"『あなた』を説明してください"
私は要領が悪いです、
流されやすいです、
だから損をすると言われたことがあります。
私は真実を語りません、
そもそも真実などないのかもしれません。
私はただ自分の意見を押し付ける大人が嫌いです、
けれどそれを黙ってやりすごそうとする自分はもっと嫌いです。
私はマイペースです、
言い換えるなら自分の殻に閉じこもりたいのです。
私は一人でいるのが好きです。
私は一人になるのが嫌いです。
私は笑っている人の顔が好きです、
笑わない人に恐怖します。
私には将来のヴィジョンがありません、
夢がないわけではないのです、
懸命にそれを相手に伝える気持ちがわかないだけです、
だから伝わりません、
伝わらないのは思ってないのと同じです、
だから私には将来のヴィジョンがありません。
私は嘘をつくのが嫌いです、
けれど知らぬ間に嘘をつきます。
私は抽象的な人間です、
具体的な人間にはなれません。
私は母親が好きです、
同じくらい嫌いです。
私は自分を説明できる程自分をよく知りません。
"では『あなた』は誰ですか?"
昔、神様に手紙を書いたことがある。
何を書いたかはうろ覚えだが、病弱な母親の苦しそうな顔と、縋る思いで手紙をポストに投函したことは鮮明に覚えている。
とにかく必死だった。
自分はどうなってもいいから母親を助けて欲しかった。
それくらい俺は
『 マ ザ コ ン 』
「………………」
「で、神様から返事は来たわけ?」
「……覚えてねぇよ。」
あのあと、いくら待っても返事は来なかったし母親の病が治ることもなかった。
今考えれば当たり前のことだが、その時の俺はまだ何も知らないガキだったから。
神はこの世にいないとガキながらに理解した。
「っのになんでお前…」
「?」
人生何が起こるかわからないとはこういうことを言うのだと思う。
俺からしてみれば目の前を歩く阿保はたかが100年弱しか生きられないような人間なのだ。
何を恐れる必要があるのか。
そっと手を伸ばす。
気付かれないように。でも本当は気付いてほしいんだけれど。
「―でさぁ」
「!!!!…………何。」
急に振り向くんじゃねーよ阿保が!!
「俺の話聞いてた?」
「あー、お前が果てしなく空気読めないってハナシ?」
「ちげーよ、全然。」
違わないだろ実際。
すぐ目の前にある阿保の左手。
長くて割と綺麗な指。
「あ!やべぇ電車。」
ふいに握られた俺の右手。
あんな阿保に出来て俺に出来ない唯一のこと。
「むかつく…」
「何か言ったか?」
なんとなく、その左手が俺と繋ぐために存在してればいいのに、とか考える。
「べっつにー。」
絶対に言わないけど。
「お前は俺が好きなんだよ。」
「いや、好きじゃねーよ。」
振り子のようにゆっくりと揺れ動くものを一瞬だけ見てから呆れたように視線を戻して即答する。
「だーから、この5円玉に集中しやがれ!!」
「……………」
俺は目の前にいるこいつの意図することがわからない。
何がしたいのか。
仕方なく言われた通りにするが、正直何も感じないしやっぱり何がしたいのか理解不能。
「………お前、何がしたいの?」
溜息混じりに尋ねるとあいつは真面目な顔して言いやがった。
「俺に惚れてほしい。」
「誰が?」
「お前が。」
馬鹿じゃねーの。
「有り得ない。」
「有り得ろ!」
いや、有り得ないだろ。
「お前、俺に彼女いるの知ってるだろ…。」
だから、有り得ない。
付き合ってられない、と座席を離れ教室を出る。
後ろからあいつが追いかけてくる様子はないがそのかわり教室中に、下手すれば廊下中にあいつの声が響いた。
「俺に惚れたらすぐに言えよー!!」
「………………」
やっぱり馬鹿だ。
どうしようもない馬鹿なんだ。
「…故意でも惚れねーよ!!」
負けじと叫んでその場から全速力で走り去った。
何故か顔が熱いのはきっと
暑さのせいだと思いたい。
「今日は悲しいの?」
「いいえ、今日はなんだか気分がいいわ。」
だって朝起きたら窓辺で小鳥が鳴いていたの。きっと私を起こしにきてくれたのね。歌をうたってくれたから私も一緒に歌ったわ。
それからね、今まで咲いたこともなかったコーヒーの木についに花が咲いたの。白くて綺麗な小さい花よ。もし実になったら一緒に飲みましょう。それまで大切に育てなくちゃ。
昨日はあんなに土砂降りだったのに今日はとても晴れていて素敵ね。
昨日の彼女が嘘みたいだ。
今週の彼女は楽しいマリー。
否、彼女の名前はマリーではない。
昨日までの1週間の彼女はひどかった。
部屋に篭ったきり出てこない。窓もカーテンも開けずにただ膝を抱えてうずくまっていた。
俺が部屋に入っても視界にさえ入れず、時々窓の向こうから聞こえてくる子供のはしゃぐ声に耳を塞いで煩いと騒ぐ。
こんなときの彼女の回りには何も置いてはいけない。
鋏やカッターは勿論、鉛筆や紙類それから花瓶なんかも。
昔床に落ちていた色鉛筆を左腕に突き刺そうとする彼女を見たときは背筋が凍った。
けれど今日からの彼女は違う。
俺が話し掛ければ花が咲いたような笑顔で振り向いてくれるし凶器となりかけた色鉛筆は本来の役割を担うために彼女の手に握られる。
どこにでもあるようなありふれた光景。
それは1週間だけ。
来週は悲しいマリー。
さらに次の週にならないと今の彼女は戻ってこない。
「あら?…その右腕どうしたの!?」
俺の右腕に残る無数の引っ掻き傷を見て彼女は目に心配の色を浮かべた。
狂っていた彼女は覚えていないのだ。
「黒猫に引っ掻かれただけだよ。」
いつものように適当に嘘をついて泣きそうな彼女の頭を撫でてやった。
「…痛くない?」
彼女は言う。
「平気さ。」
君の痛みに比べれば。