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『残骸』【掌編・文学】

『残骸』作 山田文公社

秋の風が吹いていた。どこかで焚き火の匂いがしてくる。いったいどこでしているのだろうか……この周辺に公園は無かったはずだと思い立ち足を止めた。
思い返せば田舎で暮らしている時にはこんな風に秋になると落ち葉を集めて誰かが焚き火をしていたものだ。そんな誰かの焚き火に手をかざし、暖をとり言葉を交わした。ときには

芋やなすびを貰ったりして。けれど都会には焚き火をするような空き地などほとんど無い。

どこもかしこも埋め並べてビルが群衆している。そんな中でいったいどこから焚き火の匂いはしてくるのだろうか……郷愁めいた気持ちで路地を曲がると遠くから盛大に煙が上がって

いた。

「あれ……?」

不思議に自分でも驚くほどに動揺していた。
「なんだか俺の家……燃えてなくね」
いやいや言葉に出して自分で力強く否定していた。何が背中を押したのかもわからず走り出していた。起きている事を否定したいが、どこかで冷静に認めている自分がいる。
「嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ!!」
革靴なんて走るために出来ていない。スーツは走るために向いていない。生地が擦れるからワイシャツの下にシャツなんて格好が悪いからって着ていない自分は馬鹿だった。スーツケースが邪魔だった。走るためには手を振るのだから、格好にこだわらずメッセンジャーバックは無いだろうなんて考えは改める。だからだから燃えていないでくれ。
後悔だか懺悔だか願いだか祈りだか、そんな感情だか思考だかをない交ぜにしながらに走った、走った、走った。

見上げると木造アパートは豪快に燃えていた。白煙を上げ燃えていた。膝から下の力がなくなった。その場に座り込む中で辺りには消防車一台も無く、人だかりが出来ていた。
「燃えてる……」
大学を出て上京して就職し、安アパートながらも住めば都な我が家だった。手狭な家だったけどいろんな思い出があった。初めての一人暮らし、立て付けの悪いトイレ、水はけの悪い風呂、水が漏れる蛇口、風でよく落ちる窓の洗濯物、初めての彼女との生活……別れ、一人酒とテレビ、時間つぶしのゲーム、お気に入りのAV、棚に飾った表彰、親から貰った品、思い出の写真、預金通帳……何もかもが燃えた、燃えた、燃えた、燃えてしまった。
モクモクと白い黒い煙を吐き出して、赤い白い黒い炎が天を焦がしていた。
「消してくれ……誰か消してくれ!!」
遠くから今更ながらに消防車がやってくる。炎は木造アパートだけでは飽きたらず、隣家にも襲いかかった。
「いやぁ、誰か消して消して!」
「消防車! 何やってるんだ! うちが燃えてしまうだろうが!!」
「水だ! 水もってこい」
隣の家族が騒いでいる。良いじゃないかまだ少し火がついた程度だろう……俺の家はもう全部、何一つ残らず全部燃えたんだ。

消防車がようやく到着し警察が人々を押し出していく。ようやく消える。やっと消える。

俺は安堵した。この忌まわしい炎が消えてくれるのだと、全身から力が抜けていくなかで見つめていた。豪快に水がかけられていく。
隣の家に……まだ少ししか燃えていないというのに放水は両脇の家から始まった。
「何でだよ!! 燃えているのはそこじゃないだろ!ふざけんな馬鹿野郎」
放水の甲斐あって両脇の家は白い煙と共に火が消えていく。そんな中豪快に我が家である木造アパートは崩壊した。そして小さな爆発音がしてようやく放水は我が家に向けられた。

「遅いよ……もう遅いよ」

俺はその場にへたり込んでしまった。人々は俺を避けるようにして通り過ぎていく。声をかけられた気もしたが、まるで聞こえていない様子の俺を見てひと言「辛いけど頑張ってね」と声をかけ去っていく。

どれだけそんな格好をしていたのだろうか、しばらくして人々はまるで祭りの見物でも終わったかのように去っていく。

なぜこんな目に遭うのだろうか、いったい自分が何をしたのだろうか、誰がこんな事をしたのだろうか、疑問がグルグルと頭の中に渦巻いていた。
そんな俺の姿を見た警察は声をかけてきた。
「すいません少しよろしいでしょうか?」
「なぁ……お巡りさん誰がこんな事したんだよ?」
「あのそのために少し質問を……」
「誰が俺の家を燃やしたんだよ!!」
「ちょっと君、止めなさい」
「おいお前何やっているんだ!!」
「なぁ誰がこんな事……」
警官から突然背後から警棒で殴られた。羽交い締めにされ何度か殴られた。
「午後七時十七分、公務執行妨害で逮捕します」
「ふざけんな!! 俺が何したって言うんだよ」
「話は署で聞くおとなしくしろ」
そう言い俺は執拗に警棒で殴られた。

パトカーに乗せられた俺は両脇に警官に挟まれていた。窓の脇には黒く崩れ落ちた残骸がそこにあった。見ると窓ガラスを雨が叩いていた。
パトカーは走り出す。

離れていく残骸は雨に打たれながらたたずんでいる、少しずつ小さくなりながら、やがて雨は強く降り出した。

そしてもう、やがて見えなくなった。

歪みねぇな

†歪んだ愛情表現バトン†



アナタの愛情表現って歪んでる?
愛情表現と思い、彼氏(彼女)に
できるもの…○

愛情表現だが彼氏(彼女)に
できないもの…△

違うと思うもの…×

それでは始めます。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
撫でる…○
軽く叩く…△
軽くビンタ…△
目玉をえぐる…×
噛みつく…○
抱きしめる…○
ひっかく…△
毛を抜く…△
傷口を舐める…△
キス…○
ディープキス…○
踏む…△
カニバリズム…×
足を舐めさせる…○
押し倒す…○
罵る…△
H…○
蹴る…△
監禁…×(○)
ストーカー…×
束縛…×

あなたが思う最高の愛情表現は?HUG……抱きしめる


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

終わりです。
お疲れさまでした。



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『サバと覆面男』【掌編・コメディ】

『サバと覆面男』作:山田文公社

階段から生サバが降ってきた。唐突すぎて混乱しているので、順を追って今日の出来事を振り返る。まず今日も仕事が終わり疲れた体を引きずって階段を上り3階の自宅へと向かっていると、階段の上から覆面をつけた男が生サバを投げつけてきたのだ。
当然ながら僕は逃げた。明らかに覆面男は常軌を逸している。生サバをぶつけられて、服がとても生臭くなった。
走って逃げながら、なぜ生サバをぶつけられるのかを考えた。物事には訳がある。理由もなく生サバをぶつけられる訳がない。
そもそも生サバを人に投げるなど、考えられない。何かの部族の祭りならありえるかも知れない、しかしそれは丸ごとの生サバのような気がする。決して切り身を投げつけたりしないだろう。そう考えると、おかしい、何かがおかしいのだ。
切り身の生サバをぶつける理由などない。明らかに覆面男は愉快犯である。そう考えると怒りがこみ上げてきた。振り返って対決姿勢を構えると、生サバから生のブリへと持ち替えた。覆面男は明らかに手慣れている。目の前の覆面男はこういった荒事が得意なのだ。僕は身の危険を感じたが、質問した。
「なぜ僕を狙う!」
その問いに答える事なく覆面男はブルゾンの上着の内側に手をいれて、突然白子を投げつけてきた。飛び散る白子が口に入った。覆面男が猛然と襲いかかってきて、ブリで頬を殴られた。会話は成立しないのだと、ブリで打たれた頬をさすりながら悟る。とにかく今は逃げるしかない。そう思い再び男に背を向けて走りだした。
「助けてくださーい!」
必死で走りながら助けを求めたが、この時間は人通りは途絶えていて誰もいない。背後から生サバが飛んでくる。背中になんとも言えない感触が伝わってくる。
「助けてー!」
必死の叫びも町に虚しく響く。そしてとうとう走り疲れた僕は地面へと倒れこんだ。
「もう、好きにしろ……」
そう言い放ち覚悟を決めた。その言葉を聞いて覆面男は呻くような笑い声を上げた。そしてブルゾンの内側からビニル袋に入った大量のいくらを取り出してみせた。
「ま、まさか……」
僕の怯える声に、覆面男の押し殺していた笑い声が突如として嘲笑に変わった。そして無造作にいくらを僕に浴びせかけたのだ。
「やめろぉぉ!」
袋から勢いよく大量のいくらが頭へとかけられた。叫んだ口に中にプチプチと独特の匂いが広がった。口に入ったいくらをはき出すと、哀れなほどに怯えた声で言った。
「よくも、よくもこんな真似を……」
すると覆面男は僕の両頬を万力のような強い力で締め上げてから言った。
「なぜこんな目にあうのか、自分の胸に手を当てて考えろ」
覆面男の低い地響きのような声を、僕は恐れた。
「もう一度言う、なぜこんな目にあうのか考えろ」
僕にはなにも心辺りが無かった。
「どうやら思い出せないようだな……田中」
覆面男の言葉に僕は聞き返していた。
「田中?」
「恐怖で自分の名前もわすれたのか?」
「自分鈴木ですけど……」
「……え?」
「いや、だから僕、鈴木って言います。ほら運転免許証にも書いてます」
そう言い僕は運転免許証の名前を覆面男に見せた。
「田中さん……じゃ、ない?」
「はい、僕は鈴木です」
覆面男はしばらく考える仕草をして、突然走って逃げ去っていった。


あれから僕は考える、一体何をすれば生サバをぶつけられるような事になるのか、と。あれ以来覆面男には会っていない。ちなみに近所の田中さんを探してみたが見つからなかった。
もう二度と覆面男には会う事はないだろう。残された謎は一生解けない。ただもう謎だけが残った。
後日サーバーがサバと呼ばれている事を知る。何か手がかりになりそうだが、もう謎を追うだけの気力はない。
ただひとつ……食べ物は粗末しない。食べ物は食べる。決して投げたり、人にかけたりしない。……何とも当たり前の教訓だ。

*この後、いくらとサバとブリは、スタッフは美味しく頂きました。

『語られぬ物語』【掌編・戦記】

『語られぬ物語』作:山田文公社

戦局は非常に思わしくなかった。度重なる連戦に加え、食料も弾薬も補給がままならない状況が続いている。下士官も言葉にしなくても現状に強く不満を感じている。前線を押し上げる力もなく、進行を止める力もない。現状できる限りの遅延戦術を用いて補給が来るのを待つしかなかった。
兵の配置を見ながら突破口を探していると、突然テントが開かれて、溝口中将が入ってきた。起立して敬礼をとる。
「何をしている! すぐに進軍し我が軍の力を示すのだ!」
「はい、しかし現状、相手方の前線を崩すだけの兵力がありません」
「臆病者め! 弾がなくとも銃剣て突撃できるだろう!」
「4000名もの預かった兵を失って、どのように申し開きしましょう?」
「ええい! いちいち口応えしよって!」
そう言い手にした鞭で私の頬を叩いた。唇を噛み耐えた。
「すぐに対策を考えろ! 良いな!」
「全力を尽くします」
言うだけ言い溝口中将は去った。打たれた頬が痛む。
先の襲撃で上級将校が死亡し本国から、代わりの上級将校が送られてきたのだが、全くの素人で戦況も何も図ろうとせず突撃命令をただ下すだけだった。無論私もそのたびにいろいろと起こりえる責任を口にする。溝口は数多くの部隊を全滅に追いやっている。その癖自分だけは一部の取り巻きと共に逃げ出してくるのだ。
本来ならばこういった人物は更迭されて然るべきだが、代わりの人物を配せない程に人材が不足していた。戦線が拡大しすぎたためにどこもかしこも人手が不足していた。止む終えないと言えばそうなる、だが送られてくる新兵には明らかに子供が交じり始めたのだ。
兵士も弾薬も食料も何もかもが足りなかった。武器ですらまともに動かない粗悪品が混じっているのだ。部隊内では倒した兵の武器を運用している隊もあるほどに、物資の不足は深刻だった。
少なくとも本国も、空襲が増え状況は芳しくないのだと、墨が入れられていたが、読み取れた。そう遠くないうちに負けるのは明らかだった。
苦々しい思いで戦局を示した地図を眺めていると、表より声が上がり若い兵が入って来た。
「報告申し上げます!」
そう言い敬礼をとった。私も座ったまま敬礼をした。
「溝口中将が1個連隊、引き連れ高連高地へ陣を移そうとしています」
「本当か?」
「はい、本当であります!」
今、隊を動かして高地へと陣を移せば周辺にから砲撃を浴びせかけられて、ほぼ全滅する。とはいえ自分より階級が上なのだから何も進言できないのだ。
「中将は私に何か言っていたか?」
「……いいえ、ただ吐き捨てるように『腰抜けめ』とだけ申されておりました」
「そうか、下がって良いぞ」
「失礼しました」
陣を動かして見る。どう考えても囲まれる上に、四方からの集中砲火を受ける事になる。だが1200名も無駄に死なせる訳にはいかない。
「小野山! 誰か小野山を呼べ!」
すぐに小野山上等兵がやって来た。
「何でありましょうか中佐殿」
「足に自信があり、下士官からの人望の厚いお前を見込んで頼みがある」
そう言いタバコをひとつ差し出した。小野山は指に挟みこみ口へと加えた。私はタバコの先に火をつけると、部屋に紫煙が広がった。
「やはり上物であります」
私は小野山の肩に手を置いた。
「部下を助けたい、ひと走りして伝言を頼む……良いな?」
「喜んでお受けするであります」
小野山は不遜だが敬礼をして言った。
「頼む」

そして小野山は任務を果たした。攻撃が始まれば溝口中将は突撃命令を出すと踏み、右翼に陣する兵に先に攻撃を仕掛けて突撃先の待避場所を確保し、合流したその後兵の三分の一を退却させながら、三分の二を補給路である地に向けた。

「ええい! 敵に背を向けるとは何事だ!」
包囲され、攻撃をうけ損害が出たにもかかわらず、合流した溝口は懲りた様子など全くなく、むしろ作戦を妨害したとして私を軍事裁判にかけると息巻きだした。
「たかが中佐の分際で!」
溝口中将の言葉に、下士官が手を挙げて発言し始めた。
「お言葉ではありますが、高山中佐は亡くなった村瀬大将の代わりを立派に果たされております!」
「貴様は階級もわからんのか!」
するとそう言って下士官を鞭で打った。私も含め誰もが怒りをあらわにしていた。
「良いか! すぐに転進し奴らを討ち滅ぼすんだ! これは命令だ! 分かったか、高山中佐!」
鞭の先端を私にむけて溝口中将は叫んで命令した。
「ええ、充分わかりました」
その態度を見て私は、もうとれるべき方法が無いことを悟った。
「ならすぐに指令だし指揮をとれ!」
溝口は鞭をこちらに向けたまま指示した。
「村山曹長、撃て」
私の指示に溝口の背後にいた村山は銃を取り出した。
「申し訳ありません、高山中佐殿、誰を撃てばよろしいでしょうか?」
「溝口中将を撃て」
「わかりました」
乾いた銃声がした。背後から撃たれた溝口は驚いた顔で私を見て叫んだ。
「これは立派な反逆行為だぞ! 貴様何をしたのか分かっているのか!」
「ええ分かってます。あなたが将校として、指揮官としてふさわしくないこと、存命する限り部隊を危険にさらすということが充分に分かりました」
溝口が拳銃を抜こうとしていたので、私は素早く拳銃を抜き溝口を撃った。溝口は崩れ落ちて絶命した。倒れた溝口にさらに銃弾を浴びせた。
「溝口中将は立派に戦われて戦死した。いいな?」
誰も異論を述べずに深く頷いた。

時に戦争にはこういった事が起きる。それは敵に殺されるのではなく。味方に殺される事だ。階級は確かに重んじられるべきではある。だが絶対の権限はない。それが極限の状態であればあるほどに、階級よりも重んじられるものがある。
生きるために、選ばれる。生きるために選ぶ。より良い道を示す者を、何よりも尊ぶのだ。

語られぬ物語がある。生きるために語られぬ物語がある。それは今なお語られることなく……ただ、時が過ぎて消えていくのだった。

『手紙』【掌編・文学】

『手紙』作:山田文公社

拝啓 

桜が咲くのが待ち遠しい季節になりました。
かわりにとばかりに梅の枝をたぐり寄せて、甘酸っぱい香りを楽しんでいるところです。
先日のお見舞いありがとう、その後お変わりありませんか。
病室で天井を見ていると、ふと君の顔が思い浮かんだので、こうして筆をとった次第です。

これが君に届き、君が見ていると言うことは、もう恐らく僕はこの世には居ないのでしょう。
この手紙は僕にとって君へ当てる遺書のようなものです。
親しい君だけには僕がこの世から去った事を知って貰いたく手紙をしたためました。
当然、君はいい顔はしないでしょうが、僕にとっては最後の我が儘のようなものですから、笑って許してください。

2月25日
園田 修 様
北村 稲治 より

先日、突然友より手紙が届いた。初等部からずっとつきあいのある友からの手紙だった。筆無精の友がこうして手紙をよこす事など、ほとんど無かった。年始の挨拶代わりの年賀状ですらよこさないというのに、手紙が届いた。
私は手紙を読みながら、もう居なくなった友と過ごした時間を思い出し、唇を強く噛み泣いた。
最後に見舞いに行った時も強がってはいたが、恐らく痛みに耐えていたのだろう。そう言った弱みは見せない男だったから、私も早々に見舞いを置いて帰ったのだ。
北村の父が麻酔中毒でなければ、北村は痛み止めを打ったのだろうか、内臓を蝕まれる痛みは気を失うほどだと言う。だが北村は最後まで医者に痛み止めを使わせ無かった。耐えて耐えて、そして耐えきれなくなり、自らの死を選んだ。
最後まで気丈な男だった。昔から変わらずに気丈な男だった。

初めて北村と出会ったのは冬の夕暮れ時の雨が降りしきるなか、私が傘を差して公園の前を通り過ぎようとすると、降りしきる雨のなか、体を震わせて立っている少年が居た。背丈は私より二回りほど小さかったが、小刻みに震えながらも気丈に立つ姿は、なぜか大きく見えた。
「大丈夫?」
私が恐る恐る話かけると、北村は唇を噛みしめたまま強く二回頷いた。だが震える姿と紫に染まった唇を見て私は彼に傘を手渡して走って帰ったのだ。
恐らく放っておけば死んでいたかもしれない。そんな恐怖が北村に傘を押しつけて帰った理由かもしれない。
後日、北村が初等部で隣の学級だと知った。私は見つけて北村に何度か話かけたがほとんど、まったく相手にされなかった。しかし放課後人目を忍ぶように、律儀に傘を干してから返しに来たのだ。
「ありがとう」
北村は短く私にそう言って帰った。私はそんなぶっきらぼうな北村の態度に不満を感じたのだが、やがて北村が親の事でいじめを受けている事を知った。いわく『貧乏が感染する』当時、結核が流行っていた事もあり、それにかけた内容だった。かく言う私も少し北村と話しただけで、誰が見ていたのか知らないが、酷い言われを受けた。そこで初めて北村の行動が理解できた。
北村はこういうふうになることを知っていたから、ぶっきらぼうな態度だったのだ。

「良かったら一緒にお昼食べよう」
そう話しかけたのは私からだった。北村は口をつぐんでいたが、やがて重たい口を開いた。
「僕といると、君にも迷惑がかかるよ」
そう言い立ち上がり移動しようとするのを見て、私は「構わないよ」と言った。いろいろと北村は考えながら渋々と承知してくれた。

それからいろいろ北村と話すようになった。話してみると北村が博識であると知った。休日や暇が在れば図書館で過ごしている内に自然とそうなったと北村は語った。仲良くなり学年が上がったある日の事、北村と駄菓子屋から帰る道に中年の男性に襲われた。私も北村も殴られて、私は持っている金を奪われた。初めて殴られた恐怖で泣いている私とは対照的に北村は黙って唇を噛んで耐えていた。
私が泣きやむと、北村は深く頭を下げて言った。
「園田、金はいつか働いて僕が返す、僕の親父が迷惑かけてごめん」

やがて北村の父親が麻酔中毒者だと聞かされ、時折殴られた痣が父親の暴力によるものだと知った。北村の母親は早くに亡くなって、北村は父親と2人暮らしだそうだ。生活費は国からでる恩賞と生活保護費用で賄っていて、足りない分は北村が町に出て働いた分で補っていると知った。
同じ年なのに北村と僕は住む世界がまるで違っていた。中等部に上がる頃に北村の姿は見えなくなった。父親の酒と薬の量が増えて、学校に行っている場合ではなくなったのだと、ある日夕暮れの川の土手で聞かされた。

「人ってどうやったら殺せるかな?」
ぞっとするような質問を聞かされたのは大学に上がった頃だった。
「物騒な話だな、一体誰を殺すんだ?」
北村は黙っていた。だがそんな事は聞かなくても私にも分かっていた。北村の父親がいよいよ幻覚で奇行が酷くなっているのは近所でも周知の事だった。
それからしばらくしてから、北村の父親が失踪した。
いまでも私は北村が殺したかもしれないと言う疑惑がある。だが、それを聞く権利は私には無かった。

それからお互いに就職して、時折酒を交えながらいろいろと話をした。立場が違っても北村とはいろいろと話ができた。今の家内と婚礼をあげた時もいろいろと奔走してくれた。
「祝儀が出せない分は体で払うよ」
そう言い北村は笑っていた。

子供が生まれた時には、手縫いの前掛けを貰った。
「せめてものお祝いだ」
北村は申し訳なさそうに言った。

北村の顔色が悪い事に気づいたのは子供が就職した頃だった。
「おい、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
私がそう言うと、苦笑いしながら体の事を話始めた。
「医者が言うには内臓に悪性の腫瘍が出来ているらしい」
私はそれ以上なにも聞けなくなった。

それから間もなく北村は入院した。貧しい分しっかりと貯金はしていたんだと、北村が自慢げに語っていた。だが時折呻き声を上げて苦しむ。
「すまない、ときどき酷く痛むんだ」
北村は申し訳なそうに私に言った。
「痛み止め……」
そこまで言い私は北村の父親を思い出した。片腕を失った時に痛みに耐えかねて使った痛み止めで中毒になった。北村がなぜ痛みに耐えているのかを知り、もう何も言えなくなった。

見舞いに行くたびに痩せ細っていく姿を見るのが辛かった。それは北村も同じで、鏡を見て自分じゃない人が写っていて驚いたと笑っていた。

最後に見舞いに行った時はほぼ、うなされていた。痛みに耐えながら麻酔を拒否し続ける理由を知らない医者は首を傾げていた。そんな中この手紙が届いた。

後日病院の屋上から飛び降りて死んだと病院へ行き知った。間違いだと思いたかった。やはり気が変わったとベットに横たわり言って欲しかった。見舞いの花は、弔いの花になった。

誰かが手向けた花がある場所は、北村が飛び降りた場所だった。私はそこに花と手紙を置いて手を合わせた。
目を閉じてただひとつを願う。願わくばただ安らぎある最後だったと……私は小さく呟いた。
「ゆっくり休め」 
静かな時が流れ、どこからか梅の香りが漂ってきた。
「ゆっくり休め」
こみ上げるものを噛みしめて、ただその一言だけ気丈にこの世を去った友人へ手向けた。
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