カルデアの善き人々―塔―27

「……なんで分かったのか、聞いても、いいですか」
「……………」
サンソンは彼の問いかけに口をつぐんだ後、コーヒーカップをサイドテーブルにそっと置いた。
「…なんとなく、なんだ。カルデアのなかで行ける場所なんて限られてる。部屋にはいなかったとなれば、余計にだ。そして思い出したんだ、君の仕事のことを」
「それだけで…?」
「あとは…そうだな。君が女史に対して、彼女を殺してでも自分の仕事をするのだと、最後にそう言ったと聞いてね。なら、君は仕事場に向かっただろうと、そう思ったんだ」
「あー……はは………」
恥ずかしいような気まずいような。彼はそんな気持ちを覚えて、曖昧に笑うしかなかった。ただサンソンはそんな彼の気まずさには気付かなかったか、そう言うなり、す、と目を伏せた。

ーーそういうのを言葉にしづらいというのは、分かるつもりだ

つい先ほどの言葉が早々に頭にリフレインする。
「………あなたも、そうだったんですか」
「、え?」
ぽろりと、深く考えないうちに言葉がこぼれる。サンソンは虚をつかれたように、ワンテンポ遅れて驚いたように彼を見た。
彼は、ぐ、と、拳を膝の上で作った。
「…あなたのような、歴史に名を残した方でも……。仕事へのプライドというか、自負というか、その、うまくは言えないんですけど。…それが揺らいで……確かに譲れないもののはずなのに、放り出してしまいたいような、そんな気持ちを抱いたことが、あるんですか。だから、俺のこと、分かったんですか」
「!……、………………」
サンソンは彼の言葉に目一杯、その色素の薄い目を見開いた。彼はサンソンを直視できず、ふいと目をそらす。
なんだかとても失礼なことを言った気がする、と、彼は早々に言った言葉を後悔した。サンソンの職業は死刑執行人だ。当時の世間での扱われ方なんて、時代背景を慮れば容易に想像できることだ。まして、サンソンのように責任感の強い、誠実な人間が、必要悪とすら言えるような職務への責任との間で悩まないはずがないなんてことは、火を見るよりも明らかだ。
それを、自分と同一に見なすなどと、おこがましいにもほとがある。少なくとも彼は、そう思った。
サンソンは何度か瞬きを繰り返した後、脱力したように笑みを見せた。
「…そうだね。あるよ」
「!」
「特に若い時分は、そういったことで悩むことは勿論あったさ。…果たして自分は、正義なのかどうかを、いつも自問自答していた」
「……、す、みません、なんか、同レベルな感じに言っちゃって、俺なんかと、」
正義、という言葉に彼はずしんと胃が重くなるのを感じた。自分とはスケールが違いすぎる、そう彼は思った。
だが、サンソンは彼の予想を裏切って、驚いたように彼を見返してきた。
「何を言うんだい。確かに僕の仕事はフランスという国の平和のためにという、責任と自負があった。でも、君たちの仕事はそれよりも広い、人類全てに対して責任と自負があるものだろう?なら、僕の方が軽いくらいだろうさ」
「!!いやっ、そんなことは!!」
「それに、たとえ僕と君が感じたものの重さが違ったとしても、だからといって僕より君の方が苦しくないなんてことも、君が僕より苦しんだはずだなんてことも、おいそれと言えるようなものではないんじゃないだろうか。……僕も苦しんだ、君も苦しんでいる、そこに貴賤はないだろう?」
「…………、…………………」

ふっ、と、身体から力が抜ける気がした。
やっぱり、スケールは違った。自分と、サンソンの器のスケールが、だが。
彼は目頭が熱くなるのを、手が震えるのを感じながら、ぎゅうと一際強く拳を握りしめた。
「…………俺が、今、苦しいのは……精神の病だなんて、言われてしまうのは…俺が、俺の心が、弱いからなんでしょうか…」
「……………………」
絞り出した声は僅かに震えていて。
サンソンはそんな彼を、じ、と見つめていた。