Petit


2011/8/10 Wed 00:22
無双馬超2,5





「うわぁぁぁ霧雲だ!またやられたぁぁぁ」






季節は夏
。茹だるような暑さと熱風が吹き荒れるこの季節。

今にも干からびてしまいそうになるほどの日光が射しこむ炎天下の最中。

誰もが声すらあげたくないそんな中、一軒の邸宅から大きな喚き声が街中に響きわたっている…。













「ったく、金持ちのくせに相変わらずケチな”い・え"」






その日霧雲はいつものようにお決まりの家のうちの一つから”お駄賃”を拝借してウキウキの気分だった。












「くそー、金がっ!私の銭がぁぁぁ…!」

「旦那さま!?…くっ探せ、急いでヤツの姿を探すんだ!」

「は、はいっ」



「…姿見えてないでしょうが。君達…」




すでに外路地を走っていると言うのに、屋敷からはとてもはっきりと家主たちの声が聞こえてくる…。


”今回は少しやりすぎたかなー”…なんて云う思いを抱きながら手元にあるお宝の中身をしめしめと確認する。



1、2、3、…10銭束っと。おおっ、それに翡翠やら髪飾りまで入ってる。


なるほど、最近羽振りが良いとは思っていたが…ここまでとは。






紹介料なんて云う怪しい銭
を隠し持っている水問屋。

最初はこの地では貴重な水をちょっとだけ分けてもらうつもりでいたのだが、
この店のカラクリを調べてみれば悪徳な仕組みの出ること出ること…。


要はお上の重役へ口利きをする代わりに隠し銭をたんまりと溜め込んでいる…ということなのだが、

善人ぶるつもりはないが、…正直吐き気がした。





「盗人にも三分の理ってもんかねぇ…」


まぁ”窃盗”なんて事をしてる自分が言えた義理ではないのだが、何かしてやらねば気が済まない。

……かと言って金銭を集めたところで”姿の見えない”自分には何の得もないのだが。









「兵を呼べ!訴え出ねば」

「し、しかしそれでは逆に旦那さまのお立場が…っ」


「あ〜あ、トリップした後ってのも大変だわ…実感」

どうでもいいことを呟いて…、
遥か後方でわぁきゃあと騒いでいる屋敷の声を聞き流しながら私の足はそそくさと市場の方へ向かっていた。






「おんや、貴族屋敷の方が騒がしいみたいだなぁ…」

「どうせまた霧雲が何かしたんじゃねぇのか?」

「……………。」


ふと、街人たちの声に耳を傾ける…。





「ははっ、そりゃまた愉快じゃないか。少しは俺達の気も晴れるってもんさ」

「ああ、もしかしたら霧雲のお零れにうまいこと当たるかもしれないぞ」

「ほーお、そしたらお前は幸福者だな!」
「ははははは」





「………それじゃ、まるでモーキさんの政治が悪政みたいに聞こえるんだけどなぁ」






彼らの言い分が理解できない訳ではない。……だが何だか少し嫌な気分だ。


群雄割拠のこのご時勢。
その中でも数多くの部族によって支配が分かれているこの西涼。

だが、馬一族が治めているこの地はどちらかと言えば安全に称される方で、
お上の立場としての彼は、隅々までとてもよく見ている方だと言えるだろうに。


この地の政、十割全てを見渡せているとすれば……それはそれでちょっと怖い。超人と言えるだろう…。


……まぁ自分がモーキさんloverだから肩を持つと言うのは十二分に含まれているけれど。







「って、何様だ!私!! 
…そしてストーkか!?私!」


なんとなく、
特有のノリツッコミをいれた後、いつもの場所へと向かう己の足を速めた。








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――――――――――――――――――――






溢れる人でごった返す庶民市場。
流れに逆らうことすら難しい人波を避け、霧雲は路地裏から目的の地へと歩を進める…。



―コンコンッ

「おーい、おばばさ〜ん。私だよー」

「……何ぞまったく。この飯時に」


「はいはい、いつもの事なんだから勘弁してって…」


市場から少し離れた路地裏の一角。風化しきり今にも壊れそうな扉の奥から一人の老婆が顔をだす。

怪訝な顔で扉を開けた老婆にいつもの軽い調子で相槌を返すと
霧雲は開いた扉から間髪入れずに身を滑り込ませ、勝手知ったる何とやらの調子で老婆の家の椅子に座り込んだ。




「小童よ、相変わらずの厚かましさよな」
「この姿じゃ仕方ないんだってば。
おばばさんも一人で喋って痴呆に見られたくないでしょ?ほらこれ、占診料。…盗品だけど」

「………悪餓鬼が。罰当たりめが…シネ。」
「…そう言って貰いはするよね、いつも」



半ば呆れ顔で向かいの椅子に座り直した老婆にへらりと笑って悪態をつく。
…ここに通うようになって以来、相変わらずの応酬に自分でも笑ってしまう。

だが何故かこの老婆とのやり取りはひどく居心地がよかった。


いつものように部屋の中には香の煙が充満している。唯でさえ暑いこの真昼間によくこんなものが焚けるものだ。

流石は西涼一の妖術師の家といったところだろうか…。







「小童、今…よくも香が焚けるものだと思うたな?」
「…………。」


「童の神通力を侮るでない。姿は確かに見えとらんが声ぐらいわかる」
「……………へぇ」

「質のよい綺麗な声をしておるの、主。うら若い女子の声じゃ」
「…そりゃ会話してんだからわかるでしょうよ」


「………小童め。並の者にはそなたの姿はおろか声も聞こえはせんじゃろうが」
「……………。」



ご名答。

…まったくそのとおりだ。

何の呪いだか何が原因だかもさっぱり解らないが、

この世界に来て以降…自分の姿が見えると言ってくれた者は誰一人として居ない。

それどころか”声”さえ届いちゃいないのだ。
まるでこの世界にとって自分は異端者だとでも訴えかけているかのように…


自分がそれに気が付いたのは何時の事だっただろうか…?







「………………。」

「まったく、直ぐに感傷に浸りおって若造が…」


童ほど長くも生きておらんくせに

と、相変わらずの仏頂面で目の前の老婆は言った。





「……うるさい」



やっぱりこのお婆さんには、すべてを見透かされている。

そう思うと何となく、…減らず口を叩きたかった。



誰からも見えていないこの声に、存在に…気付いてくれた彼女に少しだけ甘えたいのかもしれない…。












「…あ〜あ、お腹空いた」

「………飯なら犬コロにやる分が残っておるがな」


「……それで結構。遠慮なくもらうから」
「…食い意地の汚い小童よの」


いつもどおりの応酬を繰り広げて、勝手知ったる台所をそそくさと漁る…。

本当は知っている。何だかんだで彼女は優しいと言うことを。
このご飯だって私の分としてちゃんと作ってくれていたのは、見ればわかる。









「そう言えば小童、さっき城の者が訪ねて来よったわ」
「へぇ」

「まぁ世を忍ぶ格好をしておったが…あれはかなり高貴な男じゃな」
「っぶ!」


「ま、まさか…ばばばば…」
「落ち着け。主が勝手に好いて追っかけとる男ではないわ」

「………………はぁ…」



人をストーkみたいに呼ぶなと言ってやりたかったが、反論は出来ない。
正直あれ…自分コレってストーkじゃない?って思うことはある。

と言うか勝手に惚れ込んで想いを馳せている時点で何だか危うい自覚は…ある。

まぁ一回姿を見に行っただけで他は何も干渉していないのだが。







「で、何の用だった?」

「…明らさまな反応よの。まぁよい、要は主を捕まえるのに力を貸してくれと頼みこまれた」


「じゃ、なんなら今…捕まえてみる?」

「…たわけ、主の姿は童の力でもどうすることも出来んと言った。それでも諦めてはおらん様子だったがな」


「そう」


老婆の表情を見定めながら、汁物をずるずるとかきこむ…。
おっ、この小麦餅うまいなぁなんて思いながら、彼女の次の言葉を待った。

ぶっきらぼうで口は悪いが彼女のことは信頼できる。
年齢故かどこか狸ババアなのも事実ではあるが、そのわかりやすい性格まで疑う気はない。




「で、主に一度捕まる気はあるのか?」

「わからない。…腹を括って現状に落ち着いたって訳じゃなし、正直…何にも考えてない…ってところかな」

「そうか。じゃがまぁ童の言葉ぐらい一応頭に入れておけ」
「ん」



残りの飯物を口にかき込みながら彼女の顔を見た。

……何だか少し楽しそうな…、子供のような笑みを浮かべている。





今になって思えば彼女の次の言葉が、己にとっての大きなきっかけだった。




もちろんこの後に紆余曲折、波乱万丈な出来事がごたごたと起こってしまう原因でもあるのだが…





ただこの時は、何も気が付いてすらいなかった。










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