あの子に初めて会ったあの日、息苦しくなるほどに心臓が早鐘を打って、何かに鷲掴みにされたように胸が締め付けられたのを覚えてる。
心の底から、とてもうつくしいひとだと思った。



いつものように仕事が終わって、職場の先輩からの食事の誘いがあった。
取り立てて仲の良いわけでもない先輩からの誘いを一度は断ったものの、同じように誘われた同僚はやたらと乗り気で、さらに、先輩が彼女を連れて行きたいので、仲良くなってほしいと頼まれたら、強く断ることもできなかった。
福岡から、彼女とその子供と一緒に岡山へ来たというその先輩は、日頃からどれだけ自分が彼女を想っているか、を語っていた。
岡山に来て知り合いも居らず、自分が帰るまでは子供と2人で過ごすしかない彼女に友達を作らせてあげたい、と毎日のように言っていたと思う。
このときは、彼女思いの良い恋人だなあ、としか感じなかった。

職場の玄関口で、あの子を紹介された。
挨拶もそこそこに、職場の近くのパスタ屋に入って、あの子を盗み見た。
最初に感じた胸の痛みを、また感じた。
メニューを決めあぐねたあたしに、あの子は「ピザも美味しいよ。意外とね」と、気を遣ったように微笑んでくれた。
先輩と軽口を叩き合う2人を見て、なんだか、どうしようもなく悲しくなった。
あの子と先輩が過ごす時間は、毎日は、どんなものなんだろう、と。
羨んでいたんだろう。
あの子と笑い合う先輩のことを。

その日は食事を終えてすぐに解散した。

それから、ちょこちょこ顔を合わせることがあったり、晩御飯にお呼ばれしたり、お泊まりして出掛けたり、“先輩の後輩”らしい自分であの子たちと遊んでいた。
会えば会うほど、2人を見れば見るほど、胸が苦しくなった。
目の前にいて、笑いかけてくれるのに、先輩と手を繋いでいるあの子は、先輩の彼女なんだ、と思い知らされる。
ひとりで選びに行った家の間取りを見て、妹のことだけでなく、あの子とその娘さんを思い浮かべたことに恥ずかしくなった。
まだ、自分があの子の隣に居られるような、そんな気分になっている。
福岡からわざわざ3人で岡山に越してきた、そこに自分が割り込んでいける筈はないと。
そう、分かっていたのに。

その日、気付かれてはいけない想いだと、それに蓋をした。