目の前には、私の喉元に剣先を突き付ける男。それは、女の恋人であった。愛しき彼に、いま、命を奪われようとしている。
「私を、殺すの?」
「うん」
あっさりとそう言ってのけた男に、女はぐっと唇を噛み締めた。生に焦がれるわけではない。しかし、どうしてこのような事態になっているのかが分からない。頭が、上手く働かない。
「私に飽きたの」
「まさか。君を好きだよ」
違う。そんなの。
「うそ」
「嘘じゃない」
「だったら何でこんなこと」
叫び、その声が裏返る。
悔しくて、情けない顔になっているのが自分でも分かった。
そんな私を見下ろして、彼は依然とした姿だ。そして、悲しそうに笑った。
「好きだから、君が俺を好きなままでいて欲しいんだ」
いまにも泣き出しそう、いや、それは演技かもしれない。彼は計算高いから。
私は必死に彼に伝えようとする。それはもう必死に、「私はあなたが好き」そう訴え続けた。それでも男の意思は変わらない。変わらない。
「いまでも!ずっと!好きだから!愛してるから!」
「うん。知ってるよ。でもいつか心変わりするかもしれないだろう」
そう言い放った男の瞳は暗かった。深い深い闇の中を覗いているように。歪んだ男の心。
(そこに私はいるの?)
女は初めて、涙を流した。悔しかった。彼を救う術を知らぬ自分を小さく感じた。
「私を信じてよ!」
「信じてるよ。信じてるから…裏切られるのが怖いんだ」
男は、力の抜けた女を抱き締めた。そして耳元で、まじないのように囁いた。
「愛してるんだ」
そのとき、私の中の何かがぷつりと切れた。音を立てて崩れる理性。彼の見ている闇が、そこに見えた気がした。そこで彼女は思った。
(これが。これこそが彼の愛ならば。彼なりの愛し方ならば)
男は抱き締める腕に力を込めた。
「ねぇ、君の永遠を俺にちょうだい?」
「……ええ」
私はすっと伏せた顔を上げ、彼を見つめた。視線がぶつかる。ああ、なんて素敵なことなの。
男は嬉しそうに剣を、女の首に当てた。そして、そのまま刃をスライドさせた。
男は女に微笑む。女も男に微笑む。女は、全て身を任せた。
私の永遠を捧げることで、貴方の心が満たされるならば。
救われるのならば。
あげましょう。
私の、永遠を。