ナツキちゃんと知り合ったのは
空の色が濃い青から透けた水色に変わっていく季節
ただ何となく
暇潰しに某掲示板を漁っていた時
ただ何となく
いつものように浅く終わるだろうと思っていた一行の文章が
まさかあんなに深く濃く短く長い時間になるなんて思わなかったんだ。
夏舂月
10年以上も前の事なので久しく忘れていたよ
そう
夏舂月でなつきと読む
意味は…
夏の月灯りの下で穀物を舂つ…
今でも中二病を発症する僕ですので、意味はあまり考えておらず←
只、漢字を並べただけと云ういかにも無知な中高生
夏舂月で歌詞を書いた
書いて曲作って歌ってライブして
紫のピチピチTシャツ野郎との曲作りやライブが楽しく、高校は辞めようかな…と思っていた矢先
巨熊赤カブトより恐ろしい眼光とボイスで、母方のクレイジー爺が語り始めた
爺『お前は将来は華道だべ?』
※クレイジー爺は東北弁、流れ星銀の武田のじっ様を想像して頂けたら幸いです
クレイジー爺は語り出すと同時に、一升瓶を僕に投げていた
ピッチャークレイジー爺のコントロールは的確だ
見事僕の額に命中しやがった
そして驚いた事に、クレイジー爺はうずくまる僕の指に一升瓶をグリグリ…グリグリグリグリグリ!
と、強く転がし終いには指の関節に一升瓶を叩き付けてきたのだ…!
ボキッ
僕の指にヒビが入った
骨折じゃないのが不幸中の幸いであろう
それから暫くは
ライブで包帯を巻いてステージに立っていたが、メンバーにスタッフ、関係者、誰も僕が怪我をしている事に気付かない日々が続いた。
指定されたドーナツショップで僕はアイスウーロンティーを飲んでいた
カラカラと氷を鳴らしては、待ち合わせ時間をとっくに過ぎているにもかかわらず訪れない人物を、ドーナツショップの入口付近の席から外を眺め探しつつ待っていた
やっと現れたその人は…
言葉を失う程に超越したファッションだった
紫色のレディースサイズのピチピチのTシャツに、まるで夏休みに好奇心で脱色したような金髪
そして靴は安全靴だ
これだけで僕は卒倒しそうになったが、彼の出で立ちより遥かに凄い彼の車が、大型ショッピングモールの駐車場にあった
(乗りたくない…)
そう思ったが、まだ純粋な心が残っていた当時の僕はそっと心の扉に厳重な鍵をかけ笑顔をふりまいた
その彼と長年の付き合いになるとは、この時は想像すらしなかった
『…何かさ…キミは兎さんみたいだね?』
何を見てそう思ったのか、10年以上時を経た現在でも皆目解らない
そして、その数ヶ月後には
『てめーは猫だな、くそ猫野郎
と言われたが、この事に関してもどの辺りがくそ猫野郎なのか解らないままである
それから約2ヶ月
僕はナツキという名前でライブハウスのステージで歌っていた。
1999年の夏
ナツキちゃんが死んだ
地元の世間とズレた七夕の喧騒が嘘のような病院の中の一室で、これもまた死因とは嘘のような姿で息をしていないナツキちゃんがいた
ノストラダムスの予言と2000年問題が話題のその年の夏
世界中を恐怖で苦しめた嘘吐きと、恐怖とは別の倦怠感と惰性と諦めに近い現実が交差する年の七夕
そんな全てが嘘のような晩に
ナツキちゃんが嘘のように消えていった
『死んだ兄が使ってた名前がナツキなの。本当の名前は薄れないけれど売れもしていなかった俳優の芸名なんて忘れちゃうから今は私が使っているのよ』
知り合った頃に何となくした会話
ナツキちゃんの双子のお兄さんは俳優だったらしい
泡沫でしかない記憶を手繰って握った手は普段より冷たくて
凍らせた花のように強く握り締めたら割れそうで
やっぱり僕は泡沫でしかない記憶を手繰っては思い出し
この嘘のような始まりと終わりと始まりを
漠然と考えては振り払って
泡沫の思い出話と始まりと終わりと始まりを振り払う事を繰り返していた
外の世界はやっぱり嘘のように騒がしい
もしかしたら、此方側が嘘なのかもしれないな…
そんな事を思いながらまた息をしていないナツキちゃんの手を握った
数年後
僕はナツキちゃんと同じように
この名前を勝手に拝借した。