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なんて素敵な殴り合い



その恋を名前をつけて言うのなら。
きっとこういう名前が一番あっているだろう。

なんて、素敵な、殴り愛。



新宿の某所。
今日もそこは、あやしいネオンで町を彩る。
赤・黄・青…
町並みを鮮やかに彩って。


その人通りから少し離れた場所に、古びた喫茶店がある。

小さな、でも少しレトロでお洒落な雰囲気のそこ。


ここまで辿りつくのには、結構かかるし探しだすのもかなりの時間を要する。

なにせ、新宿は広い。
それに古びた喫茶店なんて沢山あるのだから。


聞いた話、その喫茶店は、ある族の根城になっているらしい。

13歳〜18歳までの男を集めたそのグループは喧嘩負けなし更には謎に包まれたグループというのも相まって、最早伝説と噂されている。

少人数で纏められたそのグループは、どのグループよりも統制がとれており、腕に強いものが集まっている。


特にそこの総長『彩』は敵にしたら最後、命はないと言われているのだが…



「今から俺、天龍寺きゅんに告ってくる!」
「は…?」
「止めないで、マイフレンド!もうこの想い、止められないの。ああ、天龍寺ぃぃ。俺の思いを受け取ってぇぇぇぇ」
「おい、総長、」


誰も知らない。
その最強の総長は、とてもアホで、ネジが取れた人間だという事に。

可愛い小柄の、愛らしい顔をしていることに。
本当は。ただ一人の男に恋しているという事に…。

今は、まだ…知らなかった。
今は、誰も…。

―なんて素敵な、殴り愛。



「って、ことで、天龍寺、スキ、結婚して、そのあとちゅーして。抱きしめて」
「……」
「ああ、その鋭い瞳、しびれるぅぅ」

俺が可愛く誘っているのに、俺のマイダーリン・天龍寺は無視。
優雅に長い足を組みながら、コーヒーカップを持って珈琲を飲んでいる。

もう、そんなところもくらくらしちゃうvvどこのモデルですかって感じ。
かっこよすぎ。ぽぉってしちゃうよ〜。
なんでそんなかっこいいの〜。
思わず悶絶する俺。

俺、田所俊二。こう見えてぴっちぴちの17歳。
そして、俺が愛してる大好きなダーリン。
名前は天龍寺辰巳。同じく17歳。こう見えて、ここいらのナンバー2の族のグループの総長なんだぜ。もうかっこいいの〜。のろけるつもりないけど、超かっこいいの☆


細かくいうと、その野性味あふれた鍛え抜かれた肉体だとか…、
もうモデル並みに長い脚だとか、ちょっとストイックで堅物っぽい真面目そうな顔だとか…全部俺のつぼにはいり、きゅんきゅんきてしまう。
愛してる、この世の全てを与えもいいくらい俺は天龍寺を愛してるー。


天龍寺は、高校生にもかかわらず優に180は超えていて、俺なんか見上げないと天龍寺の顔を見れない。
だから、俺は自然と、天龍寺と話すときは上目づかいで話すんだけど…なんでか、天龍寺はそれが気に入らないらしい。天龍寺曰く、男の癖にきもい、だって。

まぁ、その嫌悪溢れた天龍寺の瞳にきゅんきゅんくるから別にいいんだけどねー。


天龍寺は俺に好かれているのをあまり好ましく思っていないらしく、俺が喋ってもムシムシ。

今まで、まともに会話をしたのはどれくらいだろう…。
はっきり言って謎だ。
俺のことも未だに名前で呼んでくれないの。
くすん。
俺の容姿が天王寺と違って、いっつオールへいぼんぼんなのもいけないのかもしれない。


そもそもね、俺が天龍寺を好きになったのは、天龍寺が暴走族?みたいな相手にたった一人で立ち向かっていたところをたまたま見たからなの。
一般人を脅していたところへ天龍寺が止めに入って…。

血だらけになりながら、殴りかかる天龍寺を見て、もう俺の心はきゅん、としちゃった訳。

だから、わざわざ同じ族のやつらに天龍寺の情報取ってきてもらって…
こうして押しかけ女房ならぬ、押しかけストーカーやってるの。
天龍寺は迷惑しているけどね。でもこの想いは止められないんだぜ。

「…」

天龍寺は好きすき言っている俺を無視して、長い脚をソファーから投げ出し優雅に雑誌を読んでいる。

その長いおみ足に蹴られたい、って思う俺は、ちょっと危ないかな…。
でも、蹴られたら俺はその日一日興奮して眠れない自信がある。
蹴られたところの痛みを、オカズにして…、
えへ。俺ってばエロい子なんだからーっ

でもでも、天龍寺にならどんなプレイでもオールオッケーっていうかぁ…



「お〜、相変わらずきているねぇ。天龍寺君のストーカー君」

カラン、とドアが鳴る音とともに、数人のお兄さんたち。
この人たちは、天龍寺の仲間。更には、同じ族の人らしい。
もう何度も天龍寺のおっかけをしている俺は、既にここでは顔が知れている。

このお兄様がたとも顔なじみだ。
「こんにちはー」
「うんうん、こんにちはー」

俺をとくに気に入ってくれている、この族の副総長・三井さんはまるで犬にするかのように俺の頭をがしがしと撫でてくれた。

ちょっと、痛いです、三井さん。

俺、ハゲちゃいそうです…


三井さんは、とっぽい感じのお兄さん。

わりとチャラ男に見えるんだけど、こう見えて、かなり頭がよく、チームの参謀役もかねているとか…。


そんな俺たちを天龍寺はどこか冷めた目で見つめる。


「あのさぁ…お前さ…」
「は、はいっ」

や、やった。
なんでか知らないけど、天龍寺から声をかけてくれた!
どきどきと高鳴る胸をそのままに、俺はスライディングでもする勢いで、天龍寺に近寄る。


「な、なに、天龍寺…はぁはぁ…」
「俺たちは、族だ。わかるか?」
「は、はぁ…」


族って。俺も族だし。しかも族長ですけど…。


「お前みたいなもんが出入りすると、指揮にかかわる。気が散る。うせろ。へらへらした面しやがって。俺たちの族が舐められたらどうするんだ。お前みたいなのがいるだなんて知られたら…」
「え…と、俺、見た目によりも喧嘩強いですよ」

力こぶを見せながらにっこり笑う。
まぁ、俺、結構華奢だし小さいけど…。

こう見えて総長だから、ほどほどに喧嘩強いんだけどな。

舐められたら、そのぶん返り討ちにしちゃうんだけど…。


「ああ?ちびが嘘ついてんじゃねェ。さっさとここからうせろ。好きだなんてきもいんだよ、はっきりいって」

き、きもい…
きもい…。

天龍寺くん、会心の一撃!
俺、急所にあたる。
うう、今の言葉ぐさっときたよー。

でも、でも、この気持ちは止められないよぉぉ。


天龍寺の顔が見られなくなるなんて嫌だ!
ここにこれなくなるなんて嫌だよぉぉぉ

だって好きなんだもん。

「俺なんでもするからぁ。お願い、ここにいさせてよぉ、天龍寺」


俺は天龍寺の足に縋りつく。
天龍寺は俺をまるで芋虫でも払うかのように足を動かしたが…
俺は頑張って縋り続けた。


「はー、相変わらず、天龍寺くんはきびしいねぇ。
天龍寺君の興味って、ここいらのナンバー1の族くらいしかないもんね。後は面倒だの、なんだの…。

俺たちに喧嘩売ってるところも無視するんだから」

三井さんは、俺たちを見てクスクス笑う。


ん?天龍寺の興味はナンバー1の族?
これはいいこと聞いたぞ。メモメモっと。

ん?ここいらのナンバー1の族って…俺のところ…だよね?


「ナンバー1って、もしかしてバタフライ?彩とかいうところの…」

思ったことを口にすれば、三井さんも天龍寺も目を見開き俺を見つめてくる。
あ、あれ…
俺変なこと言った?


「なんでお前が…一般人のお前がそんなこと知ってやがる…」
「知ってるも何も…俺そこで…」

総長を…
そう言葉にする前に、天龍寺は口を開き…。

「お前と、付き合ってやる」

そう一言言った。

え…なに…?
俺の都合のいい幻聴ですか?
おおおお、お付き合いですとぉぉ。


「ふ、ふぇ…なん…」
「お前、バタフライと近い間柄なんだよな?彩のことを知っているのは、バタフライのやつら…身内くらいじゃないと知らないと聞く」

そ、そうなんだ。
俺の事ってトップシークレットなんだ。
確かに、みんなこんな族長嫌だっていうから、あんまり表に俺でないけど…。


「お前と付き合ってやる。でも、交換条件だ。バタフライの…彩の情報を渡せ」
「へ…?」

俺の…?

「なん…で…、」
「俺は、彩を倒したいからだ…」

彩を倒す。
俺を倒すから…彩を倒したいから情報くれ…。
俺を倒したいから…。

きゅん…。
俺を倒したいなんて。

俺は押し倒される希望なんだけど。
まぁ、いい。
深くは考えない、それが俺さ。

俺の情報さえやれば、付き合えるんだもんねー。
他の情報ならいざしらず。俺の情報なんて、どんどんあげちゃうよー。それで天龍寺と付き合えるなら!


「うん、いいよ。
俺…バタフライの…えっと、関係者っていうか…知り合いがいるから…教える!どんどん教えるよ!」
「よし、携帯出せ」

天龍寺は尻ポケットから銀色の携帯を取り出す。
俺も急いで取り出して、赤外線通信で互いのプロフィールを送りあった。


「まったねーv愛してるよ〜天龍寺!」


それから、俺は夕方までいつき、幸せるんるんで、家へと帰った。

これから念願のお付き合いが出来る!

ドキドキとワクワクに胸を膨らませて。


SIDE天龍寺


「いいの…?」

三井が窺うように俺に投げかける。

「なにが…?」
「なにがって…さっきの…、さ」
「ああ。どうだっていい…別に」

どうだっていい。
そう、どうだっていいんだ。別にあいつと付き合うとか、なんとか。
俺にしたらどうだっていい。
彩のことがわかれば、あとはあんなやつ捨てるだけだ。
俺のそんな考えが顔に出たのか、三井は顔を顰め、抗議をする。


「うわぁ〜、鬼、鬼だね。あんなに付き合えて嬉しいって笑っていたのに」

嬉しい…ね。

「俺は、彩以外興味ない」
「は…はぁ…」
「その為なら、例えどんな人間だって、使うさ。彩に会えるなら…」

そう、あの蝶にもう一度会えるなら俺は…。
誰に何を言われても構わない。

きゅっと、こぶしを握る。
あいつのことなんて、どうだって、いい。
俺には彩さえ、いれば。
彩の情報さえ、あれば。

呆れたような視線を向ける、に背を向けて、根城にしている廃墟から出る。
途端、夜の風が、頬を叩いた。

俺はポッケに手を突っ込んで、夜の街へと繰り出した。

美しい蝶、彩に合えることを願って。

最強のハニーバニーボーイ



*永戸サイド。

「…ね、永戸(ながと…)」

ニッコリ、と、柔らかな微笑みを浮かべ、俺の名を呼ぶ幼なじみ。

その笑みは…平凡な少年のもの。
けして可愛いとか美人といった類いではない。
はっとするような、顔でも、表情でもない。

でも…もう十年以上もその笑みを見ているというのに、微笑まれれば、つい顔が赤らんでしまう。


可愛い。

皆が皆、夢中になってしまう、天真爛漫な幼なじみが。


無性に、可愛い。
抱きたい。俺のモノにしたい。
女のように、抱きしめて、キスをしたい。
俺のモノを、こいつの尻に挿れたい。

ぐちゃぐちゃに泣かせて、喘がせて、必要とされたい。

そう思う俺は、異常だろうか。



「永戸…永戸は、俺の事、好きだよね…?」

「…あぁ…」

「愛してる?」

こてん、と首を傾げ、聞くその姿。
愛してる。愛してる。

こいつを愛してる。

いつも愛してる?と聞く幼馴染に、その数だけ俺は返事を返す。

自分の想いを込めながら。


「…あぁ」

「ほんとに?」

「ほんと…だ…」


愛してる、俺は幼なじみである鳩山羽住(はとやまはずみ)を愛してる…。

俺のすべてをかけても。

羽住が好きだ。

他の誰にも渡さない。
渡したくない。
俺だけのものにした。

みんなが夢中になる、幼馴染を。

たとえ、何かを犠牲にしても。
それでも、俺だけのものにしたい。

自分が悪者になっても、羽住を愛している。

だから、何回だって、その問いに愛していると囁ける自信がある。


「俺は羽住を愛しているよ」

 俺の返答に羽住は、嬉しそうに笑い、
「じゃあ…俺のお願い…聞いてくれるよな…?」

ふふ、と声を出し甘えるように俺の首に腕を回した。

俺の返事はいつだって同じ

「あぁ…」

羽住…お前の為ならば。

「なんだってきいてやる」

なんだって、聞いてやる。

お前の望みをすべて。

すべて叶えてやる。


けして、お前は俺を愛してはくれないだろうけど…。



     
          *
お友達になろう≠サの一言から始まった。

俺の羽住への執着は。



 俺と羽住は、幼稚園の時からの付き合いで、家が隣同士の幼馴染だった。
俺の家の窓から、羽住の部屋が見える。
それほどまでに近い距離に俺たちの家はあった。


 母子家庭の俺と、家族に愛され育った羽住。
平凡、なのに家族に愛されて育った羽住は、とても心優しく、母子家庭の俺にいつも優しく接した。

昔は、母子家庭で裕福な生活が送れなかった為、学校の備品を買えないことが多々あり、それが元で、クラスメートからはかなりからかわれた。

貧乏貧乏な永戸貧乏。


昔から、俺は可愛らしい性格をしていない。しかも、目は鋭く、無愛想だから、よけい疎まれたり、怖がられる。

俺をからかってくる奴は、張り倒し、逆に泣かせることが多々あった。
そんな俺を、周りはいつも遠巻きに見ていた。

傍にいてくれたのは、羽住だけだった。
俺を必要としてくれたのも。


「永戸がどんな人間であっても、僕は永戸が好きだし、必要としているよ」

中学の時。
沢山悪さをした。夜中出歩くことが多々あった。
母親が嘆いたことも多かった。

そんな中、羽住は、けして遠ざかることなく、近すぎることもなく、俺を見ていた。
時に一人で泣いていた俺の母親のそばにいて。


『永戸は今、ちょっと、羽目を外しているだけだから。すぐまた、おばさんのところに戻ってくるよ』

そう言い続けたらしい。

今でも、母親は羽住がお気に入りで、俺よりも羽住を実の子供のように接する。
俺はいつまた、暴れるか、夜遊びして喧嘩三昧の日々に戻るか気が気じゃないんだろう。
どこかいつも俺たち親子には距離があった。

そんな距離を埋めてくれるのが、羽住の存在だった。
羽住がいなくては、ダメ。
俺には羽住がいないとダメだ。

俺は羽住を必要としている。
俺は羽住に恋してる。
恋に気づいてしまえば、時間も抵抗なかった。
ただすんなりと、羽住を必要としている自分に気づいた。


 高校はなんとかして、羽住と同じ学校に入った。
高校受験するころには、俺も落ち着いていて、反抗期を過ぎていたし、なにより羽住への感謝の気持ちが大きかった。
同じ学校に入れたときは本当にうれしかった。


ただ、羽住は平凡なのに、昔からどんな人間も惹き付けてしまう。
一緒にいられれば、それでいいと思ったのに。

傍にいればいるほど、もっともっと、と欲が出てしまう。
ただ傍にいるだけじゃ、満足できない。


 入学した高校で、羽住は学校の人気者を次々とひきつけた。

生徒会副会長、書記、会計、風紀委員、学級委員…。
羽住は自然と、その人間の淋しさやら必要とするものを嗅ぎ付けるんだろうな。

みんながみんな、羽住に狂い、自分のモノにしようと躍起になった。

唯一、羽住の虜になっていないのは、この学園で一番の人気を誇る、生徒会長くらいだった。

そんな生徒会長を、羽住が好きになったといったのは、ちょうど、学園に入学してから2か月目のことだった。



「ながと…俺、会長のこと、好きになっちゃったんだ…」

そう、顔を赤らめて話す羽住。

「永戸…永戸は俺のこと、好きでしょ?だから…」

俺の言うこと、なんでも聞いてくれるよね?


恋は、した方が負けだという。たぶん、想う量が多い方が、自然と惚れた相手の言うことを聞いてしまうのだ。

好きなくとも、俺は。

「ああ…」

羽住の言葉をノーといえなかった。




永戸、お願いがあるんだ・・・。
あのね、日向会長に色目を向ける、上山をね、レイプして欲しいんだ。
もう学校に来られないくらい、めちゃくちゃにしてほしいの。
上山がいるから、会長は俺のモノにならないから。

いつもの羽住からのお願い。
羽住から相手を痛めつけレイプをしろ、と言われるのは、多々あった。
羽住は、それだけ会長が好きなのだろう
俺が羽住を好きなように。


「永戸だけだよ、こんなこと頼めるのは」

そういわれたら、俺には、逆らうすべはなかった。

狂ってる?そうかもしれない。
あいつが手に入るのならば。

誰が傷ついたって構わない。


 あいにく、俺は目が鋭く顔は強面で、黙っていればいつも不機嫌そうで、目があえば誰にでも殴りかかる不良、とうわさされていた。

だから、羽住にお願いされて、羽住の気に食わないやつにそれとなく忠告≠してきた。

といっても、素直に俺の言葉を聞いてくれる人間なんていないだろう。
だから、決まって、俺は「俺に無理やり強姦させられたくなければ、学校を退学するか、会長に近寄るのをやめろ」とくぎを刺す。

大抵、羽住が気に入らないというやつは、ちわわみたいに可愛い男ばかりだったから、俺が脅したらすぐにおびえ、学校を退学したり、会長に近づくのをやめた。

何人かは、俺の忠告を聞かず、会長に近寄ったようだけれど。
そんなやつらは、大抵、他の羽住シンパの餌食になり、学校をやめていった。

そんな学校をやめていった人間を見て、皆は「俺がレイプしたからやめていった」と誤解した。俺は今まで一度だって、誰かを無理やり抱いたことはないんだけどな。

まぁ、別に周りが何を言おうと関係なかった。羽住さえいれば。

そんな羽住狂いの俺は、周りから見ても一目瞭然で、いつしか羽住の犬と言われるようになった。

羽住が気に食わないやつは、俺に強姦されおもちゃにされる。
羽住が恋をしている会長に近づくものは、俺が強姦する。


羽住に内緒で制裁し、飼い主である羽住の安全を守るドーベルマン。
そう学園で言われるのが俺だった。


 今回、羽住がレイプしろといった、上山は、男にしてはかなり可愛らしい男だった。
ばさばさとした長い睫に、憂いを帯びた唇。長い前髪に、襟足までかかるくらいの男にしては長い髪。

男にこういうのは変だが、どこか上山は浮世離れした、色気があった。
ふっと微笑まれれば、たちまち、皆虜になるという。

羽住と違い、容姿に恵まれすぎた、その姿。

ただ、性格は羽住やクラスメートいわく内気で、いつも誰かの陰にかくれているような、そんな性格らしい。

人を引き付け、和ませる太陽のような羽住とは正反対的存在な人間だ。


 そんな上山は、会長とは幼馴染らしく、あの誰にも笑顔など向けたことのない会長が、上山には笑っていた。
それも、会長は上山の様子を気にかけているらしく、上山だけ、見つめる視線が違う。

会長は上山が好きなんだな…、と俺でさえわかった。
俺でさえわかったことを、会長に恋をしている羽住が気づかないわけがなかった。



「悪いな、上山」
羽住から、上山をレイプしろ、とお願いされて、二週間。
俺は上山を体育倉庫に呼び出していた。

大抵、俺を警戒して、呼び出しても俺から捕まえないといけないパターンがほとんどなのだが、上山は俺の呼びつけに律儀にも応じ、どこかこわごわと俺を見つめていた。


「あ・・・の…、」

黒い、大きな瞳。まるで女の子のように愛らしい小さくまとめられた顔。

羽住が嫉妬するのもわかる、可愛らしい少年。

上山は俺をじっと見つめ、俺を観察していた。


「ぼくをどうするつもりですか・・・」
うつむき震えながら、上山が俺に問う。
怖いんだろうか。
ぷるぷると震えるその姿は、まるで、小動物のようだ。


良心が痛む。
いや、今まで羽住が気に食わない人間は、毎回呼び出し脅してきたのに。
上山があまりにも可愛らしい顔で、怖がっているから、どうもいつもと同じではいられない。
でも、忠告しなければ。
このまま会長のそばにいるな、と言わなければ。
羽住が悲しんでしまう。


「会長と離れろ。これは、警告だ」
「けい・・・こく?」
「お前をよく思っていないやつがいるんだ。俺はそいつに頼まれた。だから・・・会長から離れ」

「いや・・・です」

きっぱりと、俺の言葉を遮る言葉。
予想だにしていなかった言葉に、一瞬息をするのも忘れる。


「だって、ぼく、会長のこと、好きだから・・・」

そういって、顔をあげる上山。
その瞳は、芯のあり、まっすぐ前を向いていた。


好きだから。
好きだから・・・か。
馬鹿らしい。

人を好きでいても、辛い思いをするだけなのに。

俺のように。


俺の忠告が聞けないならば、それでもいい。
傷つくのは、自分だから、
他の誰かに襲われてしまうのは、上山だから。

俺は忠告したまで、だ。


「そうか・・・」

そういって、上山に背を向ける。
いうだけのことは、した。
これ以上は、時間の無駄だ。
羽住には申し訳ないが、たたなかった、抵抗された、とでもいおう。

誰かしら、羽住のシンパが、上山をそのうち襲うかもしれない。
でも、それは俺の責任じゃない。


「・・・ど、どこへ・・・?」

どこか焦って俺を呼ぶ上山。

「忠告は、した」

「あ、貴方は・・・しないの?」
「…なに?」
「レイプ。貴方がレイプしたって・・・。会長に近づく人間を、あなたがレイプしたって…だから、僕…」

「・・・、」

俺がレイプした、ね。こいつもやっぱり噂を信じていた一人か。
震えていたもんな。

「あいにく、お前にゃたたねぇから安心しろよ」
そういって、今度こそ、上山に背を向けた。


他のシンパが上山を襲うのはいつだろう、

そうどこか他人事のように思いながら。
しかし、いつまで経っても、上山は学校をやめなかった。
それに、未だに会長のそばにいた。

俺同様、羽住に頼まれた委員長に上山のことを訪ねると委員長は青い顔をして、

「あんな子には、出来ません」

といっていた。
他のやつらも同様だった。


誰を差し向けても、けして学校を辞めない上山に羽住は焦れ…。

「お願い、永戸。俺あいつが会長の前からいなくなるなら、また、永戸に抱かれてもいいよ」
ついにはそういった。

また、羽住を抱ける。
羽住をこの腕に抱ける。

俺は羽住の言葉にうなずき、今度こそ、己の手で上山をレイプしようと決めた。


誰を抱いたって同じだ。それが羽住じゃないなら。
俺を嫌がっている人間さえ、抱くことだって、できる。



その日ものこのこと、上山は俺の呼び出しについてきた。
上山は危機感ってものがないのだろうか。
この間、俺は脅したというのに。

広い体育館。
上山は不安げに俺を見上げる。


「・・・、あの・・・」
「お前って凄いんだな」
「え・・・、」
「ここまで羽住の思い通りにならなかったのは、上山くらいだよ。みんな学校やめたり会長から離れたりしたし、な。

でも・・・悪いな。」


それも、今日まで、だ。
なぜなら、これからは、俺がこいつを抱くのだから。

会長のそばにいられないくらい、こいつを汚してしまうのだから。

羽住が好きな会長。その会長が好きなこいつを。


「大人しく、俺に、抱かれろ・・・」
「ぁ・・・、」

無理やり上山のシャツを引き裂く。
上山の白い肌が、あらわになり、俺は上山の肌に手を這わす。

「あ…や…、永戸くん・・・、」
「ごめんな…俺も、欲しいもんがあんだよ。絶対欲しいものが。だから、そのためにお前を抱く。お前はおとなしく抱かれろ」

眦にキスをする。
すると、上山は吃驚したように眼を見開いた。

怖いんだろう。
まぁ、いい。
いいんだ。

これで。
抱いてしまえばいい。

もう、会長に近づくことができなくなるくらい。

俺のモノで、汚してしまえば、いいんだ。




「あ…や・・・、永戸くん…ながと、くん…」

甘い声をこぼしながら、俺の名前を呼び、腰を振る上山。
可愛い顔が、淫らにゆがむ。

俺は、こいつをレイプしているんだ。
俺が好きな羽住。羽住が好きな会長が好きな、上山を。

俺が、喘がせている。

俺はどこか凶悪的な気持ちになって、上山の細い腰を本能のままにがしがしと自分勝手に動かした。


「やぁああああああー」


それから、何度上山を抱いただろう。
体育館で気絶した上山を抱いて帰り、意識のない上山に、また挿入した。

半ば事務的なセックス。
命令されたからしたセックスだったのに。

気が付けば、俺は上山の体を貪るように抱いていた。

体の相性が良かったのかもしれない。

さんざん抱いた上山の後始末をし、その日は俺の部屋のベッドで寝かせた。
次の日、朝起きたら上山がソファーで眠る俺を静かに見つめていた。

窺うような、視線。
どうして逃げなかったんだろう。

こんなレイプした男となんか、いたくないだろうに。


「わかった、だろ?会長に近づけば、俺はお前を抱き続ける。お前がここから出ない限り、俺はお前を抱く。だから早くここから・・・」
「抱いてくれる・・・の・・・?」
「は?」

よろよろ、とベットから降りて、ソファーへ近づいてくる上山。

まさかあいつ…昨日が初めてだったのか…。
そういえば、凄く血が出ていた気がするし、あそこが裂けてしまっていた。夢中になりすぎて、気遣う余裕がなくなっていたけれど。

ぐらり、と上山の体が前のめりに倒れる。
とっさに俺は、上山の体を胸で支え、腰を持った。

なにをやっているんだ、俺は・・・。
こんな無理やり抱いた男など、もう触られたくないだろう。


「すまない…」
そういって、体を離そうとすれば、上山は俺の首に手をまわして、ぎゅっと抱きついてきた。

「おい、なにを…」

つい声が上ずる俺。
だって、俺はこいつを無理やり抱いたのに。

顔をあげた上山をみると、とても晴れやかな笑顔で俺に笑いかけていた。


「や〜だ。抱いてくれるっていったじゃないですか」
「は?」
「ふふふ、変なかお〜」

上山は背伸びして、俺の鼻をきゅ、とつまむ。
な、なんだ…これ…。

口調も昨日までのおどおどした上山と違い、妙にはっきりとした明るい口調になっている。

「か、上山…?」
突然の上山の変化に、レイプした俺の方が焦っている始末。
そんな焦る俺をよそに、上山は俺にごろごろと甘えるように身をよせている。

な、なんだ…。


「あのね、誤解しておくようだけど、」

「誤解?」

「ぼくは好きで貴方に抱かれたんだよ?」

「は?」

俺が、好き?
俺が?

「まさか…」
「まさかじゃないよ、ほんとだよ。ぼくがすきなのは、貴方だよ。永戸君だよ。
ずっと見ていたの。ずっと抱かれたいって思ってた。だから、こうやって抱かれてうれしいんだ」


ふふ、と、本当にうれしそうに笑う上山。
ど、どういうことだ。
上山は会長が好きだって…。
なのに俺が好き?

どうしてそうなっているんだ?

「だ、だってお前、会長が好きだって」
「わからない?そういえば、君が抱いてくれると思ったから。だって、永戸君って、羽住君の命令しか聞かないし、眼中にないじゃない。他の子が告白しても見向きもしないし。だからね、羽住君経由で、君に僕を印象付けようと思って」

確かに俺は、羽住以外どうでもいい。
たまに、たまにだが、何を思ったか、俺に告白する人間もいる。
基本、羽住以外興味ないから全部断ってきていたが…。

上山は、背伸びをして、俺の耳元へ顔を近づける。

「あんな子より、ずっと僕は貴方を愛してる。だから、僕のものになって」

そして、俺のほおにちゅ、と口づけた。

なんなんだ、こいつは・・・。

俺はこいつを無理矢理抱いた。強姦した人間なのに・・・。
なんで…好きだと言える?
こんな…甘えられる?


「ね、ちゅーしましょ?」

なんで、こんなことを・・・?
なにかの罠か・・・。


上山の可愛い顔を見つめながら、唇にキスをされる。
自分の現状と心の変化に、俺は不思議でたまらなかった。

大好き、お師匠様



 世界一の魔道師・リリルク・ベルグは、その日、国の王に呼ばれ、久しぶりに街へと下山していた。
リリルクがこうして下界に降りる事も久しい事であり、また、人前に姿を見せる事も珍しい事だった。


 リリルクは不機嫌を隠さずに、苦虫を噛んだような顔で足早に街中を歩く。
周りの人間の謙遜をみるたびに、リリルクは眉を潜め、機嫌の悪さをあらわにした。


 普段は山小屋で、薬草を摘んだり、新しい魔法を考えたりするのがリリルクの仕事であり、人前に出るのをよしとしないリリルクは、滅多に山から降りない。

リリルクは元々人間が嫌いで、用事がなければ人前に出ないし、他人と関わるのが煩わしいとさえ思っている。

今回、山を降りたのは、一重に国の王に緊急事態だと何度も催促を入れられたからだ。
普段のリリルクなら例え緊急と言われても動きはしないが…今回ばかりは少し街に降りる用があった。


 リリルクは、世界一の魔法使いであり、その魔力は世界中から恐れられたり、嫉まれたりする程である。
国ひとつ、リリルクの力で消すのは訳無い事だし、昔は一度、実際に小さな国を滅ぼした事がある。
他の魔道師から、何度か呪いも受けた事があったが、すべて跳ね返したほどだ。

誰もリリルクの魔力の前には、無力だし、誰もリリルクには勝つ事は出来ない。
持っている魔力が違いすぎるのだ。
通常では計りきれない程の魔力を、リリルクは幼い頃から兼ね揃えているようだった。人は彼を、天才といい、幼い頃から周りと違う目で見ていた。


街の人々は、リリルクの姿にヒソヒソと、言葉を零す。

黒いマントと黒いローブを羽織り、銀色の眼鏡をかけたリリルクの出で立ちは、冷たい印象を受ける。

元より、顔も一つ一つのパーツが計算されたように配置されていて、よりその冷たい印象に拍車をかけていた。

頭に被っているフードから除く銀色の太陽に透ける髪は、とても綺麗なのだが、冷たいリリルクの表情をより冷たく見せた。どんな場所でも好奇な視線に晒されるのだ、リリルクは。
いい意味でも悪い意味でも。


「わーん、待って下さいーししょー」

リリルクの後をパタパタと音をたてて、泣きながらついてくる少年。
キラキラと、薄いハニーブラウンの髪は日に当たりさらりと揺れる。

大きな鞄を携え、あわあわと落ち着くなく走る様は見ていてとても不安になってくる。
クールなリリルクとは真逆の、いかにも子供で明るいその少年。

リリルクはその少年の呼び声にはぁ、とため息を零し、歩みを止めた。


「クリス…」
「はぁはぁ…、あ、お待たせしました、おししょー様」

少年はリリルクにむかって、ニパッと太陽のような明るい笑顔で笑う。
あどけないその子供のような笑み。

大きな濡れた瞳は長い睫毛で縁取られ、頬を紅潮させ息を弾ませている。

幼さが残るその顔は、まるで小動物のように愛らしい。

 小さな、桜色の唇はぷっくら膨らんでおり、はぁはぁ、と荒い息を零している。
少し…甘い吐息に聞こえるのは…不埒な考えが頭にこびりついているからだろうか。


「…ししょー?」

上目遣いでこちらを伺う少年。
その顔は計算されたものなのか…。それとも天然か…。

誘われているような気がしなくもない。
いや、この少年に限って『誘う』などと高等技術が使えるハズがないから、やはり天然でやっているんだろうけど…。


「…すまない…」

リリルクは、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら小さく謝罪する。

「ふぇ?あっ…」

少年はキョトン…と無垢な顔をしながら首を傾げた…。


「…」
リリルクはそんな純粋無垢な瞳で見つめる<弟子>に、ひとつわざとらしく咳ばらいをし…

「いくぞ…」

先を促した。

「は〜い、ししょー」

少年は元気よく返事をして、スタスタと歩くリリルクの後ろについて歩いた。リリルクが気にするのも、リリルクの隣にいられるのもきっと後にも先にもこの少年くらいなものじゃないだろうか…。


少年の名前は、クリス。
甘いハニーブラウンの髪を持った、半獣だ。

今は茶色の帽子を被っていてわからないが、帽子を外すと大きな獣耳がある。リリルクが作った服で上手い事隠れているが、尻の方にはフサフサした尾もあった。

クリスはどうやら狼の獣人らしく、生えている耳や尾は狼のものだ。


「ちゃんと帽子を…」
「わかってますよ、ししょー、パニックになっちゃいますもんね」

ニパッと明るく笑いかけるクリス。その笑顔はパッとさいた向日葵のようだ。


「…わかっているならいい…」

リリルクは、そう呟くと、また口をつぐんだ。


口数が少ないリリルクだが、ちゃんとクリスを案じているのだ。

クリスは元々、獣人として迫害を受けていた。

この世界には数多くの獣人が存在する。

この世界は、獣人と獣、それから人間と魔物が入り乱れていた。

中には、クリスのような人型ではなく身の毛もよだつような姿の獣人の人間もいる。

そういった獣人は昔から悪さをする為、人々は獣人というだけで迫害するのだ。
元々は、人間が獣人の領地を奪い、獣人は住む場所を奪われたから人目に現れているというのに。


クリスも、獣人ということで兼ねてから迫害を受け、逃げ惑い山にいるリリルクに保護されたのだ。

といってもリリルクは、極度の人嫌い。最初はクリスなぞ、助けるつもりなんて毛頭なかったのだが……。


「うわ…、ししょー、凄いフルーツでいっぱいです!うわぁ…あれ食べれるのかなぁ…。うわ…あっちにも!」

キラキラと、街の商品を見ながら目を輝かせるクリス。
獣人だと知られればたちまち、人々はクリスを白い目で見られると気づいているのだろうか。


「クリス、」
「ししょ、後で、僕あのふわふわ買いたいです!それから…」
「クリス」
「それから…えぇっと…」
「クリス」
「あっとししょーは何食べます…」
「クリス、」


散々呼んで、ようやくクリスは口をつぐむ。


「…ごめんなさい」

ようやく、クリスははしゃぎすぎた自分を恥じて、小さく肩を落とした。

しゅん…とするその姿は、帽子をとればきっとペタリと耳が垂れているだろう。

もっとはしゃがせても良かったか…?と思う辺り、リリルクはかなりの師匠馬鹿と言えよう、




「私はこれから城へいく。
クリスは街を見学したらいいだろう…」

ポンポンと、クリスの頭を叩くリリルク。
自分では気づいてなさそうだが、その瞳は愛しさが滲み出ている。

クリスは、はい!と威勢よく返事をし…、

「あ、ついでに、足りない薬品も買いますね!」

と言う。


「いや…薬品はお前に頼んでも…」
「ちゃんと買えます!」
「いや…でもな…」

リリルクが返事を躊躇すると、またクリスの顔が曇る。

「僕…、そんなに頼りないですか…」

クリスはこういってはなんだが、かなりドジな弟子だ。
今まで散々、頼み事をしては失敗し後始末に走るのはいつもリリルクの役目になっている。


たかが買い物。されど買い物なのだ。

「……、」
「あの…ちゃんと切れかけの薬品チェックしたし、お金もちゃんと持ってきました。だから…」
「薬品なんか買わなくても…。好きに街を見ればいい。お金も好きに使ったらいい。気兼ねするな…」
「でも…っ、僕…ししょーの役に…」
「いいんだ。お前は街にずっと来たかったんだろう?またいつ来れるかわからない。今日くらい思いっきり遊んだらいいだろう」

リリルクは、そう諭し、いいな…と念を押す。

クリスは不満気に頬を膨らませていたが、一瞬何かを思案し…

「じゃあ、僕好きにします!」

と言い切った。

「いい子だ。じゃあ待ち合わせは…そうだな…夕刻。お日様がオレンジになる頃。この木の下だ」

街と王宮のちょうど境にある木を指差し、いいな…とリリルクはクリスに確認する。
クリスは時計が読めないのでイマイチ心配だが…

「わかりました、行ってきます!」

クリスはリリルクの心配をよそに、街へかける。

リリルクはしばらくクリスが心配でその背中を見つめていた。

偉大で人々に恐れられている魔道師リリルクもまな弟子には過保護だ。

立派に保護者をしていると言えよう。


クリスの背が見えなくなると、リリルクは王宮へと急ぐ。

どうせまた、戦争の話に自分の力が必要だと言うのだろう。

リリルクは自然と強張る顔をそのままに、王宮へと急いだ。
「リリルク様のおなり〜」

案の定、何人もの従者に丁重に持て成されたリリルク。
これはいよいよ戦争の話だろう、と踏んだ時、恰幅のよい王が姿を現した。

リリルクは一応、この国の王の威厳の為に頭を下げる。
王はそんなリリルクに「よくぞきてくれた…」と満足そうに笑った。


「リリルク、立ち話もなんだ、わしの部屋に来ないか?食事でもしながら…」
「お言葉ですが、王様。私にもこれから所要がございます故」
リリルクは丁重に、王の誘いを断る。
この頭のいい王の事だ。長居をしていたら、それだけ何かを頼まれる。

食事…といって、食べ物に何か入れる場合もあるかもしれない。


現に、王はリリルクに一人魔法遣いの監視をつけている。リリルクが他の国へと寝返らないようにだ。
リリルクとしては不快極まりないが…
クリスの事もあるのでそのままにしている。
山奥で暮らすリリルクだが、一応山は国の領地だ。
何かあればクリスも引っ越さなくてはならない。
クリスは今の住んでいる場所が大変気に入っている。いきなり引っ越しなど、酷だろう。


「うむ…そうか…、まぁいいだろう」
「それで王様、話を聞きたい。言っておくが私は、戦争に力を貸す義理はないし人殺しに興味はない。頼むなら他をあたるといいだろう」
「相変わらずだな…リリルク。昔のお前は国を滅ぼし続けながら場所を転々としていたと聞いたが…」
「昔の事だ」

リリルクはそう吐き捨て、眼鏡をあげる。

少し…いらついているかもしれない。
昔の事を持ち出してきた王に。

王も冷たい空気を醸し出したリリルクを察し、すぐさま用件を言う。


「わかった、お前がそう言うなら。
お前は万が一があった場合、この国の護りを頼みたいのだ。戦いはせんでいい」
「護り…?」
「そうだ…、我が国と今は同盟関係を持つ近国が最近きな臭い話をしていてな…、どうも闇の魔道師・ファンベルを招き入れたらしい」
「ファンベルとは…また…」

リリルクは、ファンベルの名に眉間にシワを寄せる。
闇の魔道師、ファンベル・ストロガナフは、闇の力と契約し、それは凄い魔力を保持している。

といっても、天才リリルクの前では赤子も同然だが。

このファンベルという男は自分の力の為ならなんでもやってのけるときく。なので魔術師の間では禁術とも言える闇魔法に手を出しているのだ。


「わかりました、もしもファンベルが出てくれば私も力を貸しましょう」
「ありがたい。」
「しかし、私は国取りも国民の幸せも興味がない。
もし、私の力を不当に使おうと思うものなら…」

ちらり…と冷たい目線を王に向けるリリルク。

王はコクリと息を呑み…

「…承知している」

ぎこちなくうなづいた。
この王とて、馬鹿ではない。これでも国の民からは慕われ、リリルクの力も充分承知だ。


「話はそれだけですか?」
「あぁ…。そうだ、リリルク、久しぶりの街だろう。存分に見学したらいい。我が国は美人揃いだ。どうだ…お前も、恋人の一つや二つ…」
「あいにく興味ありませんね…」

王の奨めをきっぱりと断る。

何てったって、リリルクには、可愛い弟子がいる。

そんのそこらの人間が太刀打ち出来ないような可愛い弟子が。


リリルクは軽く王に挨拶すると、まだ時間は早いがクリスとの待ち合わせ場所に急いだ。

あのドジな弟子の事だ。
リリルクが時間より早く着いていないと、探し周り自分が迷子になる可能性もある。 クリスを山で拾ってからというもの、リリルクの頭はクリスでいっぱいだ。

誰が冷酷非道な魔道師リリルクがこんなに弟子溺愛になると想像したか…

リリルク自身も、ついクリスを甘やかす自分を叱咤するがこんな自分の変化が嫌いではない。

むしろ、自分を大好きとキラキラとした目で見つめて来るクリスに救われている部分もあるのだ。


ずっと、一人で平気だったのに…。


「……遅いな…」

東の空を見つめながら、リリルクは焦れたように零した。辺りはもう夜に近く、夕日はだいぶ落ちかけている。

いくら街に熱中しても、クリスは時間を守る人間だ。
いつもなら、何か用を頼み森の薬草詰みを頼んでも空がオレンジ色になれば、すぐに戻ってくるのに…。


(なにかあったな…)

リリルクは瞼を閉じ、呪文を唱え、落ち着いてクリスの念を探す。

最近はこのクリスの気を探ってばかりだ。


『し…しょ…』

小さく啜りなくクリスの声。

どうやらクリスの身になにかあったらしい。

リリルクは焦る自分を落ち着かせ、身を翻した。


 クリスの気配はここからそう遠くない。
西に50キロほどの場所だ。

クリスに何が…


「クリス、」

魔法で瞬時にクリスの元に飛んだリリルク。

「ししょぉ…」

クリスは瞳に涙を溢れさせながら、やってきらリリルクにぎゅっとしがみついた。

みれば、被っていた帽子はなくなっており、服は引き裂かれている。
首筋には、朱いキスマークがいくつか散らばっていた。

(この姿は…まさか襲われたのか…)

まさかの事態に、リリルクは目を離していた自分を後悔し激しく詰る。
街に行き慣れてないクリスを一人街にやれば、どうなるかくらいわかっていたのに…。


「大丈夫か…、もう大丈夫だ」

腕の中にいるクリスに安心させるかのように優しく零すリリルク。
ギュッと強く抱きしめれば、クリスは小さく安堵の息を零す。


「ぼく…」
「クリス、」
「ししょ…ぼく……、」

ペタンと垂れプルプルと震える耳。
よほど怖い事があったのか…
クリスはリリルクの胸元をしがみついて離さない。


「大丈夫だ、私がいる」
「ししょー、」
「怖い事はもうない。安心しなさい」
「はい…」

ようやく少し落ち着いたのか…

クリスはリリルクから離れ、濡れた目元を服の袖で拭いた。
目元は兎のように赤らみ、大きなこぼれ落ちそうな瞳はうるうると涙で潤んでいる。

「何かあったか…話せるな…?」

落ち着いてそう口にすればクリスはこくりと頷く。

「僕ししょーと別れて、街へ薬品を買いに言ったんです、そしたら…帽子が取れちゃって…」
「クリスが好きなものを見ていいと…」
「でもぼく、やっぱりししょーの役に立ちたくて!だから…」

だから、裏路地にある薬品を売る店に足を向けたところ、風が拭いて被っていた帽子が脱げたらしい。


クリスがなんとか耳を隠そうとしているところへ、柄の悪い不良が現れて…

「ぼ、ぼくを…担いで、そいつら…人が来ないところに…。それで…それで服を裂かれて…、たくさん…舐められて…」

その時の事を思い出したのだろうか。

途端、またクリスの瞳が潤む。リリルクはギュッとクリスを頭から胸へ抱き込み、大丈夫だ…と声をかける。


「身体は、痛くは…ないか…」
「…痛くは…ないです…、気持ち悪かったけど…」
「そうか…」
「ぼく、凄く嫌で嫌で。ししょーから教えて貰った魔法でなんとか逃げてきたんです…」
「逃げて…?じゃあ、やられてないの…か…?」
「…?なにを…?」

キョトン…としたクリスの顔。このぶんだと抱かれては…いないだろう。
未遂なはずだ。

もしも抱かれていたなら、きっと今頃立てないはずだし…

抱かれた匂いはない。
上のシャツは乱れているが、下のズボンはきちんとベルトをつけたままだ。


「クリス、ズボンは下げられたか?」
「いいえ…ズボンは…」
「そうか…」

一先ず、最悪はまのがれたらしい。

しかしながら、自分のまな弟子を怖がらせた愚か者にはフツフツと怒りが込み上げる。
クリスが眠りについたら、仕返しの一つか二つしてやろうか…。

そんなリリルクの黒い考えが顔に出たのか

「ししょー?」

クリスは不安になってリリルクの顔を伺う。

「すまない、クリス。今度街にくる時は、私も随時同行しよう、薬品もその時買えばいい」
「は、はい…、えっと、ししょ…、あの…」


もじもじと、身をよじるクリス。

「どうした…?」

不振に思い、リリルクが声をかけると、クリスは「あのね…」っと、舌っ足らずな物言いで、ちらりと上目遣いでリリルクを見る。


「ししょ…、あの…、舐められて、気持ち悪いんです…、だから…だからお家に帰ったら、その…」
カァァ、と顔を赤らめるクリス。
甘えるように、リリルクのローブに顔を埋めた。


「クリス、」
「だから…ね…。家に帰ったらししょーに、消毒して…欲しくて、その…、」
「消毒…?」
「し、ししょーに、嘗められた後、消して欲しいんです…、えっと…ししょーが嘗めて、今日の人達の事忘れさせて欲しいんです…」

駄目…ですか?とリリルクを伺うクリス。

そんな涙目で、可愛らしく駄目?と聞かれて、黙ってられる程リリルクは人間が出来ていない。

何より、クリスはいくら目に入れても痛くない程可愛らしくリリルクが溺愛している弟子だ。

グラリ…となけなしの理性が揺れる。


「クリス…」
「はい…」
「とりあえず…家に帰ろう、消毒…はその後だ」
「はい!ありがとうございます、ししょー、」

えへへ、と笑みを零し、ぐりぐり頭をリリルクの胸元に押し付けるクリス。
その顔は、けして世間で噂されるような冷酷非道な魔道師の顔ではない。

こんなでれっとした顔は…。
弟子にめろめろな魔道師の姿だ。ある意味、弟子にまけているといえよう。

「ししょー、大好きです!」
「そうか…」

リリルクは一つ、眼鏡をあげると、ギュッと、クリスの肩を掴む。
それから、乱れた服のボタンを止めて、クリスが持っていた黒い鞄を変わりに持ってやった。



「戻るぞ」
「はい!ししょー」

クリスは元気よく返事をし、リリルクの手を握った。


冷酷非道な魔道師は、今はとても手のかかる弟子がいる。

手がかかるが、可愛い半獣の弟子が。

魔道師は、今まで一人ぼっちだったが、今は違う。
愛すべきものと一緒なのだ。

何よりも、誰よりも大切な人間が傍にいるのだ。


「ししょー、あの…ちゃんと、消毒して下さい…ね…?」

リリルクの理性が完全に切れるのも…きっと、そう遠くはないだろう。

俺のズッキーニ!なでなでして編

昔むかし。

まだ、俺の父さんと母さんがいた時。

保が、今よりもまだ、変態じゃなかった、時


僕はたまに家に遊びにくる叔父である保が大好きだった。

少し優しいお兄さんの、ようで。

一日中側から離れないくらい、好き、だった。


昔は…ね。

まだ純粋だったから

『たもつー』
『なんだ、シンジ?』

幼い記憶。
6つくらいかな

記憶の中の保は今より少し若かったけど、今と同じ整った、甘いマスクをしていた。


多分、その頃も今と同じで女にもてていたんだと思う。

遊んでいる時、何人もの女の人から携帯に電話されていたから。

記憶の中の僕はツカツカと胡座をかいている保によると、そのまますとん、と保の組んだ足の間に座る


『あのねーぼく、たもつと遊ぶの大好き』
『んーそうかー』

保は嬉しそうに笑いながら、僕の頭を撫でる。

そうだ。

昔から保は、僕の頭を撫でるのが好きだったっけ…。

まだ本当に子供の時は、それがくすぐったくて。
でもその手は温かくて

よく、おねだりしたんだよな…

なでなでして、って。


…昔を思い出すと…本当に恥ずかしい。

うああああって叫びたくなる。



『あとね、ママとなでなでされるのと同じくらい、たもつになでなでされるのもすきなの

ぼく、たもつがすき』


『そうかそうかー叔父さんも好きだぞー』

『ほんと!』

『あぁ、本当ほんと』


『じゃあ…じゃあずっとなでなでしてね!

僕が大人になっても!
ぼく、ずっといい子でいるから』

ああ、子供って無垢だよな。
なんであんな事言っちゃったんだろ。

そしてなんで、今になってもまだこんな事覚えているんだろ…

僕にとって、あの頃の思い出はいいものだったからかな。

父さんがいて、母さんもいて。
保もいて。

僕の周りには沢山大好きな人がいたから。



『たもつも、なでなでされるの、すき?』
『あぁ、好きだよ、シンジ』
『じゃあ、ぼく、なでなでしてあげるね!
なーで、なーでー』

保の膝の上にちょこんとのったまま、手を伸ばし保の頭を撫でる。

保はそんな僕に目尻をダラリと下げゆるゆると口元を緩めながら、僕がやる事にされるがままだった。
(その時から保はショタコンだったのかもしれない)

『たもつ、なでなで、いい?』

『ああ…』

『じゃあもっとやってあげるね。なでなでー』

そして飽きもせず、ずっと手を伸ばして叔父の頭を撫で続ける僕は…


うん、はっきり言うとかなり痛い子だったかもしれない。
でも子供の時は本当になんでも真剣だったんだ。

保にただ喜んで貰いたくて。



『たもつ?』
『…シンジ、


そんなになでなでするのすきか?』

僕の撫でている手をとり、にや、っと意地悪い笑みを浮かべる保


あれ、こんな記憶あったかな……?

なんか嫌な予感が……


『たもつ……?』
『…なでなでするの好きかー



なら


俺のズッキーニを


なでなでして貰おうか……』



保がそういった途端、保の…保のアレがみるみる
大きくなっていき



「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁ」


僕を押し潰した


(俺の可愛い恋人さん。なでなでして!編)


「はっ…」

カッと目を開く。
また、大量の、ひや汗。

ベットリとした嫌な汗が、服に張り付いて仕方ない。気持ち悪い


「あ…れ…」

周りを見渡すと…保も幼い頃の僕もいない。

夢…
また、夢…

なんだよ、もう。


なんかこういうノリ、前も見たような…

なんていうデジャヴュ。

懐かしい夢だなぁ〜なんて思っていたのに!
昔を懐かしがっていたのに!

「なんで、久しぶりの思い出までズッキーニなんだよ!保の馬鹿」


ボフボフ、っと八つ当たりのように布団を数回殴る。

衝撃により、布団の毛がパラパラと抜ける。

保が奮発して買ってくれた羽毛布団は、僕がボフボフ殴った事により少し毛がなくなりぺしゃんこになってしまった。


これから寒くなるのに…やってしまった。


「た、保がいけないんだからっ!せっかく懐かしい夢だと思ったのに!」

僕はぺしゃんこになった布団を保に責任転換しつつ、着ていたパジャマを脱いでリビングに向かった。

現在午前10時。天気は…晴れみたい。
カーテンの隙間からさんさんと太陽が照っている。
今日もいい天気だ。


今日は土曜日だから学校はない。

だから今日はゆっくり出来るんだ。


保も保で、昨日から重大なオペが入っているとかでいつ帰れるかわからないらしいし。

今日は家には僕一人だ。


たまの休日の一人。
何しようかな。


こんなに晴れているなら溜まっている洗濯でもして…、


て。


「あれ、」

パジャマを着替えて今日の予定を考えながらリビングに入ると、ソファーにぽつん、と人影が見えた。


そこには…、


「保?」

保がいた。
そこには少しやつれた保の顔があった。

保はソファーに座わり、足を投げ出してポケっとしている。
視線を宙にやって、どこか遠くにいっているような…

青白く疲労感溢れる顔

「…保…」
「あ、あぁ…シンジか…。ただいま…」
「あ、うん」

力無く、口元をあげて笑う保。

なんか…なんかスッゴく疲れているみたいだ。

いつもなら朝目が覚めた僕にうざい程過剰なスキンシップを仕掛けてくるのに。

今はスッゴく大人しい。

いつもとギャップがかなりあるから、なんか変な気分だ。


「いつ帰ったの」
「ん?今…かな…、

さっきまでオペ、だったから…」

さっきまで手術だったんだ…。

だから疲れているのかな。

こんなぼんやりと、して…。

「寝ないの?」
「あーうん…、後で、な…」

じゃあ早く保の部屋に行って寝ればいいのに、保は何をするでもなくぼんやりとそこに座っている。


なんか、あったのかな。
受け答えも、どこかはっきりしない。おざなり、だ。
どうもナーバスになっている…ような。


僕が心配したって仕方ないけど…


 保が座っているソファーの横を通り過ぎ、リビングにあるテーブルにつく。

とりあえずお腹も減ったから、軽く腹ごしらえ。


テーブルにあったパンを手にとって食べながら、保を盗みみる。


保は相変わらずぼんやりと視線を巡らせたままだ。

何だろう…こんなナーバスな保、保らしくない!
絶対に、変だ!


心配とかそういうんじゃなくて…

そう、保がいつもの保じゃなくて、気持ち悪いから。

なんか気持ち悪いから。
だから凄く気になるんだ。

 変態な保も嫌だけど…でも今の元気のない保はもっと嫌だ!


僕は朝食もそこそこに食べ終えると、テーブル席をたち、保が座っているソファーの隣に腰掛ける。


保は瞳だけ一瞬チラリと僕に向け、またぼんやりと視線を宙に移した。


「保?」
「あぁ?なんだ?」

だから、なんでそんな力無く笑うんだよ!

いつもは僕に話し掛けられたらゲヘゲヘ気持ち悪く笑うのに!

なんで…


「なんか元気ないね……。
べ、別に心配とか、してないけど!

でもなんかいつもの保じゃないから気味悪いっていうか…
なんか調子狂うっていうか」

ああ、もう。
心配、はしてるのに。
どうしてこんな事言っちゃうのかな〜

僕はっ

素直に大丈夫?って聞けばいいのに!
なんで余計な事ばっか、言っちゃうんだろう……。


「元気、ないの…?」

余計な事は言わないように注意しつつ、小さな声でそう聞けば

「あぁ…ちょっと…な。」

保はやっぱり力無く、笑った。


そんな風に無理に笑わないでよ…。
無理した笑いは見たくないよ…。


やっぱりなんかあったんだ。

病院で…かな。

病院しかないよね、この場合。


保に彼女なんか、いないはずだし……

他に悩む事なんて…多分ないはずだ。


「どうして…元気ないの。
誰になにかされた…の」

「…いや…」

歯切れ悪く、ふっと息を落とす保。


やっぱりなにかある…絶対!


だって、なんか落ち込んでいるような気もするもん。今の保。


しばらく、黙っていた保だが、じっと見つめていた僕に気づいたんだろう。

保は苦笑し、ゆっくりと唇を開いていく。


「元気、ない…かもな…」


「保…」

やっぱり。
僕の思ったとお…


「俺のズッキーニ」
「は?」

「俺のズッキーニ、どうも元気がないの…シンジにもわかったか」
「にゃ…!?」

ズッキーニ?


「シンジが俺のズッキーニを撫でてくれれば、すぐ元気になると思うんだが」
「な、」
「やってくれないか?なでなでっ、て」
「〜っ、ば、ばかっ!」


人が早速心配してやっているのに〜っ!
こんな時もふざけるなんてっ

なんでこんな時までズッキーニなんだよっ

僕は真剣に本気で心配したのに…

なんだよ、もうっ
もう絶対心配してやるかっ!

ふん、っと、顔を背ける。

と。

コテン、と肩に、かかる、重み。


「…保…?」

「………馬鹿だよな…

震えが、止まらないんだ」

「…保、」

空気が変わる。

僕の肩に顔を埋めて、僕を抱きしめる、保。

その声は、小さく、震えていた。
頼りなく、心細そうに。

その声はどこか泣きそうな、辛そうな声だった。


「保、」

なにかあったの?
なにが、あったの?

聞きたいけど、聞けない。
どこか弱々しい様子の保をみていたら。

「たまに怖くて、仕方ないんだ…医者である事が、怖くてたまらない」

なにも、言っちゃいけない気がした。


何かいえば、保が泣き出してしまいそうだったから…


ただ僕は、抱きしめてくる保の手に自分の手を重ねるくらいしか、出来なかった。

それくらいしか、僕には出来なかった。



「俺はブラックジャックなんかじゃない。

本当は怖くて仕方ないんだ。

人が死ぬのも。手術するのも


末期患者に大丈夫っていうのも。笑いかけるのも

昨日まであった笑顔が消えるのも。

人の身体にメスを入れて生かして痛みを続けるのも

苦しくて仕方なくなるんだ…」

ぎゅ、と、僕の肩に置いていた手を強くする、保。

肩口のシャツの布がぐしゃ、っとシワを作る。

カタカタ、と小さく震える手。


それは、保の、普段は見せない、《弱さ》だった。

普段はおちゃらけた保が見せる、小さな小さな、《弱さ》

医者という仕事は人を助ける仕事。

でも、その反面。

人がどんなに頑張っても、助かる事ができないと人の無力さを1番わかる仕事だ。


 保の同僚でたまに家に遊びにくる、秋月(あきつき)さんも言っていた。

たまに保はその重圧から逃げ出しそうになるって。


保は本当は根は真面目なんだ。
僕には変態だけど。


真面目過ぎるから、誰よりも命を大事にしていて

手術もとても丁寧に行う。

もちろん、人の命を助ける事に生きがいを持っている。

でも、たまに。

たまに、保の重圧やらキャパが超えた時

保は壊れちゃうんだって。

自分にのしかかる重圧に。

頑張っても、消えていく命のはかなさに。

結局は何も出来ない自分に。


保は狂いそうになるんだって。


その時僕がちゃんと保を見てやれ、って。

秋月さんが、いやに真面目な顔して言っていた。


それは保と同じ医者であるからこそ、気づいた言葉だったんだろう。

そう言った秋月さんはかっこよかった。

少し保との仲を嫉妬しちゃったけど

「シンジ…お前はずっとそこにいてくれ、」

懇願するような、保の声。


「俺が、俺である為に……お前は、ずっと…」

その泣きそうな声をきくたびに胸がキュッとする。

僕自身も悲しくなるくらい。



ー泣かないで。


僕はちゃんと、ここにいるから。

ちゃんと、保の傍にいるから。



普段はちゃらちゃらした、ふざけた叔父さん。

でも、本当は。

本当は誰よりも真面目で人の命を考えている叔父さん。

だから、たまに重圧に押し潰されそうになる、叔父さん。




「ずっと、傍にいて…くれ」


僕はそんな保が……


愛しい。



震える保の背中をぽんぽん叩き、頭を撫でる。


なにも言わない。

でも、保ならきっと、なにもいわなくてもわかってくれる。

なにもいわなくても。
僕がずっと傍にいる事を。



僕は保の震えが止まるまで、ずっと保の傍にいて保の頭を撫で続けた……。

保の震えが止まるまで


ずっと。

俺のズッキーニ☆だっこして!編

 昔から僕は、叔父である保の腕の中にいるのが好きだった。

保は変態だけど…でもいつも優しく抱きしめてくれるから。

いつも保は僕に優しいから。


だから…保になら、僕…。


「保、」
「シンジ…可愛いよ」
「た、保…」

ふ、と口端をあげ、僕の大好きな笑みを零す保。

普段はヘラヘラしているのに、こういう時だけ真面目な顔してそういう事言うなんて狡い。

慣れてないから、凄くドキドキしてしまう。

保は僕の何も着ていない素肌に、ちゅちゅ、っとわざとらしく音をたてながら朱を落としていく。

サラリ、と零れる保の髪が肌を滑りくすぐったい。

僕だって、保に何かしたいのに。
僕も保にしてやりたいのに。

抗議するように身をくねらせれば、


「ん?もっとして欲しいの?シンジ」

としたり顔の保。

くそ、むかつく。
大人だからって、余裕ぶって。

僕だって、保をもっとドキドキさせたいのにさ。

どうしたら、保は僕にドキドキするんだろ

「保、僕にも何か」
「あぁ、

じゃあ

シンジ
俺のズッキーニの下で、鳴いて貰おうか」


保がそういった途端、保の…保のアレがみるみる


大きくなっていき

「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁ」

僕を押し潰した

(俺のズッキーニ☆だっこして編)


「はぁはぁはぁ…あ…」

は、っと目が覚める。
ひやり、っと嫌な汗が首筋を伝う。ぐっしょりと、体中から嫌な汗が吹き出ているようだ。

「ゆ、夢か……」

パジャマが汗でべっとりしている。気持ちが悪くて、手先が凄く冷たくなっている。

あんな夢を見るなんて…僕も相当末期だ。

あんな…保と抱き合う夢をみるなんて。
あんな…

「ぼ、僕と保はただの叔父さんと甥なんだから!あんな抱き合うなんて…あんな…」

ぼっ、と先程の夢が脳裏に過ぎり、顔に火が点る。

保の30過ぎた鍛えたられた肉体が、夢の中でも出てきた。
無駄のない、鍛え抜かれた筋肉質な身体。


夢はよく願望を見るという。ということは…

「僕、保にあんな事されたかったって事?そんな…」

自分で言っていて、自分の言葉に呆然とする。

そりゃ、保の事は好きだけど!

それは叔父として好きな訳で。けして恋人の好きじゃない…筈だ。

保なんか変態エロリストだし。

でも。

「女の子のエッチな夢みるならわかるけど…保なんて…」

布団をはぎ、ズボンの中を恐る恐る覗く。
良かった。パンツは…汚れていないようだ。
朝から叔父とのエッチな夢をみて、パンツ汚すなんて洒落にならない。

保にもどんな顔して会えばいいか……。

「シンジー!」
「あ…」

バーン!と勢いよく開く僕の部屋のドア。
保だ。
今まさに保の事を考えている間に保が来るなんて……。

なんてタイミングがいいヤツ。


「変な絶叫聞こえたけど大丈夫か!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ、な、なん…」

勢いよく僕の部屋に入ってきた保。
それは別にいい。問題は……


「ななななな、なんでなにもきてないんだよぉぉぉ」

ドーンと堂々とし、何も着ていない保。いわゆる、裸、な訳で。

隠さなきゃいけないところも見える
そりゃあご立派なブツも見える訳で……。


「ん?どうした?シンジ?叔父さんのズッキーニが立派過ぎて、見惚れて」
「死ねー!」

このエロ親父がぁぁ!
思春期の青年に変なもん見せやがって。

ごちゃごちゃ言う保に片っ端から近くにあったものを投げる。

保は僕が投げたものをひょいひょいと器用によけ、またドアからでていった。

くそ、むかつく!








「シンジきゅーん俺の可愛いシンジきゅーん、超可愛いシンジきゅーん。マイリトルラバー」
「……」
「なぁーシンジ、機嫌治せよ。な?俺昨日急患が立て続けに入って汗かいたのに風呂も入れなかったんだぜ?それで家に帰ってらんらんとシャワー浴びていたらシンジの悲鳴が聴こえた訳で。
別に、服きてなかった訳じゃ」

リビング。
僕は用意した朝食を黙々と食べる。何やら必死に弁明する保は無視して。
保は無視する俺に必死にご機嫌を伺っている。
ちなみに、保は今はちゃんと服を着ている。

パジャマ、だけど。
灰色のパジャマをきて、俺の顔を伺いながら、ごめんっと手を合わせている。

叔父さんのくせに本当に威厳ないんだから。


「シンジー」
「もう僕に触れるの禁止!
喋るのも禁止!僕は普通の叔父さんが欲しかったんだからっ」

「シンジ…」

そうだ。あんな夢見ちゃうのも、普段保が僕に過度なスキンシップするから…

だからあんな夢見ちゃったんだ。断じて欲求不満なんかじゃない!
保と裸で抱き合いたいとか…そんな事思っていないんだからっ

僕は別に保にチューもぎゅうもされなくたって平気なんだからっ


「保なんて大っ嫌いだッ」
「ガーン」

ガクリ、と地面に膝をつけながら、大袈裟に落ち込む保。

保の背後には、まるで漫画ようにガーンって文字が一瞬見えた気がする。


が、無視だ無視!
僕は急いでご飯を食べ終えると、打ちひしがれた保を無視して学校へ向かった。



 



 …もしも、保じゃなくて普通の叔父さんが僕の叔父さんだったらどうなっていただろうか。両親がいなくなって、保の家に住まわせて貰ってから、度々考える。

もしも、保みたいに変態じゃなくって、常識のある人だったらって。

例えば、僕と保が他人同士だったなら…って。見ず知らずの人だったらって。

(保と、会えなかったら……)



「シンジ!おい、シンジってばっ」
「え…」
「どしたの?なんか辛そうな顔していたけど…」

いつもの教室。

友人の落合学が怪訝そうな顔をしながら、僕を伺った。


「え…あ…」
「すっごい深刻そうな顔してー。あ、今あの天才ブラックジャック叔父さんと喧嘩三日目なんだっけ?」

ブラックジャック叔父さん…。保は、世間ではブラックジャックと言われている。保はああみえて天才外科医だから。

 学の言葉通り、保に絶交宣言してから既に三日が過ぎた。保は保で、相変わらず僕に過度なスキンシップをしようとしているが、この三日、見事僕が無視しているせいか、ちょっぴり傷心気味だ。
ふん、少し反省すればいいんだ!

でも…、なんか僕まで気が晴れないのはなんでだろう。
なんだか胸がモヤモヤして晴れない。
保がぎゅうっとチューしてくれなくなってから妙に寂しくなったっていうか…。

毒されたのかな。


「しっかし、シンジもあーんなカッコイイ叔父さんいて羨ましいけど。
でもちょっと可哀相かなー」

学が頬づえをつきながら、ポソリと呟く。
今はお昼の時間なんだけど、学は既にお昼を食べ終わっていて、机には何もない。僕はまだ半分くらいお弁当残っているのに。


「可哀相?」
「うん。だってさ、やっぱり叔父さんは叔父さん、だろ。
シンジの両親じゃないんだから。あれだけのイケメンだったらこれからどこぞの令嬢と結婚するだろうしさ」
「結婚…」

結婚、と呟いた途端、胸がぎゅうー、っと痛くなった。胸がきつく絞られるような…。

なんか痛い。

紛らわせるように、お弁当のタコさんウインナーを食べるけど…やっぱり胸がキシリと痛んだ。

「血はいくら繋がっていてもさ。そりゃ、あくまで叔父さんな訳で、保護者な訳だろ。わざわざ忙しいのに引き取った訳だ。まだ独身なのにだよ?

兄弟でもない、親でもない。はっきりいえば叔父さんはいつでもシンジをきれるんだよ?」

「…切れる」

「シンジはちょっと贅沢すぎ!あんないい叔父さんがいながら」

学はちょっぴり語記を荒くまくし立てる。

保にとって、僕の存在はいつでもきれる。いつだって、僕を捨てる事が出来る。

その腕に僕じゃない人を抱いて、愛してるって、あの甘い声で囁く。

チューもギュッもその人のものになる。

保にとって、僕は他人になる……。

いつか、きてしまう未来

「ーヤダ……」
「シンジ…?」
「ヤ…ダヤダ…ヤダァー」
「!シンジ!」


ぐわん、と視界が歪む。
何だろう、頭が酷く痛い。

「シンジ!」

グラリ、と身体の力が抜ける。
…あれ…僕どうしたんだろう。

目も、チカチカして。

最後にちらりと見えたのは学のびっくりして泣きそうな顔。
 そこで僕の意識は途絶えた……ー。





ふわりと髪が優しく触れられた。

何度も何度もその手は僕の頭を優しく撫でていく。

ー気持ち、いい
ふわふわ、する。


「ん…」
「シンジ…」
「保…」

目を開けると、そこには保がいた。
学校にいたはずなのに、いつの間にか家に戻ってきている。

保…確か今日久しぶりのお休みだったのに。
もしかして学校まできてくれたのかな?


「保」
「…すまない。…駄目だったな、シンジに触れるのは」

保は僕が目を覚ますと、さみしげに苦笑し、髪を撫でていた手を引っ込めて、立ち上がった。

ーヤダ。

咄嗟に僕は、保の服の袖を握る。


「シンジ…?」
「…いっちゃ…ヤダ…。
側にいろ」


弱々しい、ちょっと泣きそうな、声。

どうしたんだろう、僕。
保なんか変態でアホでだいっきらいなのに。


「…ずっと、側にいろ…」


保が、僕の側からいなくなる事が。

保が、僕じゃない人を好きになるのが

堪らなく嫌なんだ……。
「大丈夫だよ、シンジ。叔父さんはずっとシンジといるから」

優しく、諭すようにいう保。

でも僕は頭をふり、小さくイヤイヤと、する。

だって、保がそう言いくるめてどこかに言ってしまう気がしたから。

掴んだ保の裾は離せない。


「シンジ、そろそろお前に薬呑ませる為にご飯作りたいんだけど」
「ご飯なんか、いらない…」
「でも、薬呑まないと。お前熱が出ているんだぞ」

ふ、と、目許を綻ばせ、保は僕の頭をぽん、と優しく叩く。

熱、出ているんだ。

だから、あんなに胸が痛くなったのかな…。

あんな…

「保、」
「ん?」
「だっこ、して…」
「え?」

ピシリ、と固まる保。
でも僕は尚も、言葉を続ける。


「ぎゅっ、って、して。
だっこ……。
保がしてくれないと…寂しい……死んじゃう」
「し、しんじ……」
「保がいないと…寂しいよぉ……」

ゆるゆると、涙が溢れる。熱で弱くなっているのかな。

保が僕に触るの、嫌だったのに……。


…嫌?


本当に、嫌……だった……?
僕は本当に、保が嫌いだった?

本当…に?


「保が…いないと…僕…」
「シンジ…」
「保ぅ……うぅ…。保…」

ついには、嗚咽混じらせながら泣き出した僕。

保はおろおろと僕を見つめていたが、突然、覚悟を決めたように真面目な顔をして、僕のベッドに入ってきた。


そして、僕の望み通り、背に手をまわし、ぎゅうっと抱きしめてくれる。

僕を、胸元に、包みこむように抱きしめて。

僕の、望むように優しい眼差しをくれる。


「シンジ…俺はずっと、お前の側にいるぞ…」
「結婚…ヤダ」
「結婚なんかしない。だって、シンジ以上に可愛い子はいないから」
「…捨てちゃ、ヤダ…」
「捨てない。捨てられない。
こんな可愛いお前を捨てたら他の人間にすぐ取られそうだ…俺は後悔しない」

優しく口許を緩ませ、微笑む保。

保の大きな身体にすっぽり収まる僕。

保は、僕の背に片腕を回しながら、片手はまた優しく髪をすく。

保の腕の中は温かい。
ポカポカ、する。

僕の、保。
僕だけの…


「保、」
「ん?」
「ずっと…一緒に…いてね…?」

普段、言えない言葉がするりと出た。

普段言えない言葉。
でも紛れもなく僕の本心。

保はピクリ、っと一瞬手を止め…

「あぁ……」

僕が大好きな笑顔で微笑んだ。
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