呆気なく死ねたら楽なのだろうか、と考えたことがあった。日々を戦場で過ごし、生きる気力も死ぬ気力も無く、ただひたすら照準眼鏡を覗き込んで相手を死に追いやる生活をしていると、生死の境界線が曖昧になっていく。もしも自分が頭を撃ち抜かれたら、それこそそれが最期になったときは、一体どんなものなのだろうか。死んでみなければ分からないと人は言うが、死んでしまったら感想を伝えることも出来ないし、何より「死んだ」という事実すら分からないのかもしれない。死は身近ながら、あまりに遠い存在なのだとしか思えなかった。
ガルエラはふとシャワーコックを捻り温かい湯から冷たい水へと切り替えた。バスタブになみなみと注がれた湯はすぐに温くなり、続けていけば冷水に変わるだろう。身体が温もった分、水の冷ややかな感触が肌に触れる度、生理的な鳥肌が立った。腰掛けて肩まで浸かり、そのまま仰向けの状態でぬるま湯の中へと潜り込む。
水の中は静かだった。時々風呂場の外から聞こえてくる生活音が邪魔するが、一番大きく聞こえるのは自分自身の鼓動だけだった。
入水自殺をする人間は、この音が聞きたくてやるのかもしれない、ガルエラはぼんやりと考えた。呼吸が保てなくなるにつれて息苦しくなり、鼓動が早まる響きが、焦燥感を抱かせる。穏やかな死と言うよりも、実際は苛烈なものだと思う。戦場で銃弾一発で死ねた方が何倍も楽なのではないか。痛みを覚えたが最期だ、次には自分の意識はすぐに遠のいているのだ。
ぶくぶくと浮かぶ泡ぶくを眺めていると、ガチャ、と浴室の扉が開く音がした。反射的にガルエラはバスタブから上半身を起こした。急に動いたせいか、びっくりしたような、どちらかと言えば困った顔をしたルーヴァンが片眉を上げて、扉から半分身体をせり出していた。
「入水自殺?」
「…こんな苦しい死に方は後免だ」
「冗談だよ。あんまり遅かったから心配したんだ。早く上がって来いよ」
ざぁ、とシャワーから出ている冷水に気付いたルーヴァンは、裸足になった後風呂場へ片足をつき、シャワーコックを閉じる。バスタブから上る湯気もなく、すっかり冷えてしまったガルエラを認め、肩を竦めた。
「何の為のバスタイムなんだか。プールじゃないんだぞガルエラ」
「身体は洗ったんだ」
「身体を冷やすなって話だ。ほら、バスタオル」
「すまない」
ふっくらとした白地のバスタオルを渡され、ガルエラは静かに浴槽から立ち上がり頭からタオルを被る。身体を伝い落ちる水滴を眺めてから、ルーヴァンへと視線を移した。溜息を吐きながらも、ルーヴァンの表情は明るい。
「飯の支度は出来てる、食おうぜ」
先にリビングへと向かうルーヴァンの背を見つめ、ガルエラはいよいよバスタオルでごしごしと身体を拭い始めた。ふと思い出したかのように振り返る。
浴槽の栓を抜く。ぬるま湯は排水溝の深みへと消えていった。