繋ぐ為(※短編百合?小説形式



「なぁにさっきからだんまり決め込んでんだコラボケェ」


こんにちは、桜井小春と申します。
しがない女子高生をやっている者です。3年C組。部活は美術部です。


「オイコラ聞いてんのかよテメェ」


身長体重学力ともによくも悪くも平均値。
クラスの中では、どちらかというと地味で目立たない方だという自覚はあります。

でもクラスの人達とはそれなりに良好な関係を築けていると思いますし、生まれてこの方、人を陥れたり恨みを買うような振る舞いだけはしてこなかった自信があります。

たまに感情が振り切れると暴走してしまうこともありますが、それは思春期なので目を瞑って欲しいです。

とにかく、どこにでもいるような、ごくごく一般的な家庭に生まれ育ったごくごく普通の18歳です。

そのつもりです。


「テメェ人から話しかけられてガン無視タレるなんざぁ良い度胸してんじゃねぇかよえぇ?」


…少なくとも、ついさっきまでそのつもりだったんです。


「いぃぃい加減こっち向けやオラアアアアア!!!」

「イヒェエエエ!!お、おおおお助けえええええ!!!」


ああ、なのに何故。

何故、今私は一人、ヤンキーに絡まれているのでしょうか。

だれかたすけて。


--------


本日は大変清々しい晴れ模様。
そして、私の目の前には清々しいほどのメンチ切ってくるヤンキー。

あまりの非現実に、普段さして使わない脳みそがああれやこれやとフル回転して思考がまとまらない。

ちらり、と唐突ヤンキー女子高生(本名:冬木さん)を見やる。


「…アァン?」


…何でこの人こんな人殺しそうな目ができるんだろう。どこで覚えたのそれ。
今日日の女子高生には必須科目なのかな、メンチ。嫌だ、そんなの嫌すぎる。

そして、やっぱりこういう人のベストポジションは校舎裏なんですね。なんて絵に描いたような古典ヤンキー。

「イイエェ…」と我ながら情けない声を返し、そっと視線を外す。

あぁ、こんなことならいつも通り部室に真っ直ぐ向かえばよかった。

おかしい、今日は私にとって特別な日になるはずだったのに。

少なくとも、こんな意味での“特別”は想像もしていなかったのだ。


--------


その始まりは、今日の朝まで遡る。

いつも通り登校し、いつも通り自分の教室に入り、いつも通りに教科書を用意する為に机の中に手を入れた。

カサ。

…カサ?
机の中にプリント類でも突っ込んでたっけ、と何気なくお目当ての物を引っ張り出す。


「…手紙?」


それは見覚えのない、一枚の封筒だった。

今時手紙だなんて珍しいな。
と、桜色の可愛らしい封筒をしげしげと見やる。

表には『桜井小春さま』と、少し丸文字気味で私の名前が記されていた。
ということは、これは私宛で間違いはないらしい。

裏面も確認したが、わざとなのか何なのか差出人の名前は書いていなかった。

頭に疑問符を浮かばせながらも封を開ける。

中から現れたのは、封筒と同じく桜色に染められた便箋。

二つ折りに収まっていたそれを取り出し、開いて目を通す。


「…『突然文をお渡ししましたこと、どうかお許し下さい。
どうしても小春さまとお近づきになりたく、その想いが溢れて止まず、このような手紙を出させて頂きました。
もしよろしければ、本日の放課後、校舎裏にまでお越し願えませんでしょうか。
小春さまにお逢いできることを楽しみにしながら、放課後お待ち申しております。』」


小声で読み上げながら、途方もない気恥ずかしさに襲われる。
なんとまぁ勇気ある行動とは裏腹に奥ゆかしい文章か。

机の中に手紙が入っていた位だし、加えて“校舎裏”を待ち合わせ場所に指定する位なのだから、うちの生徒で間違いはないのだろう。
でもこんな大和撫子を地で行くような現役女子高生、私の周りにいたかな。


「…こっちにも名前、ないな」


念の為もう一度読み返すが、やはりどこにも撫子さん(仮称)の名前は見当たらなかった。どんだけ奥ゆかしいんだ。

そっと教室内を見渡してみる。

何の話で盛り上がっているのか、ゲラゲラ笑い合っている子たち。
朝に弱いのか、机に突っ伏して爆睡する子。
真面目なことに教科書とノートを広げて何やら勉強にいそしむ子。

それぞれが思い思いに過ごす、いつも通りの朝の風景。

その風景に私だけが取り残されたようで、突然訪れた非日常に何だか妙にどきどきしてきた。


「……」


しかし、やはり思い当たる節がない。
教室内でも、特にこちらを気にするような視線はなく、別のクラスか学年の人かもしれないと熱くなってきた脳みそでぼんやり考える。
それはそれで、余計に思い当たる節がないのだが。

それから放課後までは、そわそわと落ち着かない半日を過ごした。

生まれてこの方、こんな手紙なんて貰ったことがないのだ。

授業中、先生に見つからないよう友達と手紙の交換をする事ならあるが、それとは比べられない程のドキドキ感だ。

今この世界において、この秘密を共有しているのは私と撫子さんの二人きりで。

まだ見ぬ撫子さんへの想像が止まらない。
どんな人なのか、何故私を気に掛けてくれるのか気になって仕方なかった。
何だこれ、恋する乙女か。

あまりに私に落ち着きがないことを心配した友達が声を掛けてもくれた。
が、誰かに話してしまったら、この夢のような出来事が音もなく消えてしまうような錯覚に陥り、突然怖くなってしまった。

誰が書いたのかも分からない手紙が届いたことではなく、変なことを恐ろしく感じるものだと自分でも不思議に思う。

どうにか心配ないことだけを喉から絞り出すと、心配と少し呆れ混じりの様子で「明日もおかしかったら無理矢理聞きだすからね」と許してくれた。
良い友人に恵まれたものだ。


放課後。
とうとうこの時間がやってきてしまった。

予備校や部活に忙しなく向かうクラスメートを見送りつつ、鞄に適当に物を詰め込んで気もそぞろに立ち上がる。

いつもなら私も急いで美術部に向かう時間。
だが、今日だけは。今日だけは休ませてもらいます。
もうすぐ引退だし、許して可愛い後輩ちゃんたちよ。

さて、万が一情報に間違いがあっては困る、と再度手紙を取り出した。
桜井小春。本日放課後。校舎裏。よし大丈夫。間違ってない。

周囲に怪しまれないように、せり上がる気持ちを押し止め、早すぎず遅すぎずの速度で目的地へと向かう。

…一度意識してしまうと、それまで無意識に行っていたことが途端に難しくなるのはどうしてなのだろう。
自分がいつもどれ位の速度で歩いていたか、歩幅はどうだったか、ともすれば呼吸にまで意識が向いてしまう。

それでもどうにか校舎裏の角まで辿り着く。
心臓がドクドクとやかましい。

あと三歩。はやく。

あと二歩。はやく、はやく。

あと一歩。
この角を曲がれば、そこにはきっと既に撫子さん――


「…アァ?」


――とは180度ジャンルの異なるヤンキー女子高生が、目が合った瞬間こちらにメンチを切りながら佇んでいた。

そして冒頭に戻る。
…できれば、戻りたくなかったです。


--------


人生初体験(できれば一生経験したくなかった)の出来事に胸が一杯、ついでに目頭も何だか熱いもので一杯になり、思わず空を仰ぐ。
ああくそー、めっちゃいい天気だなー。恨めしい。


「…桜井小春、だよなぁ」

「ふぇ!?アッハッハイ!!」

「ッたく、さっきから目も合わせねぇし全然しゃべらねぇし、ちゃんと起きてんのかよテメェ。夜は寝ないとデカくなれねぇぞ?」


現実逃避しかけていた私の思考を衝撃的な単語で引き戻すヤン…冬木さん。

聞き間違いでなければ、今彼女は、私の名前を呼ばなかっただろうか。

というか地味に心配された。…意外とやさしい?のか?


「あ、あのぉ…」

「ア?」

「ヒィィ…そ、その、どうして私めの名前なんぞをご、ご存知であらせられますか…?」

「…アァ?ご存知であらせられたら何かマズイってのかよ?」


やだこのひといちいち威嚇しないと気が済まないタイプなの!?やっぱりこわいよ!


「いいえしょんな滅相もごじゃりませぬでして…!」


ああなんかさっきから日本語がうまく喋れている気がしない。
舌がもつれる。言葉ってこんなに口にするの難しかったっけ。


「そ、そのですね…」

「おう」

「…冬木さんとわたくしめは、わ、わわたくしの記憶が確かであれば、今までお話したことがなかったかと存じておりますゆえ…」


冬木さん。3年F組。
…実は未だに下の名前さえ知らない程に、彼女とは接点が無かった。

高校入学当初から、とにかく彼女は目立っていた。

ド派手な金髪の割に、どこのメーカー使ってんだと不思議に思う程艶めく長い髪。
女子高生の平均身長を遥かに上回る、モデルかのような高身長。
同性でも思わず見惚れてしまうような、透き通る肌に整った…それゆえに少し冷たくも見える顔立ち。

両親のどちらかが異国の人なのだと、風のうわさで聞いたことがある。

そんな恵まれた容姿を本人がどう思っているかは分からないが、彼女にまつわるうわさはそれだけではなかった。

曰く、中学時代その界隈では相当腕をならしていた元ヤン。
曰く、男関係で因縁を付けてきた上級生を拘束し、涙が枯れるまで家に帰さなかった。
曰く、その原因となった男を“お礼参り”と称して病院送り。

彼女の数ある武勇伝(?)のうち、どれが何処まで真実かは分からない。
彼女自身、うわさを肯定も否定もすることはなかったし、比較的平穏なこの学校であえて彼女に特攻するような命知らずもいなかった。

異常な口の悪さと鋭い眼光のせいで中々うわさが霧散することもなかったが、高校での彼女は比較的大人しく過ごしているように見えた。

が、真偽云々の前に小心者の私の心にはこの言葉がよぎった。

―冬木さん危うきに近寄らず。


―そんなわけで、今の今まで、彼女とは一度も会話をした記憶が無かったのだ。
クラスも一緒になったことが無かったし、冬木さんは美術部所属でもない。

何故私の名前を知っているのか、それが分からないと今日はこわくて眠れる気がしない。
…分かったところで、それはそれで恐ろしいのだが。


「…」

「…」


…無言がもうすでにこわい!
しかしどういうわけか物凄い形相をしている冬木さんを見るとこちらからアプローチに踏み出すのが非常に恐ろしい!

どうしよう、そうこうしている内にきっとすぐ撫子さんがやって来てしまう。
まだ見ぬ撫子さんを、こんなわけの分からない状況に巻き込むわけにはいかない。私達の記念すべき出逢いが最悪なものとなってしまう。

ああでもここから逃げ出すわけにもいかないし、何だこれ、どうしたらいいのこれ。


「…桜井、小春」

「っ、は、はい…」


物凄い形相のまま、再び名前を呼ばれる。


「…それに答える前に、一つ言わせてくれ」


『冥土の土産にはなむけの言葉送ってやるよ』的なワードでも飛び出すのだろうか?


「…手紙、読んでくれたんだな」

「…はい?」


手紙?
冬木さんから手紙なんて貰った記憶は無い。


「…ぶっちゃけ、マジで来てくれるとは思わなかった。
桜井が来てくれる保証なんて無かったからよ。…まずは、サンキューな」


もしや下駄箱に決闘状(って言うのだろうか)でも入っていたのだろうか。
読んでいたら死んでも来なかったと思うが。

何かの間違いでは。いやでも桜井小春なんて名前、この学校では私だけだし。

…待てよ?
そもそも私はどうしてここに居る?


「あ、あのぉ…」

「アン?」

「その、大変申し上げにくいのですが…」

「あんだよ?」


…手紙なら、確かに今日、貰ったじゃないか。

私の中で勝手に『撫子さん(仮称)』と名付けていたが、差出人不明の手紙を、私は確かに今持っている。


「…手紙って、ちなみに何処に入れられました?」


全身から冷たい汗がどっと噴き出す。
まさか。まさかまさかまさか。


「? 桜井の机の中」

「…それって、いつ入れられましたか?」

「アァ?今朝だけど?
桜井が来る前に、と思ってかなり早くに入れた」


繋がるはずのなかった点と点が線と化す。
そして。


「…最後に、もう一つだけ」

「…いいけどよ、なんなんださっきから」

「…手紙って、桜色の封筒と便箋でしたためて下さいましたか…?」


そして、最後の点が―


「…桜井によく似合う色だな、って店で見つけて思ったんだよ」


―繋がった。

…。

…ええええええええええええええ!?!?


「っ!?いきなり叫ぶなよ!ビビったじゃねぇか!」

「え!?あっここ声に出てました!?」

「なんだよ!?ガラじゃねぇなとはテメェでも思ったけどワリィかよ!?」

「いやいやいや!たた確かにいろんな意味で意外性はありましたけど、え、ええええええ!?」


ガラじゃないかどうかと言われればめちゃくちゃガラじゃない!

いや確かに、単純な容姿のみで見ればむしろとてもよく似合うとは思うのだ。
…思うのだけど、言葉遣いがその印象を全てぶち壊していてなかなか繋がらなかった。
流石にそんなことバカ正直には言えないが。


「だから何なんだよさっきから!可愛かったんだよ気に入ったんだよ悪かったなぁ!?」

「いやあのそのすっごく!すっごくお似合いです!お似合いなんですけど!ああもう何て言ったら」

「桜井は、き、気に入らなかったかよ…?」

「いいのかなー!?…って、へ…?」


そしてもう一つ、これまた意外性を発見しつつあるのだが。


「…桜井の名前にも、雰囲気にもピッタリだと思って選んだけど、気に入らなかったかよ…?」


…冬木さんってこんなに可愛らしい人だったの?

こういうのをギャップと言うのだろうか。
口の悪さは相変わらずだけど、そこにはただ一人、ちょっぴり目を潤ませている女の子が居た。
少なくとも、私の目にはただのいじらしい女の子にしか見えなかった。

そう思ったら、急に自分が恥ずかしくなってきた。

見えるものだけで、よく知りもしないのに他人を勝手に判断して。
イメージと異なったからと動揺して、挙句に同い年の女の子を不安にさせてしまった。

何が撫子さん(仮称)だ。
空想上の人間にうつつをぬかして、現実の人間を疎かにして何の意味がある。


「…あの、冬木さん」

「…なに?」

「…まず、冬木さんのお話もろくに聞かないまま、急に叫んじゃったりしてすみませんでした」

「…」

「で、でもそれは、冬木さんがどうこうじゃなくて。
その…そもそも私が冬木さんのことをよく知らなかったから。
…今まで、冬木さんを遠くから見ていただけだったから、だからギャップ萌…新たな一面を知ったことで脳みそがオーバーヒートしかけただけなんです」

「…」

「む、むしろですね」

「…?」

「…知れて、嬉しかったです」

「…え?」


不安そうに揺れていた瞳が、驚いたようにこちらを捉える。

それにしっかりと目線を合わせ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「…手紙、すごく丁寧な文章で綴られてて。私が勝手に抱いていた冬木さんのイメージとは全然違って。
あの手紙も、そこに込めてくれた想いも。何より、冬木さんが全然タイプの違う私なんかと仲良くなりたいって勇気を出して近づいてきてくれたこと。
…そういうの、全部全部嬉しかったです」

「…はは」


雪で覆われた地面が、陽の光を浴びて少しだけ顔を覗かせたような。
ほんの少しだけ、そんな笑顔が冬木さんから零れた。


「…やっぱり、桜井の名前は桜井によく似合ってるな」

「…うららか過ぎて眠くなりそうな名前ですけどね」


能天気すぎるというか、万年お花畑みたいで。
まぁ、気に入ってるからいいけど。


「…確かに、桜井とあたしは今まで話したことはねぇな」

「あ…や、やっぱりそうでしたよね…」


でも、それなら一体何故。


「…一昨年の文化祭でよ、桜井の描いた絵、見たんだよ」

「え、び、美術室で展示してた…?」


驚いた。

文化祭で美術部の展示は、毎年校舎とは別棟の美術室で行われるのが恒例だ。
しかし文化祭のメインといえばやはり出店やステージなどである。
別棟が少し校舎から離れていることもあり、文化祭でわざわざ別棟を訪れる人はお世辞にも多くはなかった。


「テメェのうわさがアレコレ好き勝手に流れてんのは知ってたし、別に誰にどう思われようがどうでも良かったんだが。ま、お蔭様であたしと仲良くしようなんてヤツ一人も居なくてな。
文化祭も仕事とか誰も振ろうとしねぇし、でも皆が忙しそうにしてる校舎で一人で遊んでんのもワリィからよ。
別棟なら、物好きでもねぇ限り誰も来ねぇだろって思ってふらふらしてたわけ」

「…はは、仰るとおりです」

「だから、ホントたまたまだったんだ。
たまたま、美術室の前通りがかって、たまたま中に入った。
…そこで、桜井の絵を見た」


…なつかしい。あれを描いたのも、もう二年前か。



「…一昨年、私が描いた作品は」

「「…『繋ぐ為』」」


―二人の声が綺麗に重なった。


--------


一昨年の秋。文化祭前。
一年の頃から美術部に所属していた私は、頭を悩ませていた。

ずばり、文化祭に展示する作品について。

実はそれまで美術部に所属したこともなかったし、中学時代の美術の授業以外で自ら絵を描いたことなど無かったのだ。

それじゃあ何故わざわざ入部したのかと言われれば、まぁ、友人に誘われて何となく。

他に入りたい部活も無かったし、あまり深く考えずに入部してしまったのだが、案外絵を描いたりするのは楽しかった。

決して上手いわけではないが、自分の手で何かを形にするという行為は充実感があった。
誰かに作品を見せたい、というより、ただただ絵を描くことに楽しさを覚えていた。

しかし、文化祭で展示するということはイコール、不特定多数の人達が見に来るということ。

例年、わざわざ別棟に訪れる人達はあまり多くはないと先輩達は笑っていたが、「せっかくの機会だし、小春ちゃんも自分で一つテーマを設定して何か描いてみてね」とお達しを受けてしまった。

何を描こう。何を描いたらいいのだろう。
私にしか描けないもの。
人から指定されたものではない。私だけのテーマ。

うんうん悩み続ける私を見かねてか、先輩が「自分の好きなものや身近なものをテーマにするのもアリだと思うよ」とアドバイスをしてくれた。

私の好きなもの、身近なもの、か。
それはつまり、『桜井小春』という人物そのものに焦点を当てる、ということに繋がるのかな。

でも私自身に、形にできるものなんてあるのだろうか。

ぼんやりとそんなことを考えながら部活を終え、帰路に着く。


「ただいまー」

「おかえりー小春。もうすぐご飯できるからちょっと待っててね」


家では母が夕食の仕度をしていた。
おいしそうな夕食の匂いを纏う母の姿を見ていたら、ふいに相談に乗って欲しくなった。


「ねぇお母さん」

「んー?」

「お母さんから見て、私ってどんな子?」

「えぇ?なにそれ、どうしたの急に?」


少し驚いた様子で母がこちらを振り向く。
突然わが子からそんな問い掛けが出れば、そりゃあビックリもするだろうな。
母よすまん。

「手伝うよ」と食器を棚から出しながら、事の経緯を母に説明する。


「なるほど…自分に焦点を当てる、かぁ…」

「そうそう。なんか、うまく言えないんだけど難しくてさ。
そりゃあ私にだって人並みに好き嫌いとかはあるけど、でも『これが私です!』って主張できる程かって言うと…」

「どうにもしっくり来ない、と」

「そういうこと」


テーブルに夕食を並べ終え、二人で『いただきます』と手を合わせる。

眉間にしわを寄せながら味噌汁をずず、と啜る私の耳に、ふふ、と笑う母の声が聞こえた。


「小春の名前なんだけどさ」

「? どうしたの急に」

「いいからいいから。それで名前なんだけど。私、四季の中では春が一番好きでね。
春って、厳しい寒さを乗り越えた先に必ず訪れるものでしょう?
…小春がこの世に生まれてきてくれた時にね、『この子には、誰かにとっての“春”になって欲しいな』って思ったの。
誰かの冬に、ちゃんと春の訪れを与えられる人にね」

「へぇ…そうだったんだ」

「良い由来でしょう?冬も好きだから、ちょっと迷ったんだけどね」

「正直、それ聞くまでは『お花畑咲いてそうな名前だなー』って思ってた」

「あらー?桜井って苗字と併せても、とっても良い名前だと思うんだけどなー?」

「あはは、ごめんごめん冗談だって。私も自分の名前好きだし」


春生まれなのも手伝って、安直な名前かもしれない。
でも、自分も周りの人もあたたかく出来るような、そんなステキな名前なんじゃないかと思ってもいる。

なるほど、私が好きで、私にとって身近なものかもしれない。


「ふふ、それなら良かった。名前って、親が子に初めて与えられる、一生もののプレゼントだからねぇ」

「うん。…ありがと、ちょっと考えがまとまってきた」


春か。良いテーマになるかも。


「そう。文化祭がんばってね、母は娘の作品を楽しみにしてるわよー?」

「え、もしかして見に来るの…?」


学校に親が現れる。
何だか授業参観の時を思い出してしまいそうだ。

…と、そういえば。


「ねぇ、もう一つ聞いてもいい?」

「あら、なぁに?」

「冬はどういうところが好きなの?」

「あぁ、さっき『冬と迷った』って言ったっけ?」

「そうそう。私はあんまり冬って好きじゃないから何でかなーって」

「小春は寒いの苦手だもんねぇ」

「春生まれですから」

「…冬はね、命の尊さや生きる厳しさを、その身を以て教えてくれる季節なのよ。
冬が無かったら、春も訪れない。寒いだの冷たいだの、色々と誤解されたり嫌われやすい季節だけどね。
でも、その冷たさの中にはきっと、春とは別のあたたかさが詰まっているんだと思うの」

「別の、あたたかさ…?」

「そう。全く別物だけど、きっと生きていく上でとても大切なものだと思うのよね。春のやさしさも、冬のやさしさも。
もちろん夏にも秋にも共通するんだけどさ…そこには必ず“意味”があるから存在するのよ。
…小春も、見えるものだけに囚われてはだめよ?」


―決まった、作品のテーマ。


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「まさかあれを見てくれてたなんて…」


一昨年、私が初めてテーマを持って描き上げた作品『繋ぐ為』。

あれを誰かが見てくれて、その上、覚えていてくれたなんて。


「…あたしの苗字にも入ってっけど、“冬”ってあんまり良いイメージ持ってねぇヤツ多いだろ?冷てぇとか、寒々しいとか。
でも、桜井の作品には、あぁーなんつぅのかな…」


母との会話がなつかしく思い出される。

正直、描き上げたはいいが自信なんて無かった。

技術で言えば、きっと稚拙なのも良いところで。
そこに詰めた想いを、ちゃんと形に出来ているのか分からなかった。

文化祭当日、本当に母は別棟まで展示を見に来てくれて。
恥ずかしそうに横に立つ私を見ながら、何も言わずに微笑んでいた。

あぁ、母にはちゃんと伝わったんだって思った。

でも、それ以外の人達には果たしてどう映るのか、不安で一杯だった。


「―春だけじゃなくて、冬にもちゃんと良いところはあんだぞ!…みてぇな。
春は春で、冬は冬で、それぞれ“意味”があるからそこに存在するっていうか。
…どっちかが欠けてもダメなんだ、って、そんな風に感じたんだよ。上手く言えねぇんだけどさ」


―でも、ちゃんと分かってくれる人がいたんだ。


「だから、桜井と話してみたいって思ったんだ。
こんな絵描けるヤツなら、…あたしでも仲良くなれるんじゃねぇかなって、思った」


何だろう、この気持ち。
嬉しくてたまらないのに、何故だか泣き出してしまいそうな、苦しくてたまらない妙な気持ち。

春には無い、冬の持つやさしさ。
これがそうなのだろうか。不器用で、いじらしくて、とてもいとおしい。


「…って、あたしが勝手に感じたことだから、桜井がどういう意図であれ描いたのかはわかんねぇけど。
そういうのも、は、話せるなら話してみてぇなって」

「…何で、私と話したいって思ってくれていたのに、今日まで日が空いたんでしょうか…?」

「…」

「…あ、あの…?」


また急に黙り込んでしまった。
…聞いちゃいけないこと、だったのかな。


「…あー」

「…」

「そ、その…」

「は、はい…」

「…手紙、なかなか書けなかった」

「…はい?」

「だ、だから!書けなかったんだよ!
いきなりあたしから話しかけられても桜井がビビると思ったから!だからまずは手紙出そうと思ったんだ!
…けど、その…文章だと、あんな感じであたしのイメージとは全然変わっちまうし、は…恥ずかしくて、書いてもなかなか渡せなかったんだ…!」


…この人は、一体どれだけ私の心を鷲掴みにすれば気が済むというのか。
なに?あの文章はわざとじゃなくて自然とああなってしまうの?

私が知らなかった冬木さん。
もっと知りたい。やさしいところも、可愛いところも、それ以外も。もっと。

あ、だめだ。わたし、この人のこと。


「…好きです」

「あああクッソはずかし、ん?え?」

「ふ、冬木さんはたぶんお友達として私と仲良くなりたいって思ってくれてるかもしれないんですけど!
すみません!私!冬木さんのことなんか今めちゃくちゃに愛おしいんです…!」

「え、え…?」

「手紙も!あの文章も!私、すっごくドキドキしました!
はじめは、冬木さんとは全然イメージの違う撫子さんを想像してました!」

「な、なで…?だれ…?」

「でも!今私の前にいる冬木さんは!私の想像していた撫子さんよりもずっとずっとステキです…!」

「…っ!?」

「だ、だからですね。あの、つつつまり…!」


ああ、何かさっきから欲望が口から溢れ出して止まらない気がする。

…というか突っ走り過ぎて少々冷静になってきた。


「…つまり、ですね…」

「お、おう…」


あ、やばい。ちょっと引かれてる。

でも、まずは。まずは着実にステップを踏んでいこう。


「…とりあえず、お友達になってください」


―「何が“とりあえず”だよ、欲望に忠実かよ」と、それから何年も私は彼女にからかわれることになるのだが。

それは今ここでお話するのは恥ずかしいので、割愛。


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ひとちが(※会話形式百合?下ネタ注意




「....なんで?」

「はあい?」

「私、男性をお願いした筈なんですけど....?」

「あれぇ?女だと信用できない感じですぅ?」

「い、いえそういう問題じゃなくてですね」

「大丈夫ですよぉ、老若男女問わず経験ありますし、これでも私プロですから!」

「え、そうなの....っていやだからそうじゃなくて」

「それじゃぁまずは口頭でのシステムのご説明から入りますねぇ」

「だっだから話を聞けと」

「えっとぉ、あっやっだーマニュアルお店に置いてきちゃったぁ。えへへー、私ったらドジっ子ちゃん(はあと)」

「いやだっっっから!!!」

「はあい?」

「なんで!!」

「はあい?」

「男のデリヘル頼んだのに!!」

「はあい?」

「女が!!ウチに来てんだって訊いてんだよ!?」

「あー、やっぱりそういうの気になっちゃう感じですぅ?」

「当たり前でしょうが!!なに!?気にならないとでも思ってたの!?何度も何度も訊こうとしてましたよね私!?ていうかさっきから何なのそのしゃべり方!?すっごい腹立つんですけどギャルかアンタは!?」

「えーん、私ギャルじゃないですぅ」

「カッチーン!!」

「キャハハやぁだぁ、お客さんったらギャグセン超フルモンティ☆」

「何!?古いって言いたいのそれ!?余計なお世話よこの脳みそプリン!!ギャルっていうよりむしろプリンよアンタは!!」

「私プリン嫌いなんですよね」

「は、は....?」

「人間の食べ物じゃないですよアレ。この世から欠片も残さず抹消したい」

「え....あ、あの....?」

「えっとぉ、確かにお客さんは男の子で予約してくれてたんですけどぉ」

「アッハイ」

「私が来たのには浅からぬ理由があってぇ」

「は、はい」

「お客さん、『木下五郎座衛門(きのしたごろうざえもん)』って名前に覚えありますぅ?」

「........何でアンタが私の元カレの名前知ってんのよ」

「えっじゃぁゴロちゃんが言ってたことホントだったんだー!すごーい!」

「ゴっ....!?いや人の質問に答える癖つけなさいよアンタは!」

「やあん怒られちゃったー、ペロリーヌ♪」

「....」

「あっお客さんすごい顔してるぅ。せっかく可愛いのに勿体ないですよー、ほら笑顔笑顔♪」

「....」

「あっ今天使が通りましたよぉ」

「....プリンに加えて電波ちゃんまでインストールしてんのアンタ」

「あれれぇ?聞いたことありません?沈黙は天使が通った証だって」

「....フランスのことわざでしょ?
会話が途切れて皆が黙り込んだ時のことを『天使が通った』って言う」

「なぁんだー知ってるんじゃないですかぁ」

「人づてに聞いただけ。でも確かそれって、沈黙は沈黙でも、場がしらけて沈黙が流れている時のことを指すんじゃなかったかしら」

「でも状況的には合ってますよねぇ?お客さんしらけてるでしょ?」

「それが分かってるんなら質問にちゃきちゃき答えなさいよアンタは!!」

「えっとぉ、何でゴロちゃんを私が知ってるかってことですよね?」

「あああもうそうよ!!それよ!!」

「ゴロちゃんー、今ウチのお店で働いてるんですよー」

「....はい?」

「去年の冬くらいだったかなぁ、突然ウチのお店に来たんですけどぉ。
あっ今は立派な稼ぎ頭なんですよー!」

「....え、いやちょっと待って」

「はあい?」

「....働いてるって、誰が?」

「やっだぁお客さん頭と耳動いてますー?」

「カッチーン!!(2回目)」

「だからぁ、ゴロちゃんですよー、ゴ・ロ・ちゃん☆」

「....ロザえもん、が?」

「うーん、そのあだ名も大概ですよねぇ」

「....何で」

「はあい?」

「何で、アンタのとこで働いてるわけ....?
しかもよりにもよってそんな、で、デリヘル....なんかで....」

「あれれ、お客さーん?大丈夫ですぅ?スイッチ入っちゃいましたぁ?」

「何でよ....婚約までしたのに急に振られて、いくら理由を訊いても殆ど何も答えてくれなくて....」

「あぁースイッチ入ってますねぇ」

「終いには誰にも言わずに何処か行っちゃって....れ、連絡も、取れなくなって....」

「おーい」

「それでも、振り切らなきゃってやっと、やっと思い始めたのに....」

「もすもーす、もっすもーす」

「その為にいっちょデリでも頼むかーって思った矢先に何でか電波プリンギャルがウチに来てソイツから元婚約者がデリで働いてるって突然聞かされた私の身にもなりなさいよおおおおお!!!」

「わぁぁ肺活量すごぉーい」

「ロザえもんは!?ロザえもんは今店にいるの!?」

「ちょ、お客さんおちつつつ」

「いるんでしょ!?ねぇ!?答えなさいよ!!」

「ままままっててててししししっしたたたかかかむむむっむ」

「答えろー!!!」

「セイヤッッッ!!!」

「あいっだああああ!!!」

「もー、ちょっとは落ち着いてくださいよぉ。何の為に私が来たと思ってるんですかぁ」

「....アンタ女の癖にえげつないパワー系ね」

「そういうプレイが好きなお客さんもいますから☆」

「....取り乱して悪かったわよ。
もう落ち着いたから。....ちゃんと説明してくれる?」

「はいはーい☆
....と、その前に、いくつか訊いておきたいことがあるんですけどぉ」

「はぁ?....はぁ、ハイハイ何よ?」

「まず、お客さんはゴロちゃんが別れを切り出した理由って覚えてます?」

「え?まぁそりゃぁ....殆ど答えてくれなかったけど」

「ゴロちゃんは、何て言ってましたか?」

「....『ごめん、今のままじゃセツ子ちゃんを幸せに出来ない。
いつか、君を幸せに出来る日が来たその時は....必ず君を迎えに行くから』」

「....うわぁ、一言一句覚えてるんですかぁ」

「アンタが何て言ったか訊いてきたんでしょうが。....それ以上はなーんにも答えてくれなかったし、話を聞いてもくれなかったけどね」

「ふむむぅ。
....もう一つ質問です。お客さんは、今でも五郎座衛門さんが好きなんですか?」

「....何でただのデリにそこまで答えなきゃなんないのよ」

「とーっても大事なことなんですぅ。だからネッ☆お・ね・が・い☆」

「....正直、よくわかんないわよ。
アイツのこと思い出すと未だに腹立つし、せめて一発は殴らなきゃ気が済まない気もする。
....でも、アイツが私からそんなに離れたかったなら、そっとしておいて振り返らないでいた方がいい気もする。
『幸せにする』だの『迎えに行く』だの、何処かで期待してる自分が居るのも確かだけど、それを100%信じて待ってられる程夢見る歳でもないわ」

「....そうですかぁ」

「大体さ、『幸せにする』っておかしな言葉だと思わない?
“幸せ”って、どちらか一方が与えるものでも受け取るものでもないでしょ。
好きな人と一緒に居られれば、それが私にとっては何よりの幸せだったし。人の幸せを、勝手に自分の物差しで語らないで欲しいもんよね。
....それに、例え一緒に居て不幸になったとしても良いやって思える気持ちが、何より大事じゃないのかしらね」

「....でもゴロちゃんがそう言ったのにも、何か理由があった筈ですよね?
お客さん、何かゴロちゃんに不満とかあったんじゃないんですか?」

「んん、そりゃまぁ長い付き合いだったし、全く無かったとは言えないけど....」

「....ゴロちゃん、辛かったんですって」

「....何が?」

「お客さんの期待に応えられてないんじゃないかって。
お客さんのことが大好きだから、自分なりにお客さんに追いつこうと頑張って頑張って。
でも、どんどんお客さんは一人で先に行ってしまうような気がして、遠くに行ってしまうように感じて辛かったみたいです」

「....何なの、それ。意味わかんないんだけど」

「一緒に居たいのに、アナタの隣に居るのが本当に自分で良いのか。
自分と一緒に居て、本当にアナタは幸せなのか。どんどん自信が無くなってしまって。
そんな自分は、いつかアナタに飽きられて、見限られてしまうんじゃないか。
....そう思ったゴロちゃんが苦悩の末に思い至ったのが」

「....デリヘル?」

「えぇ」

「....そこまで追い詰めてたっていうの?私が?」

「勝手に悩んで自分で自分を追い詰めていた感もありますけどねぇ」

「....そんなの、相談してくれれば良かったのに」

「出来なかったんでしょうねぇ、当時のゴロちゃんには」

「....私、無意識のうちにロザえもんに求めすぎてたのかな....。それが嫌になって、ロザえもんは」

「....」

「....そう、デリヘル、ね....そう....」

「....お客さん、あのですねー」

「....」

「ゴロちゃん、すっごいんですよー。
初めてお店に来た時は技も知識も経験も無いしでお前チェリーかよってカンジだったんですけどぉ。
色々な人と経験を重ねて、色々なことを吸収していって。グングン他の子たちを追い抜いて、今ではナンバーワンにまで上り詰めたんですよ」

「....それ聞いてると物凄く複雑な気持ちになるんだけど」

「身体付きも、始めは豆モヤシみたいだったのに。
毎日身体を鍛えて、整形にも思い切って手を出してみて」

「え、せ、整形までしてるのアイツ?」

「そうですよ。お蔭でこんなに立派なおっぱいもゲットできました」

「....ん?」

「んー?」

「....おっぱい?」

「触ってみます?ニセモノでもそこそこいけますよぉ?」

「....ろ、ざ、えも、ん....?」

「....えへへ、はい」

「....おんな、だよね?」

「はい」

「....何で女になってんの!?ねぇ!?ちょ、おんな、って、はぁぁぁぁ!?!?!?」

「ああん☆ビックリさせちゃってごめんなさいね☆」

「ビックリっていうか!?え、ドッキリ!?ドッキリだよね!?」

「あはは、そういう芸人魂のアツいところ、全く変わってないなぁ」

「狙って反応してるんじゃないんだよ!?素でめちゃくちゃビックリしてんのよ!!え、ちょっと何で!?アンタあの、あれ、せせせ性同一性障害?だったっけ!?」

「えーっと、そういう訳ではないんですけど....。
あのですね、私今のお店の門を叩いてから、老若男女、本当に沢山の人達と色んなプレ、経験をしてきました」

「今更その言い直す気遣い出しても全く意味ないわよ!!」

「まぁまぁ聞いて。
私ね、セツ子ちゃんを満足させられてるのかずっと不安だったの」

「....それってまさか....ぷ、プレイ面、で....?」

「....うん、そう。
セツ子ちゃんは何事にも貪欲に進んでいけるギラギラ肉食ガールでしょ?
私は逆に引っ込み思案で、何に手を出すにもついつい臆病になっちゃう流行りの草食ボーイ。
セツ子ちゃんの貪欲さがプレイ面にまで食指が及んでいった時、....私、すごく不安になっちゃったの。
『このままでいいの?』。『今の私のままじゃ、セツ子ちゃんはきっと満足できなくなっちゃう』。って。
率直に言うとマトモな神経のままでは命の危険と精神が磨り減っていくのを感じたの」

「それで....修行、しに?」

「うん。ただ修行を重ねていくうちにね、その....『女になって受けに回るのも良いかもなぁ』って。きゃっ☆」

「....手が触れただけで顔赤くなる位ウブだった頃のアンタは何処に....」

「えぇーでもすっごく楽しいよー今の身体!女になってから指名もグンッと増えたし!
....本当はもっと修行を積んでからセツ子ちゃんを迎えに来る予定だったんだけど....。
このままどっぷり漬かっていたら本来の目的忘れて俗世に戻れなくなりそうな気がしたから、さっきお店辞めてきたの」

「一々話の流れが急だなぁ!?さっき辞めてきたの!?」

「うん。お店にセツ子ちゃんからの予約が入ったのが切っ掛けになったんだけどね」

「あ....そそれは、その....私も寂しかったというか....色々溜まってたというか....」

「ううん、いいのよ。悲しい思いさせたのは私なんだから。
....本当は、今日アナタに会いに来るのも怖かった。だって別れを切り出した時の私の台詞聞かせてもらって改めて思ったけど、マジクソなんだもの過去の私。
きっと、凄く凄く恨んでるだろうなって思ってた」

「....でも、会いに来てくれたんだね」

「....ずっと、好きだったから。
自分を変えたくてアブノーマルな世界に飛び込んだのも、大好きなアナタと色々なプレイを一緒に楽しめるようになりたかったから。自分に自信を持ちたかったから。
一緒に、幸せを感じたかったから」

「....ロザえもん」

「改めて言うわね。
セツ子ちゃん、待たせてごめんね。
....こんな、男か女かもよく分からない私だけど....、迎えに来たの。
こんな私でも、受け入れてくれる?」

「....バカね。男だとか女だとか関係無いわよ。
私は、ロザえもん、アンタが好きなんだから」

「....セツ子、ちゃん....」

「....ロザえもん、小ロザえもんはそのままなのね」

「....えぇ、だって男の身体も捨てがたいじゃない?
それに、私も小ロザえもんも、セツ子ちゃんのことが大好きなんですもの。もうさっきからギンギンよ」

「....この短時間で色々あり過ぎて、極めつけの無理くりハッピーエンドに脳みそ擦り切れてヤケクソになってる私が居るけど....。いいよ、来て....」

「....私の大嫌いなプリンに私を喩えた罪、朝までその身体で償ってもらうわよ!!」

「来てぇぇぇぇ!!!私のプリンにカラメルソースを掛けて欲しいのぉぉぉぉぉぉ!!!」

「人違いだけど!!」

「人違いじゃなかった!!」

「「これより有料チャンネルとなりますので続きを御覧になる場合は料金のお支払いをお願い致します!!!」」



おわれ

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息をするにも(※短編物語・会話形式)




「....あの」

「ン?おやおや、随分と若いお嬢ちゃんだこと」

「その、釣れますか?」

「ンー、ぼちぼちって所かねェ」

「そう、ですか」

「あァ、アンタもやるかい?」

「い、いえ結構です」

「ソイツは残念....お!来た来た来た!」

「!?ヒッ....!!」

「ホォー、こりゃまた上物だねェ」

「そ、それは....?」

「これかい?こりゃあナレノハテさね」

「は....?」

「おや、見るのは初めてかい?アンタ今時珍しいお人だねェ」

「ナレノハテって....何なんですか。魚、じゃないですよね?」

「ま、初めて見るんじゃ仕方ないか。
ナレノハテはね、そのまんま“成れの果て"だよ」

「成れの、果て」

「この世は何をするにもタダとはいかないだろ?
あったかいおまんま食うにも、雨風の凌げる家で眠るにも、そうさ息をするだけで対価を支払わにゃならんのさ。
だがね、世の中には対価を支払うことが出来ずに今日を生き延びるだけで精一杯のヤツもゴマンといる。
コイツはね、息を吸うことが出来なくなっちまったんだよ。そんな価値も無いって見切りを付けられちまった。そういうイキモノのことを」

「その、ナレノハテ」

「そう、そういうことだ。一つお勉強になったね」

「....訊いても良いですか?」

「対価」

「はい?」

「生きているヤツに出逢ったのは久しぶりでついついサーヴィスしちまったよ。
だがアンタも分かっただろ?ココではね、どんな知識や情報だって立派な売りモンになるんだよ。
ここで会ったのも何かの縁。アンタが持ってるモン、何か一つと交換といこうじゃないか」

「私が、持ってるもの....」

「ハッ!何だい何だい?さてはアンタもナレノハテかい?なァんて」

「....」

「....フゥ、仕方ないねェ。それじゃあこういうのはどうさね?
私は優しいからね、対価は後払いでアンタの訊きたいことに答えてやるよ。
その代わり、何を貰うかは私が決める。
それに、例え私の答えに納得がいかなくたってお代はキチンと戴くよ。アンタに拒否権は無い」

「それは....何か卑怯じゃないですか?」

「これでもかなり譲ってやってるんだがねェ。
さて、どうするんだい?私はどちらでも構わないよ」

「....分かりました。それで良いです」

「お、見掛けに依らず勇敢なことで。
それじゃあ何でも訊いてごらん?私はウソは付かないから安心おしよ」

「....まず」

「フンフン?」

「....アナタはどうして釣りをしているのですか?」

「ハッハ、真っ先に訊かれると思ったよ!
そりゃあ、売れるからに決まってんじゃないか」

「売れる、って....その、それが....?」

「そうとも!不思議なモンでね、生きているうちは消費するしか能の無いコイツらは、死んでからの方が価値があるんだよ!イヤむしろ、死んでからやっとこさ対価を支払えるようになるのさ。
フフ、もう息を吸わなくてもイイってのにおかしな話だろ?」

「ど、どうやって」

「アンタさ、臓器売買くらいは知ってるだろ?」

「....まさか」

「おっと、その考えは間違っちゃいないがね、半分足りない。
....ここで私から一つ質問だ。イキモノが生きる為には必ず無くてはならないもの、ココまで聞いたアンタなら分かるだろ?」

「....空気」

「そうそう、お利口で良かったよ。
さて、もう一つ質問だ。今この世で最も高値で売買されているモノは何だと思う?」

「....空気」

「ハイ大正解おめでとう。
....御褒美にこれは出血大大大サーヴィスだ、耳のアナかっぽじってよォくお聞きよ?
....ナレノハテはね、空気になるんだ」

「....え」

「コイツらはね、死ぬと存在そのものが空気になっちまうんだ。
ゆっくり、ゆっくりと時間を掛けて徐々に身体を空気に変えていくんだよ」

「ちょ、ちょっと待って下さい!意味が分からないんですけど!?」

「分からないも何も、そのまんまの意味だよ。ナレノハテは放っておくと空気になる。それだけさ。
でも何故かは知らんが、中身が詰まってると変化が遅くてねェ。
ま、中身は中身で役に立つからナレノハテサマサマだよ」

「....それじゃあ、アナタは空気を集める為にこうして釣りをしているんですか?」

「あァそうだとも。日がな一日ぼーっとしてりゃ、イヤでも向こうから流れてきて勝手に掛かるもんだからね。ボロい商売だよ。
元々釣りは好きなモンでね、捌くのにゃ慣れてるのさ」

「で、でも幾ら空気は高価だからって、そんなもの....買う人なんて、居るんですか?」

「ン?何かおかしいかい?アンタだって死んだ魚を好きに調理して食ってるだろ?それと同じことだろ。違うかい?」

「....私魚嫌いなので」

「あっそ、魚じゃなくてもいいがね。何でも同じことだよ。誰かのナレノハテに群がり、骨も空気も残さずしゃぶり尽くす。ナレノハテに口無しだからねェ」

「....」

「ふむ、アンタがどう感じようが自由だから知らんがね。
もう訊きたいことは無いかい?ちィと喋り過ぎたかねェ、そろそろ疲れてきたよ」

「....最後に一つだけ、良いですか?」

「ンー?何だい?」

「....アナタにとって、アナタの“価値"って何ですか?」

「....そんなこと知って何かあるのかい?
私の思う私の価値が何であれ、それが端から見てもそうとは限らないだろ?
アンタが私に抱いたモノ、そのマンマそれが私の価値だとでも思っといてくれよ」

「空気を売ることが、アナタの価値なんですか?」

「アンタがそう感じたならそうかもね。何せ立ち止まったらすぐにナレノハテにされちまうからねェ」

「....ありがとうございます、もう良いです」

「そうかい。それじゃあ対価を戴くとするかね」

「拒否権は無いんですよね?」

「そりゃあそうさ。人から貰ってばかりで生きようだなんて神様が許しても私は許さないよ。
アンタが質問した数から私がサービスした分と私が質問した数を差し引いてやるよ、感謝しな」

「どうもありがとうございます」

「おやマア随分と心のこもった御挨拶だこと。
それじゃあ対価の発表だ。此処にお座り」

「? はい」

「ハイ、眼を瞑って」

「は?はぁ....」

「ハイ瞑ったね、それじゃあコレをしっかりとお持ち。心の中でゆっくり五秒数えたら眼を開けな」

「....何ですかこれ」

「....」

「....おーい」

「....」

「....これ、アナタの釣竿じゃないですか。
....って、あ、れ....?」

「....」

「....息、出来なくなっちゃったんですか」

「....」

「....アナタの空気は、私がちゃんと頂きますね」


おわり

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不器用な彼女たち(※百合物語注意



「藤って眼悪いの?」


昼休み、先程の授業で黒板に書かれていた内容をノートに写す私を隣で眺めながら彼女は言った。


「何でですか?」

「顔」


物凄い眼で黒板睨んでるから。眉間に皺寄ってるし。
そう指摘され、あちゃあ、と照れ隠しに自分の眉間をぐりぐりと揉みほぐす。


「そんなにやばい顔してました?」

「なんか機嫌でも悪いのかなーって勘違いしそうになる位には」

「うわマジですか」

「マジです」


ていうか普段から眉間に皺よく寄せるよね。

何故かにひひと変な笑い声を発する彼女。
見た目は可愛いのに少し残念な人だ。


「たまに同期の子からも同じこと言われるんですけどね」


その度に気を付けようとは思うのだが、中々意識し続けるのは難しい。


「先輩は眼良いんでしたっけ?」

「めっちゃ良いよー、藤が今日どんな下着付けてるかはっきり見える位には」

「見えすぎ見えすぎ」


それは一般的な視力の良さとはまた別物だとは思う(というか本当に見えてそうで恐ろしい)が、視力が良いのは素直に良いことだと思う。


「眼鏡とかコンタクトとかしないの?」

「あー、家では眼鏡掛けてますよ」


「え、じゃあ大学でも掛けたらいいじゃん」

「いやーあんまり眼鏡似合わないので」

「見たい見たい見たい!」

「いやいや似合わないって言ってるのに食いつかないでくださいよ」


そう言われたら見たくなるじゃん!と間髪置かずに彼女は力強く返してきた。
何故そこまで食いつくのか。


「だって藤のレアな眼鏡姿と恥ずかしがってる姿とセットで見れるじゃん?最高じゃん?」

「あ、絶対持ってきませんから安心して下さいね」

「意地悪!このドS!」

「そっくり返しますー」


やーだー見るのー、と子供のように駄々をこねる彼女。
極々たまに年上のお姉さんらしく振舞うこともあるにはあるが、普段の彼女は9割方こんなものだ。


「あれ?でも初めて会った時辺りに眼鏡掛けてたことがあったような…?」

「…ありましたっけ?」

「あった、うんあったよ!そうだ初めて会った時に眼鏡掛けてた!あー何で忘れてたんだろ」


話の流れからすっかり記憶に無いものと思っていたが、性質の悪いことに思い出したらしい。
そのまま忘れてくれていた方が都合が良かったのだが。


「思い出す限り、似合ってたと思うけどなー。気にする必要ないじゃん」

「んー、下手に普段持ち歩かないものを持ってると無くしちゃいそうで嫌なんですよ」

「じゃあ私が毎日持ってきてあ」

「訳わかんないですし、先輩に持たせる方が心配です」

「やだー私の信用低す」

「低いっていうか無いです」

「ねぇちょっとさっきから全然容赦ないんだけど!?」

「普段の言動によるものなので自業自得です」

「…最初の頃はもっと優しくて素直だったのに…」


突然叫び出したかと思えばどんよりと落ち込みながらお弁当をつつく彼女。忙しい人だ。
私もノートを写し終えたので、鞄からパンを水筒を取り出す。


「でもさ、不便じゃないの?ていうかそれならコンタクトにすれば良くない?」

「…眼にモノを突っ込むなんて正気の沙汰とは思えないんですよね」

「…それだいぶ偏見だって」


藤って結構子供っぽいところあるよね、と彼女がため息を吐いた。
お弁当のおかずが唐揚げに激甘の卵焼きにウィンナーにプチトマトという小学生が遠足に持参する定番 ラインナップ中毒の彼女にだけは言われたくない。
自分で毎日用意しているだけ立派なのだが。


「何だかんだ眼鏡無しで慣れちゃいましたし」

「いや黒板にガン付けてる時点でどうかと思うけど」

「慣れちゃいましたし」

「藤をそこまで頑なにさせているものって…」

「先輩にだけは言いたくないですね」

「藤本当はわたしのこと嫌いなのかな!?」


その真逆だから言いたくないのだ、なんてことは死んでも言えない。

貴女の顔がまともに見えてしまうと冷静ではいられなくなるのだ。

…なんて恥ずかしいにも程がある。


――私が大学に眼鏡を掛けていったのはたったの一度だけだ。

入学式の日。新入生ならば誰もが必ず通る道ではあるのだろうが、構内のそこかしこにサークル勧誘を する先輩達が溢れ返っていた。

元々サークル活動には興味が無かったので、ハゲ鷹を彷彿とさせるような眼で狙いを定めてくる猛獣達に捕食されないよう、人気の無い廊下を選んで一人歩き回っていた。
そして、まあ恥ずかしい話、見事に構内で迷ってしまった。

この歳になってまさか大学の構内で迷子になるなんて…、とだだっ広い構内にうんざりしつつ、特にやることもないのでいっそこのままふらふらと散策しようか。

そう思った矢先、ちゃりん、とちょくちょく耳にしたことのある金属音が廊下に響いた。


「お、っとと」


その音と声の先をふと見やると、自動販売機の前で一人の女性がしゃがみ込んでいた。
先程の音は、どうやら予想通り小銭を落としたものだったらしい。
見れば両手が数本の缶やペットボトルで埋まっている。それは確かに落とすだろう。

小銭を拾い上げた女性は私の無遠慮な視線に気づき、一瞬固まった後に「へへへ」と恥ずかしそうに笑いかけてきた。

初対面の、自分の恥ずかしい姿を無遠慮に眺めて手も貸さずにいた相手に対してこんな風に笑えるのか。

彼女の屈託の無い笑顔を見たら、失礼なことをしたなという申し訳なさも手伝い、少し視線を外して「…はは」と笑い返した。

恥ずかしいところを見られたのは彼女だというのに、何故か突然顔を見ることが出来なくなった。


廊下初対面の人間が二人きりで恥ずかし気に微笑み合っている、という奇妙な光景は、彼女の「新入生の方ですか?」の一言で終わりを迎えた。

私がそうですと返すと、「何故こんな所に一人でいるのか」と気さくに話し掛けてきた。

サークル勧誘の猛威が嫌で人気の無いところに逃げてきたこと。
気づいたらすっかり迷子になってしまったこと。

やはり顔をまともに見れないままそう白状すると、彼女も「あー…」と合点がいったようだった。

うちの大学の勧誘は新入生に容赦ないからねー、私の時も散々追い掛け回されたしなあ。

どこか遠い眼をしながら彼女がしみじみと答える。


この人もどこかのサークルに入っているのだろうか。
気になったので訊いてみると、『大人のお遊戯サークル』に所属していると言う。なんだそのいかがわしい団体名は。

彼女も新入生だった頃、同じくハゲ鷹達の勧誘にうんざりした一人だったらしい。
ならばいっそ自分でサークルを立ち上げてしまえ、と出来上がったのが『大人のお遊戯サークル』。

活動内容はあって無いようなもので、放課後に適当な空き教室を溜まり場にしては各々自由に自分の世界に没頭したり、手が空いている人達でトランプや花札をして遊ぶのだという。

好きな時に来て良いし帰って良い。入退会も必要です無し。ゲームに飽きたらだらだらと世間話をするだけ。適当すぎる。

ちなみに大学のサークルとしては非公式と(勝手に)銘打っているらしい。そりゃあそうだ。名前の時点でもろアウトだし。


この飲み物はさっきトランプで負けたから罰ゲームで買いに来たんだ、あはは。

苦笑する顔もまた。…また?またとは何だ。

何だか落ち着かなくて眼鏡を外してレンズを拭いていると、「良かったら来てみる?他の皆も同じような理由で集まってるし結構気楽だよ」、と彼女からそう申し出てくれた。

このまま別れちゃうのも何か寂しいし、ついでにジュース運ぶの手伝ってくれると嬉しいな。そうそうキミ名前は何て言うの?

そう朗らかに笑いながら。


当時は突如湧き上がった慣れない感覚に戸惑うばかりだったが、今思えば、初対面でほだされてしまったのだなと自分のちょろさに溜息が出る。

結局その申し出のままにサークルにお邪魔したのだが、案の定というか、そのままずるずると居座り続け、今では立派にレギュラー扱いである。これで良いのか、私のキャンパスライフ。


初めて彼女に会った翌日から、大学に眼鏡を掛けずにただ持ち歩くようになった。
同じ講義を一緒に受講するようになってからは、眼鏡を持っていくことも止めた。

彼女の顔がはっきりと見れないことに苦しさも感じるが、それ以上に顔を見ながら話が出来ないのはどうかと思った。

それに、彼女にも良からぬ誤解を与えてしまいそうで怖かったのだ。

まあ、裸眼でもあまり彼女の顔を見れないのだが。

自分の不器用さにほとほと嫌気がさす。


でもさ、と彼女が不満そうに頬を膨らませる。


「なんかさ、勿体ない気がしちゃうんだよね」

「勿体ない、ですか?」

「そそ。藤って外見に似合わず子供っぽいし私にだけはドSになるけど、物がよく見えないと目付きも悪くなるし。
見た目だけで藤が怖がられちゃうのは勿体ないなーって」


しつこく眼鏡やらコンタクトを推してきたのには彼女なりにまともな理由があったのか。


「…なんか失礼なこと考えてない?」

「しつこく眼鏡やらコンタクトを推してきたのには先輩なりにまともな理由があったんだなあ、と」

「なんか今日いつにも増してドSに磨きがかかってない?」

「いえいえそんなこと!珍しく真面目に私のことを考えていてくれてありがとうございます!」

「ほんと失礼!藤わたしに対してド失礼!」


いつも彼女の反応が面白くてついついからかってしまうのだが、流石に今日はやりすぎたか。 そろそろ謝ろう。


「…ま、わたしが藤のことちゃんと分かっていられればそれで良いんだけどさ」


そう思い口を開きかけた瞬間、少し拗ねた口調で何やら意味深なことを言い出した。


「…どういう意味ですか?」

「どういう…って、そのままの意味だけど」

「そのまま、っていや分かんないですって」

「えぇ?だから、他の人達に藤が誤解されちゃうのは悲しいけど、わたしは藤の優しいところも意外と分かりやすいところも不器用なところもちゃんと分かってるからいいやー、って」

「…は、え?」

「…うーん、藤って大人っぽく見えるけど、こういうのは本当に慣れてないんだねえ」


何故か感心したように呟く彼女。しかし私は今それどころではない。
いやだって、まさか、それではまるで今までの私の苦労が全部。


「…あー、うん、ごめん何となく察してた」


私の表情から心を読んだか、少し申し訳なさそうに白状した言葉に思わず両手で顔を覆ってしまう。
顔が熱い。頭はガンガン血流が駆け回るし心臓は今にでも破裂してしまいそうだ。

え。なにこれすんごい恥ずかしい。

今にも蒸発してしまいそうな私を見て彼女が慌て出す。


「藤、藤ってば!ああごめんいきなりこんな所でごめん!」

「…もういっそ今ここで楽にしてください…」

「ごめ、っていやいやちょっと話聞いて!?勝手に一人で終わりにしちゃわないでお願いだから!?
わたしも藤が多分わたしに抱いてくれてる気持ちと同じだから!?」

「…はい?」


予想だにしていなかった言葉に、手で覆っていた顔を思わず彼女にまっすぐ向けてしまう。

いくら視力が悪いとはいえ、隣に座っている彼女の顔ははっきりと眼に映る。…心臓に悪い。

なんだか、久々に彼女と顔をまともに合わせたような気がする。
その顔が、心なしか薄く赤に染まっているように見えるのは私の気のせいだろうか。


「……」

「……」

「…えーっと」

「……」

「…あのね?」

「……」

「藤が色んなこと考えたり悩んだりしてくれているのはちゃんと分かってるつもりだし、わたしが分かってればそれはそれで良いんだけど。
…ただ、ただね?」

「……」

「…顔、藤にはちゃんと見てて欲しいなあ…、なんて」

「……」


ああ、なんだ。

彼女だって、こういうのに慣れてなんかいないじゃないか。


「…藤?」


黙り込んでいる私に不安を覚えたのか、それが滲んだ声で私を呼ぶ。

いつも飄々としているだけに、不安そうな顔を見せてくれる彼女が少し新鮮で。


こういう場合は何て返すのが正解なのだろう。

とりあえず、彼女への返答は。…返答は。


「…明日からちゃんと眼鏡掛けますね」


――不器用同士。これから先が思いやられそうだ。

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交わるもの、交わらないもの(※百合?物語注意




あの人が泣いている。


「──っ」


今日も、泣いている。


「──ひっ──うぅ──」


静かな部屋に、彼女の悲鳴が積もっていく。


すっかり細くなってしまった身体を震わせながら、それでも声だけは出すまいと。

何かに耐えるように、今にも蓋をこじ開けてしまいそうな激情を殺さねばならないのだと。

静かに、静かに泣いている。


ねぇ、とそっと声を掛ける。

反応は無い。

ねぇ、ねぇ。

彼女は泣き止まない。

私の声なんて聞こえていないのかもしれない。


泣かないで。

そっと彼女の膝に手を乗せる。

泣かないで。泣かないで。


「──っはぁ....ご、ごめ、ん....ごめんね....」


謝らないで。

貴女は何も悪くないから。


何時からだろう。彼女の表情が日に日に張りつめていったのは。

彼女の笑顔は、私の大好きなお日さまみたいで。

私がごろごろと甘えると、いつだってふんわり笑いながら頭を撫でてくれた。

そのあたたかい笑顔と身体に抱かれながら眠ることが、私にとって何より幸福なことだった。


「....ごめん、ね」


一体何が彼女から温度を奪ってしまったのだろう。

優しい光に満ちていた筈の空間は、今や彼女の眼から零れる水で冷え冷えとしている。


俯く彼女の顔を下からそっと見上げる。

冷たそうな水が彼女の頬にも掛かっていて、これでは彼女が風邪を引いてしまいそうだと慌てて舌で拭う。

ざらりとした感触に驚いたか、ひゃっ、と彼女が身を捩った。

彼女と眼が合う。

ここにいるよ。

私は、貴女の傍にいるから。


じっと見つめ合っていると、やがて耐え切れなくなったのか、私をそっと抱き締めてまた静かに泣き始めてしまった。

私の身体が水に濡れていくのが分かり一瞬身構えたが、不思議とそこまで冷たくは感じなかったのでゆっくり力を抜く。


私の想いが、貴女に伝われば良いのに。


「....ん、ありがとう。やっと落ち着いてきた」


私が人間だったら、貴女を守ることが出来たのでしょうか。


「あはは、お前が人間だったら良かったのに。....なんてね」


私が人間だったら、貴女を傷付けてしまっていたのでしょうか。


「そしたら私達、きっと出逢えなかったもんね」


好きです。好きです。大好きです。

人間だったら、人間だったら、人間だったら。


「──また恋人が出来たら、いの一番にお前のこと“自慢の家族だ”って紹介したいよ」


人間、だったら。


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