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出港し、ファトバル・シティの港が海に隠された頃。


「それにしてもアスカ、すっかり大きくなったな!」

「そちらこそ。お元気そうで何よりです」

サイクロンズから十数人の男達を退けてくれた女性が、アスカの肩を組み、その腕で頭をなでる。アスカははにかみながら、女性の豪腕な歓迎を受け入れているようだった。


「あたしと会話する時のアスカが嘘のようだわ」

「笑ってるねーアスカさん」

「つか、この世界に知り合いいたんだな」

「それはこっちのセリフ! 驚いたよ! まさかアスカに同年代の友人がいたなんて!」

「……ただの仲間です」

そうかそうか! と女性は更にアスカの肩を引き寄せ、豪快に笑ってみせた。


「ねえアスカ、このお姉さんとはどういう関係なの?」

「おっと、まだだったな自己紹介が!」

アスカから腕をほどき、マルー達の前に立ち、手を差し出した。


「私はスカーレット! グラディエーターをしている。よろしく!」

マルーは女性――スカーレットの手を両手でしっかり包み、握手を交わした。


「よろしくお願いします! 私はサイクロンズのリーダー、マルーです!」

「サイクロンズ?」

「はい! カゲルを倒す為の道具を集めているんです!」

「カゲルを倒す?! そりゃあ大したもんだな! マルーとアスカを含めて、この五人でか!」

「はい! こっちから、ボール、リンゴ、リュウといいます!」

マルーに紹介された三人は、スカーレットとそれぞれ握手を交わした。


「ところで、ぐらでぃえーたー、って何ですか?」

「ああ。闘技場で賞金稼ぎをする戦士のことを言うんだ。この船に乗っている奴らは皆そう。というか、君達もそうだろう?」

「いいえ、私達は人と会うだけで――」

「そうか。てっきり今回の闘技場の副賞を狙いに来たかと思ったんだが……」

「副賞とは何ですか、スカーレットさん」

これだよ、と、スカーレットは懐から紙を取り出し、アスカに手渡した。他の四人がその紙を覗き込む。


「この絵、まるで真珠みたいね!」

「賞金と共にもらえるようですね……ですが、これは相当大変では?」

「この船をしのぐ大きさのドラゴンを倒す、が条件だからな。しかも無理やり住処から出したらしい――気性が荒いだろうから倒しがいがある!」

「この船より大きいドラゴンかあ……!」

語るスカーレットとそれを聞いたマルーが船を見上げる。


甲板に建つ二階建て程の船尾楼。それより大きいドラゴンが、私達の前に立ちふさがっている――想像したマルーの瞳が大きく輝いた。


「私、会ってみたいです! そして、戦ってみたい!」

「威勢がいいね! でも、戦うことは無理さ。君はグラディエーターではないだろう?」

「なら私、グラディエーターになります!」

「おおー! それは嬉しいね!」

「おい待てマルー。俺達の目的は、あくまでリッキーさん達に会いに行くことだ。勝手に話を進めるな」

「でも、倒したときにもらえる副賞! それがもしかしたら、私達が探している道具かもしれないよ!」

「可能性は否定しませんが、マルーさん、闘技場で戦うことはおすすめしません」

「どうして、アスカ?」

「闘技場の戦士達は常に命懸けです。一度戦いが始まれば、逃げることも隠れることもできません。どちらかが死ぬまで、戦い続けなくてはいけないんです」

「それならなおさらだ! 俺達が探している道具かが分からねえなら、挑まねえのが一番だ」

「うう……そっかあ」

「ははっ。仲間にこう心配されちゃあ、うかつに誘うと怒られそうだ。残念!」

「呆れました。誘うつもりだったんですか」

「グラディエーターになる! なんて言われちゃあさ! そりゃあ誘いたくなっちゃうよ!」

船中に響くように、スカーレットが笑う。



「アスカとは大違いね。豪快というか――」

「あの豪快さは昔からです」

「昔って、いつー?」

「私が小さい頃です。その時は、私に戦いの基礎を教えて下さって……」

「戦いの基礎かあ――そうだ!」

マルーは剣を抜き、スカーレットの目の前に飛び出した!


「私と特訓してください、スカーレットさん!」

「おっ――気に入った! 特別に鍛えてやろう!」


スカーレットは脇に置いていた斧に手をかけ、マルーの前に豪快に突き出した!


「まずはどこからでもかかって来な!」

「ありがとうございます! では!」

鋭く見据えるスカーレットにマルーは一直線!
動き回るマルーに対し、スカーレットはその場で斧を振り回し、攻撃をいなしてゆく。


「生意気だな、あの小娘」
「スカーレット様に挑むとは……」
「百年早いんだよお!」

「……急にむさ苦しくなったと思ったら」

気が付けば、マルーとスカーレットの特訓を一目見ようと、男達が集まっていた。野太い声のほとんどが、スカーレットを名前を叫んでいる。
リンゴも懸命にマルーの名前を呼ぶが、いとも簡単にかき消されてしまった。


「もうっ! マルー! 頑張ってーっ!」

「頑張るだけではいけません。闘技場では歴戦を制する彼女ですから、頭も使わなくては――」

アスカの顔は真剣そのものだった。手に汗を握り、食い入るように訓練を見ている。


「何よ熱くなっちゃって……それにしても人が多過ぎるわ」

特訓はまだ続きそうだし……リンゴは男達の間をぬい、船の横から身を乗り出し、真っ青な海を眺めた。


車と変わらない速度で進む船は、青い海の上に、静かに潮の線を引いてゆく。つややかな小魚が遊ぶように跳ねる姿は、海ならではの光景だ。

そんな海から船へ、這うように近付く“魔の手”が、にらむ蛇のようにリンゴを狙っていた――!



「きゃあーーーっ!!」


「今の声は――」

「まさか、リンゴ!?」

叫び声に船に乗る者全員が振り返る。

「誰か、助けてーっ!」

なんとリンゴは大きなイカに捕まってしまった!

「あれは“イカだいおう”……助けなくては!」

船をしのぐ大きさのイカのもとへ、アスカが真っ先に駆けた! 両手にそれぞれブレードを持ち、船を飛び越える!


「リンゴが捕まってるのに……どうしよう」

「あの小娘、何をしているんだ?」
「さっきまでの威勢がない……」
「生意気なんだよお!」

「人のことは気にしない! さっさと助けに行く!」

「「「 はい! スカーレットさん! 」」」

スカーレットのげきを受け、力自慢の男達もイカだいおうのもとへ向かっていった。


「マルー、一体どうしたんだ? さっきの威勢がないじゃないか」

「……私……この先に行くのが、怖くて――!」

後退りしてゆくマルーは間もなく、腰を砕かれたように地べたに座り込んでしまった!

スカーレットはマルーを支えつつ、イカだいおうを見る。アスカが身体巧みに跳び回り、リンゴに近付こうとする様子も見られた。


「確かに大きいもんなあ、あのイカ。だけど、大丈夫! 私達はこういう時の為に乗っているようなもんだからね」

おもむろに、斧を肩に担いだスカーレットは、イカだいおうと対峙した。
そこにアスカが戻ってくる。

「スカーレットさん。救助できました」
「は、早く、ほどいてーっ!」

アスカの腕にはイカの足に捕まったままのリンゴが抱かれていたのだ。

「さすが私の一番弟子! あとはこっちのものだ!」

一声を上げながら助走をつけたスカーレットが、船から飛び立った!


「皆平気そうでいいなあ……」

「マルーさん、イカだいおうはスカーレットさんに任せて――」

「そうよマルー! 早くこれをほどいてくれる?!」



こうして、アスカとマルーは、スカーレットと男達が戦っている間、リンゴを縛るイカの足をほどいてゆくのだ……。


「アスカってさっきのジャンプ、怖くなかったの?」

「ジャンプ、ですか?」

「そう。この船から向こうのイカまで飛んでいくの――もし海に落ちたらどうするの?」

「泳いででも行きますよ。仲間の為ですから」

「やっぱり泳げるのかあ……いいなあ」

「もしかしてマルーさん、泳げないのですか?」

「……」


アスカに投げ掛けられた言葉にマルーの手が止まる。しばらく固まると、彼女は小さくうなずき、うつむいてしまった。


「あの時、海に落ちたらどうしようって思っちゃって、それから怖くなって座り込んじゃったんだ。助けに行きたくても私、行けなかった……」


マルーの話す様子は、恐ろしい出来事に直面したかのようだった。震える身を悟られないように、身体を両腕で抱くように抑え込んでいる。


「そんなこと昔からじゃない。それよりマルー、アスカが何気に“すごいこと”を言ってたわよ」

「すごいこと? そんなこと言ってたっけ?」

「マルーには当たり前のことかもしれないけど」と前置きする、イカの足に縛られたままのリンゴが、アスカの顔を鋭い視線で捉えた。


「さっきからあんた、気安く“仲間”なんて言葉使ってるわよね? あたし達のこと、今まで散々毛嫌いしてきたくせに――いつからそんな言葉を生温く口に出来るようになったわけ?」

「……」


リンゴに投げ掛けられた言葉にアスカの手が止まる。

「(リンゴってば、そんなこと言わなくても! うう、アスカが黙っちゃったよ……どうしよう……!)」


しばらくアスカは固まっていたのだが、すぐにまた手を動かし、リンゴを縛っていたイカの足をほどいてみせた。


「私はただ、正直に言っているだけです。あなたが何を思おうとも関係ありません」

アスカは立ち上がると、その場から静かに離れていった。


「どうしよう。きっとアスカ怒っちゃったよ」

「そうかしら」

「えっ?」

リンゴは柔らかく笑っていた。普段であればわざとっぽく嫌みを自分に話しかけてくるのに――いつもとは違う様子のリンゴに、マルーの思考が追いつかない。


「リンゴ、怒らないの? あんなに強く言われてたのに」

「あれはあたし達の為に言っているのでしょう? ……今なら分かるわ。アスカはどんな人にも正直に向き合う子なんだって。周りからは勝手に見られることもあるけど、あの子にとっては信念をもっての言動――イロハシティのことがあってから、それがよく分かったの」

そうしてリンゴも、イカがいる方向へ歩いてゆく。


「さ、あたし達も加戦しましょ! 魔法でなら、この船から攻撃ができるわ!」

「そっか! 魔法なら距離は関係ないんだ!」

マルーの顔がぱっと華やぐ。飛び起きた彼女がリンゴと同じ位置に立った!


しかし。いざ海に目をやると、光景は打って変わっていた。イカは姿を消し、海はすっかり穏やかになっていたのだ。

どういうことだろう? 二人が顔を見合わせた頃、アスカが何かを抱えて再び戻ってきた。

「……ちょっと! 何よその大きいイカの足!」

「これからイカだいおうを食糧庫に運びます。手伝ってもらえませんか?」

「運ぶ?」
「ですって!?」

二人が船から顔を出すと、イカだいおうが見事、海のもくずと化していたのが見えた。スカーレットを始めとしたグラディエーター達が、切り落とした部位を抱えながら戻ってくる。

「イカがバラバラだね……」
「いつの間に倒したの……」

「さあ、急いで運びませんと、ここがイカでいっぱいになりますよ」







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