都井岬を知っているだろうか。
そこは野生の馬が生活している、とても珍しい場所。
宮崎県の最南端に位置する。
私の住んでいるマンションから80キロメートルのところ。
車で行くと3時間弱。
春休み、関西旅行がおじゃんになってしまい暇を持て余していた私は、無謀にも思える代わりの旅行を思い付いてしまった。
自転車で都井岬に―
これは、ある一人の、少女というには歳をとってしまったが、若いうちになにかを成し遂げたいと切に願った女の、なんてことはない旅行記である。
自転車で都井岬。
中学生と高校生の間の春休みに熊本市から久留米駅まで行って以来の自転車での遠出。
そのときは70キロメートル、7時間を漕いだのだけれど、雨による体力消耗が激しくて、非常に苦しかったのを覚えている。
今回は80キロメートル。前回の感じから、1時間10キロメートルくらい。8時間見とけばいいだろうか。
それはそうと、一泊しないと厳しいよね。都井岬に着いたら、どこに泊まろうかな。
携帯で検索してみると、都井岬観光ホテルってのが引っ掛かった。ここでいいじゃんと思ったのだが…
都井岬観光ホテル
閉館のお知らせ。
んん?
伝統あるホテルが、よりにもよって私の旅行日のちょうど10日前に閉館だと?
周りに他のホテルも無く、そんなこんなで日帰り旅行を余儀なくされた。
日帰りということは、往復160キロメートルを1日で…?
単純計算で16時間かかる。
私に出来るだろうか?
とてつもない不安に襲われた。
しかし、ここで予定を変える訳にはいかない!
―いや、そんなことは無いのだが、そのときの私は、妙にストイックだった。
誰かに相談したかったが、それははばかられた。馬鹿にされるほか無いと思ったからだ。
しかし、不安は拭いきれず、吉野君にだけ相談してみた。
自転車で、それも日帰りで、都井岬に行こうと思っているという旨を話すと、彼は
「超楽しそうじゃん!」
とだけ言った。
そうだった、奴は自転車で屋久島に行くような男だった。
あまり役に立ちそうにない彼の感想を胸に、その計画はとうとう実行の日を迎えた。
朝6時出発。
…のはずが、前日の塾のバイトのために準備を当日に先延ばししてしまったので、朝からバタバタ。前々から抜けていた自転車の空気もこの時に入れた。
ちなみに自転車、ママチャリ。
荷物、リュック。
格好、スカートにタイツ。
ズボンじゃ暑いと思ったから。
結局、朝8時少し前に出発。
車を買ってからは、すっかりご無沙汰になっていた我がママチャリ。意外とするする漕げる。
幸運にも天気は抜群に良く、見慣れた風景を風を切りながら通り抜けてゆく。
気持ちいい!!
しかしながら、これから16時間漕ぐのだという重圧は私の心の余裕をいとも簡単に奪っていく。
下り坂があるたびに、後ろを振り返っては、「帰りはこれを上るんだ…」と少し重い気持ちになっていた。
考えてみれば、これは普段の生活でも見られる私の悪い性質で、ほど遠く先にある出来事を憂いては、目の前の事を考えられなくなるのであった。
1時間漕いだのち、道の駅フェニックスに到着。
柵の向こうの山の端に猿を発見した。カメラを構えるも上手くは撮れなかった。
それにしても、野生の猿を意図せず見ることが出来る。さすが宮崎と言わざるを得ない。
道の駅フェニックスからは海が見える。ここの堀切峠という峠からは何にも形容しがたい景色が臨める。
濃い青の、綺麗な海。
観光客を乗せた観光バスも多数あった。皆、堀切峠から海を見下ろしている。
海を眺めたあとは、売店でたまごドーナツなる、5個入りの素朴な手作りドーナツ250円を購入。
このドーナツがこの自転車旅行を大いに支えてくれることとなる。
引き続き、漕ぐ。
ひたすら、漕ぐ。
道の駅フェニックスからは、ずっと海沿いを行った。
とにかく海、海、海。
どこまで漕いでも、海。
太陽と風と山と海。
最高に胸躍るシチュエーション。ああ、幸せだ。
あまりに現実離れした陽気な景色に、宮崎にいるんだなあ、と実感させられた。
自称南国は伊達ではない。
途中はかなり割愛する。
私の体力は限界に近づいていて、少しの上り坂も自転車を押して上っていた。
都井岬も近くなった、70キロメートル地点。
「青島にいましたよね?」
ロードバイクの男の人に唐突に話し掛けられた。
青島とは道の駅フェニックス辺りのこと。そういえば、その辺りでロードレーサーに追い越された。
私に話し掛けたのは、青島で私を追い越したロードレーサー、その人だった。
その人は青島で私を追い越したあと、飫肥という比較的内陸部の観光地に寄り道して、観光しつつ、昼食をとったあと、また海沿いのコースを漕いでいた。
しかし、青島で見掛けたママチャリかつスカートの女が、その青島から50キロメートルほど離れた地点で、今だに自転車をいそいそと漕いでいる姿に仰天し、思わず声を掛けてしまったのだと。
そのとき、青島を離れてから5時間以上が経っていた。
物凄い山道に到ったので、二人とも自転車を押しながら話した。
その人は自転車旅行20日目で、なんと愛知は名古屋から来ているのだそう。大学を卒業したばかりで就職も決まっていると言っていた。
言及はしなかったが、その人にとっては、これが最後の自転車旅行になるのではないかと思った。
仕事に就けば長い休みはきっと取れない。20日間なんて以っての外ではないか。
結局1時間弱話した。話はいろいろなことに及んだけれど、とりあえず、ママチャリでここまで来たことを大絶賛された。
鹿児島にある宿に21時までに着かなければいけないからと、その人は自転車を猛スピードで漕いで去っていった。
名前も聞かなかったけれど、掛け替えのない出逢い。
一期一会というのを身をもって体験した。
果てしない山道を越えて、都井岬に着き、野生馬を発見したときには、既に精魂疲れ果てていて
「ああ、馬か…」
となったのも今となっては良い思い出です。
8時間漕ぎっぱなしで、
着いたのは夕方4時頃。
そこから引き返して、途中一人ジョイフルなんかしちゃって、ひたすら海の横を通って、山の上り坂の中暗くなって、しかも圏外で、泣きそうになったりなんかしちゃって。自転車に座りっぱなしで、お尻の肉がこれでもか!ってくらい痛かった。
いろいろあった。全部割愛するけれども、とにかく辛かった。何がって、全てが。
肉体も、精神も、体力も。
限界が見えてた。
もう、一人スポ根状態。
普段はあんなに甘ちゃんなのに。
行きはよいよい、帰りは…
とはよく言ったもので、本当にその通り。行きに散々感動した海は、帰りには憎い存在になってた。
帰り道、全部割愛。
家に近くなった頃には幻覚まで見てて、本格的にやばかった。
家に着いたの、夜中1時。
160キロメートル、無事走破。
あまりにアクティブに活動してしまったので、次の日は反動で引きこもった。
やっと本来の私に!
と思いきや、
その次の日、35キロメートル離れた、綾町に。往復70キロメートル、迷子ルート込みでは恐らく80キロメートル。
そう、このプチ自転車旅行では、帰りに迷子になってしまって、精神的には都井岬旅行並に辛いものになってしまった。
この旅行先で買って食べたのが、もちもちキャラメル蒸しパンだということを、かなちゃんのコメントで思い出したので、この日記を書くに至りました。
まあ、詳細は面倒臭いので割愛。
あと、歓迎飲みで発覚したんだけど、4年生の間で伝説の女になってて笑ってしまった。
「ママチャリで都井岬に行った女」だものなあ。
そうそう、イケダパン!
マックスバリュでまたもやすごい商品を発見。
その名もラビットパン。
あんパンのような丸いパンの上に、薄ーくチョコレートコーティングしてあるパン。
んー?
チョコレートにしては、テカってるなあ…?
ん?
上の薄い膜はチョコレートじゃなくて、
な、なんだって…!
ようかん…だと…!?
斬新すぎる。
しかもただのあんパンではなく、中身は白あんだって。芸が細かいぞ、イケダパン!!
イケダパン、期待を裏切りません。こんな風に生きたい。