神風
クロッカス(フレユリ)
2012/02/20 17:24
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何時間敵を斬りつけて、こうしていただろうか。
体中がズキズキ鈍い痛みを響かせ、その痛みはまるで悲鳴を上げているようだ。

我慢しろ…!と、何度も頭で繰り返し、歯を食いしばる。ほんの少しでも動かすだけで電流が走るような激痛だが、今見つかったら対処など出来ない。確実にお陀仏だ。
そう自分に言い聞かせ、全身に鞭を打つように引きずりながら歩く。まるで道しるべのようにぱたぱたと地面に落ちる己の血は、かなりの傷の深さを物語っていた。だが、そんな物気にしている暇はない。今はとにかく少しでも体が休まる場所が欲しいのだ。


大きな岩陰にもたれたユーリは、周りを見渡した。周りは自分が斬り伏せた狼のような魔物の死骸と、生臭い匂いを発している血しかない。フッと全ての神経が機能を停止したかのように座り込む。もう立てる気などしないほど、体が痛みを訴えていた。

「…っ」

まだ魔物が居るのを匂わせているこの場所から少しでも離れるのが得策なのだろうが、生憎自分にはその力は残っては居なかった。

「いてぇ…」

敵に囲まれたときにとっさに庇った左腕は、ずっと重い剣を握っていたせいか酷く痺れ、鉛のように重い。握る力さえ残ってなどいない。
左腕を庇った時に噛まれた右腕は激痛で感覚が麻痺し、付いているかもあやふやだ。足に関しては、先ほどまで立って歩いていた事が不思議なほど傷付き震えている。自分はこの敵の巣を脱出できるのかと思うほどに意識は曖昧だ。


「死ぬ、かもしれねぇな。」

自分自身のことなのに、全く現実性が感じられない。他人事のような気持ちしか感じられない。


ことの発端は何だったんだろうか。

…フレンと会う約束の前に…そう、確か凛々の明星に物質調達の依頼がきたのだ。帝都近くの森で、さして珍しくない木の実と、強くはない敵。何よりフレンと会うのに丁度都合が良かったため、ユーリ一人で引き受けた。
大体、前日まで働き詰めだったカロルとジュディスは疲れ切っていたし、ラピードも同じ状態だったから、そんな皆の手を煩わせることもなかったのだ。
油断した…というよりは、魔導器が無くなったことにより、恐らく環境が変わったのだ。敵のレベルは上がり、そして群で過ごし、そこに巣を作っていた。




「本当馬鹿だよな…」

こんなとき、自分の意地っ張りっぷりに酷く後悔する。
本当はユーリ自身、皆と同じぐらい疲れていた。体は休息を求めていたのだ。だが、皆の疲れ切った顔で行かせたくはなかった。それに、もしかしたら皆も同じ目に…と思うと、まんざら自分に当たったのは悪くない。


「ゲホッ…」
むせた流れに任せると、新鮮な血が口から吐き出される。
「…。」
自分はもうどちらにしても長くないのだ。

いよいよ、ただでさえ途切れ途切れだった意識は白く薄れてきている。

酷い体力の消耗と、溢れるように流した血、連日の疲れに、体の痛み。

ここで寝てしまったら、先ほど逃した魔物が帰ってきたときに殺されるだろう。運良く見つからなくても、この体ならいつ死んでもおかしくない。
もちろん、ここで死にかけた状態のまま居ても、いずれ血の匂いを嗅ぎつけて殺される。
この場を離れたとて、歩くのもままならないほどに体の自由は利かない。別の魔物に襲われるか、倒れて死ぬかのどちらかだ。
どれを選んでも死しか待ち受けていないのなら、いっそ寝てる間にサクッと殺られた方がこちらとしてもありがたい。

空を仰ぐよう岩にもたれかかり見上げると、自分の現状が嘘のように晴れ晴れとした青空。それはまるで親友で恋人の彼の瞳のようだ。

「…フレン」

オレと同じ状況に陥ったらどうする?お前なら持ち前の臨機応変力でなんとかしそうだけどよ。

死ぬとき最後に浮かぶ顔がヤローの顔なんてと、自分に呆れつつも、まぶたを落とした。近くで魔物のうなり声が聞こえる。どうやらお迎えのようだ。


ザリっと地面を踏み、走ってくる音が聞こえ、自分の目の前まで来たであろうところでぐっと歯を食いしばった。



「っ、ユーリ…!」


ふわりと落ち着く匂いが、血生臭い匂いに混じりユーリの鼻を掠めた。勢いのまま重いまぶたを空けると、ちかちかと目を覆いたくなるような強い黄色が目に入る。

「…フレ、ン」

完全に意識を落としかけたとき、酷く傷付いた右腕をグッと引っ張られる。
あまりの痛みに吐き出した嘆きは、同じくユーリの意識を戻すのに十分だった。
「…いっ…!」
「しっかりしろ、ユーリ!」

そのまま担ぐようにフレンの首へ腕を回された。
この敵だらけの巣で、足手まといのオレを担いで帰ろうというのか、コイツは…!

「ば…っか、オレは…」

何が言いたいのか察したフレンは、わざとユーリの痛む傷を触った。痛みに動けず、フレンにされるがままになる。

「…このぐらいで倒れる奴だったかい?君は。」

ユーリの顔を見ずに呟かれたその皮肉混じりの言葉は、微かな震えの中に怒りを含ませている気がする。コイツは怒っているのだ。
ユーリの自暴自棄に腹を立ててくれている。コイツはオレを本気で心配してくれているのだ。

何故だかわからないが、途端に元気が出た。どこに残っていたのか、力が沸いてきた。目の前が色を帯びた。嬉しい、オレは嬉しいのだ。

「んなこと誰も言ってねぇよ…」

「じゃあ、最後までシャンと歩け。お説教は君がちゃんと治療受けてからだ。」



ーーーーー君が無事でよかった。


ユーリの体を支え、歩き出したフレンは、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、確かにこう呟いた。

「ははっ…さんきゅ。」


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