お話置き場
流花『好きと言って』11/19 20:07




「流川くんが好き。」





その日花道は洋平達と屋上で昼ごはんを食べた。
食い気のあとはやはり眠気で、このまま部活まで寝てるわ、と言った花道を残し洋平達は教室へと帰って行った。
花道はいつものお昼寝スポットに移動し、くわぁ〜と大きな欠伸を漏らすとごろんと冷たいコンクリートに寝転がった。
ちょうどその時午後一の授業開始のチャイムがなり、辺りは静けさにつつまれていった。こんだけ静かなら爆睡できるな、と目をつむり意識を手放そうとしていたとき、カチャっという音が聞こえた。
花道は遠い意識の中、その音を聞き、俺の他にもサボり魔が、ともう夢か現実かも解らない中ぼんやりそう思ったのだが。


入って来た人物の言葉に夢の中からまた現実に引き戻されることになる。


花道は流川と好きという二つの言葉に反応に目をあけた。


ルカワが好き?
そう言った声はか細い可愛らしい声で、花道はこっそりお昼寝スポットから声の方を覗いた。
そこには小柄でふんわりとした栗色の髪の女の子と、それに向かい合うようにのっそりと立つでかい黒。もとい流川。


女の子は俯き両手をきゅっと胸の前で握りしめている。緊張しているのだろう、少し震えて。


花道が女の子の前に立つ流川に視線を変えると、いつもながら無表情な顔で女の子を見下ろしていた。





「…わりーけど。」


長い沈黙の後、流川は目の前の女の子にぼそっと言った。
花道には沈黙が余りにも長く感じられて、ひょっとしてルカワ寝てんじゃねーのなんて思ったほどだ。
その間花道の心臓は飛び出そうなくらいドクンドクンと鳴って吐くかと思った。


花道が断りの言葉を発した流川にほっとしていたのもつかの間、次に飛び込んできた衝撃的な言葉に息が止まる。



「俺好きなやついるから。」



……………は?

えっ…今あのキツネ好きなやついる、つった?
花道は流川の言葉が一瞬理解できず、好きってどういう意味だっけとか、キツネにも人間の感情かあるのか、とか意味のわからないことをぐるぐる考えていたが、



「そうなんだ…。あの、もしよければどんな子か、聞いていい?」


問いかけたられた流川の次の言葉を聞くために集中した。


流川は少し迷ったように見えたが、暫くしてゆっくりと口を開いた。




「…すげーかわいくて、綺麗で、なんつーか、ほっとけねーやつ。」



そう答えた流川の顔はいつもの無表情とは違い少しだけ優しく見えた。



そんなに好きなのか、その子のこと…。
花道はその表情に胸がキュっとなる。



「そうなんだ…。私なんか叶わないな。その子は流川くんにそんなに思われて幸せだね。 」


女の子がふっきれたように笑って言ったが、反対に流川の表情は曇ったようだった。



「…そんなことねー。」


流川は悲しそうに呟いた。





ルカワが好きな子。すっげー可愛いんだろうな…きっとお似合いなんだ。


花道は二人が屋上から出て行ったあとも、何も考えるわけでもなくただぼーっと座っていた。気がつけば部活に行く時間。




部活に行っても昼の出来事がチラついて全然集中できない。しかも元凶である流川と同じ部なのだから集中できるわけないのだ。
そんな花道をリョータや三井は心配したが、なんでもねーと笑ってごまかした。




通常の練習が終わると花道はいつも居残りをする。それは流川も同じことで。二人の居残り練習はもう週間となっていた。
いつしか花道はそれを楽しみにするようになっていて。
でも今日はできれば一緒にいたくない。せっかく遅くまで練習するんだから、ちゃんと集中したいのだ。花道はできるだけ流川を意識せずに、背をむけてシュート練習をする。できるだけ流川を見ないように。


しかし、


「どあほう、手がまがってる。」


花道が背を向けて無言なのにもかかわらず流川は気にせずいつものように口を出して来た。
いつもならそんなアドバイスに嬉しさを覚えながらも、ついケンカごしになってしまうのだが。
今日はそんな気起きない。
できればあんまり関わりたくない。



「おい、聞いてんのか、どあほう。」


いつもの反応が返ってこないからか、少し流川の声色はイライラしているようだ。


そんな流川に花道だってイラっとし、こういうときはやっぱダンクでスカっとしたい、と無言のまま走ってゴールまでおもいっきり飛んだ。


しかし、踏み切るタイミングを誤ったようでボールはリングには入らず、リング淵にぶつかった。
おもいきりつっこんでしまった花道はその反動で弾かれ、飛ばされる。


あ、やべーぶつかる。迫ってくる床に目をつぶった。落ちる。
だが来ると思った衝撃と痛みは、ない。
あれ?と目をあけると、花道の真下から声がした。


「いてー…」


流川が花道の下にいた。
てめー何やってんだ、またケガしてーんか、このどあほうが。
流川の声は低く怒っているようだったが、手はしっかりと俺の体を支えていた。


「…………」


「?おい、どあほう?」


流川が何も言わない花道の顔を覗き込み、びっくりしたように目を見開く。


「何、泣いてんだ、もしかして、どっか打ったか?いてーのか?」



そう言われて気付いた。花道の目からは生暖かい、涙がこぼれていた。

流川はらしくもなくオロオロする。


いてーのかって、俺よりてめーの方がいてーに決まってんだろ。かたい床とこんなでかいのに挟まれたんだからよ。
なのに俺のことなんか心配してバカじゃねーの。



なんだか胸がぐしゃぐしゃに潰されているような感覚に、なんともいえない気持ちになった。



「なん、っで、もぅ、俺のことなんか、ほっとけよ。もう、嫌なんだよ、」


「どあ、ほ?」


流川が手を伸ばして花道に触れようとしたが、それをするりと抜け走り出す。


「…おい!待て!」


流川が止めるのも無視し、花道はもう誰もいなくなった校舎の中を走りぬけた。
走って走って辿り着いたのは、あの屋上。あの告白を聞いた屋上だった。



ドアを開けると渇いた風が肌にあたる。
外はもう真っ暗で、屋上から見える景色は昼間とは違い家の明かりで光っていた。
花道は大きく息を吸う。夢中で走ってきたから夜の冷たい空気が気持ちよかった。



「おいどあほう!!」


暫くして思いきりドアが開いたかと思うと、ぜーぜーと荒い息をした流川が飛び込んできた。



流川はすぐに何か言いたげに口をパクパクしたが、息が上がっていて言葉が出ないらしい。流川が呼吸を整える間、長い沈黙が続いた。


「てめーどういうつもりだ。」


やっと息が整った流川が言葉を発する。
だが、花道は何も返さず俯いた。
その態度にカチンときた流川はずいずいと歩み寄り、花道の両頬をつかんでぐいっと自分の方に向けた。


顔をあげられ流川と目が合うと、わなわなと震え、また涙が頬を伝う。


その涙を流川は親指で拭うと、


「何があった?」


できるだけ優しく問いかけた。


その優しい声色にまた涙を伝わせ、花道はゆっくりと話し出す。


「今日おめーがここで、告られてんの見ちまったんだ。」


流川は静かに話を聞く。


「んで、好きなやついるって断ってんの聞いた。」


「俺、それ聞いて、すげー苦しくなって、嫌な気持ちんなって、こんなの嫌で、こんな自分知らんかった。」



ぽたぽたとアスファルトにできるシミが濃くなっていって、もう押さえきれない言葉が溢れ出す。



「わかってんだ、こんなの、気持ち悪りーだけだって。俺だってこんなでっかい男なんかにこんな言われんの、ごめんだし。わかってんだちゃんと。だから言わねーつもりだった。やめるつもりだったんだ。なのに、てめーが、俺なんかに、こんなどうでもいいやつなんかに優しくすっから…」


拭っても拭ってもこぼれ続ける涙をどうにか止めたくて、花道ぐっと目を閉じた。


それまで花道の話しを黙って聞いていた流川が、はぁと大きくため息をついた。
そのため息に花道は大きくびくつく。
どうしよう、言ってしまった。嫌われる。


「てめーは俺がそんな優しいやつに見えんのかよ。」


だか、流川の言葉は花道が予想していたものとは違うものだった。



「俺はそんなどうでもいいやつにまで優しくするようなお人好しかよっつってる。」


流川が何を言っているのか理解できなかった。


「はっきり言っとくが、間違っても俺はそんなお人好しじゃねーよ。」


「えっ…」


「おめーに優しくすんのなんか下心あるに決まってんだろ、どあほう。」


「な、何言って…」


ここまで言ってわかんねーの、ほんとどあほうだな、と流川は花道の腕を引き、抱き締めた。


花道はわけも分からず流川の腕の中でじたばたする。
それを押さえ込むように、ぎゅっと抱く力を強められた。


何で抱き締めんだよ。だってだって好きなやつは……



「すげーかわいい子って言ってたじゃねーか…。」


「すげーかわいいよてめーは。」

くるくる表情かえて面白いし、と流川は少し笑った。


「でもでも、綺麗だっつってたろ!!」


「純粋。」


流川は即答する。


「…ほっとけねーのは?」

「おめーバカだからさ。俺が見てねーとすぐ無茶すっから。」


流川は抱き締めていた腕をはなし、花道を真っ直ぐ見つめた。


「俺がずっと見ててやる。」


流川の黒い瞳がすごく真剣で、花道はそれ以上何も言えなくなる。



「好きだ、桜木。」


そして先程よりもさらに強く抱き締めた。
花道はその力強さに苦しくなりながも、今度は流川の背中に自分の腕をまわす。


その腕がとても遠慮がちで、流川はふっと笑った。


「なっ、何笑ってやがんだ!!」


花道は恥ずかしくなり、流川の胸を押して離そうとする。


「ちょっ、もう離せって!!」


だが流川は離してやるつもりなどなくて。


「嫌だ。今度はおめーが気持ち言ったら離してやってもいいけど。」


少し意地悪を言ってみたのだ。
きっと恥ずかしくがりやの花道のこと。そう簡単に言ってくれるとは思えないから。


案の定顔を真っ赤にして、


「ば、バカかてめーは!!」


なんて、暴れ出している。


「言ってくれねーと、わかんねー。」


流川はわざと花道の耳元で呟いた。


それに花道が大きくびくっと奮え、湯気が出そうなくらい全身を赤くした。


あー、やべー、我慢できねーかも……と流川が耳に唇を寄せたとき、


「……ルカワのことすげー好き。」


と小さく聞こえきたので、動きをピタッと止めた。


「お、おい、言ったんだから離せよな!!」


花道がまた暴れ出して、力が弱まったすきにするっと腕から抜け出した。


やった、と花道が流川の方に顔を向けると、そこには今まで誰も見たことがないだろう流川がいて。


「てめー、反則…」


顔を真っ赤にした流川が花道を睨んだ。


「かわいすぎんだろ、どあほう。」


流川が照れてるなんて。花道は自分の言葉にこんなに反応してくれる流川がすごく愛しくなって、でも恥ずかしくて、


「やべー、ルカワが真っ赤とか、マジうける!!」


照れ隠しのように笑った。


「うるせー、どあほう。」


流川もムッとしながらも、


「今日からてめーは俺の。」


と嬉しそうに笑って言った。






その日から二人は恋人同士。ラブラブ幸せいっぱいの生活が始まる、と思いきや。花道の異常な恥ずかしがりやのせいで、流川の苦悩生活の始まりとなったのだった。










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