「それじゃ、新八くん、神楽ちゃん、チビをよろしくね」
「はい、任せてください!これでも子守は得意なんです」
「新八はともかく、ワタシが居るから心配ないヨ」
今日は銀時とあやめの3度目の結婚記念日だ。
毎年この日ばかりはお登勢に息子を任せ、夫婦水入らずで偶の2人っきりの時間を過ごしている。しかし今年は頼りのお登勢が町内会の慰安旅行で留守にしている為、2人っきりのデートは叶わないと諦めていた。
そんな時、やれやれ仕方ないですねと新八と神楽がその役を買って出てくれたのだ。
「銀さんがさっちゃんさんに素直になれる数少ない日ですからね」
とは新八談である。
そんなこんなで、あやめはもうすぐ2歳になる息子を新八の腕に預けるのだった。
「夕方になる前には帰るようにするわ」
「はい」
「あと、着替えと…替えのパンツもここに出しておくわね」
「着替えと、パンツですね。分かりました」
「ごめんなさいね、気を使わせちゃって」
「いえいえ、気にしないでください」
「それにこの子泣き虫だから…大変だと思うの。二人なら大丈夫だと思うけど…」
すると、あやめの脇から神楽が顔を覗かせた。
「安心しなヨ。この“かぶき町の母”が居れば大丈夫ネ。貸してよ」
言いながら神楽は新八の腕から子供を抱き上げた。
「よーしよし。マミーと呼んでもいいのだヨ〜」
子供が幼児を抱く姿は傍目に可愛いものである。思わずあやめの頬も緩む。
その時、不意にチビが自分を抱く神楽の胸元から顔を上げ、じっと胸を見つめた。
「ないないよ…」
「オイコラくそガキ。おめーの天パもないないすっぞコラ」
ビシッと神楽のこめかみに青筋が立ったが、放り投げるのを寸でで抑えて床に下ろしたのは流石である。
すると今まで他人事のようにソファーで鷹揚に構えていた銀時が、ニヤニヤ笑いながら呑気にいちご牛乳を含んだ。
「そりゃお前毎日さっちゃんのおっぱい枕だからね。あの巨乳が枕代わりだからね。ボリュームがないないなのは仕方ねぇよ。まったく羨ましい限りだよ、この齢(よわい)にしてS級の乳の味知ってるたァ世も末だね。俺もさっちゃんみてぇなでっけぇ乳で育てられたかったよチクショー」
「…今更何言ってんですか」
冷ややかな新八の呟きが出た所で、銀時はよっこらせと腰を上げた。
「さて…じゃあそろそろ俺もさっちゃんのデカ乳に舌鼓でもうってくるかな」
「オィィィ!このほのぼの小説を卑猥な展開にもってくつもりかアンタは!R18指定してねぇんだよ!ちったァ気ィ使えよ!」
「今のでその先にあるR18展開妄想したアルか?そっちの方がよっぽどキモいアル」
「道が反れないようにしただけなのに何この仕打ち!」
怒る新八を余所に、銀時は玄関に向かい普段のブーツに足を突っ込んだ。あやめも急いでそれに続いた。
「じゃ、あとはよろしく頼まァ」
「新八くん、神楽ちゃん、よろしくお願いします。チビ、良い子にね。それじゃ行ってきます」
「「行ってらっしゃーい」」
背中に明るい見送りを受けながら、にこやかに手を振って二人は玄関を抜けた。
* * *
外はすっかり冬の景色だ。最近は外に出でも子供の事ばかりが気にかかって、景色を楽しむ余裕もなかった、と。いつの間にか変わっていた景色に苦笑を零す。
久しぶりの二人きりの時間。あやめは少し緊張して、家を出たときのまま銀時の一歩半後ろを歩いていた。
無言で歩を進める広い背中越しに彼の顔を見上げるも、あやめの位置からでは銀時の表情が窺えない。
「…………ん、」
すると不意に一歩半先の足が止まり、体の向きはそのままにあやめの方へと後ろ手に左手が伸びてきた。突然の事に両目をぱちくりしていると、チラリと銀時の横目が向きぶっきらぼうに彼女の右手を取った。
「寒ィからな、うん」
言い訳するように言いながら、着込んでいた自分のジャケットのポケットに繋いだ手を入れた。
「ふふ、そうね。でも、もう寒くないわ…とても温かくなった」
「…よかったね」
頬を染めたり、ぶっきらぼうな優しさだったり、夫婦になっても、二人きりになった時は恋人だった時のような表情を見せてくれる。
こうして何年先も、ずっと二人の歩幅で歩いて行きたい――銀時とあやめの気持ちは同じだった。
それから馴染みの店に行って食事をとり、映画を見たり、ショッピングをしたり、あやめの好きなデートコースを巡った。銀時は「ほんと女ってこういうの好きな」などと言いながらも、ピンクやらオレンジやらの選択に逐一付き合った。
「ね、銀さん」
2軒目の店に入ったとき、奥の棚を見ていた銀時の上着の裾が不意にツンツンと引かれた。
「チビにはどっち?」
目をやると、あやめの手には可愛いらしいクマを象ったニット帽と、ギンガムチェックのキャスケットが乗っていた。
「アイツにオサレ帽なんざ似合わねぇよ。こっちの方が子供らしくていいだろ」
あやめの手からクマのニット帽を取りカゴに入れた。
「あ。あとさっちゃん、手袋ここにあった」
「わぁっ可愛いのがいっぱい!」
「今見てたんだけどよ、俺的にはコレかコレが良いと思うんだけど。あんまこういうの選ぶセンスねぇからさっちゃん決めて」
「あら、どっちも素敵。銀さんだってセンスあるじゃない。ここはパパのチョイスでお願いします」
「…じゃ、両方」
「ふふ、もう!」
そうして子供服を買ったり、気になった店を見終わる頃には、町にオレンジ色の日が差し込んでいた。
「お土産も買ったし、そろそろ帰らないとみんな心配しちゃうわよね」
「うん」
「今日は久しぶりに銀さんと二人っきりでデートできて楽しかったわ」
「うん」
「ありがとう、銀さん」
「…うん」
再び繋いだ手を銀時のポケットに入れて歩き出す帰りの道すがら、不意に銀時の足の向きが帰り道から逸れた。
「ちょっと、寄り道するから」
着いた先は、初めて二人が出会った日に行った神社だった。
ここは二人にとって特別な場所でもあった。恋人になって初めてデートした場所。銀時があやめにプロポーズをした場所。二人が結婚式を挙げた場所。そして、二人の大切な子供の健やかな成長を願った場所―