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アルトの花 story1.2




思想の中の靄がかった空間。それは、森の中への姿を変えた。目の前に懐かしい母の姿が映る。

 「おかあさん。どうして」

くいっ、と小さな手で服の袖をひいた。行かないで、彼女の口がそう告げる前に、母はその手をそっと解いた。

「アルト。いまは分からないかもしれないけど、きっとあなたのことを守ってくれる人が現れるわ。だから何があっても大丈夫。何があっても」

大丈夫。そう、大丈夫。

「だから…」

母が遠退いていく。いやだ。嫌だ。行っちゃ、嫌だ。

「待って!」そう叫んで、再び服に手を伸ばした。しかし、それは叶わなかった。
竜へ姿を変えた母はそのまま消えて、帰ってこなかった。



「なんで…思い出しちゃったかな」
 森を歩きながら感傷に浸る。テディが待ってる。早く村に戻らなきゃいけないのに。急に寂しくなった。一人なんて平気なのに、一人でいることが怖くて堪らない。冷たい手。あのとき、掴み損ねたものだ。もっと手が大きかったら、母に届いただろうか。

「だめ!」

ぱしんと両頬を叩く。

「考えても仕方ないの。早く村へ戻らなきゃ!きっとテディさん心配してるわ」

気分を切り替え、村へ向かおうとした。そのときだった。

「…ッ」

咄嗟に近くの茂みへ身を隠すアルト。その目線の先にはボロ布のような服を着たとある集団だった。目付きはいやらしく、下品に笑う無精髭を生やした男たち。その手には大きな袋。

(まさか)

嫌な予感がした。こんな辺鄙な場所、しかも村から外れた森の奥にやってくるなんて、ろくなものじゃないことを知っているからだ。
男たちは、真っ直ぐこちらに向かってきている。その先にはアルトの家があった。
男たちの中でも更に体格のいい男が辺りを見回す。

「これだよなァ。竜神さんのいるっていう屋敷は」

「へい。間違いありゃせん。ですが、妙に庶民的な住み処ですねェ」

間違いない。あの男たちがテディが言っていた山賊だ。どこからか竜神の噂を聞きつけたらしい。アルトは息を殺してじっとそれを見ていた。
ドアに鍵がかかっているのが分かり、蹴破って家に入っていく。さきほど買ったものは床に散らばり、本棚も倒れる。すべて荒らされていく。大切な写真も。

「やめ、て」

自然とこぼれた声が震える。壊さないで。父と母の思い出が残るその家を滅茶苦茶にしないで。
土足で、踏み込まないで。

「目ぼしいものはないんかいや。宝とか宝石とか、ウロコでも!とにかく探せや!」

ぱりん。小さな音を立てて、写真立てのガラスが割れた。
思い出が汚されていくのが耐えられなかった。

「やめてっ!」

アルトは声を張り上げ、男たちの後ろに立った。拳は握られている。床に落ちた写真を取り上げると、両手を前に出し叫んだ。

「アゲルンガ ソルゲンガ ガイラァド バン!燃えろ!」

呪文を唱えると、炎が吹き出した。その隙を見て、アルトは村へ向かおうと走った。このことを誰かに伝えなければ。
しかし男も黙っちゃいなかった。

「追え!あの小娘を捕まえろ!あいつ、何か知ってるにちげェねェ!」

追い付かれる前に、誰かに、伝えなきゃ。
写真を胸に抱き、必死で逃げた。


 

HEAVEN・プロローグ



**P


 ちりん。ちりん。
季節外れの風鈴が、風に揺られて音を響かす。夏はもうとっくに過ぎたのに、その音はまるで夏を呼び戻すかのように感じられた。特別夏が好きなわけではない。それでも夏を意識してしまうのは、あの出来事のせいだ。あれは、決して夢ではなかった。

「時間は戻らない。だからこそ、愛しいのに」

かといって、時間を巻き戻したいなどとは思わないけれど。
利用客の少ない平日の図書館。
私はいつもの席を陣取って、あの日のことを思い返していた。窓から見える空は、雲ひとつない。そう。"あの日"も、こんな綺麗な空だった。



 

HEAVEN 人物紹介



春咲 ひより

高校2年生
髪・栗色


普通の女子高生。だが、あることを切っ掛けにとんでもない事態に巻き込まれてしまう。基本的に素直じゃなく、突っぱねた性格をしている。両親を亡くしてからますます捻くれた考え方をするようになった。空を見ることが好き。



麻倉 千秋

高校2年生
髪・蜂蜜色

独り暮らしの少年。少し子どもっぽいところもあるが、実は切れ者。意地の悪いところもある。学年トップの成績兼容姿端麗なので学内では有名。バスケ部に所属している。器用に見えて実は不器用。



瀬崎 樹華

大学3年生
髪・茶

女子大学の理数系コースに通っている。見た目は随分と若く見られるため、それがコンプレックスでもある。性格は冷静で、物事をよく把握している。ただし、科学で説明できないことは苦手。発明が趣味の兄を持ち、悩みの種でもある。


アル

黒髪の青年。謎が多く、自称「案内人」。整った顔立ちだが、あまり笑うことがない。




※メインキャラのみ紹介


 

ヒカリ

眠る猫

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