トリ小屋
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2021.2.23 17:25 [Tue]
言葉について

言語学者ではないので、とりとめなく思っていることをつらつら書く。

「琴線に触れる」と「ツボにはまる」の中間くらいのちょうどいい、一般的な言葉がないか考えています。
「琴線に触れる」という言葉が「逆鱗に触れる」と最近誤用されていて(私自身いろんな言葉を誤用することがあるので態々指摘しないですが)、真逆に近い意味で使用され続けて意味が一般的に通じづらくなると、言葉そのものが使われなくなる傾向があるなというのは感じています。パッと思いつくのは

「気のおけない仲」(気兼ねしない仲)
「器量よし」(顔が整っていること。度量があると誤用された)

などですが、「琴線に触れる」もそのうち使われなくなってしまうのではないかなとか。


逆に「感動する」とか「可哀そう」「可愛い」という言葉が安易に使われすぎて、本来の言葉の意味より薄っぺらい意味に捉えられるようになり、使用を忌避されつつある言葉だなと思います。
とくに「可哀想」は本来相手の心に寄り添う言葉だったのが、90年代あたりから上から目線の言葉に変容してしまったのは面白いなと思います。


俗語や流行語は泡沫で、昔の俗語なんてほとんど現在では意味が通らないよなとか。

バブル期の俗語で「とっぽい」「しょってる」という言葉が流行っていたらしいのは、時代を反映していて面白いなと思います。

昭和初期言葉で「たなおろし」(悪口を言う)とか「でこでこ」「どんたく」とか好きです。

どうでもいいけど「宮城」(皇居)という言葉に初めて映画で出会ったとき「球場」ってなんだよと思いました。

創作で戦前モノ書くときは台詞ひとつひとつに悩んでいますが、結局こんな言葉当時使わないだろ、と思いながらも書いてしまうことも多々あります

時代を経ても普遍的な言葉や感覚というのは難しいし、
いわゆる「名作」「古典」と呼ばれる作品というのは時代を経ても変わらない普遍性があるなと思います。


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