話題:実家



うちの実家は最近まで2Kの安アパートだった。
そこであたしと母、弟が住んでた。

あたしが小5のときに両親が離婚して、母の弟夫婦が近所に住んでいるからって理由でそこに決めたらしい。

うちの母は鬱持ってて、ふたつ下の弟を妊娠中に父親が蒸発、そこから症状がひどくなって弟の出産時は大変だったみたい。んで、弟出産して退院後すぐに母実家、あたしらの祖父母の家に預けられた。
その間母は精神科に入退院を繰り返し、どこかで住み込みで働いてたそう。あたしが5才になるまで顔すら見せなかったから、弟は迎えにきた母のことを誰かわからなくて泣きじゃくってた。

んで、そのときうちらを迎えにきた母と一緒だったのが強面のおじさん。母の一回り年上で大工をしていた、新しいお父さんだった。あと生まれたばかりの赤ちゃんもいた。

ちなみにお父さんは初婚で、そのときの生まれたばかりの赤ちゃんが唯一の血の繋がった子供になる。
あらかじめ母に娘と息子がいるってことを知らされておらず、入籍するときになって知ったときはめちゃくちゃ驚いたそう。
まあ当時の母はまだまだ若かったからな。
で、慌てて家の環境整えてあたしらを迎えにきてくれたらしい。

あたしも弟もお父さんとその子供が大好きだった。
分け隔てなく大切にしてくれて、それまでロクに親の愛情に触れてこなかったあたしたちは無条件に注がれる愛情が嬉しかったし、母もお父さんと出会ったことで鬱症状も少し落ち着いてたのかな。

あたしも弟も祖父母宅で虐待受けてたから、そんなところへ置き去りにしていった母のことは許せなかったけど。でも母はあたしらが虐待受けてたことは知らなかったって後で知って、だからってその事実は消えないんだけど、まあ仕方ないかなってあたしは思うことにしてる。弟はまだ許せていないけど。

楽しかった数年後、母が作った借金と育児放棄にお父さんが離婚を決めた。お父さんに内緒で借金を作り、その返済のために働き始めた母が家事育児を疎かにしちゃって、妻には家庭を守ってもらいたいって考えのお父さんとは何度も衝突があった。自分で会社経営してるお父さんの収入だけで充分なはずなのに、母は借金のことはバレないように、子供たちの将来のために貯蓄したいからって仕事に出てた。
でも嘘ってすぐバレるよね。
家事はあたしがほとんどしてたし、下の弟の保育所のお迎えもあたしが行ってた。
お父さんは帰宅が遅くて家事事情はあまり把握できてなかったみたいだけど、あるとき借金のことを知ってしまいそこからすべてが明るみになった。

お父さんは勉強にすごく厳しい人だったから、あたしは学習塾とか他にも習い事をされられてて、母が働き始めてしばらくしてからそれぞれの成績が落ちてることに気付いたらしい。そりゃ家のことしてたら学校の宿題するだけでいっぱいいっぱいだよ。塾も休みがちになり、塾代とかが無駄だからやめてって母に言われたときは、まだ借金のことは知らなかったけど「そんな身勝手な!」ってなったよ。

借金はほとんどギャンブルで作ったもの。
そんならあたしが友達と遊ぶのを我慢して下の弟の面倒見てたとき、あんた銀玉眺めてたんかって。

離婚するけどおまえたちはどうするってお父さんに聞かれたとき、どうすることもできないだろなって諦めた。

大好きなお父さんがあたしや弟を連れて行けないことはなんとなく察してたから。このときの会話は覚えてる。

母は下の弟を連れて出かけてた。


「お父さんとお母さん、離婚するねん」
「……理由はなに?」
「いっぱいある。お父さんも我慢しようとしたけど、お母さんのこと助けてやりたかったけど、もう限界や。ごめんな」
「〇〇(下の弟)は連れてくん?」
「おまえはどうする?」
「……あたしと弟はお父さんのほんまの子供ちゃうから、離婚したらお父さんとはおれんのやろ?」


そこで弟が泣いた。お父さんもあたしも泣いてた。
帰ってきた母に借金のことを聞いても悲しくて責めることすらできなかった。

それまで住んでた戸建てからうんと狭くなったアパート。引越しはお父さんも手伝ってくれた。
うちらの引越し後、お父さんも下の弟を連れて一緒に会社経営をしているおじさんの近所へ引越してった。お父さんは家も車も売ってすべての借金を完済してくれた。その代わり、下の弟の親権だけは譲らなかったそう。

その上うちらの養育費を払い続けると言ってくれたお父さんの申し出を、離婚理由を知った母の弟夫婦が断ってくれた。母を更生させるしあたしらのこともちゃんと見守るから心配しないでって。

だからおじ夫婦が住む近所に越すことに決めたんだって。


まああまりいい思い出はない。
実家を出るまで母に苦しめられてばかりだった。

そんな実家が最近取り壊された。去年暮れに立ち退きをお願いされてて、年明けにうちの近所に越してきた。
弟と、アルツハイマーが出てきた祖母と3人で暮らしてる。こうなるまでにめちゃくちゃモメたけど、あたしはこうなってよかったと思ってる。

たまはあたしの母のことも、自分の両親のことも嫌いって言ってる。たまもまたつらい幼少期を過ごしたせいだと思うけど。
対してあたしは、どんな親や子でも、家族の縁って簡単に切れないってのが持論。


取り壊し工事中に崩壊してく実家を見に行った。たまも一緒にきてくれた。


「俺わからんのやけど。こういうの見て、感情的になったりするん?」
「まあ……いい思い出なんか少ないけど、それでも自分が住んでたとこやし。それなりに楽しい思い出もあったし。たぶん」
「今は楽しい?」
「うん」
「ならそれでええやん。過去は過去やろ。思い出あるんやったら、なくなっていくもんにいちいち引きずられんと前向きに生きてろよ」


たぶんねえ、こんなこと言える人だから今でも一緒にいれるんだと思う。


お互い実家にいることが苦痛だったから外に飛び出してってところは共通してて、だからこそ子供たちに自分らと同じ思いはさせないでおこうねって。

まあそんな話。