じりじりと照りつける太陽の下、ブランコに座って空を仰いだ。

眩しいくらいの青空と浮かぶ白い雲。
耳に届くのは忙しない蝉の声。

ふと、今は何時なんだろう、とポケットから携帯を取り出して時間を確かめる。


示されていた時間は、8月15日の午後12時半前。


どうりで暑いわけだ、と額に浮かぶ汗を軽く拭った。




「どうした?アレン」





呼ばれて、隣に座る有紀を見る。
相変わらずボーイッシュな服装で、リナリーみたいに女の子らしい格好は滅多にしない。

リナリーみたいな服装もきっと似合うのにな、なんて思いながら携帯をポケットにしまい直した。




「いや、今何時かなーって思って」

「何時だった?」

「12時半前」

「マジ?そろそろ昼飯の時間かぁ…アレンどうする?今日俺ん家で昼飯食う?」

「いいんですか?」

「おうよ。家にある材料で俺がなんか作るよ、今日姉さん仕事でいないし」

「そ、そっか」





つまり家で二人きり、という事か。
その事になんだか少し緊張してドキドキしていると、にゃあ、と猫の鳴き声が聞こえて声が聞こえた方へと顔を向けたら、いつから居たのか一匹の黒猫が居た。

猫は馴れた様子で有紀の膝の上に飛び乗り、そのまま居座ってしまった。





「その猫、野良猫ですか?首輪してないし…」

「多分。こいつ最近この公園に毎日居てさ、なんか仲良くなっちゃって」





言いながら、有紀は優しく猫の頭を撫でる。
猫も気持ち良さそうに目を閉じ、大人しく撫でられている。

そういえば、有紀は動物になつかれやすいんだって言ってたっけ、と思い出す。





「可愛いですね」

「うん。あ、そうだ、昼飯の後はデザート代わりにスイカもあるぜ?」

「本当ですか!?夏はやっぱスイカですよね!」

「食い過ぎたら腹壊すぞ?」

「わ、わかってますよ…でもやっぱり夏休みっていいですよね、課題たくさん出されるのはアレですけど海やプールで遊んだり、それにスイカとかかき氷みたいな夏にしか楽しめない美味しいものたくさんあって…」

「うん、楽しいよな!…でも、まぁ…俺は夏は嫌い、かな」

「え?」





夏は嫌い、と言った時の有紀の声が、普段よりも低くなった事につい首を傾げた。
夏休みに入る直前までは、夏の醍醐味やらイベントやらの事で僕らの何倍もはしゃいでいたのに、嫌いなんておかしい。

僕が怪訝そうにしている事に気付いたのか、有紀は誤魔化すように僕にはにかんだ。

と、その時、何か思い出したかのように猫が起き上がり、公園の外へ向かって駆け出した。





「あ、待てよ!」





その後を有紀が慌てて追い掛ける。
それを見て、僕も数歩遅れてその後に続く。





「待てって!そっち危ないぞ!」





有紀の制止も聞かず、猫は振り返りもせず駆けていく。
本当に猫って自由気ままなんだな、なんて思いながら僕の前を走る有紀から視線を外し、猫の行く先を見る。


瞬間、全身から血の気が引くような感覚がした。


猫と有紀の行く先、そこは…………赤に変わったばかりの信号機。


猫を追い掛ける事に必死になっている有紀はそれに気づいていないようで、走る速度を緩めない。




「ダメだ有紀!!!危ない!!!!!止まっ…」

「え?」





僕の叫びに、有紀が走る速度を緩めながら不思議そうに振り返る。


瞬間、けたたましく車のクラクションが鳴り響く。


クラクションを鳴らしたのは、大型のトラック。


有紀が僕から視線を外し、自分に向かってくるトラックを見る。


つんざくような激しいブレーキ音。


目の前の全てがスローモーションに見える。


有紀に手を伸ばす


けど、僕の手は有紀に届かない。


そして……



ドンッ、とトラックと何かが衝突する音とそれを引き摺るような嫌な音が聞こえた。



トラックが有紀に突っ込み、そのまま有紀を引き摺ってやがて止まった。

僕の目の前、横断歩道に鮮やかな赤が飛び散り広がる。

それは、有紀の血。





「ゆ…き……?」





ようやく絞り出した声は掠れていて、咽はカラカラに乾いていた。

僕の目の前で倒れている有紀は真っ赤に染まって、ピクリとも動かない。

生温い風が吹いて、鼻に血の嫌な臭気が届く。
その中に、僅かに有紀の匂いがしたような気がした。





嘘だ。

だって、たった今。たった今まで元気だったんだ。

他愛ない話をして、笑ってたんだ。

嘘だ。こんなの、有り得ない。嘘に決まってる。

そうだ、きっとこれは夢だ。きっとそうだ。





蝉の声が、どこか遠くに聞こえる。
頭の中が真っ白になって、さっきまでじりじりと焼け付くように暑かった日射しすら感じなくなった。

目の前の状況に着いていけず、それを受け入れる事が出来ない。
理解したくない。こんなの、嘘だ。
これは夢だ。夢に決まってる。
生きてる。有紀は生きてる、絶対に。早く助けなくちゃ、早く。

ふら、と脚を有紀の方へ一歩踏み出した時、






「嘘じゃないよ」






声が、聞こえた。
顔を上げると、僕が居る横断歩道の向こう側に僕に瓜二つの少年が立っていた。違うのは髪や着ている服の色くらいだろうか。

そいつはこの場に不釣り合いな、楽しそうな笑みを浮かべている。





「またダメだったね、君は彼女を助けられなかった。情けないなぁ…一体何度繰り返す気?」





どこか僕をからかうような声音。

一体こいつは何を言ってるんだ。
一体誰なんだ、何故僕と同じ姿をしているんだ。

いや、そんな事より早く有紀を助けないと。
まだ助かるかもしれない。早く救急車を…





「ん…ああ、もうこんな時間だ。もう行かなきゃ。それじゃあまた」





言って、手を振りながら、





「せいぜい足掻きなよ。『また明日』」





そんな言葉を残して、揺らぐ蜃気楼のように消えていった。

それと同時に激しい目眩がして、目の前が暗くなった。

蝉の声も、焼け付くような日射しと青空も、鮮やかな赤に染まって動かない有紀も、全てが遠くなっていくような感覚に沈むように落ちていった。


ああ、これが夢なら早く覚めてくれ。早く、早く……










カチ、カチ、と規則正しく動く時計の音が聞こえる。

目を開けると、見慣れた自分の部屋の天井が目に入った。
部屋の中は蒸し暑くて、身体中じんわりと汗ばんでいる。

窓から入る日射しで部屋の中は明るい。
寝転んだまま首だけを動かして窓を見れば、太陽は既に高い位置にあった。
外から蝉が五月蝿いくらいに忙しなく鳴いているのが聞こえる。


今は一体何時だろう。


枕元に放り投げていた携帯を手探りで探し当てて時間を見る。
表示された時間は、8月14日の12時を少し過ぎた頃。

少しの間、ボーッとそれを眺めて、ある事を思い出して一気に意識が覚醒し、思わず飛び起きた。





「やばい!!有紀と待ち合わせしてるんだ!!!」





急いでベッドから下りて手早く着替えて、携帯をズボンのポケットに突っ込んで部屋を出る。
鍵をしっかり閉めて、炎天下の中、太陽とアスファルトからじりじりと伝わる熱を感じながら走って待ち合わせの公園に向かう。

こんな炎天下の中、女の子を待たせるなんてとんでもない。
そういえば、今日も猛暑だって携帯のニュースに出てたな。

そんな事を思いながら、ふと、あの嫌な夢を思い出した。
そういえば、夢の中でもこれくらい暑くて、妙に現実味があって…リアルだった。
まるで、実際に起きたような、それかこれから起きる事を予兆しているような…。

頭の中に、真っ赤に染まり倒れて動かなくなった有紀が過る。
僕に「嘘じゃない」と言った、あいつも。
あいつの言葉の意味が、全くわからない。「またダメだったね」って…一体どういう……




…いや、あれはただの夢だ。



蒸し暑い部屋で寝てたから悪夢を見たんだ。きっとそうだ。そうに決まってる。あんな事、起きるわけがない。

あの夢を頭の中から追い出すように頭を横に振って、さらに速度を上げて走る。


早く有紀に会いたいな。


炎天下の中、僕を待っていてくれるであろう有紀の元へと脚を急がせた。





そして僕は、また、





繰り返す夏の日
(ああ、神様、)
(一体、僕らが何をしたというのですか)






******
本当にやっちまった(笑)
これはまだアレンが気付いてない頃で、有紀はもう気付いてます、はい

でも実際こんな風に繰り返したら人間の心なんてすぐ壊れちゃいそうよね…相手が大切な人なら特に……私ならすぐ狂うわ(ぇ)


とりあえず軽くだけど書き上げれて満足!