コミュニケーションと会話と日本語

両親のことは馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、
今更ながら、こんなに馬鹿だったら
生きていくの大変だよなと思った。


今冷蔵庫に関して喧嘩しているところを見てたけど
ディスコミュニケーションが酷い。

母は
「食べ物の管理をちゃんとして」
「腐らせたり余らせたりしないで」
という主張がしたいんだけど

それを言語化するときに
「里芋が邪魔だから捨てて」
というアウトプットになる。
足りなすぎる。

父はそれを聞いて
「邪魔なら捨てればいい」(まだわかる)
「俺は冷蔵庫を使わなければいいんだろう」(?)
となる。

どっちも死ぬほど意味わかんないから
間に入って通訳してはみたけど、
一向に意思の疎通ができなそうだったから
あとはもう死ぬまで喧嘩しててください〜
ってなった。

無理だこれ。


塾講師をしていた頃のことを思い出した。

偏差値底辺グループの中学生たちが
明らかに意味の通っていない会話なのに
なぜか仲間内でコミュニケーションがとれていて
本当に驚いた。
それでいいのかって。

教育的な観点から見ると
それはよくないんだよね。

そのときはそれでいいし
以心伝心感もあって気持ちいいんだろうけど、

そのコミュニケーション術が通用しない人間と
コミュニケーションを取る必要が出てきたときに
彼らが苦労していなければいいなと思った。
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子どもが生まれて

親子関係の責任は
全て親にあるなと思うようになった。

ちびと私、そして彼が
今後関係を築いていくときに
できあがったものは良いも悪いも全て
私と彼の責任なんだと思う。


ひるがえって、
自分の親を尊敬できなかったり苦手だったり
はやく死んでほしいなんて
思ってしまうことがあるってことに
私は罪悪感を一切抱かなくていいんだと気づいた。

子どもが親を尊敬できないのは
子どもが悪いのではない。
親の問題だ。

私の親はその辺にいるような
ごく普通の人間で人並みに愛情をもって
育てられたんだろうなとは思うけど、

毒親でもなんでもない
その辺の人である自分の親を尊敬できないことに
多少の罪悪感をもって生きてきた。

でも、
論理展開が無茶苦茶な感情のままに怒られたり
約束を守ってもらえなかったり
父親の悪口を毎日母親から聞かされたり
ネガティブなことばかり言われたり

そういうことばかりしていては
尊敬できる方が難しいのだと
親の立場に自分を代入して思う。


私が父のことが嫌いなのは母のせいだ。
私は父のことをよく知らない。
父と2人で遊んだ記憶もほとんどない。
嫌うだけの情報がないのに嫌いなのは
毎日悪口を聞かされていたからだ。
呪いみたいなものだと思う。
本当に迷惑な話だ。

そしてまた困ったことに
その悪口が事実を多分に含んでいるから
私は父のことを好きになることは
今後ないんだと思う。


親が死んだら悲しいんだろうなと思う。
たぶん泣くんだろうなとは思う。

でもある種、清々した気分になると思う。

高齢の父母を見ていると
死んだときにそう思ったらどうしようと
漠然と不安だったけど
たとえそう思ってしまっても私は悪くないんだな。



私は子どもに尊敬や感謝を求めず
されたらラッキーくらいに生きていきたい。
私とあなたは別の人間だと教えていきたい。

とりあえず

彼は胃がんだったそうだ。
癌自体も小さくて、
ステージは低いからひとまず安心。

10年以内の死亡率が9割超えているから
すごく心配だけど、
治すしかないもんなぁ…。

ちびが父親のこと覚えてられるくらいまでは
お願いだから。

まだよくわからないけど

彼がガンかもしれない。
長くないかもしれないって。

覚悟してって言われた。

精密検査は木曜日。

仕事がしたいが疲れている

ここ数日予定が立て込んで外出ばかりしていたら
疲れてしまったらしくちび寝かしつけながら
うとうとしてしまった。

もうこんな時間。
何もしてない。

今日は母が家にいないから
夜少し作業進めようかな。
早寝して明日は早起きしたい。
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