真選組で10のお題



08、絆


「テメーの背中は俺が守る。テメーが地獄に堕ちたって、しょうがねえから付き合ってやるよ」

あの日、そう言ってくれたことを本当に久し振りに思い出した。
どうやら長いこと戦線を離れた温い生活に浸り切っていたせいで、感覚が随分と鈍っているらしい、と銀時は自嘲の笑みを浮かべた。
確かに真選組副長として江戸で市中見回りの任に就いていた間も、白刃を潜り抜けることは多々あったが、常に緊張を強いられる戦場でのそれとは明らかに違う。
その感覚を忘れていると言うのなら、それはやはり怠慢であり堕落であるだろう。
幾ら駐屯地とは言え、呑気に寝こけていられるのがその証拠だ。身体がすぐに覚醒しない。
官軍となった攘夷派に終われて江戸を落ちること、早10日――要所要所ではよく旧幕府軍も善戦しているものの、戦線は随分と北まで押し上げられた。
武器の性能――中でも銃火器類の精密さが圧倒的に劣っているとは言え、兵力は軽く3倍はあるこちら側がどう見積もっても軽く大勝するはずだった。
それが、蓋を開けてみればどうだろう。
銀時以上に微温湯でたゆたって来た旧幕府軍の幹部共は、掌をコロコロ変遷させる上に戦と言うものを経験したことがないせいで、愚鈍で臆病極まりなかった。まるで見当違いの意見を出すせいで全滅した部隊もあると言う。
真選組は近藤の判断で独自の動きを取っていたが、連絡が途切れがちになる松平たちの様子も気にかかる。
それにいかんせん総数が50に満たない少人数だ。幾らその一人一人が今の幕軍一個隊に相当する強者だったとしても、どうしてもバラバラに分散して戦えば、その分死ぬ確率は高くなった。
――何のために俺たちは……
時代に屈した、と言えば格好はつくかもしれないが、刀槍の限界を感じている者は少なくないだろう。信じて縋ろうとしても目の前で仲間の身体が吹き飛べば、自分たちの積み重ねて来たものは何だったのか、と思うのが自然だ。
それでも今銀時は、へし折れそうな魂を押して、しゃがみ込む仲間のケツを蹴飛ばして戦わねばならない立場にある。
生きるために。
生き抜くために。
それはきっと、あの頃からずっと変わらない、銀時の中を貫いているものだ。
「準備出来たか」
不意にガラリとドアが開いて、土方が入って来た。銀時より随分早くに起きていたのだろう、既にかっちりと隊服を着込んだ姿はいつも通り凛々しい。
「いつまでんな恰好してやがる。仮にも一隊率いるんだからしゃんとしろ」
適当に首に回していたスカーフを直された。
間近で香るくわえ煙草の紫煙。
先程まで自分を抱き締めていてくれただろう温もり――今日、消えるかもしれない温もり。
「土方」
「何だ」
お互い立場ある身だ。
余程のことがない限り、本当に背中合わせで戦う機会などきっと訪れることはない。
それでも、
「死なねえよ」
先回りした答えが、僅かな笑いと共に煙草の先を揺らした。
「俺は死なねえよ。だからお前も死なせねえ」
くしゃりと大きな掌が髪を撫で、グイッと引き寄せられて口唇が重ねられる。
何人友が鬼籍に入ろうと、
何人かつての友を鬼籍に入れることになろうと、
――俺たちはもう歩みを止める方法を亡くした……
この先に待つ未来が破滅しかなくとも、
かちん、と刀の鍔に木刀の柄をぶつける。
「武運を、土方」
「お前もな、銀時」
離れた戦線でもきっと、土方なら大丈夫だと――それは信頼と呼ぶには余りにも不確かで頼りない。けれど彼なら、生きて自分の元へ帰るために、部下を行かして帰すために全力を尽くすことを銀時は知っているから。
「行くぞ」
「おー」

こうして史上最悪の戦と呼ばれる『鳥羽・伏見の戦い』が幕を上げた――


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