話題:介護


で保険証はどこにあったかと言うと、爺のウェストポーチの中に入ってた

爺が入れたのに、そのことを忘れてしまったのだな

帰宅途中の俺にそう爺から電話があった

「今から施設に持って行く」と言うから、ちょっと待て、1人で行くなよ!と答えて、とんぼ返りの俺

この爺、奥さんが入ってる施設で職員に暴言を吐いて出入り禁止になってんだよ

面会に行く時は俺が一緒に行く約束になってんの

でもその暴言を吐いたことすら忘れてるんだよな

その日の仕事はキャンセルせざるを得なかった

仕事を邪魔されるのはほんとに嫌だし困る

だけど道理が通用しないんだよ、この爺には

野放しにすると至る所でトラブルを起こすから、後で俺が謝りに行くようなのよ

面倒くせえったりゃありゃしねー(>_<)


それでまあ連れて行ったよ

保険証はコピーするだけだからすぐ返されたけど、この保険証はなくすと困るから俺が預かる羽目に

奥さんは元気そうだった

「神田君も来てくれてよかった」と言ってたね

爺の奥さんは上品な人でね、優しいものの言い方をするんだ

爺とは全然違う

だが認知症なので、いつ行っても同じ会話になっちゃうんだよ

「私が家に帰れるようにしてくれた?」と

この人は家に帰りたいんだよ

そして爺の世話に戻りたいのだな

だが認知症は家事ができなくなる病気でもあるんで、世話をしてくれる人がいるなら別だけど、実際は家には帰れない

糖尿病も患ってるから、食事療法ができる人がいないと施設以外での生活は難しいのだ

でも帰りたいって言うから、今ね大工さんに家の中の使い勝手の悪い所を直してくれるように頼んであるから、それが完了したら迎えに来るからねって言う俺

すると安心する奥さん

毎回同じ会話

要介護が付いちゃうと家の中を直さなくちゃいけないんだよ本当に

そのことを説明しながらの同じ会話が繰り返されるのだ



俺と奥さんが話している間爺は何やってるかと言うと、飲み物を飲みながらそれを聞いてるだけ

前はね、今は暑いからダメ、とか、寒いからダメ、とかしか言わなかった

そんなこと言うと奥さんは精神的に不安になってしまうから、ダメという言葉を使わずに話せよ、と言ったんだけど、爺は人の気持ちがわからない発達障害のような頭の構造をしてるから上手く話せなくて、はぐらかすこともできなくて、「そんな無理言うなよ!」と奥さんに対して怒鳴ったことがある

大きな声がして職員が飛んできたよ

その職員も俺が登場してから喜んだよ

「娘さんもちょっと話が通じない感じの人でしたから、もごもご‥」とね

爺と奥さんの娘のことだけど、爺の性格を受け継いちゃってるんだろな

家族の要の奥さんが病気になって離脱したから、爺の家庭は悲惨だよ

それでもこの年まで夫婦が健在というのは珍しいし、いいことだ

どっちか欠けたら、長く一緒に生きてきただけに残った方はキツいだろうが‥

「主人を宜しくお願いしますね」と奥さんに言われるのも毎度のことで、ハイと答える

外に出て車のドアを開けてやって、早く乗れと言うんだけど、「蝉が鳴いてるなぁ」と言いながら車の横に立ったままの爺

早く乗れよ、中の俺が暑いだろ、と言うと、ようやく乗り込むよ

どっちも年をとって自由がなくなり、頼みの子供も近くにいないとなると、あんまり幸せじゃねーな

老後の1つの例だけど、こういう風にならないようにするにはどうしたらいいんだろうな

人生を考えるのは難しい