【ひま←ルシェ】


 その日学生街へ来ていたのは、偶然ではなかったのだけれど。

(あ……)

 時間のある時に学生街の図書館へ顔を出すのが、いつの間にか恒例になっていた。それは言葉にしないが、一目でも会いたいと思う人を、たまにそこで見かけるから。
 この間借りて帰った本を返すためなのだと自分に言い聞かせながら、ルーシェは今日も図書館へ向かっていた。
 あと一つ道を渡ればつくというところで、目が彼を見つけてしまった。知らない女の子と、親密そうな距離で歩いている。黒髪の丸い頭、体より少し大きめのセーター、優しげな眼差しをした彼。
 学校の帰りなのだろう、遠くて聞こえないが何やら楽しそうに話をして歩いている。自分と反対へ向かう二人。これからどこかへ行くのだろう。

 彼、に恋人がいることはルーシェも知っていた。告白されて断ることをしないのだと、なにかと世話をやこうとしてくれる青年から聞いた事がある。

(ワタクシは、何を……。違うわ、ワタクシはただ、本を返しに)

 心の中で、何かがぐるぐると渦巻いて、気持ちが悪い。さっきまでの少し浮かれた気持ちはどこにいってしまったのだろう。上手く息ができていないような気がして、呼吸が浅くなる。視線は下がっていた。
 持っていた本を握りしめて前を向き直したところで、こちらを向いた彼と目が合った、気がした。途端、そこにはいられなかった。
 足が勝手に彼から逃げる。ヒールが鳴らす高い音で、頭が一杯になった。

 どうして逃げているのだろう?
 どうしてこんなにも気持ちが落ち着かない。

 一気に走った。もう図書館から随分離れている。建物の影に身を寄せて、冷たい石壁に背中を預けると、服越しにじんわりと冷たさが染みてきて、混乱していた頭を冷やしていくようだ。

 どうしてなのか? そんなもの、分かりきっていた。
 その答えを自覚してからもうずっと、それを飲み込んできている。伝えられるはずがなかった。

「馬鹿じゃないの」

 吐き出した言葉に感情が流れ出る。胸が苦しくて、目の奥が熱くて。

 それでも、あの、温かく笑う顔を、忘れられるはずがないのだ。

***