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120312 09:39
【HOST CLUB 'snow white' 12】
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HOST CLUB 'snow white'
chapter 12 [ SHOKICHI ]

指で、声で、歌で、君の全てを
溶かすことが出来たのなら


少し薄暗い視界。朝陽が昇り始めて、まだ間もない時間。木々の隙間から射し込んだ光が、木の葉の上で揺らぐ朝露に反射してキラキラと輝いている。時折髪を撫でて去って行く風の心地よさに、私は思わず目を細めた。小枝が折れる音が、靴の下から聞こえて、森の中に響き渡る。

(…方向は、間違っていない筈)

私は服のポケットに手を入れ、それを取り出して広げた。


気がつけば部屋だった。もう何度となく目にした天井、照明、ドア。まだ開ききらない目を擦り、携帯を探すが、布擦れの音だけが耳に残る。無い?そう思ったら嫌に目が覚めて、ベッドの上をはっきり捉える。

結果的に、探し物はベッドの下に落ちていた。流石に携帯が無いと、色々な意味で困る。一安心し、私は手を伸ばす。
その、携帯を手に握ったと同時に、それはワンピースのポケットから床へ落ちた。


先程、本の山から見つけた紙切れ。そこに書かれていたのは、地図のようなものだった。屋敷から森の中へ続いていて、とある場所に赤いバツが記されている。誰かが本に挟んで隠したのだろう。隠したという事柄に、酷くそれを知り得たいという感情が重なる。これも人間の性分とでも言うのか。

屋敷を出てどれくらい歩いたのだろうか。思ったよりも道は平坦で、迷う箇所はないが、もう一度地図を開く。赤いバツ印の上に、木の絵が描かれている。

(…この木って、)

顔を上げる。森が突然開けたその場所に、大きな木が一本。どうやら、赤いバツ印に到着したらしい。
大木の隙間から、朝陽が差し込んでいる。穏やかな光景に、私が思わず微笑んだ時だった。どこからか、声がする。

(…歌?)

素敵な歌声。そんな簡単な言葉しか浮かんでこなかったが、体を包み込む優しいその声に、嫌なことを忘れるようだった。目を凝らしてよく見ると、太い枝の上に人影が見える。もっと近くで聴きたいと思った時には、私の足はゆっくりと大木へ向かっていた。

頭上から、綺麗な歌声が降り注いでいるような感覚。歌声の主は、朝陽を浴びて気持ち良さそうに目を閉じている。
しかし不意に吹いた風で、私の指から地図が滑り落ちた。無意識に小さく声を上げる。白い紙切れを拾い上げた時には、歌声は止んでいて。

(…あ、)

木の上の男が私を見下ろして、少しだけ顔を赤らめていた。

「す、みません…」

その人の空間に、私が雑音を入れてしまったのではないかと、咄嗟に口から謝罪が漏れた。
それが聞こえているか分からないが、彼は照れ臭そうに笑ってから器用に木を降りてきた。

「…伊勢さん、ですよね?」
「え、あっ、はい。…ってことは…従業員の」
「SHOKICHIです。初めまして」

そう言って人懐っこい笑顔を見せる。この男、SHOKICHIさんもかなり背が高い。さっきから上を向いてばかりで、そろそろ首が疲れてきた。

「お会いできて嬉しいです!」
「はぁ、そりゃあどうも…」

大型犬が尻尾を振っている、そんな画が浮かんだ。
しかし何故かみんな、私に会って嬉しいとか会いたかったとか。私の何がそんなに珍しいのだろう。森に迷い込んで帰れなくなった女が、物珍しいのだろうか。そう考えて、虚しくなった。

「…あ、その紙…」

持っていたそれを広げて見せると、SHOKICHIさんは苦笑いをして頭を掻いた。

「それ、俺が書いて書物室に隠したんですよ。…見つかっちゃったんだ」
「すみません、気になったもので…」

この時間、天気が良い日はここへ来て、木に登っては歌っているらしい。だが、地図をわざわざ書く程の迷い道でもない。もう一度地図をよく見て、気になった箇所を見つけた。

「…、この黒い丸は…」
「ああ、それは……よし、登りましょう」
「は?」

唐突過ぎて一瞬、目の前の男が何を言ったのか理解不能だった。笑顔で手を引かれて、されるがままに木の裏側へ連れて行かれる。
木の幹に、手足を掛ける窪みが幾つかある。それを利用して、SHOKICHIさんは器用に登っていく。先程まで腰掛けていた枝に行き着き、私に向かって手招きした。


(´^ω^`) 来いってか


こうなりゃヤケだ。高い場所は苦手ではないが、手すり等の掴まる物がないと流石に怖い。ましてや、この服装である。木登りなんてするものではない。アホだ。同時に、この人が天然だとも悟った。

落ちる前に次の窪みに掴まり、それを繰り返して何とかSHOKICHIさんの手を掴むことが出来た。枝に腰を下ろしても尚、不安定な体に緊張感が抜けない。

「…怖ぇー」
「大丈夫ですか?俺に掴まっていてくださいね」

下を見れば今にも落ちてしまいそうなので、私は顔を上げた。

「あっ」

朝陽を全身に真っ直ぐ受けて、体が温かくなってくる。眩しさの中、森の奥へ目を向けた。

(…あ、あれは)

地図の黒い丸は、私が求めていた、それだった。

「…伊勢さん?」
「……あ、何でも、ないです」

綺麗ですね。確かに綺麗な光景だったが、私の視線は動かなかった。

道は分かった。方向は分かった。

決心を固めた私の鼓動が、速まっていく。その耳が、心地良い音楽を捉えて我に返る。視線が、歌うSHOKICHIさんに動く。私は、一度だけ深呼吸をした。緊張感が解けたのか、強張っていた体に、少しずつ血が巡っていくのが分かる。

――ぐらり。
バランスを崩した私の目が、景色をスローモーションで流す。掴まろうとした場所には何もなく、腕は冷たい空気を殴った。…落ちる。

暗転すると思われた視界には、先程と変わらない、朝陽を浴びた森が映る。

「…大丈夫ですか?」

頭上から聞こえた声に顔を上げたが、その男の顔が近過ぎて思わず目を逸らした。額には薄く汗が滲んでいる。私の腹には彼の腕が巻きつき、落ちないようにと支えられていた。

「すみません、俺が登ろうなんて言ったから…」
「あ、いや…大丈夫ですよ。私も考え事をしていたもので」

…まさか、帰り道を見つけたなんて。
そんなこと、言えなかった。

(どうして?)

あれほど帰りたいと願っていた私が。

「……伊勢さん、」
「…?」

ふと呼ばれて振り返った。刹那、私達の間に空間はなかった。触れただけの冷たい唇。

「、我慢、出来なくって」

そう言って、また照れ臭そうに笑う。

「…伊勢、さん…?」

抱き締めたその大きな体は、少しばかり冷たかった。朝の凍った空気が、肌にまとわりつく。

「…寒い、ですね」
「え…?」

直後耳元で囁いた言葉に、彼はどんな顔をして驚いただろうか。

(温めてくださいよ)

案の定、目を見開いて、私の言葉の意味を探している様子だった。面白い、この人。

奪った唇に差し込んだ熱を、彼の熱い舌が受け止める。

(どうやら凍ってしまったようだ)

「…溶かしてください。…あなたの熱で」
「……伊勢さ、」


指で、声で、歌で、君の全てを溶かすことが出来たのなら


道は分かった。方向は分かった。

(けれど、)

決心を固めた。

(…筈だった)


「…忘れさせて、全て、…すべてを」

…歯車は、逆回転を始める。鼓動の音が軋み出す。

「…、それで貴女が、今だけでも俺を見てくれるなら」

今だけ。どこかで聞いた言葉だった。

(側に居させて欲しいんです)

「俺、貴女が………ですから」

不意に吹き抜けた風に、森がざわめいた。SHOKICHIさんの言葉から、二つの文字が掻き消される。

(私の記憶も過去も、風が連れ去ってくれたなら、どんなに救われるだろう)

風の音に掻き消された気持ちを、私も言えたなら、きっと。

『明日』はもっと幸せな私になれると、温かい体温が教えてくれたのに。

(…すき、の二文字を飲み込んだ)


To be continued.

( HOST CLUB 'snow white' )


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