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なんでもない




信号が、青へかわる。じりじりと路上へ迫っていた学生たちが、それでもフライング気味に道路へ飛び出していく。ワンテンポもツーテンポも遅れてペダルを踏み込むと、春先にしてはまだ冷たい空気が頬を掠めて通り過ぎていく。
しばらく進むと、バスに追い抜かれた。

なぜ、
濃紺は黒と見分けがつかなくなってしまうのか。人の気配よりも圧倒的に人工光が多く、冷たくも眩しいのだろうか。人工に人の気配を感じるより自然に温もりを連想するのだろうか。自然と人工を相反するものととらえるのだろうか。世界や宇宙を連想するのだろうか。他人事のように思うのだろうか。客観と主観の境目はどこなんだろうか。思想に芸術性を求めるのだろうか。生や死にとらわれやすいのだろうか。呪術的な習わしを創造するのだろうか。

脇の蕎麦屋の照明が落ちた。一歩踏み出した小太りでピンクと白のふりふりな女が、信号の切り替わりに気付いて歩道に戻る。その横をニット帽の少年が自転車で抜けていく。車の往来はない。
指先が冷えているのを感じて、手を握ったり開いたりしてみる。数回では暖まらず、信号がかわってその動作はやめた。

あの子は今頃どうしているだろう。珍しく料理をしているようだった。やればできる女を演出するように、しかし使用感のない見た目にだけこだわったような整然としたキッチンをインスタグラムで撮ってフェイスブックに載せていた。それをツイッターでネタにされていてもあの子はきっと気にしない。ブスは嫉妬しかすることがないんだからそれくらい許してあげる、とでも思っているんだろうきっと。そうだろうと思ってもかわいいからしょうがない。許す。
傲慢な許容。
問題は唐突に料理を作り出した理由だ。彼氏でも家にくるのか。セフレかもしれない。もっと遠まわしでめんどくさい理由かもしれない。どうでもいい。
どんな料理をつくりどんな服でどんな顔でどんな風に出迎えてどんな流れでどんな話をして、そのまま疑問は夜の営みの詳細にまで向かうのに、妄想にしても思い描けなくて想像力の乏しさを憎んだ。
自分も立派な現代っ子なのかもしれない。

自転車を停めて、カツカツと狭い階段を上がり真っ暗な自宅へ帰る。
灯りもつけずにソファに寝転がると、冷えた指先に血が巡る感覚がした。じわじわじんじん、未だ冷たいはずの指先は熱を持ったかのように痺れる。
目を閉じて、その感覚を味わう。まぶたのうらに、家の前で見上げた濃紺に浮かぶ、鋭い三日月を見た。




      

ちゃんと、喜べる

    



荷物が片付かないんだ、とか、かぶって買い物をしてきてしまった、とか、家電の配線がふたりともできなくて、とか、文句ばかりの幸せそうな声を、電話口で聞く。
うん、うん、まじか、大変だな、やってけんのかよ、あはは。俺もそれに合わせるように、無駄に声のトーンが高くなる。

嬉しい、とか、応援したい、とか、嘘じゃあないんだ。幸せそうな新しい生活は、羨ましいほどで、親友とか言ってしまえる相手が、好きなひとと一緒にいられるようになることは、ちゃんと、喜べる。
だけど、俺は仕事だなんてごまかして、引っ越しの手伝いをすっぽかしてしまった。
なんか、行けねぇやって思ってしまったんだ、ふたりのとこに。
お互いを見ては幸せそうに笑うふたりのいる空間に、いられねえやって。思ってしまった。

あいつのことが好きだったんだ、思ったよりずっと。同性愛にとやかく思わないけど、恋愛とかそういうんじゃなくて、親友とか言えてしまうっていうのは思ったより想っているもんなんだと気付いた。
ただ、寂しいだけだ。
あの子はとてもいい子で、ふたりはすごく似合っていて、だから文句なんてちっともないんだけど、だけど、だからこそ、なんだか寂しくて、俺の居場所を見つけられなくて、それは本当に、本当に勝手な。

でも、ありがとな。

急に耳障りのいいトーンで、言う。

「なんか変に改まるのは気持ち悪いけどさ、お前いなきゃ続いてなかったし、いろいろ踏ん切りつかなかっただろうしさあ。お前がいてくれてよかったよ。まあまたいろいろ世話になるかもしんないけど、今度は俺が力んなれるように頑張んないとな!女は紹介とかできないけど」

カラカラ笑って、俺が何も言えないでいると、改めて、ありがとう、と聞こえた。
俺は不覚にもじわっときてしまって、誤魔化すように、ばーか!と笑った。
週末には、手土産を持って遊びに行こうと思った。
機械音痴で不器用なふたりの世話をしてやろう。美味い手料理に期待しよう。
そのうち、俺に大切なひとができるまで、きっと存分に邪魔をしてやる。





     

届かないから、叶わないんだろうか

    



届かないから、叶わないんだろうか。
叶えてくれないなら、優しくしないで、なんて強がりすら言えはしなくて、特別でも何でもない優しさに甘んじる。
健気、だなんてそんなキレイなものじゃなくて、とても狡い立ち位置。

「もう、ヤメにするよ」

あたしは精一杯明るい声で言ったんだ。

「もう、諦めるよ」

そんなこと、したくてできるもんじゃないこともわかっている。

「だから、気にしなくていいよ」

自分の、なんて幼稚なことだろう。気にしていてよ、にしか、聞こえない。薄っぺらな誓い。
震えそうになるのを必死に抑えた声は、気持ち悪いほどの空元気で、相手に見えないのをいいことに、こぼさないよう見開いた視界は限界まで滲んでゆく。

「うん」

耳元に、愛しい声が響く。

「ごめんな」

狡いのは、きっと、お互い様だ。
そのたった一言に、ぎゅっと心臓を掴まれたみたいに、息苦しい。
揺らいだ声が漏れそうで息を飲み込んだ瞬間に、音もなく感情が零れて、頬の冷たさがやけに現実味を感じさせた。




    

雨音の透き間

     


久しぶりに雨の降った日だった。二日ほど前に、少しだけうれしそうな顔をした雨猫の店主を思うと、相変わらずの的中率だと感心する。
リビングの壁に、新しく頂いたプリントを張り付ける。四隅がはがれることのないように、ほかの写真たちとのバランスを見ながら留める。ほかの写真も、それに合わせて位置を調節する。
レイアウトが決まり、コーヒーを淹れようとキッチンへと向かいかけたところで、雨粒のリズムにのるようにチャイムが鳴った。ソファで丸まっていた月宵が、片目を開けて玄関を見た。もうそろそろ、雨猫も開く時間だ。

「、アカ」

ドアを開けて目に飛び込んできたのは、髪にも肩にもスカートの裾にも頬にも雨粒を滴らせた、切ないほどまっすぐに僕を見る女の子の姿。赤色のボブの毛先が、ぺったりと頬に張り付いている。

「はやく、中へおいで」

茜が口を開きかけたときに、僕は先回りをして言葉を吐き出す。少し目を細めて僕を見上げた彼女は、きゅっと口元に力を込めて、何も言わずにドアのこちらへと進んだ。僕は、バスタオルを手渡してから、適当なシャツを探す。

「着替えておいで。緩いかもしれないズボンと、眺めのシャツどっちがいい」
「…しゃつ」
「ん。コーヒー飲む?」
「…あまいの」
「うん」

アカは、バスタオルを羽織って、だけどどこも拭きもしないまま、ぽたぽたと滴を垂らしながら、バスルームへと向かう。のろのろと、うつろ気というよりは必死に耐えるように、俯くことが負けになるかのように前を向いて。
僕は、つい足を止めてその様子を眺めてしまう。どうした、と、簡単に聞くもんじゃないだろうと思う。そうためらうほど、彼女が全身全霊で、だから僕はとてもいとおしくなる。アカい指先は、ぎゅっと握られていて確認することはできない。
どうしたものだろう。いつも笑っている子が、本当にいつも笑っているだなんてことは思わない。むしろ、こうしてどうしようもなくなってしまうまで、ギリギリまで、無理にでも笑ってしまうから困ってしまう。どうして、そんなに自分をすり減らす必要があるんだろうと何度も思うけれど、その答えだって知っている。そこまでしても大切にしたい何かや誰かがあるからだ。
足元にすり寄る月宵に急かされて、僕は洗ったばかりのシャツを手に、バスルームへと向かう。
アカは、呆然と洗面台の鏡の中の自分を見つめていた。雨ではもうごまかせない水滴が、頬をすべる。

「アカ」
「、つーくん」
「手、出してごらん」

思考がうまく回らないのか、呆然とした様子のまま、そろそろと手を出す。僕が差し出した右手に、彼女の左手が乗ると、僕はその冷え切った手をぎゅっと握った。細い指先。こっちの熱が奪われているような気にさえなる冷たさ。ただでさえ華奢な体から、ぬるい雨はそれでも熱を奪う。熱を、消し去りたかったのかもしれない、アカは。

「つーく、」

少しだけ、彼女の冷たさがやわらぐと、彼女は僕を呼びきれずにつぶやいた。どうにか持ちこたえていた堰きも溶けたように、ぼろぼろと涙が流れる。みるみるうちに、等身大の高校生に戻っていく。
今の今まで、まるで爪先立ちするみたいに、どこか危うくて妖艶な空気を持っていたのに。

「うん?」

僕は、彼女の頭をなでる。濡れた髪が、指にすこし絡まる。そのまま軽く引き寄せると、アカは崩れるように僕の肩に縋った。嗚咽の中に、少しずつ言葉が混じる。自分を責める言葉。一般的といわれる世の中に通用しない自分の気持ち。それでも、ただ一人だけには理解してほしいという願望と、それが叶わない現実。

「どうして、とてもとてもすきなのに、どうして、伝えられもしないんだろう、どうして、すきなんだろう、こんなに、すきなのに」

嗚咽まじりに、くぐもった声が泣く。
どうしてだろう。僕も何度も思う。
どうして、好きなだけじゃだめなんだろう。
そうして何度も思い知る。
好きなだけじゃ、だめなんだ。
アカは、声をあげて泣いた。僕は、ひとつひとつに頷きながら、子供にするように背中を軽く叩く。
気が済むまでそうしていればいい。月明かりは届かない。ひっそりと、雨に紛れてしまえばいい。
ひとりでなければ、それでいい。
泣ける場所があれば、それでいい。
そこが僕であるのなら、いくらでも付き合うよ。
とてもまっすぐなアカ。涙さえキレイなアカ。いつもあの子の隣で嬉しそうに笑う君の、裏側の切なさを思う。
どうしてこんなにも、世界は生きづらい。



     

ショウケース

      




飄々としたイメージを覆すほど甘えてきたり、それをまんまと愛しく思ってしまったり、計算高さに傷ついたりでもちょっとの詰めの甘さに許してしまったり。
ずるいと知ってるくせに信じてしまうことや、戻ってくる都合の良さはわたしも共犯で、くだらないことに抜け出せはしない。
よくあること。

「あはは、いいねえ、恋に溺れてるねえ」

よくいるよね、と言いたいのはわたしもわかっている。まるで自分だけが報われないように思うことは自分への慰めでしかない。ただ埋もれたくない。こんなに愛しいのもこんなに苦しいのもわたしだけの特別に思いたい。思っている。それも妄想っていうのもわかってる。でも恋なんて所詮思い込みだ。
だから、同族からも哀れまれる。

「笑い話?やめなよ、そんな男。時間の無駄!」

真面目な真面目なあなたこそ、きっといつかわかる日がくるのよ、とあたしはひっそりと同情する。可もなく不可もないあたしだから、こんな風に縋ってしまうんだろうと思う。なにもないあたしだから、彼に惹かれて彼を欲しがる。

「いいのー、だってどおせ他にいい出会いもないしさあ?ちょっとシゲキテキな暇つぶしよ」

なにも持っていないあたしたちはそれでも持っているフリをして、貰えもしないものを信じ込んで、欲しいとは口にすることなく欲しがる。無償のフリをして、欲しがる。自覚したってやめられない。半信半疑。
哀れなあたしたちは、それぞれを哀れむ。相手を肯定したり、相手を思いやったり、上っ面で友情を取り繕う。
あたしの方が、まだマシ。この子たちよりは、まだマシ。

笑って、このくだらない会合の約束を取り付けて私たちはそれぞれに別れる。あたしたちは一緒だという確認作業。あたしはまだこの子たちとは違うんだという確認作業。

埋もれている。
だから、あの人がいい、あたしは。
あの人だけ。
あたしの特別。




      
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プロフィール
千尋さんのプロフィール
年 齢 34
地 域 愛知県
血液型 O型