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17/02/06 18:39:(0):
▼沖神:
うれし、はずかし、はじめての。



 彼女が出来まして。本日お日柄もよく、初デートとなりました。

 告白されたのが三ヶ月前。俺は彼女に長年片想いをしていて。まさか、彼女から告白してくるとは思ってもいなくて。正直、その時の事は朧気にしか覚えてない。けれど、嬉しくて、どうしようもなかった事だけは鮮明に覚えていた。そんな告白から、三ヶ月後に初デートなのは仕事に追われる毎日で時間を作れなかった結果だ。彼女を待っている間、俺の身体は少しだけ震えていて。女と付き合った事がないわけでもないのに。動悸が激しくて、照れくさくて。そんな風に感じるのは初めてだった。彼女が来るのが待ち遠しいのか、はたまた来て欲しくないのかわからなくなるくらい、緊張していてそんな自分に狼狽えてすらもいる。
「おきた。」
 待ち合わせた場所は雑踏の中の筈なのに、俺の耳は彼女の声をしっかりと捉えていた。くるり、と。声がした方に振り返れば、待ちわびていた彼女が立っている。くるくる、と。愛用の傘を遊ばせながら、恥ずかしそうに俺を見ていた。今日の為であろう洒落た服も薄らと化粧をほどこされた顔も俺の為かと、俺の為だけなのかと思うと嬉しさと普段見慣れない愛らしい彼女で頭がいっぱいになっていく。
「じっと見てるだけじゃなくて、感想くらい言えヨ。」
 ただ、黙っている俺に煮えきれなくなったのか不満げにに彼女が呟く。その顔が今にも泣きそうで。ちくり、と。胸が痛む。
「……かわいいなァ、と言おうとおもってたとこでィ。」
「本当に?」
 そうだ、言おうと思っていた。思っていたことを言えずにいた、彼女に片想いをしていたあの頃のように、後悔しないように素直になろうと決めていたのだ。
「めちゃくちゃ……かわいい。」
 顔が赤くなっていたかもしれない。声が震えていたかもしれない。それでも、出遅れて言えた素直な言葉は彼女に伝わっただろうか。
「なら、よかったネ!」
 彼女は俺の言葉に納得してくれたのか顔をほころばせた。本当に可愛いと思う。片想いの時に時折見せてくれた愛らしい笑顔。今は俺に向けられた笑顔なのだと思うと彼女をこの場で抱きしめたくてたまらなくなる。そんな邪な気持ちはしまい込む。
「チャ……神楽。んじゃ、行くかィ。」
 俺は彼女をチャイナと呼びそうになってしまった。何度も呼んだ彼女のあだ名。心の中ではずっと神楽、と呼んでいたのに。本当に呼べる時が来たというのに間違えそうになるだなんてお笑い種だ。
「うん。」
 そんな俺の些細な失敗を彼女は気付いていないようで安堵した。心にほんの少し余裕が出来たら、彼女としたいことがぐるぐると頭の中を駆け巡る。兎にも角にも何をするにも腹ごしらえが先だと思い歩きだそうとすると服の裾をく、と引っ張られる。
「何でィ。」
 俺は何か失敗したのかと焦った。何かが彼女の機嫌を損ねたのかと心に出来たほんの少しの余裕が一瞬で吹き飛んだ。
「手ッ、つなぎたいなあって……。」
 下を俯いている彼女の表情はわからなかった。自分がこんな愛らしい事を言うのは似合わないとでも思っているのかもしれない。そうでなければ、何時も自信満々に自分の顔を上げて真っ直ぐに言葉を紡ぐ彼女が下を俯いて言うだなんてことはない。俺は俯いた彼女と視線が合うように身体を屈ませ、顔を覗き込む。
「ん、そうすっか。」
 手を差し伸べて、彼女の蒼い瞳と俺の瞳を合わせて、笑って見せる。
「いいアル?」
 逆に駄目な理由を知りたい。むしろ、その事を思い付かなかった自分を殴りたい。
「いいに決まってんだろィ?」
 彼女から手を繋ぎたいと言われて、気分を害する事などない。むしろ、喜ばしいことだ。差し伸べた手に柔らかな彼女の手が重ねられてた。その手を優しく、けれど離さないように握った。
「今度こそ、行こうぜィ。」
「うん!」
 いざ、手を繋いで歩いてみると大きな問題がひとつでた。彼女の愛用の傘が歩くのにとても邪魔なのである。とはいえ、傘は彼女の生命線といっても過言ではないので、差さないという選択肢はない。彼女も何処かおかしいという事にきづいているようで、俺の方を見たり、少し考え込んだり、首を横に傾げたりと挙動がおかしい。
「傘、よこせ。んで、手はこう。」
 彼女から傘を預かり、右手で傘を待ち繋いだ手を俺の右腕に手を組ませる。
「うわあ。恥ずかしー、けど…‥。なんか幸せヨ!」
 ぎゅ、と。彼女は身体を預けるように俺の腕を抱きしめるように絡ませた。どくん、と。心臓が跳ね上がる。彼女の身体の柔らかさが身体の芯を熱くさせてくる。
「とりあえず、飯な。」
 熱くした事を誤魔化すように、自分には言い聞かせるように。彼女の方を向きもせず、早口で言葉を吐露させて、歩き出す。
「どこ、行くアル?」
「着いてからのお楽しみでィ。」
 彼女が行きたがっていた飯屋と水族館に行くと決めていた。三ヶ月前、告白されたあの日に。たわいもない会話をしながら、目的地の飯屋に着く。
「ふぇっ。ここ……?」
 此処、というのは。彼女が俺と付き合う以前、この飯屋を食い入るように見ていた場所だ。その時俺は、食い意地張ってんなァ、とからかってしまった。本当は彼女は飯屋で楽しそうに食事をしていたカップルに見とれていたのだ。悪態をついたのは、俺ではない他の誰かと来ているのを想像しているのではないかと気が気でなかったからだ。
「来たかっただろ?……俺と。」
 あの時、想像していたのは俺だろうと確認したくてしかたがなくてわざわざ、俺と、と付け加えてしまった。我ながら、子供じみている。
「うん!」
 今日一番の笑顔をみせてくれる彼女。その笑顔であの時、想像の中にいたのは俺だと確信した。ただ、笑顔が眩しすぎて、少しの間、彼女から顔を背け、目を閉じ口元を隠し、幸せを噛みしめる。それと同時にその笑顔を瞼の裏に焼き付けた。
 中に入るとすんなり席に案内される。周りは案の定、カップルが多い。彼女はメニューを見ながら、うんうん唸っていた。眉間に皺を寄せて、時折俺の方を見て、様子を伺っている。
「決まったかィ?」
「か、カルボナーラ……。」
 カルボナーラ、彼女はそう答えた。しかし、俺はその言葉に違和感を感じる。彼女は白飯さえあればいい、主菜なんてものはいらないくらいに。しかも此処はオムライスが美味いと評判の店で彼女も承知の筈。だから、彼女がカルボナーラを頼むのはいささかおかしい。
「なんで?」
「なんでって、おいしそう、だからヨ。」
 じっと彼女の瞳を見つめていると彼女はだんだん恥ずかしそうに所在なさげに下を俯いた。少々、追い詰めすぎたかと後悔する。
「えっと、……おんなのこは、デートでカルボナーラ頼むって読んだヨ。それに、その方がかわいいって思うっていうのも……。」
 何処からそんな情報を得たのだろうか
。もしかしたら、多数はそうかもしれないけれど。
「んなの、鵜呑みにしてんじゃねェや。俺はお前が何時も通りしてくれんのがいいんだけど?」
「き、嫌いになったりしないアル?」
 如何してそうなる。そこで嫌いになるという発想がわからない。他の人間の情報なんて仕入れなくてもよかったのに。でも、彼女が今日のデートに為に色々してくれたかと思うと無碍に出来ない。
「なったりしねェから、好きなの頼め。その方が、俺は嬉しい。」
 上手く伝えられただろうか、彼女に優しく言葉をかけられただろうか、と不安になる。けれど、その不安は彼女の次の行動でかき消された。
「じゃあ、オムライス。」
 顔を寄せ、少し照れくさそうに彼女は俺に囁いた。そんなことで不安をかき消せるだなんて単純な男なんだろう。俺は何事もなかったかのように平静さを装い、店員を呼んで、オムライスをふたつ注文した。注文した品が来ると彼女は夢中になって、食べていく。ひとくち頬張れば、美味しいという表情になり、次のひとくちを口に運んでいく。その仕草がなんとも可愛くて、じっと見ていた。
「なにしてるネ、冷めちゃうヨ?」
 俺の視線に気付いた彼女は俺のオムライスをひと匙一杯にすくうと、自分の口の中へと放り込む。よく見れば、彼女は自分の分をもう食べ終えていた。
「食うの早ェ。」
 彼女が幸せそうに食べる姿に見とれていたのを知られたくなくて、残りのオムライスを
かきこむように平らげた。会計を済ませて、店内を後にする。来たときと同じように腕を組ませて歩き出すと。彼女はそっと囁く。
「覚えてくれてたんだナ、ありがと。」
 彼女もあの時の事を忘れていなかったのだ。それは店に入る前にわかっていたが言葉にしてくれるとは思わなかった。俺はただ、あの時、想像していた人物が俺だったと確認したいが為にこの飯屋に来ただけなのに、彼女の感謝の言葉が重く感じた。
「ん。」
 ただ、肯定の言葉しか出てこなかった。彼女はとても喜んでくれたのに。気の利いた言葉がでてこない自分を恨めしく思った。
「次はどうするアルか?」
 言葉を弾ませながら、彼女は俺に問いかけてくる。今日を楽しんでくれている彼女の言葉で俺の反省など後回しにするべきだと気付く。兎にも角にも、今日は彼女を喜ばせる事が最優先だ。
「決めてあるから。まだ、秘密な。」
 秘密にしてはみたものの、行く方向で行き先など簡単に知られてしまう。途中で彼女が少し浮き足立っていくのを身体で感じた。水族館は彼女が彼女の姐さんと慕っている人物に話していたのを盗み聞きして得た情報なのだ。自分が行ってみたいと言った場所だと分かれば、嬉しくもなるだろう。
「ネ。水族館、かナ?」
 目的地に着くのが待てなかった彼女はおずおずと行き先を口にした。目的地まで後少しと言った所。この先にあるデートに向いた場所と言えば、それ以外ないと言っても過言ではない。
「んー、どうかなァ。」
「違うアル!?」
 はぐらかすと彼女は驚いた表情で俺を見上げた。もう建物も見えているという位置で言うものだから、驚くのも無理はないかもしれない。では、何処に行くのだ、とそんな表情もしている。
「違わねェ、あってらァ!」
 なんだか、そんな言葉にひっかかったかと思うと嬉しくなり、吹き出してしまった。驚いた彼女の顔ときたら。心底驚いた表情が愛らしくてたまらない。
「もう、びっくりしたヨ!」
 口を尖らせて、顔を真っ赤にさせて俺を叩く仕草をしてみせる彼女もまた可愛い。今、俺は彼女を独り占めしているんだと実感した。くるくると表情を変える彼女をこんなに間近で見られることに幸せという言葉以外見つからない。ずっと、片想いをしていた頃から。俺は彼女の色々な表情が見たくて、かまっていたのだけれど。その時の彼女は怒った表情や不機嫌な顔ばかりで、あの頃は虚しさばかり感じていた。
「悪ィ、悪ィ。」
 表情を変える彼女が愛おしくなって、感極まって、彼女の身体を包み込むように抱きしめた。
「……おきた?」
「なんか、すっげェ、幸せだなァって。」
 好きな彼女と飯食って、笑って、とても単純な事なのにとても幸せで。彼女の言葉に一喜一憂して、こんな自分がいるだなんて思っても見なかった。
「ねえ、すき?」
 腕の中で彼女が優しく、ぽつり、と呟く。
「あー、まあ。」
 そんなの分かりきっているではないか。言葉にしたからこそ、俺たちは今、こうして此処にいるのだ。
「そんなの、答えじゃないヨ?」
「好きじゃなかったら、こんなことしてねェし。」
 彼女とデートを如何したら喜んでくれる、とか。行きたいと思っている所にいったら、驚いてくれる、とか。そんな事を考えたりしないだろう。今、此処で抱きしめたりしないだろう。それは好きだという証明にならないのだろうか。
「そういうこと言ってんじゃねーヨ。」
 ぎゅ、と。背中に回された腕に力が込められる。彼女は苛立っている。俺の言葉に不服なのだ。
「んー、まあ。あれでィ。」
 好き、と一言いうだけなのに。喉が詰まったみたいにでてこない。言葉が出ない。俺は素直になろうと決めていたのではないのか。
「あれじゃ分かんないアル。」
 思考を巡らせていると彼女は大きな瞳を潤ませながら、上目遣いで懇願してくる。
「あー……すき、でさァ。」
 そんな風に彼女に懇願されると弱い。弱さで言ったとは思われたくないが俺は詰まらせていた言葉をやっとの思いで吐き出した。
「よくできましたネ!」
 そんな俺の思いとは裏腹に彼女は満面の笑顔を浮かべると満足したのか、見上げていた顔を俺の腕の中へと埋める。なんだか、彼女にやられっぱなしなのは気に入らない。
「神楽、大好きだ。」
 顔を埋めている彼女に愛をそっと囁いた。

 


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