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秋だというのに日が昇るとまだまだ暑い。
私と大家さんは額にうっすら汗を浮かべながら大きな荷物を持って小高い丘を登り、目的のお墓に到着した。
「このお墓は設立30年だ。一度も大掛かりな清掃はしていないそうだ。高圧の水で苔やら汚れを落とすんじゃ」
大家さんはそう言いながら、お墓に腰掛けている。
「うわ、そんなところに座ったらバチが当たりますよ(笑)」
「バチだの祟りだの、あるもんか。ワシはこういう仕事をしているけどそんなもん一切信用せん。この墓の中にあるのは骨じゃ、骨の燃えカスじゃ。祟りなどあるわけなしハハハ」
「そんなもんすかね…」
そうかそうだよな、人間は死ぬと燃えカスになってしまうんだよな…。
楽しい思い出も愛する人の事も、逆に悔しい事も死の瞬間全てご破算だ…
だから人は、生きているからというのを理由に、生きてるうちに思い切り楽しく過ごしたり、思い切り誰かを愛したりし、思い切り悔しがったり…
…思い切り悔しがったり…?!
いや、悔しい事は自分に嘘をついてでも忘れるようにしたほうが人間として美徳なのかな…執念深いという言葉もあるし…
でも不思議な事に、楽しい思い出よりも悔しい思い出の方が鮮烈に覚えてるんだよなあ…なんでだろう…
「こら、集中してやってくれよ?ワシに水がかかっとるわ!」
「あ、す、すいません」
警察署に到着すると正面から普通に案内され、二階へと上がった。
「少年課」と書かれた部屋の前で田中刑事は立ち止まり、中へ入れ、と言った。
少年課の左には取り調べ室という札があるドアがいくつかあって、多分そこからだと思われる、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
悦夫だ…。
自分も直ぐに取り調べ室に入るのだろうか?
とりあえずこっちに入れ、と言われて入ったのは少年課の中にある応接室のような部屋だった。
ビリビリに破れた合成皮革の長椅子とガラスの天板のテーブル、長椅子がビリビリなこと以外は普通の応接室と大差ない感じだったけれども、大きく違うのは壁一面のイタズラ書き。
夜露死苦
卍参上卍
北狼、仮面貴族、スフィンクス…
薄れてはいるけれど明らかに一昔前の暴走族が書いたものだ。
数千はあるかと思われる相合傘のイタズラ書きの名前部分はほぼ全て『卑露死(ひろし)』『魔異蠱(まいこ)』等と書かれてあり、時代を感じた。
多分この部屋で何千人も不良達がお説教されたに違いない。
先ずはこの圧倒的な景観の部屋に入れて精神的にビビらせてから取り調べを始めるという事か。
けれど自分は何もしていない、という芯があったので、冷静に「イタズラ書き消せよ」等と思っていた。
ドアが開いて50代と思われるメタボ気味の刑事が入って来て目の前に座り、開口一番
「どうしてあんな酷い事をしたんだ?」
既に白坂ハジメを殴打して鼓膜を破ったという前提から話が始まっているんだ…
「刑事さん、俺殴ってなんかいな…」
「
まだ子供じゃないか?え?なんでやった?」
「いや、だからやっていな…」
「
虐めか?やりすぎだろ、あ?」
事情を説明しようとすると耳が痛くなる程の大きな声で被せてくる。
こちらの話を聞く気はないようだ。
「どうして俺の話を聞いてくれないんですか?やってないんです!いや、正確には軽く叩いたかもしれないけれども鼓膜を破るほどじゃない、絶対に」
「
ほら、叩いたんじゃないか。お前はやったんだよ。やったんだ。俺には分かる」
「だから、強くは叩いてないっ…」
「
お前は悪党だな。今からそんなに屁理屈こねてたら将来はヤクザだな。ケッ。」
刑事の理不尽な言葉の数々に心が折れそうになったけれど、ひとつ冷静に考えてみた。
そもそも白坂ハジメが俺に殴られたと嘘を付くのは何故だろう?
もしかすると悦夫の七年殺しを手助けしたと思われているのだろうか?
予め悦夫と打ち合わせをしてから呼びつけて話をして、背後への注意をおろそかにしての肛門破壊。
その後のフォローもわざとらしいモノに感じていたのではないか?
そこにきて偶然見知らぬ不良達に襲われて鼓膜が破れた。
肛門と同時にプライドまでボロボロになっていた白坂ハジメは、悦夫とグルである俺に罪を擦り付けるアイデアを思い付いたのではないだろうか?
勿論グルであるというのは全くの勘違いであるのだけれど、帰宅して病院に行く理由を母親に説明するにあたって見知らぬ不良達よりも俺に復讐する方を選択したのではないだろうか?
と、なると悦夫が真実を話せば全てが上手くいくはずだ。
俺が話してもいいけれど、それでは密告になってしまう。
あんな卑怯な人間でも仲間には違いない、仲間を売るような人間にはなりたくなかった。
肛門破壊といってもたいした罪ではないだろう、お説教されて終わりだろうから悦夫も直ぐに罪を認めるだろう。
もうすぐだ、もうすぐここから帰ることができるんだ。
するとドアが開いて田中刑事が入ってきた。
「おい、谷山(悦夫)が全てを自供したぞ」
ほら、思った通りだ、よかった…
「お前が白坂君を殴ったのも聞いたぞ」
え?嘘だ?
悦夫…何故そんな嘘をつくんだ?
自分だけ悪者になるのは嫌だから俺も道連れという事か?どこまで卑怯なんだよ…
「
そらみろ、この嘘つき野郎が!観念しろよ」
「違う、嘘つきは悦夫だよ。俺はやってないんだって、本当なんだって」
「
へえー。まあ、こっちにこいや。」
田中刑事が手招きをするので立ち上がって付いていくと、少年課の本丸、机が沢山あるところに連れていかれ、事務椅子に座るよう命じられた。
「お前さあ…なんであんな事した?ダメだろう…」
いつの間にか尋問者が田中刑事にすり替わっている。
また、一から説明しなくてはいけないのか…
事務のお姉さんがお茶を持ってきた…田中刑事だけに。
「こいつさ、後輩の耳を殴って鼓膜を破った悪い奴なんだよ。でもやってないとか嘘つくんで困ってるんだよ」
お姉さんが蔑んだような、汚いモノを見るような眼でこっちを見ている。
これは精神攻撃だ、精神攻撃なんだ。
本当にやった人間に対しては効果があるのかも知れないけれども、俺には無意味な大人達の茶番劇にしか見えなかった。
「なんでやった?ん?」
どうして田中刑事はニヤニヤ笑っているんだろう…
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