無題
2014年8月3日 11:33 日常


久々の更新であれなんですが、明るい話でもないのでスルーしてくれはったらよいです。


































今朝特に仲が良いという訳でもなかった大学の友達から、同じく特に仲が良いという訳でもなかった隣のクラスの子が亡くなったと連絡が入りました。

親戚が亡くなった時の様な絶望的な悲しみでも無ければ大学の先生が亡くなった時の様な疑問的な悲しみでもない。
精神的に強い男の子でもなかったしちょっとしたことで崩れそうな子だった。
けれどそんな子でも厳しい厳しい実習を耐えてやりきったんだろうし、やりきるだけの仲間がその子の周りにはいた。卒業したからってその子の仲間が卒業後それまでの関係だとは見えなかった。
只自分達があの妙に仲間意識の強い大学を卒業してから3年の月日が経過していて、その3年の間にその子にどんな経過があったのかは知らない。別に知ろうとも思わない。そんな仲だったのだ。

隣のクラスだったし会話と言われるような会話をしたのは2、3回でしかない。精神的に危なかっしい子で心理的に少し興味はあったもののだからと言って関わろうとは思わなかったそんな子が

死んだのだ。

3年経過して私が唯一分かってる事。其れは彼…Kが死んだという事だ。Kの物語は閉じたのだ。Kの中のKという存在意識は消滅したのだ。
今私の彼女から連絡が来た。親しくしていた私の彼女はきっと悲しんでいるだろう。彼女の中の表面的なKは消滅した。
死んでも心の中では何時までも居る、だなんて安っぽい台詞があるが、残念ながら私の中には彼の存在は其程大きいものではなかった(こんな事を書くと彼女に嫌われそうだ)
死んだら其までだ。だのに

この焦燥感は何なのだろう
今まで同年代の子の死を体験した事の無い私にとって、きっと親しくもなかった彼の死は私の中で何かを為してくれるのだろうか。

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