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貴女がいるから鼓動を刻み貴女がいるから赤く染まるよ

あの子の泣き顔を見る度に、また笑える日はくるのかと、不安ばかり募る。

あの子と離れることしか選択権は無かったあの日。
逃げるという選択肢をくれたのは、別の子だった。
自分の元から居なくなるなら、そちらの選択をする。
結局、自分もあの子がいままで一緒にいた人間たちと変わりないんだろう。
あの子と一緒に居たいから、他はどうなったってかまわないだなんて。

あの子の嫌なことをした。
中途半端でわがままな自分の苛立ちを、そのままぶつけてしまった。

自分のなかの考えがまとまらない。
捻れに拗れて、なにをしたいのかもわからない。

あたしが居なくなれば、あの子は笑えるのだろうか。
もう、苦しませることはないのだろうか。
あたしは、あの子を幸せにしてあげられるのかな。
毎日が幸せだと、お互いに思って、笑える日はくるのだろうか。

あの子の世界が、自分だけになればいいのに。
そうしたら、他の怖いものはなにもないのに。

聴いていたい声はきみのものだったよ

自分の知らない、あの子の過去を思う度、ただ抱きしめるしかできない情けなさに苛立つ。
あの子でなくても、あの子たちでなくとも良かったはずだったんだ。
歪んだ愛情を受け止めるには、あの子は優しすぎた。

ここに来てもうすぐ2ヶ月が経つ。
自分の選択が正解だったのか不正解だったのかは、行き着いたその先でされる答え合わせでしか分からない。
逃げる道を選んだそこで、結局、あの子を地獄のような毎日にまた引きずり込んでしまったんじゃないだろうか。
不安の影は、いつだってちらつく。
ただ、一緒に居たいその一心で、その子の手を取って、飛び乗った新幹線。

「遠くへ行こう」

少し肌寒い、10月2日の早朝。
澄んだ空は真っ青で、とても遠かった。
憎らしいほどの快晴に、ただ、あの子を想った。
あの子と、あの子たちと一緒なら、どこへだっていけると思った。
不安が無かったわけではない。
寧ろ、不安しかなかったのかもしれない。
それでも、あの子の傍で、これから先、訪れる最後のその時まで、共に生きて死んでいけるなら、これ以上の幸福はないと感じた。

恐怖は無い。
生きていくなら共に。
死んでいくなら共に。
堕ちていくなら共に。
あの子を、ひとりではいかせない。

もう、いいんだ。
あの子は、もう、怯えるだけのあの子じゃない。
あの子の心は、誰にも汚せない。
汚させやしない。
あの子の心を守れるのなら、それでいい。

五体が届かなくともこの脈打つ心臓を見てくれ

「別れる」
その言葉に、息が止まるかと思った。
焦りも悲しみも動揺も押し込めて、話を聞こうと必死だった。
事の始まりは、自分の所為で。
あの子を責める資格なんて、自分には無い。
この詰めの甘さというか、あの子の心を乱す事に於いては、多々あることだ。

あの子が終わるときが、自分の死に時だ。
あの子の居ない世界で生きていくことは、もうごめんだ。
毎日のように、あんなにも死を夢見ていたことはない。
昔みたいに自らを傷付けることは無くなったにしても、ただひたすらに、ぼんやりと、自分が死ぬという想像をしていた。

色のない世界で、あの子だけが、きらきらしている。
あの子と過ごす毎日が、今まで見たこともないほど綺麗なものに思える。
この命は、あの子のためにあってほしい。
あの子の不安も恐怖も痛みも苦しみも全部請け負って、あの子が笑えるのなら、それでいい。
そんなことを言うと、あの子は大きな瞳から涙をこぼすんだ。

あの子は自分よりもあたしが大切だという。
命にも代え難い、宝物だと。
“たいせつ”が未だむず痒くて、違和感しかない。
自分を大切にしろ、とあの子も他の子たちもいうけれど、まだ本当にそれを理解してはいないのだろう。
自分の死を望まれたその瞬間から。
あの子にどれほど愛されているかを知りながら、自分に「死ね」と呟いたあの人たちを消そうと必死なんだ。

別れるなんて冗談ではない。
自分から離れるくらいなら、縛りつけてでもどこにも行かせない。
どうしても置いていくなら、その時はあたしを殺してからにして。

頭のネジが2本3本ぶっ飛んだと思われても仕様がない。
それでも、ただ思うんだ。
なまぬるい、べたべたした気持ち悪い愛情の皮を被ったエゴはもう必要ない。
あの子を殺して切り刻んで食べてひとつになれるような、そんな、溺れるような、どろどろとしたこの感情が心地いい。
細い首に手をかけて、力を入れれば、縋るように手を伸ばしてくる。
ただ、ただ、いとおしい。

離しはしない。
逃がしはしない。
ようやく、傍に居ることができる。
あの子の傍で笑えるなら、あたしはなにもかもを捨てて、その先へ進むだけだ。

離さないでいてくれるならなんでも叶えてあげるから

あの子に初めて会ったあの日、息苦しくなるほどに心臓が早鐘を打って、何かに鷲掴みにされたように胸が締め付けられたのを覚えてる。
心の底から、とてもうつくしいひとだと思った。



いつものように仕事が終わって、職場の先輩からの食事の誘いがあった。
取り立てて仲の良いわけでもない先輩からの誘いを一度は断ったものの、同じように誘われた同僚はやたらと乗り気で、さらに、先輩が彼女を連れて行きたいので、仲良くなってほしいと頼まれたら、強く断ることもできなかった。
福岡から、彼女とその子供と一緒に岡山へ来たというその先輩は、日頃からどれだけ自分が彼女を想っているか、を語っていた。
岡山に来て知り合いも居らず、自分が帰るまでは子供と2人で過ごすしかない彼女に友達を作らせてあげたい、と毎日のように言っていたと思う。
このときは、彼女思いの良い恋人だなあ、としか感じなかった。

職場の玄関口で、あの子を紹介された。
挨拶もそこそこに、職場の近くのパスタ屋に入って、あの子を盗み見た。
最初に感じた胸の痛みを、また感じた。
メニューを決めあぐねたあたしに、あの子は「ピザも美味しいよ。意外とね」と、気を遣ったように微笑んでくれた。
先輩と軽口を叩き合う2人を見て、なんだか、どうしようもなく悲しくなった。
あの子と先輩が過ごす時間は、毎日は、どんなものなんだろう、と。
羨んでいたんだろう。
あの子と笑い合う先輩のことを。

その日は食事を終えてすぐに解散した。

それから、ちょこちょこ顔を合わせることがあったり、晩御飯にお呼ばれしたり、お泊まりして出掛けたり、“先輩の後輩”らしい自分であの子たちと遊んでいた。
会えば会うほど、2人を見れば見るほど、胸が苦しくなった。
目の前にいて、笑いかけてくれるのに、先輩と手を繋いでいるあの子は、先輩の彼女なんだ、と思い知らされる。
ひとりで選びに行った家の間取りを見て、妹のことだけでなく、あの子とその娘さんを思い浮かべたことに恥ずかしくなった。
まだ、自分があの子の隣に居られるような、そんな気分になっている。
福岡からわざわざ3人で岡山に越してきた、そこに自分が割り込んでいける筈はないと。
そう、分かっていたのに。

その日、気付かれてはいけない想いだと、それに蓋をした。



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