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Many Classic Moments55

*まとめ*




 簡単な食事や風呂を済ませた後はすぐに医師が呼ばれ、新八の身体をすみずみまで診察してくれた。


「信じられないですな。三日間意識不明でいて、唐突に目覚めるなんて……まさに奇跡ですよ」


 医師の驚きの表情は、新八の身に起きた事態の特異さを雄弁に物語っていた。年老いた医師は何回も何回も頷きつつ、翳したライトの光で瞳孔反射を確認したり、新八の身体を検分するのに忙しない。だけれど最終的には落ち着いたのか、居住まいを正し、最後は布団に起き上がった新八の顔に手を添えてじっくりと見つめる。
 その診察の様子を注意深く見守るのは、部屋に残った銀時と桂だった。高杉やら坂本の姿は今はない。

「しかし本当に良かった。良かったしか言えませんよ、身体中の怪我は多いですが意識の混濁も見られませんしね。あとはゆっくり身体を休めて栄養を摂って……」

 医師は新八の顔を見た後で、新八の横合いに控えた桂と銀時にゆっくりと目を向けた。ふうう、と長い長いため息を吐いて。

「でも元より、この子の気持ちがそれだけ強かったということなんでしょう。目覚めることへの執念というか、その雑草の如き反骨精神と言うか、踏まれても折られても決してめげないど根性と言うか……。つまりは雑草ですよ!その強くしぶとく、しなやかで逞しい心根に勝るものなしです。それにどこでも芽を出せるしね、雑草ならね」

 少し興奮気味に喋る医師の言葉は、新八の身に起こった奇跡、だけど実際に起こり得た奇跡をつくづくと讃えたものだった。持ち前の新八の気持ちの強さも褒めてくれる。だがしかし、言うに事欠いて雑草扱いとはこれいかに。

「いや先生、言うに事欠いて雑草って。ありがたいようなありがたくないような、僕的には微妙なお言葉なんですけど。何それ、アスファルトに咲く花にもなれないのかよ僕は」

 診察ではだけた単衣の合わせを直した新八が、何となくジト目になるのも致し方ないという話だ。それを横目で見ながら、銀時がいつものように新八の頭をわしゃわしゃ撫でる。

「ばっかお前。普通に考えたら新八が花の筈ねーだろ?つか今回だってお前の雑草根性で助かったようなもんじゃねーか。雑草ミラクルじゃねーか、まあ美人薄命って言うしな。それ考えたら、新八はまだまだ生き長らえられるわ」
「おいィィィィ!!それどう言う意味ィ?!雑草にも僕にも失礼すぎるでしょうが!」
 
 何やらしたり顔でとくとくと話し始めた銀時に、素早くツッコむ新八である。何しろ三日というブランクなど全く感じさせず、目覚めてすぐにいつものスタイルに早戻りするのが銀時と新八の二人だからして。

 でもそんな二人を前に、医師は懇々と話し出す。

 「いいですか少年。あなたは念のため、二週間は最低でも養生するんですよ。身体はピンピンしてますが、まだどこかに後遺症が残っていないとも限らない」

 枕元に備えられたたらいの水でぱしゃぱしゃと指を洗うと、くるりと新八に向き直った。次いで、横合いに居る桂に目を留める。
 “後遺症”という言葉の持つ重みには、さすがに新八だとて伝家の宝刀であるツッコミを控えざるを得なかった。

「はい……」

しおらしく頷く新八を笑顔で見やり、医師は退出して行く。
 これからしばらくは毎日の診察があることだろう。そして暫しの養生が絶対に必要である。身体の傷は浅い傷ばかりだが、何しろ新八は三日も意識不明で居たのだから。

それでも新八は助かったのだ。命と意識をギリギリで繋いで、されどギリギリでもこちら側に踏み止まれた。銀時や桂や坂本、そして高杉の近くに。

 それを考えていれば、新八はようやっと己の境遇を噛みしめる事ができた。目覚めたばかりの時は何が何やら分からず、しかも高杉にあんな形で己の気持ちを告げてしまったというパニックでどうしようもなかったが、今ならようやく受け止められる。自分がどれほどに幸運かということを。
 新八がしばし何も言わずに感じ入っているのを察したのか、次に銀時が放った声もどこか優しかった。

「お前ほんっと悪運強えよなあ、新八。生きることにどんだけ執念燃やしてんだよ。でも……マジに良かった」

 新八の頭を片腕で抱いて、抱き寄せる。その声。『良かった』という言葉。たった一言に集約された想いが、そこには溢れている気がする。銀時が新八のことをどれほどに心配したのかと。
 だから銀時の胸にぽすっと頭を預けて、新八も静かに口を開いた。

「うん。ごめんなさい、銀さん。僕……銀さんにも高杉さんにも、桂さんにも坂本さんにも多大なるご迷惑をかけて」
「そういうこと言ってんじゃねーよ。お前が高杉を庇って落ちたって聞いて、マジ高杉の野郎をぶっ殺そうと何回も思ったけどよ……でもお前とさ、またこうやって話せたらどうでも良くなっちまったわ」

新八の謝罪の言葉に銀時は声もなく笑う。そしてやっぱり新八を抱き寄せたままでいるから、新八も自然と横を見上げた。いつものように慣れた口調で呼び掛ける。

「銀さん」
「新八」

 うん、バッチリだ。いつもの自分たちのレスポンスに相違ない。『銀さん』と自分が言えば、銀時は『新八』と答える。その阿吽の呼吸。ピンチ時における『銀さんんんんん!』『新八ィィィィ!!』でもいいけれども、こんな風に穏やかな時の中で互いの目を見て、しかと言い合えるのも心地よい。

 ……だけどそのままの格好でしばらく経ったところで、新八は少し疑問に思った。ほんの少しだけ。


「……え、銀さん?」
「ああ。何だよ新八」
「そろそろ離してよ銀さん」
「え?何て?聞こえねーよ新八」
「いや嘘だろ銀さん、現に僕は今アンタと至近距離で会話してるんだけど」

 新八は少し首を傾げるも、銀時はなおも優しげに返答を寄越すだけだった。何故なのかきらきらしいものを背後に爽やかにチラつかせながら(オイ似合わない)、やはり新八をきゅっと抱き寄せたままで。

「あの、もういいですよ?分かりましたよ、僕が銀さんに心配をかけたことは。ごめんなさい、だから離してください」
「何言ってんだお前、心配かけたとかそんな事気にしてんじゃねーよ!ばか!俺とお前の仲だろ?!」
「いやだから、僕と銀さんの仲だから素直に言ってます。もういいから、分かったから離してくれませんか」
「…………」

 真顔で言い募る新八の身に、どうしてか黙りこくった銀時の腕がさりげなく回る。何故かさっきより強く抱き締められれば、新八はいよいよ慌てざるを得ない。

「ちょ、もうギブですよ、ギブ!苦しいから!また今度にしましょうってば!」
「つれないこと言うなよ新八くぅん」

 普通に考えれば、新八の力で銀時を引き剥がせる訳はない。銀時にしてみればおふざけでも新八は常に必死である。がっちり抱き込み拘束してくる腕を何とか剥がそうと必死の攻防である。
 だがしかし、この場に居るのは銀時と新八ばかりではないのだ。その証拠に、ますます慌てた新八を救う手もあった。

「何をしてるんだ銀時。高杉にどやされるぞ」
「いって」

 すかさずビシィッと銀時の後頭部に手刀を食らわせ、桂が言う。厳しい手刀なんてかましたのにも関わらず、相変わらずの涼しい顔をして。
 その容赦ない攻撃を食らった後ろ頭をさすりさすり、銀時はキョロキョロと部屋を見渡した。

「つーか、その野郎は?さっきから居ねえけど」

 高杉のことを言っているのだろう。確かに、さっきふらりと部屋を出て行ってからはとんと姿を見かけていない。
 それに笑って答えるのは桂だった。いかにもやれやれといった顔付きだ。

「新八くんの部屋を出て自室に入った途端、倒れ込むようにして寝たぞ。何しろ奴も三日は寝ていない。お前もさっさと寝に行け」

 三日ぶりに安心できれば眠気も襲う。緊張の糸が切れた瞬間に寝落ちするなんて、無敵の十代の特権とも言えよう。高杉は自室に入った途端、ほぼ気絶する勢いで寝てしまったらしかった。

 桂に促され、銀時もまたようやく眠くなったのか、ふわあと呑気にあくびをする。
 
「ハイハイ。じゃあまたな、新八。夕方頃会おうぜ」
「はい。ありがとう銀さん」
「俺ももう行くからな、新八くん。何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます、桂さん」

 
 銀時と桂が出て行けば、あとに残るのは新八ばかりとなる。でも三日間もぶっ続けで眠っていたせいか、新八自身は全く眠気はなかった。何ならまた何か食べたいほど食欲は旺盛だし、誰かと話したいくらいなのに。

 だから、二人が出て行った部屋の中に残された新八はと言えば、全く眠くならない頭を持て余し気味に布団に押し付けるくらいが関の山なのだ。



Many Classic Moments54

*まとめ*




 「……んあ?え?……あれ?僕……何でこんなとこに居るんですか?つーか銀さん?桂さんに坂本さん……何でアンタら四人とも雁首そろえて……」
 
 まず横手にいる銀時に目を留め、桂を見て、視線は坂本を流れ……そして最後は目の前の高杉にたどり着く。

「って、た、高杉さんんんんん!?!?え、今までのって夢じゃなかったのォ!?」

 瞬間、ボンっと爆発でもしたような勢いで新八の顔が盛大に赤らんだ。大慌てでズザザッと後退り……たかったようだが、あいにくと新八のそんな勝手を許すような高杉ではない。
 従って、新八はまだ延々と高杉に抱き締められているだけだった。

「……フン。何だテメェ、俺を夢幻の類いとでも思ってやがったのか。あいも変わらず腑抜けたツラしやがって」

高杉は息を吐く。とりあえずは何の意識混濁も見せない新八に安心し(いやある意味では一部大いに混濁していたが)、いつものように皮肉を吹く。
 
「うん……何か凄いリアリティーのある夢だなって。でもマジで皆してどうしたんですか?何かありました?」

 目覚めたばかりで何が何やら訳も分からないのか、新八は絆創膏の貼られた頬をごしっと擦った。そして擦ってから、はたとその感覚に気付いたらしい。大慌てで自分の身体を検分し始める。包帯や絆創膏だらけの、いかにもな怪我人のそれである自分の手足を。

「てか僕の身体、怪我ばっかり!え、どうしてです!?高杉さんこそ斬られて、怪我してたんじゃ……」
「ああ、俺の方が純粋に傷は深えが……数ではテメェの方が怪我が多い。擦り傷だがな」

 そこに気付いた途端に、新八は高杉の左腕から手を離す。気付けばずっとそこに力を込めて手をかけていたので、高杉には負担のあった事だろう。だけど特に何も言われなかったことは、新八の頬をますます赤くさせた。
 
「てか新八お前、高杉のこと庇って崖から落ちたんだよ。そんで三日間も気ィ失ってたんだぞ?」

 真顔で新八を覗き込むのは銀時だ。しかし新八には訳も分からない。分からないにも程があるのだ、まさか自分が三日間も気を失っていたなんて。

「は?!僕が?!」
「そうだよ。そんでよォ、お前が一向に目ェ覚まさねえから……俺たちはさっきまで軽く通夜モードだったわ。軽く葬式会場に電話するとこだったわ」
「ええええ?!お通夜!?勝手に僕を殺すなよ、しかも軽いノリで殺してんじゃねーよ!」

銀時の言い草にだって、いつものようにツッコむ。されどようやくもう一つの事柄に気付いた瞬間の新八は、本当に息が止まるかと思ったのだ。


「てか……なら、さっき僕が喋ってた事……皆さんは聞いてたって事ですか?高杉さんも?」

 夢だ夢だとばかり思っていたのに、新八は先程までの記憶がちゃんとある。夢だと思っていたからこそ高杉に告白してしまったことも覚えている。好きだ何だと、そりゃあもう熱烈に。
 新八だとて夢見る十代なのだ。あんなロマンの欠片もない告白を自分がするなんて、その、当の自分がまず受け入れられない。

 さあっと血の気が引く思いで目の前の高杉を見れば、不機嫌そうにプイッと頬を背けられた。その背けられた頬の僅かに赤いのを見て……再び大いなる赤面地獄に陥るのは新八でしかないのだ。哀れ十代の末路やここに、である。

「うわあァァァァァァ!!い、いっそ殺せよォォォ!!無理!マジ無理ィィィィ!!」

 ジタバタと暴れ回る新八の肩を押し戻し、布団にぎゅむぎゅむと押し付けんばかりに力を入れるのは桂である。

「まあいい。とりあえずは新八くんはまた横になるんだ。急ぎ医者に診せることにしよう。後遺症でもあったらいけないからな。そして可能なら、今すぐ食事を摂ってくれ。新八くんは三日間も何も口にしていない」

 そんなお母さん的な助言には、さすがの多感な十代だとて素直に頷くのみだった。こっくりと頷いて、その途端にきゅうぅと鳴いた己の腹に手を這わせる。

「あ……ハイ。そう思ったら何かお腹空いてきました。盛大に」

 まるで重病人かのように桂が恭しく掛け布団をかけてくるのを眺めつつ、新八はこそっと笑う。意識した途端に腹が減るだなんて、健康体もいいところである。
 そんな少年を見ていたのは、もういつもの表情に戻った銀時だった。

「ほんっとさー……新八くんよォ。てめえ三日間も昏睡状態だったくせによ。今にも病院に担ぎ込まれそうになってたんだぞ、新八は。それを、いきなり起きたと思ったら高杉に延々と愛の告白ってか?」

 再び寝そべった新八の額に手を置き、優しく撫でる。でもその言葉に含まれたからかいには、全力で反応してしまうのがガラスの十代なのだ。

「や、止めろっつーの!僕は今物凄い後悔してるんですからね!十代の頃の黒歴史って案外一生心に残ってるんですからね!そこはもう放っといてくださいよ!」
「いや知らねーよ、てめえの黒歴史誕生の経緯とかよォ。どうでもいいわ。でも後悔っつーのは、高杉の意見を聞いてからでもいんじゃね?」

 赤面で言い返した新八を笑い、銀時が高杉をくいと指差す。新八はまだ訳も分からぬまま、しかし高杉とは決して今は目を合わせられなかった。
 自分がどうやら奇跡的に生還を果たし、こうして皆に心配をかけたことは分かるが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしかった。

「え?あ……う、うん」
「そんで新八は……てめえをすげー心配してた俺に対するご褒美、てか詫びの品もちょーだい」

 新八がおずおず言うのと同時に、銀時はいつもの調子でニッと笑う。でも『詫びの品』なんて改めて言われたところで。


「えええ?どんなですか」
「んー。こんな」

 クエスチョンマークを盛大に浮かべた新八の唇に、身を屈めた銀時の唇がちょんっと重なったのはその一瞬後のこと。

「ぎ、銀さんんんんんん!?」
「テメェ……何してやがる銀時」

 かああっと頬を染める新八と、ダンッと素早く片膝をついて凄む高杉を交互に見て、銀時は唇に人差し指を軽く置く。別にィ、なんていかにも人を食ったような笑みで。


「いや何って。キスだろキス。チューしただけ」
「だけじゃねェ、それだけの問題じゃねえ。テメェもう新八に手ェ出すな。触るな近づくな、目も見るな」

 ガルルルと唸る高杉をいなすように、銀時は淡々と喋る。そりゃあもういつものように、人の恋人にチューをかました事なんてまったく悪びれもなく。

「いいじゃねーか、自分はもっと凄えことしてるくせに」
「俺ァいいんだよ」
「良くねーよ。俺にもさせろよ」
「嫌に決まってんだろうが」
「いいやする、むしろ今後は舌を入れていく」
「ふざけんな。誰が許すか」
「誰がって、べっつにお前みてーなクソチビの許しとか銀さんには必要ねーし。俺と新八だぞてめえ、チビの知らねえ既成事実なんざこちとら山のようにあんだよ」
「……。オイ……とりあえず表出ろやクソ銀時」
「あん?なにその目、やんのかよコラ。上等だよプルトップが。今日こそベッコベコにへこましてやっからな」

「いや待って、何でアンタ達はいつも僕を無視して当の僕の利権を延々と争うんですか。とりあえずアンタ達は僕に人権を返せよ、そして即座に喧嘩しだすのをいい加減止めろよ!」

 物凄いような目で銀時を睨む高杉と、それとは反対に何となく楽しげな銀時。
 そうやって対峙する両者にツッコむ新八の声だってもう物慣れたそれだ。まったくもー、なんて嘆息で締めくくるのもいつもと同じ事。そんな三角関係の構図は、こうなった今もまったくもって変わらないのだ。


 そして三人がそうなら、それは三人を見守る桂と坂本だとてお馴染みのテンションである。


「アッハッハ何この三角関係!野郎ばかりで痴情のもつれもいいとこじゃあ!銀時も引かんからのう、こりゃ今後もまっこともつれるばかりよ」
「全くだな……これほどにこの三人が爛れているとはな。今後は俺がもっと厳しく、高杉と銀時を公平にジャッジメントしていく必要がある。重責だ」
「せっかくじゃ、わしらもデキてみるっちゅうんはいかがなもんぜよ。ほらほら、ヅラもチューくらいグイッといっとおせ」
「巫山戯るな坂本。グイッといける筈がないだろう貴様、何を一気飲みのように軽いテンションで俺に勧めている。俺にも選ぶ権利はあるぞ」
「ったく、何ちゅう可愛げがないんじゃ。もうちっくとわしに甘くなってもええんじゃないかのう、おまんは」


 一部はお馴染みで、また一部はどうにも馴染みのない言い合いを交わす五人の若人たちを、朝陽が優しく照らし出している(いや優しく照らされてんのにお前らときたら)。
 

Many Classic Moments53

*まとめ*





「……高杉さん、す、き……」

 その言葉。口にすればたった二文字で、短く、簡素で、だけど高杉がどうしても口にできなかった言の葉。

 高杉に向けて確かに新八が言った『すき』の言葉に、その言葉が持つ意味に、高杉が目を見開く暇もなかった。だって高杉の耳に新八の声が届き、脳みそに到達した途端、当の新八が急にガバッと飛びついてきたからだ。


「高杉さん!大好き!!」

「「「「!?」」」」

 新八の放った声に、またもや四人全員が息を飲む。
 不意打ちでタックルをかまされたも等しい高杉は、畳の上に盛大に尻餅をついた。でも辛くも新八の身体を抱き留め、その重みをしかと抱き締める。
 しなやかな身体を抱くと、鼻先を掠める新八の匂いがある。その体温と、変わらぬぬくもりがある。

 いつだって高杉を落ち着かせた新八の鼓動は、ちゃんとその身体の中でドクドクと脈を打っている。熱く、確かに息衝いている。


「……新八」

 どれだけの想いを込めたか分からないような声で、高杉は長く長く息を吐いた。声に滲んだ想いがもう何かなのかなど、最早この場にいる全員に知られていよう。けど、もうどうでもいい。新八がまた自分の名を読んでくれたことに比べたら、果てしなくどうでもいい。

 でも、ありったけの力でぎゅうぅと抱き締めると、

「バカ!新八が潰れるわ!」

銀時に叱られたので、慌てて力を抜く。だけど新八を抱き締める腕は解かなかった。決して離しはしないように、それでも気持ち分だけはそうっと抱く。

 高杉の腕の中で、新八は泣いていた。一向に目は開けぬのに、ひぐひぐと啜り泣き、えぐえぐと喉まで鳴らしていた。
 
「うぅ……ひっ、ひぐ、す、好きぃぃぃ……高杉さん、好き。大好きィィィィ……」

……そして恥ずかしいことに、幾度となく高杉に告白していた。何度も何度も「好き」と呟き、えぐえぐと鼻をすすっている。その盛大な告白には、高杉の頬こそ赤らんでくる始末である。

「好きですぅ……ぼ、僕のこと、高杉さんが好きじゃなくてもいい。僕の身体しか目的じゃなくても」
「いや……何言ってんだテメェ。誰がお前の貧相な身体なんざ……いいから黙れ」

しかしながら、その告白が突如として変な方向に行ったものだから高杉もツッコまざるを得なかった。けど新八はと言えば、まだ健やかに瞼を閉じたままだ。起きているのか眠っているかも分からない。

「僕が、な、何回嫌って言ってもやめてくれないし……僕のことすぐひっくり返すし、際どいところでばっかりキスしてきたり、」
「だから黙れテメェ、聞いてんのか。むしろ殺されてェのか」
「それでも高杉さんが!好き!……そ、そんなにクソ野郎でも好きなんだよボケェェェ!!」

しまいには高杉が極めて仏頂面になった辺りで、新八はようやく言葉を切った。啖呵なのか告白なのか、もうその言葉からではよく分からないにも程がある。

 なのに。


「いっ、意地悪だし、ワガママだし!地味だのガキだの言って僕のこと苛めるし!僕の話なんて徹底して聞きゃしない!危ない事ばっかりしてるし!……なのに、なのに、アンタほんと不器用。僕の見てないところでだけ、僕に優しくすんのやめて……」

 次に勢い込んで語られた言葉は、到底高杉への罵りではなかった。新八はぎゅうぅと高杉の胸にしがみつき、己の気持ちを吐露していく。

「好きになっちゃう……」
「…………」

今度こそ高杉は何も言えなかった。新八はいつだって素直な少年だが、ここまで素直に高杉への気持ちを語る新八の言葉を聞いた事なんて初めてで──その必死さに不意に胸が軋んだせいだ。ズキンと刺すような痛みが走る。
そして、こんな痛みを抱えていたのは、どうやら高杉だけではないようだった。
 
「伝えればよかったよ。あんな事になるなら、僕の気持ち、アンタに……好きだって……ほんとはずっと前から、僕は……」

ずびずびと鼻を啜りながらだったが、新八はようやく言い終える。言い終えたあとは満足げに寝息を立てていたが、新八は確かに言った。自分は高杉に惚れているのだと。


 高杉が新八に惚れているのと同じように。



 今の新八の言葉を聞くにつけても、新八が持つ高杉への想いは一目瞭然だった。恥ずかしいほどにこの場の四人には知れ渡った。それにはやはり何故か頬を赤らめた桂が、ゴホンと咳払いをしている。

「……し、新八くん……泣いているのか?意識はあるのか、むしろこれは寝ぼけてないか?しかし起きてすぐ高杉に飛びつくとはな。これだから最近の十代の性の乱れは……」
「しっかし……何ちゅう大胆な告白じゃあ。ある意味男らしいぜよ、新八くん。ちゅうか高杉もコソコソ何しとるんじゃ。何を物陰でしっぽり決め込んどるんじゃ、やらしいにも程があるきに」

こちらも頬を僅かに染めた坂本が、チラッチラッと思わせぶりに見やってくる視線が高杉には鬱陶しくてならない。そして新八の言葉を余すところなく聞いていた銀時と言えば、ぽりぽりと頬を掻き、大いにぼやいた。

 ハアァとこれみよがしのため息を一つ追加してから。

「……つーか何これ……完全に寝ぼけてるよ、新八。昏睡状態って感じじゃねーし、完全に三日間寝こけてた感しかねーし。俺の真剣モード、てか葬式前みてーな俺らの緊張感を返せや。無駄に胸倉掴み合ったり、無駄に怒鳴り合ったりしてよォ、アレは何だったんだよ?茶番かよオイ、これでマジ一気にだらけたわ」

 銀時の声に同調するように、まだ目を開けぬ新八の顔を桂が覗き込む。
 高杉の腕の中で新八はまだ何かむにゃむにゃと言い掛けていたが、今は穏やかな顔だった。まるでずっと胸につかえていた言葉をやっと吐き出せたかのように。

 そんな新八を見ていれば、そして新八を抱き締めたままでいる高杉を見ていれば、文句を言っていたはずの銀時だってもう笑わざるを得ないのだ。
 ふっと微かな笑みを浮かべて腕を伸ばした銀時は、新八の黒髪をわしゃっと撫ぜる。無言で高杉と目を見合わせたが、もう何も言うことはなかった。

 桂はまだ何か言いたいことがあるようだったが。


「ああ……完全に寝ぼけて、だが訥々と高杉の性癖まで語らっていたな。高杉は際どい所で延々と新八くんに接吻すると。延々と新八くんの唇を求めて止まない、と」

と言えば、同調するように坂本が頷いた。

「高杉は……新八くんをすぐひっくり返す、か。何ちゅうか……バックがやりやすいんじゃろうな」

と頷けば、やはり銀時の胸には次第にふつふつとしたものが去来する。

「まあ位置的にな。……てかもうムカつくわ、やっぱムカついてきたわ。俺に隠れて何やってんのお前らァァァァァァ!!新八は嫁に出さねえ!どこにも!」

ほんの少し黙っていただけでもう口さがなく言い募ってくる銀時を眇めた双眸で見やり、高杉は渋々と口を開いた。

「……テメェら……とりあえず俺に刎ねられろ。今すぐ全員首晒せ」
「ざっけんなよ!何でてめえだよ!てめえこそ俺に首寄越せや!てめえの頭蓋骨に金箔貼って、織田信長ばりに美味く酒を飲み干してやんよ!」

何となく言いづらそうにする高杉に向き直るのも、ツッコむのも当然の如く銀時なのである。かつての逸話を持ち出してまで怒っている。高杉はとりあえず目を逸らしている(お前)。
だけれど、そんな銀時の剣幕はそうも続かなかった。突如としてパチリと目を開けた新八が、寝ぼけ眼を擦りながら顔を起こしたからだ。


Many Classic Moments52

*まとめ*




「!?……オイ!」
「あ?急に何だよ、そんな鬼気迫る顔して」

 急ぎ銀時の顔を見ると、いかにもポカンとした間抜け顔で返される。銀時には聞こえてないのだ。それにふざけんなとばかり銀時の胸倉を掴み締めた途端、またしても高杉の頭に声が響いた。


──銀さんっ!!僕だよ!


「銀時!オイ、聞いたか今の!」
「はあ?何のことだよ、てか痛えんだけど。離せよオイ」

またも聞こえた声は、確かに新八のものだった。なのに銀時はやはり胡乱気な表情を崩さない。物凄いような力で高杉に握り締められている己の胸元を見下ろし、やれやれと言わんばかりだ。
 確かに新八を急いで見ても、新八の姿はさっきとは殆ど変わっていない。目は閉じられたままだし、高杉が掴んだ手もだらりと力なく下がったままだ。
 それなのに。


──桂さんんんんん!僕です!


「ヅラ!!これだよ!銀時の馬鹿には聞こえずとも、テメェには聞こえただろうが!」
「む?何を言い出す、藪から棒に……俺には何も聞こえんぞ」

今度は銀時ではなく、新八の声は桂の名を叫ぶ。だが高杉がどれだけ訴えようとも、桂は新八の声には気付かない。不思議そうな顔で高杉を見返し、むむむと唸るばかりである。


──坂本さーん!僕だよ、ホラっ!マジで僕ですよ!!


「辰馬!テメェ聞こえねえのか!?」
「高杉……おまん、あまりにも寝てなさ過ぎて、ちっくとおかしくなっちゅう。そろそろマジで寝んとのう」

 ここまで来たら結果は見えていたが、やはり坂本にも新八の声は聞こえていなかった。しまいには高杉の奇行が睡眠不足のせいだと断定し、怪訝な顔をしているだけだった。

 銀時や桂、坂本にはこの声は届いていない。新八の声が確かに今、聞こえたのに。

「ふざけんな!今……新八の声がしただろうが!」

 高杉は悔しさのあまりにドンッと拳を壁に叩きつける。凄い力でぶっ叩いたあまりにパララララ……と壁の破片が畳に散ったが、そんな事はクソほどどうでも良かった。問題は今の新八の声だ。その声が聞こえていない様子の、この三馬鹿の頭の中身だ。


「いや……普通に聞こえてねーけど。お前大丈夫?幻聴?お前が新八のこと、そんだけアレなのは分かんだけど。お前もまあ『そういう時期』だしな、突然大声出したり、突然掴みかかって来たり、人とは違うものが聞こえるアピールで皆の気を引いたりする、いわゆる中二病的な」

と返すは、胡乱気な顔をした銀時(銀さん)。

「ああ……やはりアレか。高杉はそういう時期か。そろそろ新八くん恋しさで幻聴が聞こえ出したんだな?まあ、物心ついた頃から高杉にはその気はあったがな。何やら思わせぶりなセリフを突然放ったり、雷の鳴る空を睨んでは『来る……!』と呟いていたりな。そんな高杉が更におかしく……」

と心配するは、やれやれ顔で頬に片手を当てる桂(桂さん)。

「なんじゃ高杉、そこまで思い詰めとったがか?まっこと阿呆な奴ぜよ。新八くんがそんだけ恋しいなら、さっさ素直になっとけば良かったんじゃ。プロポーズでも何でもしとけば良かったゆうに、おまんもよっぽど不器用じゃなあ」

と嘆息するは、したり顔で高杉の不器用さを指摘する坂本(もっさん一番マトモっ)。


「テメェら……いい加減にしねえと斬るぞ。誰が『そういう時期』だ、誰がいつそんなもんに突入した」

 そして、そんな戦友……もとい、悪友達を物凄いメンチ切り顔でガン睨みしているのは高杉である。己の中二的マインドを少しも疑わず、むしろ食ってかかって行くのは高杉でしかなかった(そろそろ気付いて)。
 だがしかし、そんな三馬鹿に延々と問いただしていても埒があかないとは分かる。だから高杉はもう三馬鹿を気にせず、眠る新八の上に屈み込んだ。少しでも聞きやすいように新八の唇に近付き、その滑らかな頬をそうっと撫ぜて、静かに問う。


「……新八。テメェ……俺に何か言い掛けたか?何か……俺に言いたいことがあんじゃねえのか」

 静かに。
本当に今はただ聞きたいから、新八が高杉だけにしか聞こえない声を放った理由を知りたいから、それだけを問うた。こめかみが痛くなるほど真剣に、真摯な眼差しで。

 すると、高杉の問いかけからほんの少しの時間を置いて──新八の唇が微かに動いた。


「た……す、ぎさ……」

「「「「!?」」」」

蚊の鳴くような声だったが、今度は確かに全員に聞こえた。ちゃんと聞こえた新八の声に、銀時も高杉も、坂本も桂も、皆が皆一斉に顔を見合わせた。


「ちょ、オイ!今何か聞こえた!新八が何か言った、クララが立ったァァァァァァ!」
「俺もだぞ銀時!確かに聞こえた!新八くんが、限りなくか細い声ながらも新八くんがァァァァァァ?!」
「ちょちょちょ、どうなっちょるがか!?え?!これマジ?!新八くんが、な、何か言っちゅうぅぅぅ!」

 泡を食ったようにテンパる銀時の肩を、興奮のあまりバンバンとぶっ叩くのは桂である。そしてそんな桂と銀時、二名の肩に手を置き、うっぎゃあああと雄叫びを上げるのは坂本だった。  
 だからそうやって叫び回る三馬鹿を睨み付け、地を這うような声で威嚇するのは高杉の役目なのだ。

「……黙れテメェら。うるせえ……新八の声が聞こえねえ」

高杉に威嚇され、銀時も桂も坂本もハッと息を飲む。そして、今度は四人揃って新八の顔を見た。その声がまたも聞けるのではないかと、今か今かと待ちわびた。


「たかすぎさん……」

果たして、新八の唇は確かにまた動いた。目だけは開けぬが、確かに新八は言ったのだ。実に三日ぶりに高杉の名を呼んだ。それだけでやんやと沸き立つのは四人の野郎共である。
右から高杉、銀時、桂、坂本の順番で。

「新八!」
「新八ィィィィ!!??やっべえェェェ!!」
「新八くん!なんて事だ!」
「おお!こいつはまっこと新八くんじゃ!」

未だに目だけは開けぬが、新八は確かに喋った。そして四人の興奮も冷めやらぬままに、またも唇は動き、微かな言葉を紡ぐ。

「高杉さん……す……」

「え?“酢”?酢ってなんだよ、新八。腹減ってんのかよ」
「いや、今のは“巣”だぞ銀時。新八くんは……きっと卵的なものを温めたくなったんだ。違うか?」
「いやいや、“素”じゃろ?いくら新八くんでも抱卵はせんと思うきに、何言っちゅうがおまんら」
「はあ?何言ってんのはてめーだわ、新八だったらするかもしんねーだろ。抱卵とか産卵とかご懐妊とか、俺のガキとかよォ」
「何を言うは貴様だぞ銀時、全くお前は昔からその手の世迷言をペラペラと……男子が妊娠するなど聞いたことがないぞ。神話でもなしに」
「まあまあヅラ、要はアレよ、銀時も銀時でぐつぐつぐつぐつ煮詰まり過ぎなんじゃ。残念な方向に拗らせ過ぎちゅう。このまま銀時を新八くんと一緒にしとくのはマズイっちゅうことぜよ」
「はっ!?何がまずいんだよ言ってみろてめ辰馬ァァァァァァ!!」

新八の微かな声に被せるようにドドドと喋る三馬鹿に対し、我先にと見解を喋りくる三馬鹿を前に、高杉がチャキと刀の鯉口を切るのは時間の問題である。やはり物凄いキレ顔でメンチを切るのも。

「オイ……だから黙りやがれテメェら。今から一言でも喋ったら、次は問答無用でテメェらの首を刎ねる」

 だけども、高杉がバッサリと言い捨てた瞬間だった。新八の唇が僅かに動き、その言葉を紡いだのは。



.

Many Classic Moments51

*まとめ*



*



 小部屋に作り付けられた窓からは、眩しいばかりの朝陽が燦々と差し込んでいる。その朝陽に照らされた少年の白い頬を見ていた桂が、不意にポツリと呟いた。

「今日で新八くんが意識不明になってから三日目……か」

 半ば穏やかな表情で懇々と眠り続ける新八とは対照的に、新八の枕元に座する桂の表情は暗い。それもその筈で、既に今日がリミットの三日目を迎えたのだから尚更だった。
 新八が意識不明となってから、今日で三日目を迎える。それすなわち、新八をこの山城から離れた病院に担ぎ込む、との約束を医師と交わした期日が来たと言う事である。ずっと目覚めぬ新八をこのまま、この戦の前線に置いてはおけぬ。このままにしていていいはずがない。
 だけれど、そうやって新八がこの場から離れると言うことは何を意味するのか。

 今この場に居る桂も銀時も、坂本も高杉も、誰も何も言わぬが……各々の胸にはひしひしと迫り来る“その時”への覚悟や、抑えきれぬ想いが満ち満ちていた。

 そんな想いを一手に受けるように、桂が重々しいため息を吐く。新八が昏睡状態に陥ってからずっとこの部屋に詰め、ろくろく睡眠も取らずにいた男達を諌めるように。

 「高杉……そして銀時。新八くんが目覚めぬまま三日経ったということは、お前達がこの部屋に詰めてからもう三日にもなったという証でもあるぞ。お前達、三日前に戦が終わってからほとんど眠っていないだろう?そろそろ限界だ。お前達も……新八くんもな」

 高杉と銀時の顔を見るが、二人は特に何も言わなかった。だがその目の下に刻まれたくまや、良いとは言い難い顔色を見ていれば、二人が睡眠すらろくに取っていない事がありありと分かる。分かるから、桂だとてもう決断せざるを得なかった。

「……新八くんを、町の病院に運ぼう。他の志士の面々に話して、力を借りるんだ」

そう言って、宥めるように高杉の肩に手を置く。高杉は桂の手を振り払いもせず、だけれど目線は新八の寝顔に固定されたままだ。虚ろにも見える翠の瞳は昏く濁り、うんともすんとも言わぬ。
 坂本はそんな戦友達を見るに見兼ねたのか、心配気な眼差しで高杉を窺う。

「……大丈夫じゃ、高杉。もう向こうの病院にはわしが話を付けてあるきに。新八くんはもう三日も何も口にしとらん。医療の整った施設に移して、点滴なり受けた方が絶対にいい。おまんも分かっちゅうがや」

 坂本の穏やかな言葉に促され、頷いた桂は新八の身体に掛かった布団を捲る。そして新八の身体をそうっと起こしかけた。

「さあ……高杉。もういいだろう。新八くんを……」
「新八に触んじゃねェ」

 だけれど、次の瞬間には高杉の手がそれを払う。容赦なくバシッと振り払われた桂を見て、しかしいきり立ったのは当の桂ではなく、傍らにいた坂本の方だった。
 高杉の着流しの胸元をぐわしと掴み、間近で怒鳴る。

「高杉っ!!おまんはまっこと……この分からず屋が!おまんだけじゃない、銀時もヅラもどんだけ我慢しゆうと思っちょる!?限度位わきまえいや!」
「っ……離しやがれ」

 いつだって高笑いをしている筈の陽気な男がブチかました、真剣な怒声。高杉の胸倉を掴み締める手に血管が浮かぶほどの痛切なその力。なのに高杉はギリッと唇を噛み締め、坂本の手を強引に払っただけだ。
 
「新八くんを本当に死なせる気か!わしらの近くに置いとけば、必ずまた新八くんは戦に巻き込まれるんじゃ!その時になって新八くんが動けん、目が覚めんなら、誰が新八くんを護る!?」

 振り払われた坂本は全く動じず、懇々と続けた。その言葉は今まで誰もが言い掛け、飲み込んできた言葉そのものである。誰もが懸念したが、懸念するが故に口にできなかったものだった。
どれだけ大事でも、どれだけ絆が深かろうとも、この戦場に植物状態の人間を置いておける筈はないのだと。

 しかし坂本の憤りを鎮めるように、高杉と坂本の間に突然すいっと割り入ってきたのは銀時だった。静かに両者の顔を見てから、最後は新八に目を止めて。

「俺が護るよ。新八が一生このままでも、俺は新八を護る」

 静かだがきっぱりと言い切ったその声と、銀時の真っ直ぐな瞳には、いくら桂だとて動揺と驚きを隠せない。

「銀時……お前よもや」
「うん。俺が新八を病院に運ぶわ、ヅラ。あとの事は任せたからな」
「お前はまさか、そのまま前線から遠のくつもりか?」
「ああ。だって仕方ねーだろ。新八を独りにできねえ……したくねーんだよ。新八と離れたくねえ」

 桂は焦りを浮かべながら銀時を見やるが、もう銀時を止められなかった。
 しかし銀時の表情は平静に凪いで、ごく静かなものだ。怒声を上げるでもなく、焦っている訳でも何でもない。だからこそ、もう己の考えを変える事は銀時にはないのだと誰もが分かった。理解した。

 だいたいにして、決意を固め切った銀時を止められる者などここには誰も居ないのである。

「だから……もういいだろ、高杉。新八から手ェ離せよ」

 銀時は呟く。そして、いつの間にか布団からはみ出た新八の手を掴んでいた高杉に言及した。だれけど、高杉は新八の手を放さなかった。いや──放せなかったのだ。

「ふざけるな。コイツは……新八は、」

話しながら、新八の手をぎゅうぅと握る。己の手を握り返してくれる事はないが、新八の手は暖かった。

高杉の手を握り、こっそりと指を繋いで、時には高杉をそうっと抱き寄せ、高杉の怪我を必死に手当てしていた、新八の手。
最後は崩れ行く崖から高杉を突き飛ばし、高杉を護ったその手を、高杉はどうしても放せなかった。


 銀時は高杉の気持ちが分かるのか、ふうと軽いため息を吐く。

「てめえにはまだやる事があんだろ。この戦場で鬼兵隊動かしてけよ。鬼兵隊の総督はてめえにしか勤まらねェ」

 銀時の声は穏やかで、どこかに優しさすらあった。いつもの銀時らしくない声音。なのに高杉は、だからこそ今は銀時の目を見ることができない。

「俺ァ……このまま新八の近くに居る。俺にしかできねェ、俺にしか言えねえ言葉を、まだコイツに伝えてねェ」

 できない代わりに、新八の手を再度ぎゅうぅと握った。暖かな手を握って新八の顔を見ると、少し、ほんの少しだが……新八の瞼がピクと動いたような気さえする。

それが己の勘違いでもいい、今は。今だけは。

「まだ言えてねェんだよ。邪魔すんな、クソ銀時」


 新八に伝えたい想いがある。新八に伝えたくて、伝えられなくて苦しみ悩んだ気持ちがある。だから。


(目ェ覚ませクソガキ。俺を放っておける筈がねえとテメェが俺に言っただろうが……誓ったじゃねえか。俺を置いていくんじゃねェ)

高杉は神も仏も信じていない。元よりそんなものに頼らずとも、高杉は己の剣を信じている。己に剣と侍が何たるかを教えてくれた師こそを、まず信じている。
だが今だけは必死に祈った。何でもいいからコイツを助けろと。

(今度こそ俺を地獄に落としていい。俺の魂なんざ鬼にでも悪魔にでもくれてやる。俺がおっ死んだ後は好きにしやがれ。だから……コイツは)

 新八がこのままで目覚めずにいて、いい訳がない。高杉の気持ちを聞かぬまま、それに返事を寄越さぬまま、こうして眠り続けていていいはずがない。
 だって新八は自分で言ったのだ。僕がアンタを放っておけるはずがないでしょう、と。

だから高杉もようやく認められたのだ、俺はテメェに惚れていると。



 「うっせーわクソ高杉。何でてめえはこうも聞き分けねーんだよ。ガキの頃から変わんねーなオイ。だから、もうそれが無理だって……」

 高杉の必死な眼差しに何かを思い至ったのか、銀時はまたもため息を吐いていた。ガリガリと頭を掻き、ごく静かに吐き捨てる。
 だが、銀時のけったいな言い分に高杉が食ってかかろうとした時のことだ。



──……さん!高杉さん!


 高杉の耳に“その声”が聞こえてきたのは。




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