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まって、むり、

元カノの家族が今同じ駅にいる。むり。
本人がいないのが地獄で仏。
本人以外勢揃いしてる。

当時からファンキーな母ちゃんだと思ってたけど
髪の毛ピンクになってて本気でビビった。
妹ちゃんが金髪になってる。どうした。

当時それなりに仲良くさせてもらってたから、
もし向こうが私を覚えていて
気付かれてしまったら本人に

サイカちゃん見たよ〜。
ベビーカー押してて結婚したんだねー!

とか報告されたら無理死ぬ。



って、
彼らを見て5秒くらい思ったんだけど。

冷静になって考えると、
何故本人に報告されたら無理死ぬって思うんだろう。
気まずいから会いたくないってのはそうとしても。


私の中で彼女のことは
思春期のトラウマみたいなもので
考えてもみればもう10年以上前の話だし、
本人も忘れているかもしれない。

いや、なにか忘れてほしいような
具体的な出来事があったわけでもないし、
なにが原因でこんなこじらせたのか
もはや私ももうあんまり覚えてない。

そもそも
父親と不仲で、バイブルは南条あやで
私の目の前で手首を切ったり
私に手首を切らせてみたり
雨の日に自殺未遂をしてしまうような
あんな危うくて生きづらそうな彼女が
あの後10年をサバイブ出来たのなら
それはたぶん素晴らしいことだ。

こうやって文字に起こしてみると
精神科に通ってたとはいえ
もしやお互いただの中二病だったのでは?
とも思うんだけど、
当時の彼女と当時の私が苦しかったというのも
事実だからな。
生きづらかったんだろうな。

たぶん人間関係があまり上手ではない両者が
ひどく共依存したりひどく嫌いになっただけの
よくあるたわいもない話なんだ。
互いの間にずっとあったのが彼女の精神病ってだけで。

当時私が全部悪いくらいに
思っていたような気もするけど
誰も悪くないというか
登場人物の全員が未熟なだけというか。



って頭は冷静になっても
やっぱり条件反射的に逃げるよね。
万が一話しかけられたら疲労する。

知人とご飯とご縁と徒然

昨日、知人とご飯を食べてきた。
親と同世代の女性で、
昨年までセレクトショップをやっていたけど
介護や売上減などで店を閉めたらしい。

知り合ったのは3〜4年前、
私が躁鬱ながら週2くらいで社会復帰しだした頃
躁状態でECショップを2ヶ月で立ち上げて
さあこれからどうしようかなってときに
昔の同僚が紹介してくれた。

私がECやってるときには
取扱ブランドも店舗においてもらったり、
彼女がイベントやりたいってときに
Web担当になったりしたので、
一緒に仕事をしたというほどではないけど
仕事の縁で繋がった人。


一昨年、私はバイトもやめ
税務上自営業者になり、
先輩から仕事をもらいながら
ひたすらスキルアップに邁進してて。

それまでのご縁を全部切る勢いだった。

地元の先輩たちからのお誘いも断り、
昔のバイト仲間の飲み会も
打ち合わせが入ったからと当日ドタキャンし、
ECのときの仕事関係者の扱いも雑になり、
友人から誘われても忙しいとかわし、
SNSもミュート機能やアカウント分けなどをして
古い友人たちが目に入らないようにしていた。

友人たちと付き合うことは無益で、
今の仕事に関係したり、
自分のスキルアップや独立に関係のない人間と
関わることを避けていた。

嫌々仕事をしているお勤め人の
仕事の愚痴とかを聞かされるのも嫌だったし
影響されることを恐れていた。


今考えれば、あれは精神的な山籠りで
自分で仕事をする上で
甘ったれた精神を叩き直してた。

仕事は楽しかったし、
仕事仲間と仕事の話をすることも
それ以外の話をすることも楽しかったけど。

そこ山籠りのおかげで、
妊娠したときに困った。
誰に何をどこまで報告したらいいか
わからなくなった。

古い知人は疎遠にしていたし、
仕事仲間に報告するというのも微妙な時期で、
関わっていた会社がいくつかあったけど、
各社大変な時期だった。

人事的なガタつきがあって従業員が離散したり、
赤字が膨らんで倒産寸前になったり、
私が籍を置いてた先輩の会社は
社長である先輩が逃げて倒産したし、
私は必然的に独立という名のもと放り出された。

文字にするとすごく大変だったみたいだけど、
私は契約書的には外注だし
責任取る立場にいなかったので、
何も大変なことはなかった。
積み上げてきたものが崩れて行くから笑ってしまったけど。

それより私が大変だったのは、
妊娠したのに自分で自分の食い扶持を稼ぐため
狩りに出なければならなくなったことと、
パートナーのやらかしによって
メタモアと険悪になったこと、
そうして数少ない身の周りの人間が
離散してしまったこと。


でもいざ産んで里帰りしてみたら、
古い友人知人がわんさか連絡をよこしてくれた。

私の体感だと3年くらい山籠りしてた感じで
めっちゃ疎遠になったつもりだったけど、
実際山籠りしていたのは1年ちょっとで
1年のブランクなんてそういう時期と流せる程度には
皆んな社会人だった。

昨日ご飯をしてきた知人女性も
出会いやご縁は必然と言っていて、
確かに人のご縁ってのは切れるときは切れるし、
切れないときは切れないんだなあと、
しみじみ思った。


私はいかにも「人を大切にする」タイプの
人間とは相容れなくて、
私も人脈があるような人間ではない。

裏切るようなことをする気はないけど
まめに連絡をしたり、
近況を親身に聞いてやったり、
そういうことに適性がない。

ビジネスで言えば、
名刺を大量に抱え込んで人脈!と言えるような
そういう人間ではないし、
名刺はスキャンしてゴミ箱行きにする。

人脈というのは
互いに利があって人脈になるのであって
集めたネームカードの数ことではないと
よく言われるけど、

プライベートでも
電話帳やラインの登録件数ではなくて
互いに利がある関係性があっての
ご縁なんだろう。


ひたすら徒然と書いてしまった。

心底軽蔑している

実家に帰ってわかったことは
私の両親は問題解決能力が著しく低く
主観と客観の区別がつかず
他人に説明する際に前提条件を説明せず
都合が悪いことは他人のせいにして
自己革新を怠り
お互いにいがみ合って
相互理解をする気もなければ
離婚や別居をする気もない
文句言いながら死んでいくだけの
ただのクズだってことを再認識しただけだった。

体は育ててもらったけど
それだけだな。


明日から保育園もはじまるし、
私も家にいる時間が短くなるから
少しはマシになるかな。

影響を受けたくないので口を聞きたくない。
なる早でこの家を出たい。
こんなところにいたら、仕事もできなくなるわ。

彼らを見ていると常々思う。
論理的思考と問題解決能力がないと不幸だ。
だから脳みそを鍛えることは重要だし
馬鹿に成り下がってはいけない。

なにもやりたくない

悲しすぎて身動きが取れない。
体が鬱のときに戻ってしまったみたいな感じ。

今日は晴れてるし、息子も機嫌がいい。
でも私の心身は最悪で、
花粉症が酷くてだるいし、
頭もお腹も痛いし、
パートナーは死ぬかもしれないし、
水子供養にも行けてない。

仕事も全然できなくて、
いろんなことを後回しにしている。
こんな調子で私はこれから息子を育てていけるんだろうか。

死にたいって思ってももう死ねない。
逃げ出したくても逃げられない。

つらすぎることは言語化できない

体調がどんどん悪くなる。
メンタルもじわじわとやられる。

手術台の下に設置されたあのゴミ箱みたいなビニール袋にあの子は入れられて棄てられたのだろうか。
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