『不器用だけど。
それでも僕らは
精一杯
生きていたんだ。
肺にいっぱいの空気を
吸い込んで』
††お砂糖とミルクティー††
カッシャ―ン!
「........」
素敵な音を立てて、今、私が通り過ぎた机からiPodが落下した。
因みに。
先に重要な事を伝えておくと、このiPodは私の物では無い。
むしろ私にはiPodが何なのかすら良くわかってない。
音楽聴けるらしいよ!
わぉ!凄い!
くらいの知識しか無い。
取り敢えず、そんな事は、どうでも良い。
ヤバいヤバいヤバい!
これは非常にマズイ事になった。
う〜ん...。
あ!そうだ!
いっそ知らない事にしとく?
キョロキョロと周りを見渡せば、幸いにも私に注目してる人は居ない。
ラッキー!
素知らぬ顔で、事を片付けようとした私の背後から...声がした。
「「うわぁ...」」
「杏ちゃん、悠ちゃん...」
私は篠崎杏ちゃんと堀田悠ちゃんの2つ同時に声がした方へ、くるりと振り向く。
「こりゃ、ヤベーな」
「うん、やっちゃったね」
完全に私だってバレてた。
「わ...ワタシジャナイ」
「.......」
「っうか、もうバレてるし。諦めろよ」
「わ、悪気があったわけじゃ!」
「うん。知ってるよ?」
「っうか、俺らに言ってもさ...。アイツのだし」
「あ、杏ちゃぁ〜ん!」
「よしよし」
杏ちゃんは優しい。
泣きついた私を抱きしめて、頭を撫でてくれた。
それに比べ、悠ちゃんは冷たい。
こんなに、こんなに、こんなに!友達が危機的状況を感じているのに、フォローの一つもしてくれない。
悠ちゃんなんて呼び捨てにしてやる!!
悠のバ「あれ?」
ひやり。
私の背筋に悪寒が走る。
私を撫でてくれていた杏ちゃんの体も、ぴしりと固まった。
ここの温度が、今、急激に下がったよね。
10度どころか、マイナスだよ、マイナス。
何か急に寒くなったなぁ。
「これ落としたの、だ〜れだ?」
怖い、怖い、怖い。
「「「.......」」」
誰も何も答えない。
むしろ答えられない、が、正しい。
「ねぇ、だぁれ?」
かちり、小さく音を立てながらiPodを拾った、奴の声が優しく、何故だか嬉しそうに聞こえるのは、決して奴がMだとか、穏やかな性格だからでは無い。
奴はドSだし、これは確実に怒っていて、尚且つ、これから、どう仕返してやろうか考えるのが楽しいだからだ。
もちろん仕返し方法は人によって変わる。
大体は私か悠ちゃんのどちらかになるし、いつもは八つ当たりも多いから言い返せるけど、これはヤバい。
わざとじゃないにしても全面的に私が悪い。
あぁ、馬鹿な掛け合いしてないで、さっさと拾って元通りにしとけば良かった。
っても、奴は物の位置とか、がっつり記憶してるから、結局バレたかもしれない。
「ふぅん。答え無い気?」
だらだらだら。
冷や汗が背中を伝う。
頭の中で警戒音が鳴っている。
「...ところでさ、何で女2人で抱き合ってんの?」
びくっ!
大袈裟かと思う程に体が震えた。
「あ、え〜と...」
杏ちゃんは、そう言いながら、抱きしめてくれてた体を離す。
いぃ〜やあ〜〜〜!!
杏ちゃん、見捨てないでぇぇ!
...という、本心は言えないまま、杏ちゃんに伝わる様に必死にテレパシーを送る。
杏ちゃんはわかっている。
その証拠に困った顔で、私を見返してくれる。
ちくしょう。
困った顔も、なんて可愛いんだ、杏ちゃん。
「いつまで背中、向けてる気?」
ねぇ?と、奴が、わざとらしく笑った気配を背中に感じた。
ヤバ過ぎる。
奴は、もう気付いている。
私がiPodを落とした犯人だという事を。
あははははは。
どうしよう?
コワクテ、ウシロ、フリムケナイヨ。
「ふぅん...無理矢理、向けても良いんだけど?」
ぎぃやぁぁ!
その言葉に、このままだと確実にヤバい事になる事を瞬時に察した私は、ギギギギギと壊れた機械の様な音を立てながら、奴の方へ体を向けた。
振り向いたそこには、無言で、にっこりと笑って、仁王立ちしている奴の姿があった。
もちろん、目は完全に笑っていず、鋭く私を射抜いている。
やべべべべべん。
こ、怖すぎるぅ!!
「...どうしたの?そんな面白い顔して」
恐ろし過ぎて何も言えずに青ざめている私に向かって、微笑みながら奴は問い掛ける。
その微笑みに騙されちゃいけない。
奴の事を何も知らない人から見たら、優しさと勘違いして惚れちゃうかもしれないけど、素を知ってる私は、更に引き攣る顔しか出来ない。
ちょいと、そこのお嬢さん方。
奴の微笑みを見て、頬を赤らめてる場合じゃないからね!
奴は今、物凄い危険人物なんだからね!
私が生きるか死ぬか、こいつによって決まるんだからぁぁ!!
なんて、言えない。
小動物の様な、か弱い私には、口がさけても、そんな事、言える訳が無い。
だから。
「ワタシジャナイヨ?」
一か八か、逃げてみようと思う。
「...ふぅん?」
あ、失敗した。
「違うの、これは、その、妖精さんが」
「ほぅ」
「...間違った、小さいおじさんが」
「へぇ」
「...いえ、その」
「で?」
「...ごめんなさい」
「うん?」
「わざとじゃないんです。ごめんなさい」
「何が?」
「えっ?」
何がって、何が!?
「だから、何が?」
い、意味が、わからないよ!
奴は一体、何を求めてるんだ?
私、一応、謝ったよね?
うん、謝った。
私の背後で、私と奴の会話を心配そうに見守る、杏ちゃんと悠ちゃんの気配が伝わる様だ。
何についてか言えば良いのかな?
「だから、iPod...」
「は?」
違ったらしいよ〜!!
むしろ、地雷、踏んだかもしれない。
絶対零度くらいの低い声での「は?」戴きましたぁ!
私が何も言えずに、びくびくしながら様子を窺ってると、奴は、わざとらしく、はぁ、と溜息をついた。
むしろ私が溜息をつきたいよ。
嫌だもう。
逃げたい、泣きたい。
「何に対しての謝りなの?」
「へ?」
そりゃ、もちろん、iPodを落とした事への...
「嘘ついた事?誤魔化そうとした事?それとも...
この僕を欺こうとした事かな?
ねぇ?どれ?
風月チャン?」
激しく卒倒したくなった。
だって、奴は普段、私を呼び捨てにする。
名前を、ちゃん付けで呼ぶなんて、相当、怒ってる証拠だ。
ヤバいヤバいヤバい。
私、殺られるかもしれない。
「あ、欺くなんて、そんな滅相もない!」
「ほぅ」
頭をぶんぶん振って、全力で否定をする。
「ごめんなさい!許して!」
顔の前で両手を合わせて、とにかく必死で謝った。
必死で謝れば、その必死さが伝わって、もしかしたら許してくれるかもしれない。
すると、にやり、奴が意地悪い笑みを口端に浮かべる。
...嫌な予感がする。
「へぇ?許して欲しいの?」
「う、うん」
「何でもする?」
「...何でも?」
「そう。何でも。どんな事でもする?」
「...出来る範囲までなら」
「ふぅん、じゃあ
脱いで、土下座」
はいぃ?!
ちょ、まっ、えぇ!?
顔面蒼白で口をパクパクする私に、奴はしれっとした顔で続ける。
「出来ないの?」
で、出来るわけないだろぉ!
どんな拷問なの!?
「それは、ちょっとやり過ぎじゃねぇ?風月だって、わざとじゃねえんだし謝ってるしさ」
ナイス!悠ちゃん!
半ベソかいてる私を見兼ねてか、悠ちゃんが反論してくれて、奴が頷いてくれる事を期待して、ちらり、悠ちゃんを見る。
さっきは呼び捨てにして、ごめんね、悠ちゃん!!
応援してるから、もっと攻めて!
いけっ!悠ちゃぁ〜...
「うるさいよ。脇役のくせに」
「.......」
奴は、そんな悠ちゃんを、一瞥すると、そう吐き捨てた。
途端に黙る悠ちゃん。
弱い、弱すぎるよ、悠ちゃん!
「で?するの?しないの?」
さっさとしろよ、という声が聞こえてきそうだ。
その前に、私は確認したい事がある。
「あの...つかぬ事をお伺いしますが」
「何?」
「私、彼女だよね?」
「そうだね」
「勘違いじゃないよね?」
「は?勘違いであって欲しいの?」
途端に、奴の声が一段と低くなる。
違う、違う、そうじゃない、そうじゃないよ〜♪(古っ)
なんて、そんな歌、思い出してる場合じゃない!!
奴は確実に勘違いしてる!
必死に、手を、ぶんぶん振って否定する。
「ち、違う!違います!」
奴は、依然、鋭い瞳のままだ。
こ、怖いよぉ!
「じゃ、何?」
「あ、あのね、今時のカップルって、みんな、こんな感じなのかなぁ?って思って」
「こんな感じ、とは?」
「許してもらうのに、土下座とか、ぬ、脱ぐとか...」
口に出すのも恥ずかしくって、自然と声が、もごもごとこもる。
「斬新でしょ?」
へ?
今、何と?
ぽかん、と、奴を見上げる私に、涼しげな顔で、さらっと、何でも無い事の様に告げられる。
「みんなと同じなんて、つまらないでしょ?新しいスタイルだと思えば?」
はぁぁぁぁぁ!?
成る程ね!
新しいスタイルなんだぁ。
はい、そうですかぁ!
.........。
なんて、思えるか!!
敢えて言わない様に、いや、むしろ思わない様にしてたけど、これってさぁ...
下僕の扱いと一緒だよね?
絶対、私の事、彼女じゃなくて下僕だと思ってるよね。
うん、間違いない。
私だって、たまには優しく甘く扱われたい。
良い機会だから勇気を出して言ってみようと思う。
「わ、私は、みんなと同じでもいいなぁ?」
少しでも味方を増やそうと、杏ちゃんと悠ちゃんに、ねぇ?と問い掛けてみるものの、2人は曖昧に笑うだけだった。
杏ちゃんはいい。
許せるし仕方ないと思う。
おい、こら、悠ちゃん。
この、役立たずめ!!
「ほぅ。みんなと同じが良いと?」
「う、うん!」
「風月は僕に、何を期待してるの?」
何を期待?
う〜ん...?
は!
良い機会だから、今まで言えなかった、して欲しい事を伝えればいいんじゃない!?
私ってば、天才!
「例えば、帰り道は一緒に手を繋ぎながら、ラブラブな会話をしたり」
「ほぉ」
「ドジな事しても、口では馬鹿だなぁ、とか言いながら、優しい顔で頭を撫でてくれたりとか」
「へぇ」
「あとは、甘い言葉を言いながら、ぎゅっと抱きしめてくれたりとか!」
「ふぅん」
「あとは、あとはねぇ、と「もういいよ」
良いところで遮られて、つい、不満が顔に出る。
まだまだあったのに!
「で、僕にそれをしろと?」
冷ややかな目線を向けて、奴は私を見てくるけど、そんな事お構い無しに、大まじめな顔で、うんうん、と、大きく頷いてみせた。
「ほぉ」
若干、態度に威圧感が増した気がする。
これは、ヤバい感じかも?
色々、願望は延べてみたものの、ぶっちゃけ、奴のそんな姿は想像できない。
てか、実際されたら、裏がありそうとか疑いそうな気がする。
だけど負けるもんか!
私だって、たまには、幸せ甘々ライフを楽しみたいんだ〜!!
「風月は、本当、馬鹿だね」
こ、これは!!
さっき、私が言った事を実行してくれるんじゃ!?
だって、優しそうな微笑みをしている気がする。
「そんなの...」
なに、なに?
まさか、本当に、よしよし、頭を撫でてくれるとか!?
期待の眼差しで見つめる私に、奴は口端だけを微妙にあげて、言った。
「吐き気がする」
「.......」
唖然。
ぽかん、と、口を半開きにして、奴を見つめる私の背後では。
「...ぷっ」
「...ふふっ」
小さな笑い声が2つ、私の耳に届いた。
「なっ!悠ちゃん、杏ちゃん!笑うなんて酷い!!」
「だって、お前、そりゃねぇよ!無理に決まってるだろ!てか、想像すら出来ねぇよ!ふぅ、考えてもみろよ。耐え切れねぇよ!」
「ふふ...。ふぅちゃん、ごめんね。私も我慢出来なくて...」
「なっ!酷いよ!2人とも!私の切実な願いなのに!!」
真剣な顔で、杏ちゃんと悠ちゃんに文句を言うと、もう堪え切れないと言う様に、悠ちゃんは、ぶはっと吹き出した。
「うんうん。ごめんね。でも、そこが、ふぅちゃんの可愛いところだよ」
「そんなの、ちっとも嬉しくないよ!」
2人は私の味方をしてくれると思ったのに!
私の真剣な願いを笑うだなんて、ショックで寝込んでしまいそうだ...。
私がむすっと膨れている間、2人は、顔を緩ませて笑っていたけれど、そろそろ鬱陶しく感じたんだろうと思う、今まで無表情と無言を貫いていた、奴が、睨みを効かせている事に気付くと、2人は急に大人しくなった。
ザマーミロ!
私を笑うからだ。
2人が大人しくなった事を、ふふん、と笑ってやった。
「風月」
「はい?」
「煩い」
「え、今、私、喋ってないよね?」
「顔が煩い」
えぇ!?
何か理不尽な理由で怒られたんですけど〜!
顔が煩いって、どうしろと。
大体、この顔は元からだ。
生れつきのものは変えようが無い。
まぁ、変えようと思えば、整形って手段もあるとは思うけど、そこまで酷くは無い!...と思う。
どうせ、私は杏ちゃんと違って可愛くありませんよ〜だ!
そもそも、私達、これで付き合ってるって言えるんだろうか?
あ、何か、急に不安になってきた。
大体さ、付き合ってるって言っても、それらしい事は、ほとんどしてない。
付き合って、もう2ヶ月は過ぎたのに、かかわらず。
お昼は一緒に食べてるけど、杏ちゃんと悠ちゃんと一緒だし。
帰りも一緒に帰ってるけど、それだって、ほぼ4人一緒だし。
電話やメールだって、数えるほどしかない。
以前、メールした時は、それなりに考えて、色々、送ったのに、奴からの返事は『そう』の、たった2文字だけだった。
ましてデートなんて、した事も無い。
しかも、あの態度。
私を好きな感情が一切、伝わってこない。
一体、私のどこが良くて付き合ってるのか、わからない。
そんな事を、ぐるぐる考えていた私の耳に溜息が聞こえて、びくり、体が震えた。
「どうせまた下らない事でも考えて、落ち込んでんだろ?」
俯く私に冷めた声が聞こえて、思わず顔を上げる。
下らないって!
私にしたら大きな事なのに!
ヒドすぎると思って、反論しようと口を開きかけた時。
「僕にも不満がある」
さらり、独り言を呟く様な声で、その言葉は向けられた。
「不満?」
何故か聞き返したのは、私じゃなくて、悠ちゃんだったけど。
「...そうだよ」
奴は、それを邪険にする事なく、溜息混じりに返事をした。
心臓が、どくどくと嫌な音を立てる。
だって、知らなかった。
いつも一人だけ冷めてて、話し掛けても一言で終わらされたり、必要な事だけ言うって感じだし、2人で居る事を誘われた事もない。
たまに暴言はあるけれど、邪魔とかは言われた事はない。
好きな様に、思うままに接してるんだと思ってた。
なのに、不満だなんて。
私、鬱陶しかったのかな?
そういえば、最近どことなく、機嫌が悪かった気がするけど、それも私のせいで、気が付かなかっただけで、ずっとイラついてたのかもしれない。
「...気が付かなくて、ごめんなさい」
「本当だよ」
「...」
その返事に俯くしか出来ない。
でも鬱陶しいなら鬱陶しいって、嫌いなら嫌いになったって、言ってくれたら良かったのに。
こんな杏ちゃんも悠ちゃんもいる前で言わなくても良いのに。
そんなに2人きりになりたくないの?
それとも傷つけさせたいのかな?
だったら何で、私と付き合ってるの?
わかんないよ。
「ふぅちゃん?」
杏ちゃんが私を呼ぶけど、答えられない。
今、口を開くと泣きそうだ。
「あのさ」
面倒そうな声に、びくっと体が反応する。
「風月は誰のモノのわけ?」
「え?」
急に何を言い出すんだろう?
思いがけない言葉に、俯いていた顔をあげる。
「いつも篠崎と堀田と一緒にいて、楽しそうだし」
「へ?」
「今日なんて、篠崎に抱き着いて、僕が来ても離れないし」
「そ、それは」
「しかも、篠崎と堀田の名前は当然の様に呼ぶのに、僕は、今日一日、一回も名前、呼ばれてないんだよね」
「あ、あの...?」
「ねぇ、どういう事?」