心の霧
2012/03/18 13:15
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カレンは明日、産婦人科に予約を取ってある。不妊治療をはじめてもうかれこれ3年になるが、なかなか子供は授からない。まるで『風をつかむよう』な感じだ。担当医のドクター・クラークは50がらみの温厚な男性でカレンの苛立ちに理解を示し、いつもベストを尽くしてきた。
「カレン、スティーブ、ここいらへんで養子縁組みを検討しつみてはどうかな」ドクターは手にしていたカルテを机の上に置き、ゆっくりと二人に向き合い提案した。ちょうど3週間前のことだ。カレンもスティーブもこの提案に虚を突かれたわけではないが、どう考えればよいのかわからなかった。
ふだんは散歩に連れ出すと嬉しさをからだ全体で表す愛犬のシャドーは、人間の微妙な心の動きを感じ取る。この日は、カレンが何か考え事をしていることを察知し、おとなしく横をついて歩く。「シャドー、あなたえらいわね!この辺できっと一番のおりこうさんでしょうよ」
明日ドクターと養子縁組みについて具体的な話を進めるかもしれない。彼の提案は理にかなっているように思える。『きっぱりあきらめることも快挙かもしれない』カレンは内心ふっとため息をつ
いた。自分に納得させるかのように。「ヘイ!そこどけ!蹴散らすぞ!」スケートボードに乗ってやって来た10歳くらいの少年に背後から突然脅され、カレンは危うく転びそうになった。「こらっ!待ちなさい!ちょっと!ヘイ…」ザーザーという砂のような音を立て悪ガキの姿は小さくなった。