからなのか、巫女姫として自分を見なかったからなのか、考えても考えても答えが出ない。
(でも、一緒にいてみたい)
 大神殿の書庫には多くの書物があったけれど、目の見えないリリシアにはあまり縁のある場所ではなかった。
 或いは、仮にその書庫で彼女が文学を嗜んでいたとしたら、気付いたかもしれない。
 このとき、少女は青年に恋をしていた。
 それは〈皇剣〉の器たる青年に、彼女の中で多くを占める四界の力が引き寄せられた結果だ。
 歪められた恋心と言う者もいるだろう。紛い物と笑う者もいるだろう。だがそれでも、少女の恋は事実であり真実。
 歴代の巫女姫の中には、候補者と儀式以前に想いを交した者が居た。それはこのときのリリシアと同じ状況だったのかもしれない、しかし、その巫女姫は生涯その事実に気付かなかった。
 後に夫となった候補者と確かに幸せな日々を送ったからだ。
 リリシアが己の役割として皇王の隣に立つことを選ぶのか。 己の望みとして皇王の傍らに佇むことを願うのか。
 総ては、儀式が終わったあとのことだ。

『白の皇国物語』から抜粋

 彼女は躊躇いなく、目覚めた〈皇剣〉をレクティファールの右目に〈皇剣〉を突き立てた。
 魔法陣の外に弾き飛ばされるミレイディア。
 残されたのは、レクティファールとリリシアの二人のみ。

『白の皇国物語』から抜粋

 立ち向かうは世界最強の兵器

 嘗て大地を砕き、海を割り、天を穿った概念兵器。

 それはまだ目を覚まさず、ミレイディアの手にある。

その眼前に立ち、ちっぽけな剣を握りしめるレクティファール。

 やがて始まる儀式。魔法陣の光に包まれ、レクティファールはミレイディアの振るう〈皇剣〉を受ける。

 幾度も幾度も、そのたびに〈皇剣〉は目覚め、レクティファールにその存在を誇示する。

 吹き荒れる風の中で、ミレイディアは〈皇剣〉の目覚めを確信した。

東方プロジェクト

八雲 紫

『白の皇国物語』から抜粋

 多くの人は輝く宝珠に魅せられる。そして、同じく光輝の心にも惹かれるものだった。

 『欲望』と言うには浅く、『興味』と言うには深いその感情。

 自分には無い何かを求め、それを目の前にして湧き起こるもの。

 人は、或いはそれを『憧憬』と呼ぶのかもしれない。

「この子が巫女姫の役目を果たしてここから出られるか、これもあんた次第なんだ」

 巫女姫としての役目を果たすためにこれまでの人生を抛ってきた彼女に、レクティファールだけが新たな人生を与えられる。
 だが、リリシアが本当に望むのは新たな人生などではないのだろう。

〈姉さん、わたしは……姉さんと一緒に……〉

 そう、彼女は一人で神殿を出ることを望みはしない。

 離ればなれだった姉妹がこうもお互いを想い合っている。それは、供にいる時間や互いの抱く感情がその繋がり総てではないことの証拠ではないだろうか。

 ミレイディアは妹の頭を撫でると、優しげに微笑む。

「――リリシアが居なくなれば、あたしがここにいる理由も殆ど無くなるさ。お互い役目を果たしたら、どっか連れてって貰おうか。勿論、全部こいつ持ちでね」

 酷いな、そう思いながらも、いつかきっと実現させたいと願う。
 もしも実現できたらな、自分は自分を誇れるかもしれない。それはひどく楽しみだ。

「――そうなったとき、リリシアさんが望むならそうしましょうか」

 だから、約束しよう。
 小さな小さな約束を。
 あなたが微笑むのなら、それはきっと自分にとって幸福なことだから。

〈――わたしは……この神殿しか知りません。それでもよろしいのですか?〉

 困惑したように自分を見上げるリリシアに、レクティファールは笑って答えた。
 その柔らかな髪を撫でながら、頷いて。

「私も似たようなものだから、ミレイディアさんに色々案内してもらうとしましょうか……きっと楽しいですよ」

〈は、はい……! きっと!〉

 嬉しそうに笑うリリシアの姿に、ミレイディアも同じく嬉しそうな笑みを浮かべた。
 そしてそんな二人を見て、レクティファールも笑みを深める。
 これから命を懸ける青年の、心からの笑みだった。

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