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 月と文化的マイノリティ 
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今日2月10日は旧暦1月1日

月は『新月』
或は『朔月』

一つの朔望の終わりであり,また同時に始まりでもある天文学上での「朔」の瞬間は、本日午前7時59分だった



旧暦1月1日
旧暦に於ける新しい年の始まり

現在の日本では、旧正月というと 中国の文化であるように思われてしまっている節があるけれど、私たち日本人が旧暦で暮らしていたのはそんなに大昔ではない
明治5年 (1872年) までは太陰太陽暦である天保暦 (旧暦) を使用していたのである
太陰太陽暦は月の満ち欠けをもとに創られた暦だから、私たちの日々の暮らしは 正に「月」と共に在った

しかし、国際化を計るべく、日本は西洋で主流となっていた太陽暦グレゴリオ暦へと改暦することになる

これ以降、私達の生活リズムの軸は「月」から「太陽」へと移ったのである

天保暦というのは、世界に数ある太陰太陽暦の中でも非常に完成度の高い暦であったのだが、こういう優れたものでも あっさり捨てて、新しいものに順応する性質を日本人は不思議と持っている

これは本当に不思議なこと‥
かつて第二次世界大戦で日本がアメリカに大敗して焼け野原にされた中、そこから驚異的な経済成長で世界の先進国に数年の内に上って行った理由は、敵国であった筈のアメリカ等の文化をアメーバのように吸収したからだ

これは本当に凄いことだが‥
一方で、同じように国際化する過程でグレゴリオ暦に移行して動くようになった隣国の韓国や中国が、現在でも 今日という日を新たな年の始まりの旧正月として祝う旧暦文化が残り楽しんでいるのに対し、この日本では殆んど消失したと言っていい状況に成った

この違いは一体何なのだろう‥

月の朔望と共に生活しているようなところのある私のような人間には、これが少々残念だ


昨年、とある過程で 或る月の名が帯びている魅力について説こうと尽くしたことがあったが、これは興味がある人でもなければ難しいものだなと 話すこと自体を手放した経験がある

現在の日本では、「月」は ○○ムーンなどと騒ぐ時‥ 即ち、月が満月の時だけ 人々の興味が湧く

朔望の上り,即ち満月に向かう月ならばまだしも、欠けて行く月の魅力を伝えることはもう難しい‥

朔望の下りに、古の人々は 人生の後半‥ 盛りを越えて終わりへと向かう姿を自分の姿に重ねながら向き合いながら その月を愛でていたのである

日々欠けて行く月‥ その月が昇って来るのを夜更けまで親しい人たちと宴を催しながら一緒に待っていた「月待ち」は、まことに成熟した文化だったのである



桜の花が散るように

緑の葉が紅く黄色く色づくように

月が優しく朔へと還って行くように


私たち人も 天と地とへ還って行く







月の文化を何処かの地で楽しんでいる人よ


私たちは 文化的マイノリティの月舟に乗っている










































コメント→【024/02/10 13:48


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