失くしたものを数えた指先。
忘れることができない夕暮れ。
きみが歌う。

「大切なものを失くしたことがあるひとにだけ、この姿が見えるの。」
どこか、泣いているように見えるね。
「どうしてだと思う?」

忘れることのできない記憶を閉じ込めた、必要とされる部屋。
ティースプーンをくるくる回して、出口のない優しい香り。

ぼくの気持ちを分かってくれるのは、きみだけだよ。
「そんなことないよ。でも、北風はそう思わせたいんだろうね。きみひとりなら、簡単に連れ去ってしまえるもん。」

形のない指先。かつて足りないものを数えた、冷たい指先。鍵のかかった扉。

「北風にとっては、ひとりぼっちのときに見つけた答えのほうが、都合がいいもん。でもね、」
最後にコートを脱がせるのは、暖かな太陽なのだ、と。

大切なものを失くしたひとにだけ、きらきらひかる小さな木漏れ日。
泣いているように見えるのは、忘れられない記憶のせいだと思うな。
指と指の隙間からこぼれた、きらきらひかる光の粒。
ティースプーンでくるくる混ぜて、終わりのない、あの日の星空のような夜だ。


第51回テーマ スプーン一杯の狂気
#ヘキライ