「よし。始めるぞ」
「おーう!!」
辺りに何もない荒野のような場所。少し距離を空けて、互いに向かい合う。リクの声を合図に、ソラは元気よく武器を持つ手を振り上げた。
しかしそこに握られているものは、使い慣れている筈の彼のキーブレードではなかった。
「あ、ほらリク、あれやってやって!!」
「お前な……毎日毎日、もういいだろ」
「駄目だって、あれやってくれないなら俺もこれやらないぞ!!ほら早く!!」
ぶんぶんと武器を振りながら促してくるソラに、リクは息を吐く。やがて真剣な表情へ切り替えると、旅の途中で新調したキーブレードを構え、腹の底から高らかに叫ぶ。
「俺はマスター・リク!!」
「の一番弟子のソラ!!」
「繋げてくるな!!」
「今日もよろしくお願いしますっ、マスター・リク!!」
「……はぁ」
びしっと綺麗に敬礼してからまたびしっと綺麗にお辞儀してみせるソラに、リクは構えながらもいまいち気合が入りきらなくなってしまうのだった。
十三の闇と七つの光による戦い。大いなるキングダムハーツを顕現させるための戦争。ソラとリクもそこへ参戦し、結果だけを見れば、光が消滅する未来は回避する事が出来た。ただし、ソラ一人の力を犠牲として。
キーブレードは資格ごと失われ、二度とこの手に現れる事はない。誰もそう断言はしなかったが、他でもない本人自身がそう感じていた。何かが決定的に欠けてしまったかのような感覚が、戦いを終えたあの日からずっと心に強く残り続けている。
けれどソラは一切後悔していなかった。自分の力があったからこそ皆を、世界を守れたのだ。それにキーブレードがなくとも、今まで通り心の繋がりが力となるから大丈夫。そう信じる心は昔も今も、何があったって変わらない。だからこれで良かったのだ。
――本当はちょっとだけ、良くないけれど。
彼の親友が、そのわずかな本音に気づかない筈がなかった。そして王様と偉大なる魔法使いに、一縷の望みであろうともなんとかなる方法がないか頼み込んだ。自分に出来る事があるならなんだってするから、ソラが再びキーブレード使いとなれる可能性のある術を教えてほしいと。
その結論として、現在の事態に至る事となったのだった。加えてこの状況は、リクに課せられた新たな『使命』としても好都合だった。
ソラが現在持っているのはキーブレードではないが、昔リクが所持していた闇剣の光版のようなもので、彼らの師たちにより仮の武器として授けられていた。キーブレードには及ばずとも、対抗するだけの力は充分にある。
キィン、と甲高い金属音を立てながら互いの武器をぶつけ合い、ぐぐぐっと拮抗し合う。やがてリクは一瞬の隙に離れて力のまま振るい、ソラの剣をガンッと弾き飛ばす。
「いいぃっ、てぇ!!」
びりびりと衝撃に痺れる右手首を握り締めて痛がるソラを目の当たりにしても、リクの動きは止まらなかった。丸腰のソラに続けてキーブレードを振り下ろしたが、ソラは寸前でそれを避け、地に落ちた剣の元へと駆ける。
剣を取り戻し、振り向いた瞬間には即座に距離を詰めたリクがまたキーブレードを振り下ろす直前であり、ソラはぎょっとしながらも再び回避した。逃すまいとさらに追随するリクのキーブレードを振るう腕は鈍らず、目に一切の躊躇いがない。
一息つく間もない怒涛すぎる追い込みに、距離を取りながらソラはぜーぜーと息を荒げていた。
「ほんっとにもう容赦なく、本気だよなー!!」
「危機的状況に陥るほど出せるかもしれないしな。だから加減しない。だから加減するな」
「最初からしてない、しっ!!」
攻められるばかりではないとソラは表情を引き締めて地を蹴り、リクへ突撃する。決して諦めず立ち向かってくるソラを受け止め、リクの唇に薄い笑みが浮かんだ。
しばらく敵対しているかのような激しい攻防が続いていたが、やがてソラはがくんと膝を折り、後ろへ尻餅をついた。それでも向かってくるリクに慌てて右手を前に突き出し、待ったをかける。
「も、もう終わり、終わろう!!そろそろ時間だろ!!」
「予定時間より七分早い。もう少しだ」
「そーいうとこ頭固いよな、ハゲるぞほんと……」
「一時間延長だ」
「うわああぁ許してくださいマスター!!」
大声で謝るソラにそれだけ元気が有り余っているなら大丈夫だな、とリクが発言を撤回する事はなく、結局ソラは自らの首をきつく絞めてしまう事となったのだった。
「うぅ……痛い……」
宿に戻り、かすり傷だらけの身体を抱えて椅子に座りながら小さく呻く。
リクにつけられたものより、滑ったり転んだりとどちらかといえばソラが勝手に作った傷のほうが多い。とはいえスパルタ気味な修行に耐え抜き、ソラとしては身体も心もぼろぼろの満身創痍だった。
「はぁ、今日も傷だらけだ……」
「回復薬持ってきてやる。まってろ」
「えー、ポーション……一個で足りるかなぁ」
「ラストエリクサーだ」
「て、手厚すぎる!!いい、ポーションでいい!!」
とん、となんて事のないように目の前へ置いてきたリクに、ソラは慌てて自力で取りに行くと二、三本を一気にぐびぐびっと飲み干した。
ぷはっと離してから口許を拭い、多少は楽になった身体にようやく一息つく。
「マスター・リクはアメとムチってやつが上手いなぁー」
「もう修行は終わっただろ。その呼び方やめろ」
「へへ、そうだな。今からはいつも通りだ!!今日もありがとう、リク!!」
にぱっと普段通りに名を呼び礼を言うソラに、リクは返事をする事なく小さな笑みだけを返した。しかしすぐに表情を切り替え、真剣な面持ちとなる。
「少し休んだら行くぞ。この世界でも目撃情報があった」
「分かった。あ、そういえばここにもアイス屋さんがあったんだ。落ち着いたら行こう!!」
「かまわないが……お前の場合それが目的になってないか?」
「だって楽しみは作っておかないと!!全世界アイス屋巡り中だ、目指せコンプリート!!」
「なにを勝手に始めているんだ、まったく」
おーっと一人拳を振り上げて張り切っているソラを、リクは呆れたように眺めてから準備を整え始めた。
(ひとまずここまで!!3たのんだ。)
2019/01/18 22:37