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120312 09:36
【HOST CLUB 'snow white' 08】
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HOST CLUB 'snow white'
chapter 08 [ KENCHI ]

君の瞳には、
俺だけが映ればそれで良い


…頭が、痛い。目が開かない。体が重い。やっとの思いで掴んだシーツも、力の入らない手の所為で、滑らかなそれを撫でるだけに終わった。

不意に、カツンと何かに触れた。携帯だと解るや、必死にその画面を目に入れる。画面の明るささえ、今の私には眩し過ぎた。偏頭痛はいつもの事だ、我慢できる。

やっと上体を起こしたところで、もう一度携帯を見る。時刻は午後4時。長く眠っていたのかと思えば、頭を触ってみて思い出した。ああそうか、髪を切ってもらったんだ。置かれたままになっていたピッチャーを手に、取り敢えず一杯、氷の溶けた水を飲み干す。

その横に、メモが置かれていた。

内容を理解した所為で、また頭痛が酷くなった気がする。しかし、折角…か、可愛くして頂いたんだし、ここで意味もなくイライラするのは止めようと思った。

『転んで顔に怪我でもしたら大変だよ?折角可愛いんだから。あと、ごちそうさまでした^^』

私がシャワールームに行こうとして、見事にコケたあの一件。階下でMAKIDAIさんやMATSUさんと笑っていたのが、TAKAHIROさんだとようやっと思い出した。…とにかく、ごちそうさまは余計だ。火照ってきた体を冷やそうと、私はこっそり外に出てみる事にした。


幸い、外に出るまで誰とも会わなかった。だが、出られたところでこんな時間だ。暗くなるのも時間の問題だろう。少しだけ散歩して帰って来よう。

…その少しだけ、が、いつの間にか私を森の奥へ引き込んでしまっていた。


ピー。
携帯が音を出して、充電切れをご親切に知らせてくださった。まるで最後の力を振り絞ったみたいに、眠る様に落ちた。瞬間、私の周りから明かりが失われる。…まぁ、充電切れ間近の携帯を、駆使した事が馬鹿げていたのだが。帰ろうと思い振り返って、目が回り出した。

暗闇の中、全てが同じに見えた。
道なんて、最初から無かったかの様。

頭の中が真っ白になる。具合が悪かったのも、頭から消えてしまった。どうしよう。その声さえ風にかき消され、絶望感だけが私の体を包み込んだ。

とにかく、進まなきゃ。このまま立ち止まっていたら、死んでしまうかもしれない。そう考えて、来た方向へ戻ろうとした。その刹那。

「…待って!」
「っうわぁぁっ!?」

幻聴が聞こえた。…幻聴?…いや、私…今、腕を掴まれている…?ああ遂にお迎えが来たらしい。天に召されるらしい。

「落ち着いて!」

これが落ち着いていられるものか。必死で振り払おうと暴れた。こんなところで野垂れ死ぬ訳には行かないんだ!

しかし、声の主は男だ。暗闇で顔までは確認出来ないが、明らかな力の差に諦めがついた。

「…もう、大丈夫ですから…」
「っ?…」

少し痛いとさえ感じる。強く抱き締められた体が、熱に包まれる。どうしてこの人の腕の中にいるのか、考える余裕はなかった。

(俺が…側にいますからね、)

声を上げて泣いたのは、いつ振りだっただろうか。私が泣いている間、その彼は黙って頭を撫でてくれていたんだ。


優しく肩を抱かれながら、求めていた光を目にする。ああ、帰って来れたんだ。あれほど逃げようと思っていた場所が、天国に見えた。

「…はぁ、良かった…生きてる…」
「あはははっ。あなたに死なれたら困りますよ!…きっとHIROさんに殺されてしまう…」

聞き覚えのある名前に、私は顔を上げた。ニコニコと素敵なスマイルを浮かべている、言わば命の恩人。その服は多少違えど、HIROさん達のものとよく似ている。…ということは。

「改めまして、このクラブの新人ホスト、KENCHIですっ」

新人さんか、良かった。先輩方とは違って、安心して一緒に居られるわ。…多分。

「あ、伊勢です。…えと、KENCHIさん…本当に、申し訳ありませんでした…」
「い、いいえ!謝らないでください!…でも、無事で何よりですよ」

外だと風邪を引くと言われて、KENCHIさんに連れられて部屋へ。取り敢えず携帯を充電させて頂けることになり、ホッとする。。

だが、一つだけ気になる点が。温かい紅茶を一口啜って、何となく聞いてみた。

「…ところで、KENCHIさんは…何故あんな場所に?」
「え、…あー…」

偶然にしては変だ。あんな森の中に、用事があったとも思えない。いざ問われた彼は、ばつが悪いように目を逸らした。

「…教えてください」
「っ…わ、わかりました…」

拳一つ分ほどの距離に迫ってみれば、すぐにKENCHIさんは折れた。案外可愛いかもしれない。

「じ、実は……伊勢さんが外に出て行くのを見かけて…時間も遅かったので、心配になりまして。…後を付けるのは気が引けましたが、どうしても気になって…」

その心配は的中して、危うく私は知らない森で遭難しかけたという訳だ。本当に私は、馬鹿な事をした。

「…つ、つくづく申し訳ないです…」
「だ、だから謝らないでくださ……っ!?」


…自分でもよく分からない。気がつけば、KENCHIさんに抱きついていた。頭の中が、申し訳なさと感謝が入り混じって混沌としている。

「…ありがとうございます…っ。KENCHIさんが来てくれなかったら…私…っ」

確実に言えるのは、今私の顔が涙でグチャグチャだという事。この人がいなかった場合を考えて、身震いした。

…浮かんだのはやはり、申し訳なさだった。

(私がいれば、迷惑が掛かる)

「…KENCHIさん、実は私…」

(逃げようとして、)

喉まで出掛かった言葉が、彼の言葉に留められた。

「どこにも…行かないでください…」
「…っ」

先手を打たれた私は、何も言い返す事ができなかった。

「で、でも…」
「俺達の…俺の、側にいてください!」

彼の瞳に映っている女の子は、頷いて微笑んだ。

「っ…りが…とう」
「…やっと笑ってくれましたね」

ホッとした溜め息をついたKENCHIさんは、またさっきの素敵スマイルに戻っていた。こちらまで、つられて笑顔になってしまう。

「笑った顔、凄く可愛らしいですね。…ちょっと限界、かも」
「へ?……んぉっ!?」

背中が柔らかい場所に落ちて、反転。私の視界には、不敵に微笑むKENCHIさんと、もう見慣れた天井。

君の瞳には、俺だけが映ればそれで良い


(´^ω^`) 油 断 大 敵


「す、すみません…最後まで優しくしたかったのですが…。噂以上に可愛くて…」

(あの先輩共にこの後輩…か)

深く口付けられて納得した。…納得してはいけないかもしれないが、今回ばかりはどうでもよくなった。…私、末期?

今回一つだけ学んだ。

(…新人なんて肩書きは信じない)

結局、ここの従業員という時点でデンジャーゾーンだったんだ。

墓穴。その二文字が、甘い口付けに飲み込まれた。


To be continued.

( HOST CLUB 'snow white' )


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