Ag+の策略!

2010/06/21 11:04 :沖土
最愛に裏腹な人(沖土)





アンタが一番だと叫べたら、そりゃ清々しいだろう。
アンタにむけて、大空に向かって。


でも、そんなことしてもアンタを苦しめるだけなんだろう。
だってこの気持ちは真実であると同時に嘘にもなる。




裏腹に最愛のひと




目を開ければ、映るのは真っ白な天井。
ここは…。


(病院…か、)


しくじった、と思った。
と同時に安堵を覚えた。

俺はまだ死んでない。
まだ第一線で刀を振ることが出来る。
それに人を庇って作った傷だ、誉められることこそなくとも、自らの信念に基づいてのことなんだから自責するものではない。
それに、軽傷だ、と。

しかし、俺の安堵を追い払うようにふいに込み上げる焦燥感。
それが身体中に転移して俺は頭をかきむしって怒鳴った。


「山崎ィィィ!」


それから直ぐ、忠犬よろしく俺の病室に現れた山崎は何事かと慌てていた。


「意識戻ったんですね…!」


俺が呼んだ事なんて声でわかっていた筈だろうに、安心したように嘆息した。
けど、俺の苛立ちは募るばかりだった。


「俺は、ねィ…」


刺々しい声だと、自分でもわかっていた。
何もそこまでというような声だった。
案の定、山崎は少し表情をかたくして俺を見遣った。


「沖田隊長…、あの、」
「いい。聞きたかねェや。どうせあの野郎は戻ってきてもねぇんだろィ、」
「………、」
「お前の死にそうな顔見りゃ、わからァ、」


いや、嘘だ。俺はもっと早くからわかっていた。
コイツが来る前、自分自身が目を覚まして意識もしっかりしだした頃にはもうわかってた。
あの野郎、土方さんはまだ目を覚ましていないことが、わかってた。
生憎と以心伝心なんて甘ったるっこいもんじゃねぇけど。


(それに、俺が庇ったのは土方さんなんかじゃなくて近藤さんだった、)


ツキ、と短く鋭い痛みが走る。
これは怪我した痛みからなんかじゃねェ。
まして土方さんの意識がまだ戻ってないからでもねェ。

あの情に厚い俺らの大将である近藤さんへの罪悪感だ。
副長と一番隊切り込み隊長とが、二人揃って一気に目の前で怪我されたんだ。
それも自分庇って。


よく考えてみりゃ、今回の敵は元から手強くてキレた奴だったんだ。
それを土方さんは知っていた。
多分、今俺の目の前で突っ立ってるだけの山崎も。
そんで出来る限り犠牲を最小限に抑えるつもりで、今日の計画だったんだろう。


(それをぶち壊しちまったのが、俺、)


それに自己嫌悪を感じ、もう一つまた、要らない自己嫌悪を覚える。


「ちくしょ…っ、」


目を瞑れば、まざまざと蘇る、その瞬間。

確かに俺はほんの僅かな隙を狙われた近藤さんの元へ走った。
それに気付いた近藤さんも刀を構え敵を迎え撃とうと一歩踏み込んだ。

弾けるような声が響いたのはこの時だった。


「馬鹿野郎ッ…」


どん、鈍い衝撃。
俺は近藤さんもろとも突き飛ばされた。
地面に落ちた次の瞬間、轟くような破裂音。


「いッ…」


何かが刺さるような痛み。目眩がするほど、呼吸が苦しい。
近藤さんは、大丈夫だ。
ちょうど俺の下になって、倒れた時の掠り傷程度で済んでいる。

じゃあ、あの声の主は。
振り返るより早く、俺の真後ろに何かが落ちたような音がした。


「ぐあ、」
「ぎ、」


聞き慣れない男達の醜い声がした。
つまりは。


(取り敢えず、助かった…)


乱れたままの呼吸で後ろを見遣れば、死屍累々の中に立つ土方さん。
それが最後の残党だったらしい。

やっぱり。
なんだ、大丈夫なんじゃねェか。

何故か霞む視界の中で見た光景に安堵ともつかぬ感情を得た。
山崎が喚くまでは。


「副長、動かないで下さい…!」
「…ッ、」


すらりとした黒い体が地面に崩れた。


「土方さ…」


駆け寄ろうと慌てて立ち上がって、………そこから記憶がない。


「畜生ッ、」


腕に打たれた点滴を外そうと、上げた右手を掴まれた。
睨みあげた山崎の顔は思っていた以上に険しい。


「隊長も喰らったんでしょう。あれの破片から微量の毒が検出されました。ここは、耐えて下さい、」
「………」
「今更、副長の元に行ってどうしたいんです」


怒気を含んだ声音に情けなくも怯んでしまった。
その怒りが俺に向けられたわけでもない、悲しい怒りだったせいかもしれない。

震えるような空気を山崎は苦笑して、部屋を後にしようとする。
扉付近で振り返り、忠告のように言葉を一つ紡いだ。


「アンタが副長を想うなら、今は大人しくして、副長が目を覚ますまでにはこの部屋出られるようになっておいて下さいよ、」


集中治療室、と書かれたこの部屋を。
土方さんは。そう聞く間も与えずアイツは消えていった。


ああ、アンタ、俺を許してくれやすかね。
アホとしか言いようのねえこの俺を。
アンタ守ろうなんて、一ミリもしなかったこの俺を。
アンタを今、必死で思い起こすだけの、俺を。


(きっと、)


きっと、アンタは呆れるんだろう。
それでも苦笑ひとつで全ての苦しみを隠して、許してくれるだろうアンタを思うとまた視界が霞んだ。





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世話の焼けるふたり。


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