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悠久のQuintet

「…………めろ」


拓馬にとって、その光景は見覚えがあるものだった。


「………や、めろ」


そう、彼の眼前に拡がる光景は―――


「やめろぉぉぉぉ!!!」


彼の心の闇を刺激した。





「――――たった一人の命で、世界は救える。だから、こうするのだよ」


「だ………ま、れぇぇ!」


 血が止まらない。身体が、生きているのが不思議な程に傷ついて、悲鳴をあげていた。


それでも、途切れかけた意識を繋ぎ止めて拓馬は立ち上がり、眼前の仮面を被る、最愛の少女をその手に抱く男を睨み付けた。


「だからって、命を、奪うだと?認め、られるか……!」


「――――実に、実に残念だ。君の様な男は嫌いではないのだが……こればかりは譲れぬよ。私にとて、譲れぬものがあるのだ……」


「や、やめろぉぉぉぉ!!!」


 拓馬は必死に駆け出し手を伸ばす。倒れかける身体に鞭を打ち、必死に。


だけど、その手は―――――――――





 意識が遠退いていくのが分かった。身体から力が抜けていくのが分かった。

その時アイリスは『死』を意識した。


(私は………死ぬ、のか)


不思議と恐怖はなかった。


(私は………取り返しのつかない事をしてしまった。叔父様を、止めるべきだった………私しか、止めれる人間はいなかったのに)


心に抱くのは後悔。叔父の狂気に染まった暴走に気付きながら自分は止めずに手伝った。


(私は、私は―――)


「アイリス、最期だから教えてやろう」


(………?)


 後悔の最中、自分の身体を貫いている叔父のセルゲイが嬉々として話しかけてきた。


「我が弟とその番――そう、お前が父、母と呼んでいたあの二人を含めて一族の殆どが死んだあの日の"事故"はな、私だよ」


(―――――!?)


瞬間、アイリスは耳を疑った。


「弟は錬金術師としての実力は私を――――いや、歴代の当主すら上回る程の才覚を持っていた。女はその気になれば災害クラスの大規模な精霊術をも行使出来た。あやつらは本物の天才でありながら古臭い風習を守り、常に凡人共の側に立つ………思い出すだけで下吐が出るよ――――」




「これか………!」


 薄暗い地下の研究室で男――かつてのセルゲイ――は紙に筆を走らせるのを止めて恐怖を感じさせる様な笑みを浮かべた。


今まであらゆる錬金術師が挑戦し、それでも尚、完成する事のなかった賢者の石の創造理論をほぼ独力で完成させた事に。しかし、その笑みも直ぐに凍りつく。


「理論はこれでいい。だがどうやってこれほどの生命エネルギーを手に入れるか、か。私の合成獣を全て使ったとて足りぬ……」


 凍りついた理由は賢者の石を創る為には莫大な生命エネルギーが必要だと分かったからだった。


(先人達もここで立ち止まったのだろうな………しかし、私は諦める訳には――――)


 思案している最中に錬金術で強化した研究室のドアが派手に吹き飛んだ。


それと同時に多くの人間―――身内の錬金術師―――が部屋へと入り込み、セルゲイを囲む様に様々な武器を構えていった。


緊迫した空気が部屋中に広がる中、セルゲイは狼狽した様子もなくある一人を見つめて冷たく言い放つ。


「何だ?グレイス」


「兄さん…………!」
その視線の先には現ヴィルボルフス家の当主であり、たった一人の弟であったグレイス・ヴィルボルフスがそこにいた。

悠久のQuintet

「………と、これでおしまいっと」


 机の上に山積みにされた資料を見つめて少女は満足そうに頷いた。屋敷に踵を返して研究室に入った少女は指示された作業に移った。

――情報を与える事――

 この屋敷で行われていた錬金術の実験に関して詳細に綴られたレポートは未だ部屋中に散乱しているが"彼"が必要とするだろう今回の事件資料は少女自身が丁寧に纏めておいた。最後に資料の上に一通の手紙を乗せて少女の仕事は終わる。


(さ、後はあのお兄さんのお手並みを直に拝見しておくかな?)


 そう考えながら少女は年相応の子どもらしい笑顔を浮かべつつ研究室を出た。





「ァ……ァァ……」


 雪の上に尻餅をつく。呼吸がままならない。手にした若き肉体も、長年培ってきた知識も、新たに手にした力も、その全てを持ってしても眼前に立つ自分の半分も生きていないだろう男には通用しない。

確かに自分の持つ石の力は想定通り――否、現時点でも想定以上の力があると言うのに。


(まだ、足りない…………タリナイ!"輝石"ガイル!!)


結論に至ったものの今の状態――御巫の血統を継ぐモノが眼前にいる――ではどうしようもなかった。現状を打開する方法は一つ。そう、たった一つだけだった。





「グ、ガァァァ!」


 尻餅をついたセルゲイが獣の様な叫び声と共にこちらに向けた手から火球が放たれる。先程まで闘っていた女性―アイリスという名前だった―よりも威力、精霊の密度からすれば遥かに上回っているが拓馬に恐怖などなかった。

手にした日本刀を振るまでもなく、刀の切っ先を火球に向けて、切っ先に火球が触れた瞬間――――霧の様に火球は消えた。


「………やはり、敵わぬ、か」


 観念したかの様に膝を地につけたセルゲイに拓馬は答えた。


「そうだな…………あんたの精霊を使役する数はさっきまで俺が闘っていた……アイリス、だったか?まぁあんたの姪よりもあんた自身の方が多い。だがな、数の割に術の構築が雑すぎるんだよ。精霊達を纏めきれていない、だから結合の脆い場所に刺激を与えればいい……って訳だ」


「――――――あの速さ、あの熱量を前にしてそんな芸当が可能とはな……それもミカナギの力……か?」


「………黙れ」


 セルゲイは確かに錬金術において、不完全とはいえ機能する賢者の石を製造する程の実力者だろう。

だが、精霊術師として一流以上のアイリスを凌駕する程の使役量を持ちながらそれに見合わない、中級程度の術式を使用する所からして精霊術には不得手なのだろう。闘い始るとすぐに精霊術師としての戦闘技法も稚拙である事から拓馬は見切りをつけていた。


「言い忘れていたが、あんたの屋敷を中心に半径10kmを囲む様に協会の執行者の連中が待機してる。もう、終わりだよ」


「協会の犬共も来ていたか……これでは確かに終わりだな………」


「…………あんたの計画の要の石はどこにある?」


 拓馬はガックリと項垂れ、戦意を失ったセルゲイの胸ぐらを掴んで殺気を滲ませる眼で睨み付けた。


「お前の求める石ならばあの娘――「私が持っている!!」


二人の前に大型のキメラ――拓馬がこの地で最初に闘った――が降り立ち、その背から銀髪の女性、アイリスがセルゲイの言葉を遮って叫んだ。


「私が、叔父様から預かってる」


 アイリスはキメラから降りてゆっくりと二人の方へと歩みだした。


「……渡して、貰えるな?」


 セルゲイから手を離して立ち上がり、アイリスの前まで移動した拓馬は開口一番にそう告げた。


「………あぁ。これが、本当の"賢者の石"だ」


「…………この石については後で聞く事にする。だから今は話すといい……言いたい事、あるんだろ?」


「……すまない」


 アイリスはそう言いながら拓馬に石を手渡すとすぐにセルゲイの元に歩み寄り、立ち止まると同じように膝をついてゆっくりと話し始めた。


「叔父様、確かに私はヴィルボルフスの血を継いではいません。ですが、ヴィルボルフスの理念は、理解しているつもりです。『力は誰かの為に』。父様と母様は幼い頃から私にそう教えてくださいました……………」


「……………………………」


 セルゲイは何も答えない。ただ下を向いていた。アイリスは構わず言葉を続ける。


「もう、こんな事はやめましょう?家名より、もっと大事な事を、私達はいつの間にか忘れていた…………」


 言うべき事は言い終わった。アイリスは立ち上がり拓馬の方へと視線を移した。


「その石が叔父様の研究の集大成、それに――――人々から、奪った生命エネルギーを注ぎ込んで初めて完全な賢者の石となる………」


 "人々"の所でアイリスは改めて自分達の犯した事に恐怖した。幾人もの命を、人生を奪ってまで"道具"を欲した自身の心に―――。


「エネルギーは屋敷………か?」


「あぁ、屋敷の地下の装置に保管してある。だが、その石はまだ調整が終わっていない。あれほどのエネルギーに対応は出来――――……?」


「それはもう必要ない物だ、欲しければくれてやろう―――」


「――――おじ、さま?」


アイリスも拓馬も、セルゲイに気付かなかった。


「時間だ、これで―――――」


「――――コフッ」


滴り落ちる血液は、アイリスの口とセルゲイの指先から流れ出て。


「見るがいい、ミカナギよ。"輝石"の完成だ……………!!!」


背後から彼女の胸元を貫いたセルゲイの手には、彼女の血に濡れた紅い石が、しっかりと握られていた。

悠久のQuintet

「―――え、は?」

 セルゲイは自分の腕が足元に落ちているのを見てもまだ信じられない。

「な………んだ………?」

 感覚がまだあった、脳がまだ腕は着いていると信号を送っている。

(コレハ、ワタシノ?)

 それでも、体の肩口と足元の腕の付け根から滴る赤い液体は止まる事はなかった。そして今の自分の状況を把握したセルゲイは………

「――――――――――――!!!」

 およそ人から出るとは思えない叫び声をあげた。



「ん……ここ、は………あれ?何で……。」

 目を覚ましたアイリスが最初に見たのは拓馬との闘いで負傷したキメラだった。アイリスが起きた事に気が付いたキメラはアイリスの体を包んでいた翼を一旦広げアイリスの頬に頭を刷り寄せ始めた。

「そうか、もう大丈夫みたい……良かった。」

 キメラの行動に微笑んだアイリスはキメラの頭を撫でる。するとキメラは気持ち良さそうに目を細めた。

(また……助けられた……?)

 叔父から攻撃を受けた事、それを助けてくれたのは他ならない拓馬だった事をアイリスは思い出した。

「そういえば……私の結界の上から別の結界が………。」

 ふと視線を外して自分の周りを見ると自分が構成した翡翠の結界の上から白い光を灯した別の結界が構成されていた事に気付いた。アイリスが手を触れると彼女が起きたのを確認したかの様に消滅した。

(防御結界?凄く構成が細かかった……これも、あの男が……?何故――)

「――――――――――――!!!」

「これ……………まさかっ!?」

 考えれば考える程、拓馬に対する疑問は深まっていくだけだった。その事を考えている時に、遠くから獣の様な叫び声が耳に届いた。

 その声が叔父であるセルゲイのものだと気付くのに時間がかかった。身近だからこそ、叔父の声だと気付けなかった。

「行かなくては―――え?」

 声のした方向に向かおうとしたアイリスの前にキメラが体を低く落としてこちらを見ていた。

「………ありがとう、お願い!」

 その意味を察したアイリスはキメラの背に乗るとキメラは咆哮をあげると翼を羽ばたかせ空へと舞い上がった。



「……時間だな。」

 拓馬は頭にかかっていた雪を左手で払いながらゆっくりとした動作で右手に握った刀の切っ先をセルゲイに向けてこう言った。その言葉を聴いた瞬間、セルゲイは意識から何かが抜け落ちたかの様な感覚を感じとった。

「な、何がだ――――っ?」

 すかさず拓馬に反論しようとしたセルゲイはそこで硬直した。

「拳に力が入る……?う、腕がっ!?」

 視線を拓馬から自分の下方へと移動させる。そこには失った筈の両腕が、先程拓馬によって斬り落とされた筈の両腕があった。

「な、何故―――」

「御巫の一族、その血に刻まれた力の一端………今のは相手に絶望のイメージを刷り込ませた訳だ。まぁ、あんたは御巫の事を少しは知ってるみたいだから………"魔眼"って言えばあんたには分かるか?」

「ほ、本当にっ……ミ、ミカナギ!!」

 セルゲイの疑問を遮って拓馬は自らの力について告げた。その言葉を聴いた途端、セルゲイは―――今度は隠せない程の―――恐怖から全身を震わせるしかなかった。

悠久のQuintet

「ミカナギ………だと!?」

「あぁ、ご推察の通り。俺は御巫の牙だぜ?最後のな……。」

 目を見開き、驚愕の表情を浮かべるセルゲイに拓馬はあっさりと答えた。皮肉めいた表情を浮かべながらもその瞳に涙を薄く溜めながら。それに気が付いたのは真正面から対峙しているセルゲイではなく既に傍観者となり、隣にいたアイリスだった。

(ミカナギ……一体何なんだ?叔父様のあの驚き様は今まで見た事がない……。)

「……ん?何だ?」

 拓馬はセルゲイに注意を払いながらもジッと自分の顔を覗き込んでくるアイリスを不思議に思い小声で質問した。

「い、いや、何でもない………って!」

 アイリスは慌てて否定しようとしたがそれ以前にいつの間にか先程まで闘っていたはずの相手に守られる様に立たれていた事に今更ながら気が付いた。

「少し離れてろ。只でさえ疲労が激しい時にあの腕で首を絞められたんだ、まだ立っている事も辛いだろう?」

「あ、あぁ………じゃなくって!私はお前の敵―――」

 話の途中でゴゥ、という音と炎の精霊が集まるのを感じたアイリスはセルゲイの方を向いた。その時既に目前までセルゲイの放った火球が迫りつつあった。

(私もろとも……!?しまった、防御が間に合わな―――)

 爆炎があがる中、アイリスの思考はそこで中断を余儀なくされた。



「フフ………よりにもミカナギを名乗るとは……一族全員が世界中の魔術師を敵に回し、生命だけでなく存在そのものを滅ぼされたのは私程でなくとも裏の話を知る事だと言うに……。」

 火球を放った後、セルゲイの前に立っていたものは何もなかった。その威力に内心驚きながらも未だに自分の手の中で精霊達が暴れているのを感じとっていた。

「しかしこの力、あの"人形"よりも精霊を支配出来るとは………研究の副産物で生まれた技術にしては素晴らしい!これならば、"奴ら"の協力など―――」

「奴ら?ほう、興味深いな。誰の事か教えてもらおうか?」

「な……何故!?」

 そんな時にふと後ろから声をかけられた。振り返るとそこには先程自分が消した筈の拓馬が、気を失ったらしいアイリスを両手で抱えて立っていた。

「まぁ、その件は後回しだ。その前に答えろ……何故俺だけでなくこの子も巻き込んだ?」

 拓馬の瞳にははっきりとした怒りがあった。殺気を更に研ぎ澄ませたその瞳にセルゲイは自分でも気が付かないまま足を震わせた。

(私が……恐怖を!?………馬鹿な!)

 そこで初めて足を震わせている事にやっと気が付いたセルゲイは言い様のない恐怖に気が付かないふりをして拓馬に答えた。

「フン、精霊術に関しては私が手解きをしてやったとは言っても所詮は愚か者の兄が作り上げた人形よ!我が名誉あるヴィルボルフスの血も繋がらぬ小娘一人が消えた所で我が計画には最早関係ない!!」

「………そうか。この子が気を失っていて良かったよ。そんな言葉を聴かせられて良い筈がない。それに………」

「き、消えた!?そんな……精霊達が感知出来ていないだと!?」

 その瞬間、拓馬とアイリスはセルゲイの目の前から消えた。



「グルルルル……!」

「そう怖い顔をするな。お前の命の恩人を連れて来ただけだ。」

 拓馬は気を失ったアイリスを闘いの場所から少し離れた、最初に闘っていたキメラの体に寄り添わせた。キメラは自分の翼でアイリスを包んで暖めようとしている。

「ハァ……全く、急に大人しくなりやがって……。」

 キメラに対して溜め息をつく拓馬。キメラは闘いの傷(自分が負わせたものだが)がほぼ完治しているのか拓馬に襲いかかろうとしたがアイリスを見て大人しくなったのだった。

「最後の一枚………まぁいいか、"壁(ヘキ)"。」

 拓馬は渋る様子もなくコートのポケットから符を取り出してアイリスの張った回復結界の上から防御結界を重ねて張った。

「……これでひとまずは大丈夫だろ。じゃあな、しっかり守ってやれよ?」

 そう言って拓馬はキメラの前から姿を消した。



(逃げた………のか?)

 あまりにも急な事だった。自分は何もしていないのにいきなり人間が目の前から消える、セルゲイはそんな体験は初めてだった。

(精霊ですら感知出来んとは……まさか本当にミカナギの?いや、それこそあり得な――)

「待たせたな、あの子を安全な場所に連れて行っていた。」

 またも背後から声がかかる。それは紛れもなく拓馬だった。

「そんな事はどうでもいい………貴様、何者だ―――あ、え?」

 問い質すセルゲイは突如自分の身体が軽くなったかの様に感じた。

「だから言ったろ?俺は、御巫の牙だと。」

 気が付けば、さっきまであった自分の両腕が雪の上に転がっていた。

「御巫の牙の味、味わえよ……!」

悠久のQuintet

唐突に小説編っ(爆)






 目の前に白い外套を着こなす長身の初老の男がゆっくりとした足取りで現れた。

「セルゲイ・ヴィルボルフス、あんたか………今回の事件を引き起こした犯人は。」

 アイリスから瞬時に距離を取り、睨みながら刀を右手で握りセルゲイへと向ける。記憶の中に覚えのある顔、事件資料の中にあったヴィルボルフス家の最後の当主にして、既にこの世を去った筈の男の写真と似た顔がそこにあった。

 だが、セルゲイは男に刀を向けられているにも関わらず男をパッと見てすぐに無視し、アイリスへと視線を移す。その瞳には優しさの欠片も存在していなかった様に見えた。



 叔父の視線に気付いたアイリスは体を硬直させた。彼女は視線から感じる叔父の怒りを感じ取っていた。

「アイリス、何をしているんだ?それだけの力を持ちながら魔力が自身の1/10もないあの程度のゴミに負け、更に情けまでかけられるとは………我がヴィルボルフスの名に泥を塗った事、理解しているな?」

「も、申し訳ありません、叔父様……。」

 アイリスはセルゲイが一言一言に明確な怒りを込めて言い放つのを感じていた。そして――――

「………うっ!!」

 アイリスはセルゲイに殴り飛ばされた。年齢の割に体を鍛えているのが判るセルゲイの拳の威力が大きく柔らかい雪の上へとアイリスは倒れ込んだ。

「この馬鹿者がぁ!何をしておる!!役立たずめ、やはりフローレンスの血が流れる者は使えぬのだ!!」

 最早そこにいるのはアイリスの知る叔父ではなかった。以前から自分が訓練を失敗する度に現れる叔父の顔をした悪魔がそこにいた。

「……叔父様、聞きたい事が一つあります。あの石は普通の人々にも配ったのですか……?」

 恐怖が身体を支配していく中、アイリスはその恐怖を抑えながら叔父に問い質す。男との闘いで聞いた事がアイリスの恐怖を抑えつけていた。

「普通?普通の人間などいるものか!!子どもが死んで悲しい、いなくなった父と会いたい、もっと一緒にいたいぃぃ?そんな我が儘を言う人間が普通なものかぁぁぁ!!」

「――――そう、ですか………」

 もう充分だった。自分がどんな事をしていたのかを知るのには。

「……そこまでしなければいけないのですか?父様も母様も、そんな事を望んでまで家の再興など、ましてや生き返ろうなどと望みはしません!!」

「―――――。」

 この時、アイリスは初めて叔父に反抗した。

(許される事じゃない、そうですよね?父様、母様……)

 両親と過ごした日々は昨日の事の様に思い出せる。厳しい中にも優しさがあった父、暖かく愛してくれた母。実の子どもの様に愛情をくれた二人が、叔父のやる事を認める訳がなかった。

「叔父様、もうやめましょう?こんな事……叔父様?」

 呼びかけても返事のない叔父を見ると頭を下げてブツブツと何かを呟いていた。その姿はまるで何かに取り憑かれている様だった。

「お……叔父さ――ぐぅぅ!」

 その静けさが心配になり、肩に手をかけた刹那アイリスはセルゲイに両手で首を絞められ担がれた。

「役立たずめ……お前の様な出来損ないに弟達の何が分かるか!!我が家の没落を嘆くに決まっておろう!!」

「あぁ………ぅ……!」

 万力の様にアイリスの細い首を絞めつけるセルゲイの両手。本気で力を込めている証にその両手は筋肉が流動していた。

(く……、もう……意、識が……)

「ギャアアアア!!」

 アイリスが意識を失いかけたその時、セルゲイの悲鳴と共に首を絞めていた力が抜け落ちアイリスは雪の上に座りこんだ。

「ゴホッ、ゴホッ!……な、何が……?」

 意識が朦朧としている中、目に飛び込んでいたのは両腕を刀に刺し貫かれた叔父と、先程まで闘っていた黒衣の男が刀を握り締めていた姿だった。



「いい加減にしてもらおうか、セルゲイ。」

 突き刺した刀を上に振るう。腕を貫いていた刀は持ち主の意を理解しているかの如く、セルゲイの両腕の骨肉を斬り裂いた。

「ヒギィィィ!き、貴様ぁぁぁ!!」

 千切れかけた両腕からとめどなく血が流れ落ち、雪の上を転げ回りながら憤怒の感情を叩きつけてくるセルゲイに男は冷たく見下していた。だが、先程自分がされた様に無視しながらアイリスへと駆け寄った。

「……大丈夫か?」

「お前はっ……一体……?」

「俺か?俺は―――」

 言いかけた瞬間、持った刀を後ろに構え、アイリスを庇う様に立つ。その刀の先には傷の塞がったセルゲイが立ち尽くしていた。

「もう回復か、出鱈目な治癒能力だな……それも石の力か?」

 そんな男の質問を無視してセルゲイは怒りを露にする。

「何者だ、貴様はぁ……!」

「…御巫の牙、"御巫 拓馬"(ミカナギタクマ)だ。」

 そう名乗った男は先程までなかった殺気を纏っていた。
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