かつて通りかかった幼女を殺してみたかったという身勝手な理由で殺した少年Aは、少年院で性根をたたきなおしてくれた稲見教官のおかけで、御子柴弁護士として更生した。
だが、かつての死体配達人と揶揄された前歴が、2作目の小説で世間に露呈し、負けない弁護士として顧問料をたくさん貰っていたかつての暮らしは出来なくなってしまった。
事務所も移転し、暴力団に顧問弁護士として働かないかと誘われ、これからどうするかと考えていたところ、依頼人を見つけるのに一番良いと、日課で読んでいた新聞に、かつての恩師、稲見が介護職員を撲殺したという記事を目にする。

「恩讐の鎮魂曲」
著者 中山七里

かっとなって殺したなどという稲見の証言は絶対に嘘だと信じる御子柴は、なんとしてでも無罪を勝ち取ろうと奔走する。
すると、稲見教官はかつて自分の息子が、駅のホームで線路に転落したお爺さん・後藤を助け、自分も這い上がろうとして間に合わず死んでしまった事件の当事者である後藤が、ある特別老人ホームに入所していることを、テレビの特別老人ホームの特集で偶然知ってしまい、息子が命懸けで守った後藤を守ろうとしたとわかる。
その特別老人ホームは、介護士を先生と呼ばせ、常に護身棒と呼ばれる硬い棒で入所者を殴る蹴るを繰り返す、悪徳特別老人ホームだったのだ。

一方、稲見教官に殺された介護士は、韓国船の過積載客船の沈没事件の時客として船に乗っていた人物で、同じく客として乗っていた女子大生から救命胴衣を殴って奪い助かった男だったのだ。彼は人から救命胴衣を奪うことが緊急避難にあたるとされ、裁判で無罪となり、事件以前からの職、介護職として暮らしながら、入所者に暴力をくわえるだけでなく、客船事故のことを入所者に自白し、いつでも殺せると脅す、とても熱心とは言えない、介護士の皮をかぶった支配者だったのだ。

そしてしの特別老人ホームには、介護士に救命胴衣を奪われた女子大生の祖母・小笠原が、あの時の男だと知りながら入所してきていた。いつかはあの男を殺してやろうと、虎視眈々と機会を、自らの身体も虐待にあいながらも狙っていたところに、正義感の強い稲見教官が入所してきたことを、これ幸いと、いつも殴られ続ける後藤を助けてといつも言い含めていたのだという。

御子柴弁護士は、老人ホームでの虐待による支配、被害者が緊急避難で無罪となった男であること、そして、その男から後藤という息子が救った他人を守るためにした行為であったとこから、稲見教官にこそ、緊急避難が妥当であるとたたかうが、稲見教官が裁判で述べるのだ。
「自分の意思だろうが他人の唆しだろうが、やったことには全て責任がついてまわる。その責任から逃げることは、今まで法務教官で飯を食ってきた自分を否定することになる。それから弁護人は緊急避難という妙手で私を弁護してくれたが、その理屈で罪を逃れたら、私は栃野と同類になってしまう。それはご免こうむりたいのです。」

結果的に懲役6年を求刑され、御子柴のすすめも虚しく控訴をしなかった稲見教官は、恐らく刑務所の中で人生を終えてしまうのかもしれない。
一番大事な、父親のように慕って生きてきた稲見教官を救えなかったと感じた御子柴は、自分の無力さを感じて事務所に戻るが、御子柴の気持ちに反して、この裁判のお陰で暴力団じゃない普通の企業から、顧問弁護士の依頼が入ったという、事務員の嬉しそうな声だった。
また、以前弁護した女の娘から、テレビを見てたと御子柴のような弁護士になると手紙が届くのだった。

人の、架空の人生だけれど、なんだかとても心に刺さるものがあった。
御子柴シリーズは3作目だけれど、これが一番、読み応えがあった。