ミ ル ク




ああはきそう

09/30 17:19
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なぜ自分を傷つける人を弁護するのだろう。
性善説を信じているほうがらくなのだ。
人は見たいものしか見ない。
そうあってほしいと思ったら、それを否定する出来事には目をつぶれてしまう。
弁護するのは
相手のためじゃなくて自分の安心のためなのだ。自分を納得させるための手段。
そうして好き勝手に傷つけられていくんだわ。

09/30 09:19
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ブログデザインを鬱な気分に変えてみたよ

09/29 01:47
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もやしみたいな女の子になりたいなー

09/29 00:57
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崩れていくのがわかる

09/28 10:54
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うぎゃあああ

教授からメールかえってきたこわい。

09/27 20:55
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病気だからって
しなければならないことや
すべきことや
したくないことを
避けられはしない。

まじ死にたい。

いやだー
いやだー
いやだー


っていってもしゅうがないんだけどね
体が言うことをきくかぎりしなければならないことはしなければならないし

したくないことはしない、なんて子供みたいなこと言ってはいられないんですよねー

したくないことをするのは嫌だ
迷惑かけるのも嫌だ
甘えただと思われるのも嫌だ
なーんてイヤイヤマン。
一体あんたはどうしたいのってなもんだ。
勝手にしろやと思われて当たり前。あきれられて当たり前。


勝手にしろや〜って本気で言ってくれるなら死にますが

そうさ人間勝手に死ぬこたぁできねんだ。
少なくとも家族にあいされてるわたしにはできねぇんだ。
埋葬も社会的手続きも遺品整理も誰かがせんにゃならんのだ。

いやいやまん
いやいやまん

こころと脳ミソを取り出してサイボーグにでもしてくれたら体がなくなるまではたらきますから。



もうみんなごめんなさい。
宇宙中の全ての人と物と動物と神様と過去と未来と現在と幸運と悪運とその他すべてのものたちにごめんなさい。
生きててごめんなさい。幸せでごめんなさい。何もかもごめんなさい。わたしの命も考えも罪も思いも行動も言動もここに書いてしまった言葉も、わたしの全てがごめんなさい。

ごめんなさい。

09/27 19:23
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もーきえたいーー

09/27 19:06
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考えないことを覚えたが考えなくても不安は不安。

09/27 13:36
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むーりー

09/27 09:43
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つよがりつよがりつよがり

09/27 02:10
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あーもーきえたい

09/26 20:35
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あたしはただの精神異常者ですか

人生諦めてはだめですか

09/25 23:18
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何事も表面だけなぞるなら楽しいのだ。
一歩踏み込むといけない。
そこには厳しさや難しさや複雑さがあって、楽しいだけではすまなくなってくる。
隣の芝生は青い。永遠に。


人生や運命はミルフィーユのように積み重なっていて、
人は巨大なミルフィーユを選んで食べきろうと努力しているようなものかもしれない。
イチゴを求めて掘り込んで、パイ生地とクリームとでお腹が苦しくなってしまう。そしてイチゴにはたどり着けない。
てっぺんの飾りのイチゴだけ楽しんでいれば、苦しくならなかっただろうに。


それでも、パイ生地とクリーム、イチゴ、すべて揃っているからミルフィーユであって、それぞれがあるから、それぞれがよりおいしくなるのである。


要は身の丈にあったサイズのミルフィーユを食べていれば幸せでいられるのだ。


食べきれると信じて、食べ続けて自分で掘った穴から出られなくなることもある。
どこまで掘っても、パイ、パイ、クリーム、パイ、パイ…
飽き飽きした味で、辟易しているのに、ここまできたらと意地になってイチゴを探す。
食べきってしまわねば勿体無いだとか思って無理をして食べ進める。
真っ暗な穴で光もなく。
信じるものは自分だけなのに自分を疑い不安になる。


イチゴまでたどり着ける人もいれば
たどり着けずに倒れる人もいて、
イチゴを見つけたから幸せだとか、食べきれなかったから不幸だと言うわけではなく、
イチゴを見つけても満足できなかったり、食べきれなくても満足する人もいる。

挙げ句たどり着いた先は空洞で、
ミルフィーユと信じていたのは、バームクーヘンで、そもそもはじめからイチゴなどなかったり。



しかし、そんなことは食べきろうと食べきれなかろうと、
イチゴを発見しようがしまいが、
自分自身ではわからないのだ。
だって食べきってしまえば何も残らない。


食べきった後に見えるものが何か、まだミルフィーユの中の私にはわからない。

イチゴがあるかないか、
あるいはイチゴを食べたら何が残るのか、
その背景は何か。
ケーキ屋さんのミルフィーユの山か
コンビニのビニール袋か
はたまた生ゴミ棄て場か
なにもない灰色の世界か
光か
闇か

わからないのだ。


しかも食べきった後、食べきったと信じられるのは自分の記憶だけなのだ。
自分の曖昧な記憶でしか証明できない。

あるいは醜く太った自分の姿で。



だが、
そこに他者がいればことは大きく変わる。
一緒にミルフィーユを食べ進める者がいれば。

酸いも甘いもわけあい、ささえあう。
いい古された人権標語のように。

たとえたどり着いた先が、イチゴでも空洞でも、光でも闇でも、たどり着かなかったとしても、

そこには食欲や自己実現の欲求の他に、友情だか愛情だか親愛だか敬愛だかの情なんかが残る。

たとえ、全てを食べつくし、たどり着いた先は空洞だったとしても。



今はそういう時代なのかもしれない。

日本の高度成長期には、有り余るほどのミルフィーユがあって、
親や上司が食べきれずに子に託すぐらいで、
縦の繋がりを信じて一心不乱に掘り進め、光を注いできたのかもしれない。

けれども今は親が託せるほどの立派なミルフィーユが少なくなってきたり、
自由、という名のフォークを持たされて迷ったり
そんな時代なのかもしれない。

完食よりも、自分が満足する事が良しとされて、
だんだんと先が詰まってミルフィーユの山になってきて光が入らなくなっていたりするのかもしれない。
一緒に掘り進んでくれる人を必要としているのだろうか。



おかしな話しになってきてしまった。

こんなつもりではなかったのに。

和食でいえばミルフィーユはスルメに近い。
だけど人生はミルフィーユよりスルメのほうがいいな。



お菓子なハナシ。

09/25 00:45
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思考停止思考停止。
ぴーぴーぴー。

あたまがうごかないぼうっとする何も考えたくない
みらいなんていらない
みらいなんていらない

決断したくない。

答えは決まっている
答えは決まっている

学校やめたい

でもやめられない

大学中退

今は未来なんて要らないから、将来なんてどうでもいいからそういえるけど、もし元気になったら後悔することがあるかもしれないから、
やめる勇気はない。


学校から離れたい。離れたい。

09/22 15:52
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現実っていうのは。
社会、人、仕事、生活。
生きるのは難しい。

私の現実を、この家の中だけで、せめてこの村の中だけで終わらせたい。
見たくない。行きたくない。あの現実で生きたくない。あの、楽しくて賑やかで寂しい現実。伝統でもなんでもない暗黙のルールを守らねば孤立する。読まれた空気。作られた空気。
どこにいても、異物は弾かれる。

かといって、まちであれこの村であれ自分の社会的居場所を確保するのは難しい。
披扶養者、御荷物としての居場所があるだけ、まちよりも生きるのは簡単。
倫理観や自尊心や思いやりを諦めてしまえば、生きるのはたやすい。
でもできないから難しい。

現実、現実。


生きていける気がしない。

このぬるま湯のような、安楽な家庭で、現実を見ずに生きて行きたい。

でもそんなことはできない。

お湯はいつか冷めるだろう。


生きていける気がしない。

09/21 00:25
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考えてはいけない考えてはいけない。
またいけなくなってしまう。
痛いところは動かさない。
考えるな。

09/15 17:06
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サービスエリアにマッサージチェア置いたらいいのに。

09/13 23:05
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驚異的に遅いスピードでしか物事を処理できない。
1ヶ月に事務処理1コ決断1コ

一週間でできることなのに。

09/10 22:29
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はいちゃだめはいちゃだめ

09/10 21:32
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