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神域第三大戦 カオス・ジェネシス132

「触れられたくない、って?」
怒涛の勢いで迫る触手を全て切り刻んだ凪子は、攻撃が止んだ合間にニヤリと笑ってそう問いかけた。ローブは不愉快そうに大きく震え、なお一層の触手を吐き出した。無尽蔵であるのか、触手の放出に従って衰えていく様子は一切見られない。“神”を名乗るだけのことはある、ということであるらしい。
ただ、それでもどうやら“樹”が目的であるだけでなく弱みでもあるらしい、とその場にいた面子が悟った時だ。

ルーに投げ飛ばされ、空を切って飛んできたバロールが樹に衝突し、あっさりとその樹はぼっきり折れてしまった。

「…………あ、あれま」
予想外の展開と結末にその場にいた一同は固まり、マーリンの口からは間の抜けた声が漏れる。ローブもまさか、それで折れてしまうと思っていなかったのだろう、呆然として浮かんでいる。
衝突して折った原因であるバロールは一切の興味がないようで、折れた樹には目もくれずに追撃を仕掛けてきたルーの槍を掴んで受け止め、そのまま振り回して地面へと叩きつけようとしていた。ルーは槍を回転させて槍を引き抜き、振り回された勢いを利用しながら体勢を整え、タラニスの近くへ着地した。
「ぐっ……、ッハァ、手を抜いているつもりはないんだがな…」
「ハッ……は……まだ死なんか、このクソジジイ…!」
肝心の二柱は折れた樹に一切の興味を示さず、互いに肩で息をし罵倒を飛ばし合いながら様子を伺い合っている。どちらかといえばバロールの方がダメージが大きいのだろうか、しっかりと立っているルーに対し、バロールは身体を起こしてはいるものの立ち上がる気配は見せない。そしてあまりにも当たり前に樹に対して気にしないものだから、気にする方がおかしいのではないかと錯覚すら覚えてしまう。
「な、な、な……!」
その錯覚は相手も同じだったのか、ややあってから憮然とした声をあげた。ぶるぶると怒りにかその身を震わせ、凪子たちに目もくれずにその場を離れ、バロールの前に立ちふさがる。バロールは視界に入ったそれを苛立たしげに見上げ、はぁ、とため息をついた。
「どういうつもりだ、バロール。これはもはや裏切りに値するぞ」
「……ま、表面的にはそうともいえるかもな」
「表面的だと?何を言っている」
「……――やれやれ、仮の器で来るから“その程度の目しか持てない”。本体で来なかった貴様の落ち度を恨むことだな」
「は―――」
ぞぶり、と。
鈍い音がして、ローブからべちゃりと肉片が零れ落ちた。
「−ッ!?」
『…!通信がやっと回復した!そっちの状況はどうなってる?!』
『クー・フーリン、ギル君、マーリン!』
『ルーさんとタラニスさん、ダクザさんもご無事ですか!?』
「うおお一斉に喋るなびっくりしたァ!!」
目の前で次から次へと変わる展開に加え、突然の通信の回復についに凪子は飛び上がった。サーヴァント陣もそれぞれわずかに驚いた様子は見せていたが、彼等はそれよりも目の前の出来事を注視しているようで、「余裕があるならお前に任せた」と言わんばかりの視線を凪子に向けるのみであった。
凪子はうへぇ、と思いながらも、視線をそちらへ向けたまま落ちていた通信機を拾い上げた。ローブ姿も唖然としているのか、自らから落ちた肉片を見下ろしているように見えた。
「あー凪子さんです、とりあえずダクザ翁以外は生存確認してますドウゾー」
『!ダグザ神は…』
「知らん、どっか行った!死んだの?」
「死んではいないらしいということしか我々も分からないな」
「だ、そうです!あと今ちょっと色々と急展開中」
『何が起きた!?』
「…貴、様……?」
「――バロール・ドーハスーラ」
ローブが盾となり誰の目にも入らなかったが、バロールが再び宝具を展開し、びしりとローブに亀裂が走った。
「何故…ッ!?蘇生主である僕を殺してしまえばお前も死ぬはず…ッ!?」
「ああ、それについてならもう移譲した。だからお前の仮体が死んだところで支障はない」
「が……ッ」
バロールの魔眼の力は、外なる神を自称するものに対しても有効であったらしい。ひび割れは加速度的に増え、端の方からもろく崩れ始めている。それであっても即死はしないというのは、相手の強さを示しているのかもしれない。
「約定を裏切るつもりはない。それは蘇生の対価だからな。だが、俺と貴様の間で交わされた約定は樹の生育だけだ。だがな、俺に明かさずに“それを使って貴様が為すつもりでいたこと”に関しては守る義理はないだろう?貴様はそれを俺に明かさなかったし俺もそれに承諾はしていない」
「きッ…様……!」
「俺が考えなしに貴様の甘言に乗るような、程度の低い存在だと驕った。それが貴様の敗因だ、侵略したいならもう2000年くらい修行してくることだな。貴様が俺につないだ縁ごと殺しつくしてくれる!」
「が、ぁああアアアーッ!!」
――そうして鈍い悲鳴をあげながら、ローブは瓦解してしまった。同時に、凪子たちを包んでいた視線の気配も一息に消え去る。ローブが消えたことで見えたバロールは魔眼の方の目をぱちりと瞬かせ、ハァ、と小さくため息をついていた。
「……私らの方でちょっかい出してきた変なのいたろ、アレがバロールに殺されたっぽいよ」
『外なる神と名乗っていた、アレかい?味方だったのでは?』
「…バロールの口ぶりを見るに、どうやらお互い相手を騙し合っていたみたいな感はあるけど」
「騙していたとは心外だな、代弁者。あれが事実を語らず、そして俺様を見下し、驕った、その報いを受けただけのことさ」
ひとまず起きていることを通信で伝えた凪子とカルデアの会話に、疲れたようにバロールが口を挟んだ。声をかけてはきたがバロールの視線はルーに向けられており、またルーも臨戦体勢の構えを解かずにバロールと向き合っていた。
とはいえ、ルーとしてもバロールの行動には疑問を持っているのだろう、話し出したバロールに攻撃を仕掛けることはなく、じっと様子をうかがっているようだった。ならば、と凪子もバロールに視線を向け、口を開いた。
「語る気があるならもうちょっと詳しいとこ聞いても?」
「この時代の貴様よろしく、大概軽い口のきき方だな。まぁいい、どうやら此度の戦いも俺の負けのようだしな」
「!!」
バロールがそう言ったのと同時に彼の魔眼に亀裂が走り、パリン、と透明な音を立てて魔眼が砕け散った。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス131

「ッルー!!」
風にもてあそばれる木の葉のようにきりもみながら飛んでいったルーに、タラニスは血相を変えて叫ぶ。バロールもバロールで、重量があるからかルーほどもまれてはいなかったが、その巨体がそんなにも飛ぶことがあるのかという勢いで空を切り、地面に墜落していった。
タラニスは一瞬ローブへ視線をやり動向を確認したのち、すぐさまルーの落下予測地点へと走っていった。その背後を守るようにマーリンが続き、子ギルとクー・フーリンが立ち塞がる。
「ウィッカーマン!」
「ゲート・オブ・バビロン!」
杖の先の石飾りがきらりと光り、地面が飛び出した腕があふれる触手を叩き潰し、燃え上がる。その攻撃がもらした触手を、空から降り注いだ数多の刃が刺し貫く。
「どらァッ!!」
「ッ、この、力任せな…!」
そんな地上での衝突には目もくれずに深遠のはローブへ連撃を繰り出している。相手の言う通り確かに力任せな攻撃ではあるが、その“力”のパワーが桁違いなのであれば受けるも流すも困難になる。ローブは深遠のの攻撃を的確によけながら忌々しげにそう呟いた。
「ヨッ。あといくつ…なんか増えたなァ、存在が不安定なのか」
一方、“視線”の元凶を潰して回っている凪子は、減る気配のないそれにウーム、と小さくぼやいた。次々に破壊していた凪子ではあったが、途中から気配が減っていかないことに気が付いていた。どうやら排除したところで消せはしない、ということのようだ。凪子は体制を立て直して軽やかに着地すると、槍の石突きをトンと地面に突き立てた。
「詠唱省略、“視界阻害(マジック・フラッシュ・バン)”!そっちは任せた!」
コマンドのようなものか、端的にそう告げた凪子の言葉に合わせて小さく魔法陣が展開し、直後に白い光の靄のようなものがあたりに展開した。肉眼での視界阻害にはならないあたり、魔術的な視界のみを阻害する魔術であるようだ。凪子は靄の展開に納得したように頷くと、タラニス同様ルーの落下地点へと向かった。

「ルー…!」
タラニスはルーが地面に激突する前に受け止めることに成功したようで、抱えたルーを慌てて地面へと下ろした。
「…ッ……仕留めそこなったか…ッ」
「いやいや追撃の前に回復が先だよ光神!」
弾き飛ばされたルーは、なかなかのあり様だった。防具であろう装備は全て破壊され、まとった霊衣もところどころが損傷している。特に槍を持っていた右腕に損壊は激しく、かろうじて繋がっているといえるような状態だった。右腕から胴にかけてはひび割れが走り、黒ずんだあざのようになっている。
そんな状態にあるにも関わらず立ち上がり、バロールの元へ向かおうとするルーをマーリンが慌てて引き留め、回復魔術をかけるべく杖を掲げた。ちょうど凪子はそこへ合流した形になった。
「よかったまだ生きてるな」
「!深遠…いや春風凪子か。そちらの始末はついたのか」
「おうよ、正気取り戻して血気も盛んだから、連れてきて今あっちでドンパチしてるよ。キャスター、修繕できるか」
「大丈夫そうだ、だが付け焼刃だぞう。私だって神体の修繕なんてしたことないからね」
「いい、十分だ。今のうちに畳みかける、タラニス、貴様はさっさと領域内に戻っていろ…!」
「我が御霊、俺が妨害できるのは即死の効果だけって努々忘れられるなよ!!」
マーリンによる治療を受けたルーは、タラニスや凪子を顧みることなく地面を蹴り、未だ土煙を挙げ姿の見えないバロールの元へとまっすぐに走って行ってしまった。タラニスは半ば自棄気味にその背中に言葉を投げかけ、鎌を手に魔法陣が展開している領域へと戻っていった。
マーリンもマーリンで治療であらかたの魔力を使い果たしたのか、がくりとその場に膝をついたものだから、凪子は慌てて魔法陣を開き、中に手を突っ込んでごそごそと中を漁った。
「…ほい、魔力回復用の飴ちゃん。多少の回復にはなる」
「はは、すまないね…。僕も領域内に戻らなければ。魔力が潤沢なこの時代は我々にも戦いやすい環境ではあるのだが、いやはや、神相手は骨が折れる」
「通信が途絶した、って森に入る前に聞いたけど、宝具同士の衝突のせいかね。いやぁさすがバロール、魔眼の能力は大したもんだな」
他人事のように軽くそう言いながらよいせと凪子はマーリンを担ぎ、ひとっとびに跳躍して魔法陣内へと舞い戻った。バロールの落下地点からは再び激しい剣戟の音が響いてきており、また深遠のとローブとの衝突も派手な音を立てていた。
「念のために言っておくが、あの二柱の邪魔はやめておいた方がいい」
「いやぁ割り込める雰囲気でもないし、とりあえずは任せておくさ。そういう話だしな。それより気になるのは―」
「凪子くん?」
「…結局何が、“私を呼び出すほどの危機”なんだ…?」
「それは……そうだな、どうやらあの異邦者の目的の一つはあの樹の育成らしいけれど」
「樹ィ?」
必要に応じて援護をするため、槍をゆらゆらと揺らしながら深遠のの様子を伺っていた凪子は、マーリンから返って来た言葉にあたりを見回し、更地となった中でぽつんとたたずむ白い樹に目を止めた。す、と指を目の上下に添え、瞳に魔術式を展開してその樹を“観察”する。
「…なんだあれ……」
「成長していないだのなんだの、バロールに文句を言っていてね、バロールを蘇らせた対価であったようなんだが」
「私が見ても“さっぱり分からない”、なんだありゃ!?」
マーリンはそんな凪子ではなく戦闘の方を注視していたために、凪子が驚愕と困惑の声を上げたところでようやく彼女が自分の話を聞き流していたらしいことに気が付き、ついでそのあげた言葉に眉間を寄せた。
「…分からない、っていうのは?」
「少なくとも地球上のものではないしこれまで私が生まれた以降の歴史の中であったものでもない。いや、というかあれは…なんだ…?植物と呼んでいいものじゃない…動物…??」
「!凪子くん!」
「!!」
ブツブツと呟きながら樹を見つめる凪子にローブが気が付いた。彼は深遠のを遠ざけるように大きくはじくと、その裾から数多の触手を凪子めがけて発射した。凪子はマーリンの忠告の声にそれに気が付き、槍を振り回してそれらを斬り弾いた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス130

「!深遠の、おまえ…!」
「ハーイ凪子さんだよ、無事で何より」
驚いたように己を見るタラニスに凪子は軽い調子で言葉を返す。遅れて、深遠のが同じ様に凪子の隣に着地する。魔力で編んだのか、道中手に入れたのか、その装いはいつの間にか遊牧民族風になっており、垂らしていた長髪もうなじのあたりで緩く結わえられていた。
深遠のは漂うローブを一瞥し分かりやすく顔を歪ませる。相当に神という存在が嫌いであるらしい。凪子はそんなかつての自分にくふくふと笑いをこぼしながら、さっ、と周囲の状況を確認する。
「…ルーとバロールは衝突中か。あれに首突っ込むくらいだったらこっちを先に片した方がいいな」
「執行人…!」
「よーう、さっきぶりだな、なんだァまた姿隠して。自分の見目に自信ないのか?」
忌々しげに相手が漏らした言葉に、凪子はつっけんどんに煽るような言葉を返す。ルーは、彼のものを「認識してはならない」ものと見做していた。それが姿を隠しているのであればそれは人間側にとっては有利であるはずだが、だからこその煽りなのか、それとも凪子にとっては“対処出来得るもの”と見抜いているのか。ローブが不愉快そうにぶるりと揺れた。
「なぜお前の一言で覆る?神でもないお前の!」
「ええ〜?まぁ理由はいくつか考えられるけど…私がタラニスを“死神として殺した”ことが事実だからじゃないかな」
「この時間軸の話ではないはずだ…!」
「それを言うならお前さんの存在だって本来ここにいないはずのものだろうよ。それに私にとってのタラニスは“そういうもの”だ。“私はそういうように信じている”、ならそれも一種の信仰だろう?」
「…ッ!!」
ぶるぶるとローブが震えている。対して凪子は興味が失せたように目を伏せ、ぐるぐると首を回した。
「まぁなんだっていいんだけれど。とりあえず深遠の〜」
「…何」
「あれから斃そうか」
示し合わせていたかのように、凪子がそう言い切ると同時に両者はローブめがけて勢いよく跳躍した。とっさに翻して深遠のの一撃を交わしたローブに凪子の追撃が叩き込まれる。
「ぐっ……!」
「中身はあるのか」
「…視線が不愉快だ」
「そうだなぁ、まあそっちは承った」
上空で二人の姿が交差する。端的な会話で役割分担を決めた両者は、それぞれに動き出した。
深遠のは凪子が差し出した掌を蹴り、弾き飛ばされたローブへの追撃をかけた。対して凪子は宙に展開した魔法陣からいくつかの宝石が付いた紐飾りを取り出し、それを自身の槍に巻き付けるとそのまま槍を空中で振りかぶった。
「そらッ!」
一見何もないところで振り下ろされた凪子の槍は、しかして、ザシュリ、と何かを切り裂いた音を立てた。絹を裂くような悲鳴のような音が少しだけ響いて、何かが消滅したように空間がわずかにたわむ。凪子はそのままくるりと回って着地すると、また別の何もないところへと跳躍していった。
「おいしんえ…ええいややこしいな、春風凪子!貴様、“認識”して平気なのか!?」
「認識ィ?」
「我が御霊は認識してはならないものだと宣っていたぞ!」
ヒュンヒュンと軽々と宙を舞い、的確に“何か”を切り裂いていく凪子に思わずタラニスが声をあげる。凪子はタラニスの言葉に不可解げな表情を浮かべながら、また槍を振りぬいて“何か”を切り裂く。
「…ああ、まぁ察しているだけで別に視ているわけじゃないからねェ」
「その割には一度も外してないように見えるけど、君」
「装備品で範囲拡大の攻撃補正つけてるだけだよ、見えないもの切ることはできないから、ねっと」
事も無げにさらりとそう言いながらまた何かを切り裂き、凪子はタラニスの前に着地した。腕にまとわりついていた触手を子ギルの手を借りながら引きはがし終えたクー・フーリンは、まとわりつくように感じていた視線が随分と減ったことに気が付き、着地した凪子にげんなりとした視線を向けていた。
「なんでもアリかよ、テメェ…」
「無駄に2000年生きてないよ。…と言いたいところだけど、身体の調子が随分いいからなんか補正を受けている気分はする」
「!星の支援かな?」
「どうだろ…私はあくまで別時間軸っぽいからな。あっちの元気いっぱいな私のが受けてる気はする、」
凪子の言葉が終わらないうちに、深遠のが攻防の末にローブを叩きつけた衝撃で大地が大きく揺れた。凪子は、ワーオ、と間の抜けた声をあげる。
「あそこまで腕力なかったよいくらなんでも…」
「くッ……」
するりとローブが翻り、力なく中空に浮かび上がる。だがそれを許さないと言わんばかりにその裾を掴み、ぐるりと身体ごと回転させながら深遠のは再び地面へと叩きつけた。先ほどまでではないが、また大地がぐらりと揺れる。
「…っ……なんて腕力だ、蛮族にもほどがある…ッ」
「…まだ壊れないのか、丈夫だな」
さすがに多少のダメージは通っているらしい、ローブの動きはふらふらとしている。深遠のは忌々しげにそう呟きながら、すっくと身体を起こした。
ローブ姿が再びぶるりと震え、瞬間的にその眼下に魔法陣が複数展開し、触手のようなものが勢いよく地面から飛び出した。攻勢に転じた相手に深遠のは興味なさそうに視線を向けながら、自らめがけて飛んできた触手を事も無げに掴み、引きちぎり、投げ捨て、地面を蹴って再び接敵していった。
そんな様子に、凪子はぽりぽりと思わず頬をかく。
「…いやぁ昔の自分って恥ずかしいもんだね??」
「んなこと言ってる場合か!」
「いやァこれが人間のいう黒歴史か〜!って感じがするわ!!」
深遠のは軽々と払ったが、魔法陣から生まれ出た触手の量は尋常ではない。自らに向かってきたそれをそれぞれが各々のやり方で振り払っているなか、のんきなことを口にする凪子にクー・フーリンは思わず吠える。
「(くそったれ、どうにも付き合ってらんねぇな…!)」
思わずそんなことを心のうちで呟いた時。
彼らの背後で渦巻いていたルーとバロールの衝突により発生していた魔力の渦だまりが勢いよく爆ぜ、拮抗していた両者が互いに勢いよく吹き飛ばされた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス129

「!なるほど、」
はっ、と、子ギルも小さく声をあげた。

タラニスが現状死神であるのは、信仰が認められ、この場においては“そうである”という証明がなされたが故である。その証明が破綻すれば、タラニスは死神ではなくなる―“死神”として果たしている権能が効果をはっさなくなる。

それは、つまり。
「戦いの直接の邪魔はしなくても、魔眼の妨害の排除をするつもりか…!」
「うるさいな」
「どわっ?!」
タラニスが死神でなくなれば、今彼が内包しているこの場の命はそへぞれの身に戻ることになる。つまり、バロールの魔眼の効果が有効になってしまうということだ。
それを許すわけにはいかない、とサーヴァントの面々はそれぞれ獲物を構えたが、再び言葉に乗った波紋に勢いよく弾き飛ばされ、妨害を妨げられてしまった。
「そうかい、生憎とここの死神は俺なんでな」
「死神は二者としていないよ、“僕の知る死神はそういう存在だ”。そして君は確かに“雷神”だ。ここの者の言葉にもはるかにそう語られている、ならばそれが道理であろう?」
「外からの来訪者、貴様の道理とこの星の道理は同じじゃないだろう?生憎とな」
「君の星の道理なんて、下位も下位だとも。大体、君の信仰はどこにあるとでも?“祭壇もなにもないじゃないか”」
タラニスは目をそらさず、相手との問答合戦に応じていたが、言葉を重ねるにつれ、魔法陣の抵抗が強くなっていく。

タラニスの弁論が弱い、ということではない。“自分の道理こそが正しい”という確信が、相手の方が遥かに強い、ということのようだ。タラニスが雷神であることは事実であり、またそちらが本体であることも揺るぎようのない事実である。それは信仰によって変化しているという“自覚”のあるタラニスにとって、否定できる概念ではない。対して、どうやら相手には“己の方が格上である”という強い自負があるようだ。

自信の強さ、といえば滑稽にも聞こえるが、当人同士しかいない場においては、“向けられる信仰の強さ”は“その自覚”においてのみ測るしかない。それが客観的に正しいかどうかなど、客観視する観測者がいなければ立ち塞がりようがない概念となる。故に、己の現在の死神の在り方が一時的なものであるという自覚を拭いきれないタラニスの方が、不利になるというのは道理であるのだ。
「君は“雷神”だ、タラニス。あそこのバロールだってそうだと証言していたとも。今の君の在り方は、“偽物だ”」
「生憎とこのあり方も“真実だとも”。そう信じたものがいて、信仰を捧げた、故に成立しているのだからな」
「“その術式たる魔法陣は揺らいでいるのに?”」
「“揺らごうが成立しているのだからこれは真だ”」
お互いに否定する言葉を投げ掛けあいつつも、魔法陣が見せる拒絶反応はますます大きくなっていき、タラニスは小さく舌打ちした。ローブ姿は愉しそうに身をよじらせた。
「君は元々、光神ルーの“付属品”だ。自尊心が低いのは仕方がないことだ」
「付属品?おいおい、ジョークのセンスはないようだな。俺は俺だ、“それはルーも否定しているところだからな”」
「へぇ、そう。だが、そうだとしてもそれは“雷神としての君だ”。“死神の在り方じゃあない”」
ギチギチ、と魔法陣が鈍い音をたてる。タラニスの顔にも僅かな焦りが見える。
「…ッ、ウィッカーマ…」
「だぁめ」
「っ!?」
信仰が足りないというのであれば、改めて示せばいい。
波紋の衝撃波により地面に叩きつけられ、ぐらぐらとする頭を無理矢理起こしたクー・フーリンは、タラニスの劣勢を悟ると再びウィッカーマンを呼び出そうと杖をたてた。だがそれを察したか、勢いよく飛び出した触手がぎちりと起こした腕を拘束し、妨害する。それもただの拘束ではないようで、絡み付いた部分から急速に魔力が吸いとられているのが体感でわかった。
「くそっ…タラニス!!」
「“君は雷神だ、死神じゃあない”」
畳み掛けるように言葉を重ねてくる。魔法陣の震えは大きくなり、いつ崩壊してもおかしくはない。
「くそっ…させてたまるか……!!」
クー・フーリンの中にも焦りが生まれる。

タラニスの死神化が解除された場合、今宝具で衝突しあっているルーはどうなる?即死の能力を妨害しながらも魔眼の威力を真正面から受け止めている、ルーは?

ウィッカーマンのためにセーブしていたクー・フーリンと違い、魔力消費が激しかったマーリンと子ギルはまだダメージから立ち直れていない。タラニスも魔法陣の維持で精一杯だ。
何かできるとしたら、それはもうクー・フーリンしか残されていない。ならば、術の発動の妨害を引き起こしている魔力の吸引が追い付かないほどの魔力を放出させ、無理矢理にでもウィッカーマンを呼び起こすしかない。

たとえそれで、この度の現界での霊核が崩壊しようとも。

「背に腹は変えられねぇか―!」
「っ!!セタ坊、やめろ!」
迷いなく腹を決め、魔力を放出させようとしたのを察したか、タラニスが制止の声をあげる。だが他に方法はない、と、無理にでも実行しようとした。
その時だ。

「いいや、彼は死神だとも!!」

朗々とした声が、彼らの頭上から降りかかる。どこから跳躍した来たのか、あるいは飛行でもしてきたのか。タラニスとローブ姿の間に割り込むように、声の主は勢いよく着地する。
黄色い目を輝かせ、にやりとその口元を自信ありげに歪めて見せる。

「何故なら!“故にこそ私は、彼を殺したのだから!!!”」

「!!」
ローブが動揺したように大きく揺れ、自信に満ちた凪子の声に呼応するようにピタリと魔法陣の震えが止まったのだった。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス128

「チィッ…!」
強烈な爆風に、吹き飛ばされぬよう耐えるのが精一杯だ。盾代わりの車輪と腕は大きく震えているが、辛うじて耐えている。
「ルーは…!?」
衝突地には膨大な魔力が渦巻いており、様子はとてもではないが伺えない。双方の軽々とした詠唱が産み出したとは思えない、混沌とした様相がそこにはあった。
「来たぞ!」
「!!」
ルーの安否を気にかけていたクー・フーリンだったが、直後に飛んできたタラニスの言葉に咄嗟に視線を上にあげた。あの不気味なローブか、宙を舞っている。本来なら顔が覗くだろうローブの口は日に照らされていても真っ黒で中は見えず、そこから勢いよく、軟体動物の触手のようなものが飛び出した。
いくつも飛び出したその触手は四者をそれぞれ狙い、降り落ちてくる。クー・フーリンは他二人に目配せで合図を交わすと、マーリンはタラニスの専制守備に、自分と子ギルは攻勢防御へと出た。
「アンザス!」
「ゲートオブバビロン!」
互いに攻撃を繰り出し、触手を撃ち落とす。タラニスも鎌に魔力を込め、斬撃を飛ばして撃ち漏らされた触手を撃ち落としていく。
「!」
「ガラではないんだけれどね!」
撃ち落とした先、本体とおぼしきローブ姿はまっすぐタラニス目掛け降ってきた。狙いはタラニスだということのようだ。それを察したマーリンもそう毒づきながら杖を振り回し、前面に結晶状の結界を複数展開する。
ローブとの衝突で簡単にその結界は消滅したが、両者との間を開く時間は稼いだ。マーリンはタラニスの前面に結界を展開しつつ、タラニスの目配せに僅かに後ろに下がった。タラニスは、ぐり、と首を回しつつ、相手を見据える。
「……答えはしないと思うが一応聞いておくか。貴様は何だ?」
「確かに、君程度に名乗る名前は持ち得ていないな。…だけれど、随分命を持っている様子を見るに、死神に転身しているようだ。神において複数の属性を有していることは何も珍しくないけれど、転身なんてしているということは君は随分不器用らしい」
ローブは流暢に話し始めた。バロールと対峙しているときは大層機嫌が悪そうだったが、今はずいぶん機嫌が良いように見える。とはいえども、言っている言葉はタラニスをどこか見下しているのだろうことが伺えるものだった。
「………………………」
タラニスは表情を変えず、それらしい反応も見せず、じっと相手を見つめている。その反応が気に入ったのか、ローブ姿は愉快そうに身体を揺らした。
「………ふふ。そうだな、興が乗ったから少しだけ教えてあげよう。僕はこの星の外より来たるものだ。何事も、準備は大切だからね」
「……この星の外……天上の星々から来たとでも?」
「さぁて、どこだろうね」
「まぁどこだっていい。わざわざこんなところまで、それも死んだヤロウを甦らせてまで、何を準備しに来たんだ?」
「それを明かしてしまうのは種明かしというやつだ、面白くないだろう?何事も――」
不意に言葉が切れた、と同時に。
吹いた風と共にローブ姿がかき消え、間を開けることなくそのローブがタラニスの背後に現れた。
「!」
「――暴かれる時が最高に楽しい、だろう?」
繰り出された貫き手は辛うじてかわしたタラニスは、身体を回し様にローブを蹴り、距離をとった。相手も当たるとは思っていなかったのか、ヒラヒラと貫こうとしていた手を振り、そっと人差し指をタラニスへと向けた。
「…ねぇ、“雷神”タラニス?」
「!!」
雷神、と口にされた言葉が波紋をもって広がった。すぐにその意図を察したタラニスは僅かに目を見開き、忌々しげにその顔を歪めた。
「……“死神”だ」
「いいや、“雷神”だ。だって、“君は僕の知る死神とは違う”」
確認するように死神だとタラニスが言葉にし、それに返した言葉で突如、地面の魔法陣が震え、大きく火花を散らした。
「なんだ!?」
突然のことにクー・フーリンも思わず声をあげる。魔法陣は拒絶反応を起こしたかのようにバチバチと鈍い音をたてて火花を散らし続けている。
一体何が起きているのかと地面に視線を向けたとき、クー・フーリンは不意にタラニスの言っていた言葉を思い出した。

―その能力の強さは、他生物からの“信仰”に大きく左右されるのさ

「……存在を否定して無効化しようとしてやがんのか…!」
クー・フーリンはたどり着いた答えに思わずそう毒づいた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス127

「…セタ坊、アレから意識を離すなよ」
両者の衝突への緊張が高まるなかで、ふとタラニスがクー・フーリンの耳元に口を寄せ、そう囁いた。クー・フーリンは視線はぼんやりと相手方に向けたまま、意識をタラニスへ向ける。
「…………黒幕の野郎か?」
「お前らも、視線を感じるだろう?どこから見ているかは分からんが、だか確かに見ている」
「…………そうだな」
「あくまで野郎が邪魔をしないのはあの二柱の戦いだけだ。……気を緩めるなよ」
「分かってる」
――視線。
タラニスが指摘したように、おとなしく引き下がったように見えるそれからの、絶え間ない視線を彼らは感じていた。
ローブの向きからでいうのであれば、その視線が彼らの方向を向いているはずはなかった。だというのに、確かに視線は向けられていた。それも、複数方向から。
「…一体どこに本体がいるんだろうね」
「なぁに、全部本体だと思うぞ」
「え?」
「?何か疑問が?」
「…………いいや?」
マーリンはそれを、ローブ体の他に本体が別にあると考えたようだったが、続いたタラニスの言葉にそっと口を閉ざした。
神に人間の当たり前は通用しない。それは当然と言えば当然だが、戦場ではその判断が命取りになりかねない。マーリンは他の二人に、いやぁうっかり、とでも言いたげに肩を竦めてみせ、すぐに表情を引き締めた。
――そうしている間に、両者の宝具の準備は整っているようだった。
「――起きよ、執行の時は来た」
「――閉じる時、閉ざされる時、我が魔眼の開闢の時である」
色と質の異なる魔力が膨れ上がり、接触面が激しい火花を散らす。目に痛いほどのきやびらかな赤を散らすルーの槍と、三色が混じりあって混沌を示すバロールの魔眼。
「ちっ………」
あまりの勢いに、タラニスは小さく舌打ちをして前面に盾代わりの車輪を並べ立てる。クー・フーリンも杖の飾りを光らせ、ウィッカーマンの腕だけを召喚し、魔力の衝突が生んだ暴風を遮る壁とする。
「五条の稲妻に焼かれるがいい……!」
「我が眼に射ぬかれよ、その終わりを我が贄としよう!」
――ルーの詠唱は、以前に凪子に対して放たれた時と変わらない詠唱であった。それは注ぐ魔力の量は桁違いと言えど、特別さは示さないということなのか、あるいはそれだけ本気の一撃をあの時も放っていたということなのか。
真偽のほどは定かではない。

「―――“轟く五星(ブリューナク) ”!!」
「――“悪シキ眼ノバロール(バロール・ドーハスーラ)”!」

朗々とした両者の詠唱が響いた直後、膨大な魔力、魔眼、神器の衝突が、大きな爆発を引き起こした。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス126

「――下がれッッッ!」
ルーの怒声に、四者は各々ほぼ反射的に動いた。直後、毒々しい赤い雷が落ち、タラニスの紋章が悶絶するようにバチバチと火花を散らした。
「……。無粋な邪魔はしない、という約定を立てたと思ったんだが。あぁ、まさか“無粋”が通じんとは、そこまでは流石に想定していなかったなぁ」
ルーは不測の事態が発生したと判断し、バロールを弾くと直ぐ様タラニスの隣へと瞬時に移動した。バロールもバロールで予定外の出来事であったらしい、ルーを追うことはせず、億劫そうに声の発生源である上空を見上げた。
「随分な語り口じゃないか。これだけ時間をかけて、まだ仕留められないなんて。僕の方が想定していなかったよ」
―それの造形は、布に覆われ測ることはできなかった。どうやら人形に近い形はしているようで、特徴的な様相は人間のそれに近い。
ローブを纏ったかのようなそれはゆっくりと降下してきて、件の白い樹の上に降り立った。そっと撫でるように樹の枝に触れ、不愉快そうにその身を揺らす。
「……おまけに、全く育っていないではないか。約定を果たしていないのはそちらでは?」
「おいおい、貴様と一緒にしないでくれ。ちゃあんと育てているぜ?それが貴様に観測できるかどうかは、また別の話だがな?」
「はぁ?」
「…………、…………………」
和気藹々といった空気で、だが皮肉の応酬を交わす両者に、ルーは何か思い立ったように眉根を潜めた。だがすぐにそんな表情を消し、がしり、とマーリンの後ろ髪を引っ付かんだ。
「あいたたた、」
「ドルイド。あれと視線を合わせるなよ」
「…?あれも魔眼を持つと?」
「認識してはならない類いだ、と言っている。見ながら無視しろ」
「難しいことを言うな貴方は!」
「………まぁ、会話からして、あれがバロールを復活させた黒幕のようだしな…」
ルーはマーリンにそう伝えかける。勿論それは、サーヴァント3騎に対して向けられた言葉だ。

認識してはならない。端的な言葉は難解な内容を要求しており、それが事態の深刻さを物語っていた。

ぽつり、と言葉を漏らしたタラニスも、どこからか修復された緑のマントを取りだし、顔を隠すように目深く纏った。向こうからも認識されない方がよい、ということなのだろう。サーヴァントの面々も、それに倣ってみな各々のフードを被る。
そこで、は、と、クー・フーリンはあることを思い出した。外なる神の存在を知った後、その対処を申し出て離脱したダグザのことだ。
「………それより、ダグザ神はどうしたんだ。あれが来るかもしれないからって、離れて待機していたはずだ。まさか……」
ダグザほどの神が早々見逃すとは考えられない。だが実際に、外なる神とおぼしきものがここに来ている。と、いうことは。
「我が御霊、ダグザ翁は無事か?」
「死んではいない」
「……………」
クー・フーリンの言葉には答えないだろうと察したタラニスが端的に言葉をまとめてルーに問いかけると、ルーもまた端的に、それだけ返した。死んではいないが、無事とも言いがたい、という状況であるということだろうか。ルーの言葉が意味するところに、面々はわずかに唾を飲む。
一方で、バロールとそれの罵り合いは続いていた。
「僕がお前を甦らせたのは生育の為だけだ。その過程での戦闘は自由にしろとはいったが、蔑ろにしたならば相応の罰を与える」
「おーおー、おっそろしいこって。ハハァ、やれるもんならやってみろ、クソガキ」
「…成程、ご老体には立場の違いというものが分かっていないようだ」
ピリッ、とした空気が走る。ローブの、人間でいう腕の部分が持ち上がり、毒々しい赤い光を放つ。小さな球体になったそれは、目にも止まらぬ速さでバロールの元へ飛んでいき―――

―――何も、起きなかった。

「…………は?」
「なんだ、口先ばかりでしねぇのか?なら、俺様からも無粋なクソガキに罰ってやつをくれてやろうか!」
「!」
影は呆然としたように動きを止める。そしてそんなことをしている間に、蛇が這うがごときの動きで空をしなったバロールの多節鞭がそれを絡めとり、地面へと叩きつけた。
「この…っ」
「いいから黙って、決着がつくまで見ていろ。そうすれば必然的に分かる。それとも貴様から消してやろうか?」
「…貴様」
「いいんだぜ?俺様は別に構わねぇよ。まぁ、その間にうっかりあれを折っちまうかもしれねぇが」
「………………ふん、いいだろう」
存外それは、バロールの言葉にあっさりと承諾を返した。ダグザとは戦っているであろうから、そのダメージがあるのかもしれない。
とにもかくにも、相手は一旦大人しく引き下がった。バロールは呆れたように肩を竦めると、すぐに顔に笑みを浮かべてルーへと向き直った。
「…さて、決着をつけるとするか!」
「………異論はないな」
ぶわり、両者から膨大な魔力が放たれる。バロールは魔眼の左目に手を添え、目に見えてわかるほどに魔眼に魔力を集中し始めた。一方のルーも、槍の穂先を下に向け、放った魔力をすべてその切っ先へと集中させている。
「宝具―!!」
―延々と打ち合いをし続けていてもキリがないことは、この一時間で証明された。ならば、必殺の技をもってその雌雄を決する、ということか。
魔力の引き起こす風に吹き飛ばされそうになりながらも、タラニスと3騎はルーから僅かに距離を取り、衝撃に備えた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス125

「………ちぃ、ちょこまかと。じゃれられるのは好きではないんだがなぁ」
―サーヴァントとルーによる妨害を受け続けたバロールは、ぽつり、そう呟いた。その巨体を機敏に動かし、仕切り直しと言わんばかりに後方へと跳躍し、距離を開ける。
「……っ、はぁ、はぁっ…はっ………」
そのバロールの行動によってようやく息つく余裕が出来たクー・フーリンは、ぐらり、と揺れた上体を杖で支えながら胸にたまった息を大きく吐き出した。

タラニスの妨害工作から、早くも一時間は経過しただろうか。ロマニから藤丸とマシュ、ヘクトールが無事本拠地に帰りついたことは連絡が入り、後顧の憂いはなくなってはいた。とはいえ、状勢は魔眼開放前とそう大きくは変わっておらず、じりじりとした耐久戦が続いていた。
「………っ、は………はっ……………」
「ハァー………っ、やれやれ…。お前との決着が長引くことは楽しいことだ、が…」
ルーとバロールも、ここまでの耐久戦はお互い初めてなのだろう。どちらにも疲弊の色が見え始めている。ルーは汗で額に張りついた髪を払い、静かに槍を構え直した。
「…タラニス、貴様まだ持つか」
「どうにか。といっても、先にドルイドの魔力が尽きそうですけどね」
「うーん…まぁ、否定はしない。とはいえども、弱体解除だけに専念していれば、あと一日くらいは持つとも」
「十分だ」
タラニスは恐らく面々のなかでは一番戦闘の負担は軽微であろうが、バロールはしっかりとタラニスを魔眼で見つめ続けている。故に、死にはせずとも、魔眼による様々な弱体化の魔術は発動している状態になる。直視を受け入れている分、その負担は他の面々よりも遥かに大きいはずだが、その事について弱音を漏らすことはなかった。
「ここまでじり貧となるとはなぁ、ルーよ。これだけ魔眼を開いているのも初めてだ」
「…………その割には負荷はなさそうだな」
不意に、バロールが多節鞭を肩に担ぎ、ぐるぐると首を回しながら語りかけてきた。休息の時間稼ぎだろうか。ルーとて余裕があるわけではないことは同様であるからか、少しの沈黙の後、言葉を返す。
バロールは、にっ、と小さく笑った。
「幼き頃から共にある。そして上塗りされたとはいえここは俺の神域だ、早々負荷になってたまるかよ」
「そうか」
「乗ってきたくせにつれねぇな。それより、あの粥野郎はどこへ行ったんだ?随分と余裕があるじゃあないか」
「さぁな。私の預かり知るところではない」
「………少し前からあいつがいなくなったからな。あれの邪魔をしてくれてるってんなら、感謝しねぇとな?」
「………あれ、というのは、貴様を甦らせたものか。手をとったにしては随分な嫌いようだな?」
お互いの呼吸が平素のものにまで落ち着いていく。衝突は間もなく再開されるはずだ、そう考えたクー・フーリンは、子ギルとマーリンに目配せし、二人は疲れを見せながらも小さく頷いた。
バロールはルーの問いかけに、ちらり、と、唯一無事に立ち続けている白い木を見上げた。
「嫌っている訳じゃあねぇさ。ただそうさな……どうしようもなくガキなのさ。それも可愛いげのねぇ、度しがたい程愚かな、 な」
「悪党はそういう悪ガキほど好むものだと思っていたが」
「ははぁ、ちがいない。利用するのにこれほど使いやすいものはないからな。それでも俺様にも好みってぇもんはある」
「そうか、どうでもいいな」
「まったく、お前も可愛いげがねぇ、なっ!!」
ずばりと言い捨てたルーに対し、バロールは笑いながらそう言い、不意に多節鞭を振り下ろした。その攻撃を予測していたのだろう、ルーも同時に動き、降ってきた鞭を振り払って勢いよく地面を蹴った。
「天の鎖ーー…!」
「やかましい!」
ルーが前に出たのと同時に、子ギルがバロールの後方に射出項を開く。だがバロールは一声そう怒鳴ると、自分めがけて飛んできた鎖を空中で掴み取り、ルーめがけて勢いよく投げつけた。
鎖の切っ先はルーの顔を掠め、地面へと深々と突き刺さった。
「ちっ……!」
「無理すんな、お前は先に魔力回復してろ!」
「キャスター、くるぞ!」
「!!」
ギラリ、バロールの魔眼が青く光る。直後、どこぞの施しの英雄のように、バロールの魔眼から一筋に絞られた魔力が放出された。
「おわっ!?」
どうやらバロールは魔眼を返し、物理的な魔力攻撃を行ってきたらしい。それは真っ直ぐにタラニスを狙っており、つまりはその前に立ち塞がる3人のサーヴァントを狙っていた。
「サン・クロス!」
咄嗟にタラニスが呼び出した車輪に攻撃は直撃し、四方へと拡散して大地を焼いた。強い魔力に焦がされた大地は、それだけで毒性の高い土壌へと変わる。
「おいおいしっかりしてくれよ、お前ら俺の盾だろ」
「いけしゃあしゃあと言ってんじゃねぇ!」
「ですが、本当にこれはもう消耗戦ですよ…!何か手を考えないと、」


「そう心配せずとも、お前たちはもう終わるよ」


子ギルが、打開策を考えるべきだと述べたとき。不意に、聞きなれない声がその場に響き渡った。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス124

タラニスはバロールの言葉に、にやっ、と笑みを浮かべる。いつの間にかその手に持っていた円錐形の彼の槍も、複雑に絡み合った鎌のような形状に姿を変えていた。

最も危険な即死の魔眼。タラニスは先程の、司る領域の転換を行う宝具を発動する際、クー・フーリンのウィッカーマンを用い、「この場において最も信仰の高い死神である」ことを対外的に示した。それによって、限定的ではあるが領域内における「死という状態」の操作権を獲得し、バロールの魔眼による死への影響を封じた、ということになるようだ。

「信仰の高さが神の力の優劣を決めるーー死神となって死を支配したら、生かすも殺すも全て奴の掌の上、ってか?とんでもねぇな…」
ぽつり、クー・フーリンからそんな言葉が零れ落ちる。思っていた以上の効力であったーーということなのだろう、子ギルでさえも驚いたようにタラニスを見上げていた。

とはいえ、彼らは気が付いていないが、実際のところはかなり限定的な効果ではある。あくまでタラニスが掌握したのは領域内の命の死、つまり先程展開した魔法陣内に限られる話だ。故に、その陣から外に出てしまえばその効果は無くなるし、バロールの魔眼の効果も平常通りに作用する。つまり、バロールからしてみれば相撲でも取るかのように、タラニスの展開した魔法陣から弾き出してしまえば妨害は意味をなさないということになる。

何より。
「タラニス!!」
「分かってるよ!」
ルーとの剣劇を交わしていたバロールが、一際大きくルーを弾くと突如ルーから意識を離し、タラニスの方へと跳躍した。弾かれた体勢を整えながら怒鳴ったルーに、タラニスはそうした動きを見せることは分かっていたと答えながら手元の鎌を構え直した。
弾丸のようにはぜたバロールの肉体が一直線にタラニスへと向かい、勢いよく両者は衝突した。衝突の勢いで、炎上し崩壊しかけていたウィッカーマンが、形を崩し弾け飛ぶ。クー・フーリン達は降り注ぐ燃える木々を慌てて避けながら、若干の混乱を抱きつつ衝突の行方を目で追った。
「いやぁ、全く予想外だタラニス。このバロールを前に、随分と烏滸がましいとは思わないか?」
「言っただろう、貴様は所詮死に損ないの恥知らずだ、烏滸がましいとは思わねぇな。どんな甘言に乗ったかは知らないが、魔神の名が泣くぜ?」
「ははぁ、言ってくれるな三流神が!」
「っ!!」
ぶぉ、と、勢いよく振り下ろされた多節鞭がタラニスの鎌に絡み付き、そのままタラニスを鎌ごと地面へと叩きつけた。
地面に接触する直前にタラニスは体勢を建て直し、足から着地したが、衝撃の勢いは消えず地面が大きく抉れ弾け飛んだ。
「…っ………」
器用にタラニスは絡み付いたバロールの鞭を振り払い、ルーの方へ跳躍して距離を取る。ルーも、向かってきたタラニスの前に立ち塞がるように槍を構えた。
振り返りこそしなかったが、ルーの眉間は深く歪み、苛立ちを露にしていた。
「この馬鹿者が!!何か企んでいる事は分かっていたが、この、馬鹿が!!!」
「はは、そう怒ってくれますな我が御霊、語彙力が死んでますぜ」
「当たり前だこの愚か者!!」
「前向きに捉えてくださいよ。これで賢台は奴の魔眼を気にしないでいいし、俺だけを守ればいい、そうでしょう?セタ坊の協力のお陰様で、今ならあいつら、粉微塵にされても死なないぜ」
「っ、そういう問題ではない!」
タラニスめがけて再び飛び込んできたバロールの攻撃をルーがいなし、再びルーとバロールの剣劇が始まった。バロールはどうやらタラニスを狙いたいようだが、ルーが巧みにその攻撃を全て防いでいる。タラニスもそれを理解しているようで、両者の移動に合わせて間合いに入らぬように動き回っているのがみえた。
「…なんか揉めていますね?」
「そう事は容易には運ばねぇ、ってことなんだろうが……」
『………先程タラニス神は詠唱で、掌上にこの場の死を、と言った。そして魔神も、彼の神が死を支配下においた、と。だが光神のあの様子…事態はもっと、単純なことなのかもしれない』
「あ?何が言いてぇんだ」
ああもルーが激昂した様子を見せる理由に予測のつかないサーヴァント陣は、現状衝突の激しさに下手に手を出せないために遠巻きに様子を見守るしかなかったのだが、ふ、とロマニが溢した言葉に通信機の方を振り返った。
支配権を手中においた。それだけ聞けば、タラニス自身の負担がどうであるかを除けば、特にデメリットなどないように感じる。だが、ある主徹底的に合理的であるルーがあそこまで激昂するというのであれば、何かしらデメリットがあるのだということになる。
通信機の先で、ロマニは若干、青い表情を浮かべていた。
『…タラニス神は、自分だけを守ればいい、と言っていた。つまり彼は守られなければなれないような状態にある、ということになる。死の支配権の獲得、もしもそれが、タラニス神の中にこの領域全ての命がある、ということを意味するのであれば……』
「…ちょっと待て、死を支配下に置いたって、概念的な話でなく単純にこの場の命が全部タラニスの中にある、ってことか!?ならタラニスを殺されたら、」
『恐らく全員死ぬ!だから光神は激昂してるんじゃないかな!!魔神の即死効果が効かない保証はどうやらなかったようだし、リスキーにも程があるんじゃないか!?』
「…!あいつ、“文字通り命を預ける気があるなら”って、マジモンの文字通りかよ!!」
ーーそう。タラニスによるバロールの魔眼の即死の無効化は、あくまでクー・フーリンの示した信仰によりタラニスの方がより上位の死神であるとされたが故に、“タラニスに対しては無効になった”に過ぎない。タラニスがした本来の行いは、魔法陣内の命を全て己に集積し、本来なら効いている魔眼の即死の効果が“命に及ばないようにしている”だけなのだ。
その事に気が付いたカルデア陣は、防衛に参戦すべく慌てて地面を蹴った。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス123

ゴロゴロ、と、いつの間にかに垂れ籠めていた暗雲から低い音が響き始めた。紫色に濁るそれは、高濃度の魔力が籠められていることを簡単に察せさせた。
「――天上に轟然たる雷鳴響き航り、万物の盤表たる大地には戦禍が相乱れる。太陽を司りし我が同胞、その御名において、3つの車輪がここに噛み合う」
「タラニス、何を―!?」
どこからか朗々と響き渡るタラニスの詠唱と共に、バロールの神域を覆う程の大きさで紋様が地面を走った。歯車とトリケトルの模様をモチーフとしているのだろうか、複雑な魔法陣のようなそれは止める間もなく展開し、淡い紫色の光を放ち始めた。
「………………これは、」
僅かな動揺を見せたルーに対し、バロールは何か思い当たることがあったのか、驚いたように素の目の方を見開き、タラニスの姿を探し始めた。だがタラニスは早い段階で隠れてしまっている、そう易々とは見つけられまい。
そうしている内にバロールの索敵に気が付いたルーは、消えぬ動揺を顔に滲ませながらもその妨害に動き出した。素早く突き出された槍に、バロールは忌々しげに舌を打つ。
「意外だな、これだけの術式、ただ事でないことが分からないほど愚かではあるまい?」
「……………これでタラニスが死せるとしても…その死を背負う用意など貴様の前に立たせる前に済ませているわ」
「…!はっ――そいつは大層なご覚悟なこって…!」
二柱の攻防の合間にタラニスの魔法陣は展開しきり、円柱状に立ち上った光の先、上空に重なりあって回転する三つの車輪が見えた。タラニスの象徴である、サンクロスだ。
その車輪は鈍い音をたてて回転したのちに瓦解して、立ち上がったウィッカーマンを取り囲むように降りそそぐ。
「ここに贄は捧げられた。其が信仰を認めよう。其が祈りを受け入れよう。―汝を我が信者と認めよう」
そのまま車輪はぐるぐるとウィッカーマンの回りを回転し、ぼぅ、と炎を纏う。
ルーの妨害にもはや止めるのは間に合わないと判断したのか、あるいはこれはこれで面白いと思ったのか。バロールは攻撃の合間にタラニスを探すのをやめ、ルーとの剣劇をかわしながら楽しそうにその様子を見上げた。
ゆらり、と。ウィッカーマンの頭上に、曖昧な人影が浮かび上がる。

「ここに約定は果たされる。領域固定、信仰判定通過、対象確定。――我が掌上にこの場の死を。雷神の名を返上奉り、死を司りし権能を此処に示す。異邦招来、“互換・絶対壊滅車輪(タラニス・サン・クロス・メタモルフォーゼ)”!」

ー詠唱の終わりと共に、炎をまとったウィッカーマンが雄叫びをあげる。何もなかったはずの檻の中に人の影が苦悶に捩れ狂う様子が浮かびあがる。
そして、ごうごうと燃え盛る炎の上に、身体に赤い刺青を走らせたタラニスが姿を現した。
「…へぇ、面白いじゃねぇか。そこまでは予想していなかったぜ」
サーヴァントの面々が何事だと炎上するウィッカーマンを見上げ、ルーが厄介なことをしてくれたとでも言わんばかりにタラニスを見、顔をしかめている中、バロールは真ん丸と目を見開いてウィッカーマンを見上げ、次いで、にぃ、と口角をつり上げて歪んだ笑みを浮かべた。
魔眼を制御している眼帯がギチギチと鈍い悲鳴をあげ、ぞわり、その下に隠された青と赤と緑に淀んだ瞳が姿を見せる。

「なら比べ合いと行こうか―――魔眼開放、“悪シキ眼ノバロール(バロール・ドーハスーラ)”!!」

「…!」
ギィィン、と、金属を無理に擦らせたような不協和音が神域に響き渡る。タラニスが展開した紋章が、拒絶するようにバチバチとはぜた。
――いよいよ、バロールの魔眼が開放されたのだ。
はっ、と思わずバロールを見たクー・フーリンは、バチリとその魔眼と目をあわせてしまった。
「…っ?即死の効果がでない?」
しまった、と思う余裕も許されずに氷の刃で全身を刺し貫かれたような寒気と、内蔵がすべてひっくり返ったのではないかと錯覚する吐き気、思考を無理矢理に弄くり回されているような強烈な違和感に襲われる。だが、彼はそんな症状に崩れかけた身体を杖で咄嗟に支えながら、真っ先にその疑問を口にした。
バロールの魔眼は無差別的な即死の魔眼。成る程一挙にわいた負の作用は直視した影響なのだろうが、即死はしなかった。つまり、本来の魔眼の効果は発動されていないということになる。
視線をそらし、距離を取りながらも混乱するサーヴァント陣に答えを示すかのように、頭上からタラニスの高らかな笑い声が響き渡った。
「ハ!やればできるじゃねぇか、セタ坊!!テメェの信仰は確かにここに形に成った!」
「タラニス、テメェ何をしたんだ!?」
「なんだ、倅の方は分かってねぇのか?半分人間じゃその程度が限界か」
「あ!?」
どこか得意気な、というよりかはどこか高揚しているような様子すら見せるタラニスと、タラニスの行いが指す意味を察せていないことに呆れたような声をあげたバロールに、クー・フーリンは苛立ちを向ければいいのか怒りを向ければいいのか、困惑しながらもバロールの方に僅かに意識を向けた。
バロールはそんな周囲の状況を一切気にも止めずに戦闘を再開したルーと鍔迫り合いながら、ちらり、と魔眼でタラニスを見上げた。直視しているが、やはりタラニスにも効果はない。
「成る程、確かに貴様にも死を司る側面があったことを忘れていたぜタラニスよ。そしてそれが俺様の魔眼と拮抗するなんざ、考えもしなかった!“この領域の死を支配下に置くことで魔眼による死を無効化する”なんざ、よく思い付いたもんだな!」
「!」
クー・フーリンはルーと拮抗しながらそう吐き捨てたバロールの言葉に、ようやく事の次第を理解して再びタラニスを見上げた。
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