嫌いなのに得意なことは、嘘をつくこと。
好きなのに、苦手なことは、誰かに頼ること、かなぁ。

「……って、ボクはそう答えたんだ。」

グレアムはそう言って、オレを見上げて微笑んだ。膝上から伝わる暖かな頭の体温と、触れた指先から伝わる黒髪のふわりとした感覚。その全てが夢のような心地がして、さらにそんな風に優しく微笑むものだから、オレはわけも分からずただ浮かれた気分になっていた。だから、グレアムが話す言葉の意味を汲むのに、そして返す言葉を探すために、オレはその言葉を何度も反芻しなくちゃならなかった。

「言葉にすると妙に気恥ずかしいというか、情けないというか、ね。それでね、ボクは……、こんな風に、彼の膝に頭を預けてね。彼がそうしろって言うからだよ。そしたら、彼、聴くんだ、『こういうのも、苦手なの?』って。誰かに、絆を感じている大切な誰かに、自分の体重を任せて眠ること。実際ボク、苦手だった。気恥ずかしいような情けないような。でも、暖かな気持ちになったんだ。それは素敵な気持ちだった。ぼくは、こんな暖かなーー春のような、暖かさが好きだよ。でも、得意じゃなくて、いつも自分から手放してしまう。冬が好きなんだと、思い込もうとする。だからいつも、どんなに暖かな場所にいても、お腹の中に冷たい塊を感じてしまうんだね。北極とか、南極とか、そういう、遠いところの冷たい氷を。」

グレアムの声は柔らかく、優しくオレの鼓膜を震わせた。グレアムの方からオレに膝枕をせがむだなんて、夢にしたってありえなさすぎて、心がふわふわしていたところで、それは自分より先に『彼』にしていたことなのだと知らされた。自分の知らないところでグレアムが誰かに心を開いていたことに対して、オレはちょっと嫉妬した。素直に言えば、めちゃくちゃ嫉妬した。オレの前では、独りで遠くにいこうとばかりするのにサ。でもいいよ、だって今日、お前は自分の方からオレに身体を預けにきたんだろ。頼まれてやるんじゃなくて。それは、お前がオレを望んでるってことなんだろ?
それだけでいいよ。
それだけで、オレは、なんか十分、生きていけそうな気持ちになっちまうんだ。

「アンジーはあるの? 好きなのに、苦手なこと。」

名前を呼ばれて、問いかけられて、オレはようやく飛んでいきそうな思考を整理した。好きなのに、苦手なこと。お前を守ることだよ、と真っ先に思った。さすがにそのまま口にはできなかったけれど。

「そうだなァ……、未来を信じることかな。未来の、約束をすること。」
「未来?」
「オレはいつも、目先のことしか考えらんねェから。」

臆病なんだよ、オレは。
生きていればいつか明るい未来があるなんて、オレだって信じてない。
だから、引き止めることが、間違いなんじゃないかって、何度も思うんだ。
でも、ほんとうは、どこまでも先を、光の差す道の先を、お前と行けたらどんなに素敵だろうと思ってるよ。

「じゃあ、きみは夢を持たなきゃね、アンジー。きみは器用だから、どんな未来が来ても上手くやってけそうだけど、きみだって未来を選ぶ権利があるわけだからさ。どうせ選ぶなら、楽しい未来の方がいい。選びたい放題だよ、きみなら。」

グレアムはそう言って、グレアムの髪に触れていたオレの手に、上から優しく触れた。
いつだってそうだった、たった一つしか歳は違わないのに、お前はいつも兄貴面して、最後にはいつもオレを守ってくれた。

だからオレは、語気を強めて、グレアムに言葉を返す。伝わるように、届くように!

「お前もだよ、グレアム! お前も、楽しいことをたくさん見つけろよ。光の方に進むんだよ。そうすると自然と影は後ろの方に行って、もう自分を傷つけなくても良くなるんだ。オレはもう、引き止めることを恐れない。引き止めることが愛だということを、疑ったりしないんだ。なぁ、オレたちもっと、笑ったり泣いたりしようぜ。笑ったり泣いたり、していいんだ。ここは、傷付いてもひとりじゃない、安全な世界だって、バカみたいに信じてさ……」

夕暮れの赤い光が窓から差してきて、二人のいる部屋を暖かな色に染めていく。


「春みたいだ。」
柔らかな光の中で、零すようにグレアムが言った。
「……そうだね。」
オレはそう返して、光の中を見つめる。