あ、埋められる。
穴の中から空を見上げて、そこにひとりの少年の姿をみつけたとき、本能的にそう感じた。
綾部喜八郎。
その愛くるしい外見とは裏腹に「天才トラパー」の異名をもつ少年。
その綾部が、穴の入り口(?)からじっとこちらを見つめている。
そしてわたしは今、彼のしかけた落とし穴に落下中である。
「あ…綾部くん」
「はい」
「えと…この穴は」
「塹壕」
「……この塹壕は、あなたが?」
「はい」
「出られないのですが」
「おやまぁ」
おやまぁじゃなくて。
「手を貸してくれませんか」
「わかりました」
「…」
(何なんだろうこの状況…)
差し出された縄をおそるおそる握ると、身体はゆっくり地上へ昇っていった。
最後は半ば抱きかかえられるようにして穴から脱出する。
「ふう」
「…ありがとう…」
(とんだ目にあった…)
「おや」
「?」
わたしが手や身体についた泥を払い落としていると、綾部が声をあげた。
「ここにも泥が」
ぽんぽんと、背中が軽くはたかれる。そういえば抱きかかえられたままの体勢な気が。
「わわわ、いいです綾部くん」
「とれた」
考えれば考えるほどわからない人間、それが綾部喜八郎。
彼の性質は、もはや善悪なんかでくくれない気がする。
「綾部くんは…どうして穴を掘るのでしょうか」
「どうして…?…」
「…」
しばしの沈黙のあと、綾部はぽんと手を打った。
「穴を覗くと」
「のぞくと…?」
「たまにいいものがかかっている」
「良いもの…」
獲物、ということだろうか
「それを見るのが楽しい」
そして今日はわたしがかかっていたと。
「じゃあ今日は、失敗ですか」
「いいや」
「?」
「今日は、だいせいこう」
目の前で作られる、しっかりしたVサイン。
いーのがかかった。
わたしの頭に付いた土を払い落としながら、彼は満足そうに言った。
不思議の国
(かかる、おちる、はまる)
─────────────
なんという強制終了。
「にがい」
彼女が口を押さえてぎゅっと目をつぶった。
「そりゃあ、パセリだからねぇ」
「どうしようほんとに苦い。ね、これ食べてよかったの?」
僕は答えない。
「ねぇ、何だか普通の苦さじゃないよ…薬味っていうか、まるで毒草みた…」
そこまで言って、彼女は何かにはっと気が付いたようだった。
「…まさか、これ…」
僕は何も言わない。
「嘘、うそ、そんな、どうして…」
崩れ落ちそうになる彼女の身体を抱き止める。
華奢な身体は小刻みに震えだし、その顔にはうっすらと汗が浮かんでいた。
ひどく苦しそうに。
(失敗か…)
「ちゃんと、調合したつもりだったんだけどな…」
「い…さく…」
彼女の唇が微かに動いた。
ドウイウコト。
細い喉がヒュウヒュウと鳴るだけで、声にはならなかった。
「僕はやっぱり、忍者失格みたいだね」
最後の最後で情が出た。
あの時に、もっと毒の配合を強めておくべきだったんだ。
ためらったりせずに。
そうすれば。
「もっと楽に、殺してあげられる予定だったのに」
こと切れるまでに、永遠のように長く思える時間が流れた。
だらんと垂れ下がった白い腕は重く、目はびっくりしたように見開かれたままだった。
空っぽの器みたいになった彼女の身体を床に寝かせ、そのまぶたを掌でそっと閉じた。
「伊作、入るぞ」
背後の戸が少し開く。同級生が戸口のところに立っていた。
「終わったか?」
「あぁ。終わったよ」
「ずいぶんと長かったんじゃないのか」
「毒がうまく効かなかった。調合が悪かったんだ」
「…だから最初から毒は使うなって言っただろ」
「そうだね、失敗だった」
「しかし学園長先生も酷な忍務を押し付けてきたもんだぜ」
「しょうがないよ。この人にも原因があったんだ」
「そうじゃない。お前にとって酷な忍務だと言ってるんだ、伊作」
「…大丈夫だよ」
「そうか…なら悪いが、早くここを出るぞ。他の生徒が来ると厄介だ」
「わかった」
「……いいのか、もう」
友人は亡骸のほうを指す。
「いいんだ」
「…じゃあ、行くぞ」
「うん」
「まず俺が行く。伊作は合図を送ったら後に続いてくれ」
「ああ」
友人は素早く外に出てあたりの様子を伺ったあと、こちらに大丈夫だという合図を送った。
僕も早くいかないと。
机の上に残された食べかけのパセリをひと口含んで外に出た。
「…にがい」
「どうした?」
少し前を行く友人が振り返る。
「何でもないよ。すぐにいくから」
きっと、すぐに追い付く。
パセリ
(花言葉=死の前兆)
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新年早々こんな夢でごめんね。
パセリが室町にあるのかっていうツッコミは無しでお願いします。
2011.01