【07-GHOST】
クロユリ×ハルセ









「何故、命令を無視したっ!

――――ハルセっ!!」



何度問い掛けても、悲鳴に近い声をあげても、返事が返ってくることはない。
ミカエルの瞳に心を奪われてしまったハルセはただの肉体の塊となってしまった。
どんなに身体を強く揺さぶっても、その肉体に深く爪を立てても反応はあるはずもない。
彼は植物状態になってしまったのだ。
自らの意志を持たず、話すことも、動くこともない。
最低の生命活動があるのみ。

約束したのだ。
離れはしないと、如何なる時も側にいると、確かに誓ったのだ。
なのにここに居るものはなんだ。
ただの抜け殻ではないか。

闇の力を食い尽くすと言われる花に彼が取り付かれたとき、力をもたせるために行ったアレはなんだったのだ。
助けるために、失いたくないがために行った行為も、命令も、彼は簡単に無視した。
今まで従順だっただけに、命を破ったことへの戸惑いと行き場のない怒りが込み上がってくる。


「ハルセ!返事をしろ!ハルセっ!」

叩いても返事が無いことは分かっている。
けれど、こうでもしないと自身が可笑しくなってしまいそうだった。

脳裏に浮かぶ最後の彼の姿は笑顔だった。
信ずる主の為だと迷うことなく悪魔の瞳に身を捧げた彼は、死への恐怖など微塵もなく、ただ信念を貫いた屈託のない笑顔を此方へ向けたのだ。

彼が身体をはったお陰でミカエルの瞳はアヤナミ様のものとなった。
手に入れるべきものは手に入れた。

しかし、だ。
手に入れたものの代償はとてつもなく大きなものだった。

腹が立つ。腸が煮えくり返るほどに。
敵への怒りもあるが、それ以上に彼への怒りがあった。
そして、そのすべての原因は自身のせいだ。

爪を立てていた皮膚から鮮やかな血が零れ落ちた。
それを口に運び舐めとると、鉄の味がした。
膝元にしゃがみ込んだままハルセを見上げると、虚ろな目は何処か遠くを、あるはずもないものを写していた。
後悔と悔しさで複雑に感情が入り交じる。
もう頼れるベグライダーがいないことを思い知らされた。
不意に寂しさが込み上げてきて、クロユリはハルセに抱きついた。

血はこんなにも鮮やかで温かく、確かに体温があるのに、それはクロユリの願いを叶えてはくれない。
生きていることが不思議に思えるくらい、彼には肉体ただそれだけしか残っていない、ただの抜け殻。

なのにこんなにも狂おしく、愛しい。


「ハルセ、ごめん…ごめんね」


なにもできなかった。
そして、今もなにもできない。
己の不甲斐なさを身に染みて感じた。
部下を失って、その重みに初めて気がついた。
何気なく言っていた命令が、あの時は本気だったのだ。
彼を失いたくなかった。


「待ってて、ちゃんと迎えに行くからね」


虚ろな彼に微笑みかけた。
彼の瞳に自身の姿が映る。
涙で歪む表情は笑顔とは言いがたいものだった。
唇を噛み締める。
彼が心配するから、もう泣くわけにはいかない。

此れからは一人で立たなければならない。
彼を必ず取り返してみせるのだ。
愚かな自身の償いでもあり、愛しいものを取り戻すために。


「必ず、ハルセの心を…」

クロユリは零れる涙を乱暴に拭った。