コトンと音を立ててカップが置かれた。少年はそれを受け取ると、右腕に据える男に問うた。
「そろそろ、かな」
「再びこの地を、このくだらない世界を正すために」
少年は口元で笑うと、紅茶の入ったカップを壁へ投げつけた。激しい音を立ててカップは割れ、辺り一面に破片が散った。
「僕はこの世界が大嫌いだ」
このカップは壊れてしまった。壊れたものは戻らない。壊された世界はどうなる?
そんなことはどうだっていい。
許せない。己のすべてを奪ったこの世界を。
僕は許すことが出来ない。
ひらりとスカートが揺れた。きっともう穿くことはないだろう。自分は"女"ではなくなるのだから。
「後悔なんて、してない」
「だって私…ボクはこの世界が大好きだから」
誰に言うでもなく呟いた。
大好きだから守りたい。壊そうとするのなら、全力で阻止する。
明るい髪は一つに束ねられる。ひらひらしたものは燃やしてしまおう。
前へ進むために、未練は必要ない。
我ながら馬鹿なことをしたと思う。軽い気持ちで弟子をとってしまったこと。ああ女だからという理由で拒絶さえしなければ、彼女は"少女"でいられたのに。
「世界なんてどうでもいい」
「オレは"あいつ"が憎いだけだ」
"あいつ"に全てを消し去られた。孤独を歩むことを余儀なくされた。命が燃える瞬間、自分はただ力無く立ちすくむことしか出来なかった。
命の霊は己に宿る。ああ、こんなにも黒い感情が渦巻くなんて。
世界なんてどうでもいい。どうでも、いい。
気づけば自分は渦中にいた。そうだ。思えば初めからそうだった。小柄なアイツと出会ったときから既に巻き込まれていたんだ。
いや、違う。
「この世界に呼ばれた時点で、俺は舞台のキャストだった」
「ただ帰りたいだけだったのに」
そう。帰りたかった。自分の世界へ戻るために生きていた。
それだけだったのに。
それだけじゃ済まなくなった。
これは己の問題でもあるのだ。
やらなきゃ、ならない。目をつむってやり過ごすなんて許されない。手にしたダガーを突き付けた相手は、涙を流して訴えるだろう。
ああなんて、報われない。
ちがう
きっと 報われないことはない。
歯車が狂っただけ。まだ戻せる。まだ大丈夫。
だから、その手をとって
自らの役目を果たすために