Ag+の策略!

2011/05/07 20:38 :山土
策士、策士の策に溺れる(山土)



5月4日深夜、事の顛末は実はこの時点で決まっていたのか、と俺は電車の窓の外を流れる風景を見ながらひとつ、幸せな溜め息を吐いたのだった。



策士、策士の策に溺れる



まただ。
また副長の姿が書類に埋もれつつある。
世はゴールデンウイークだのなんだのと浮き足立っているが真選組はそうも言っていられない。とはいえ、隊の人間ですら浮かれているというのに、この頃浮かれるべきかと思われる副長はちっとも休まないし、はしゃぐなんて以ての外だ。

「あの、副長」
「ああ」
「お茶淹れましたよ」
「ああ」
「灰皿も変えますか」
「ああ」
「休憩したいんですけど」
「ああ」

ああ、ああ、ってこの人は話を聞いているのだろうか。
しかも目線はずっと書類に向けられている。
今なら副長の唇を奪うのも容易いんじゃないだろうか。後で殴られそうだから絶対やらないけれど。
それよりも、これだけ書類ばかりに集中しているのだ。俺が兼ねてから考えていた作戦を実行する絶好のチャンスだと言えよう。
俺は抱えていた束の中から一枚の書類を抜き出した。

「副長、これにもサインお願いします」
「あ?何の書類だ」
「以前話していた俺の張り込みの許諾の書類です。目を通すほどじゃありませんよ。なんで、ちゃちゃっとサインください。局長に提出しないと」
「わかった」

まだしつこく視線は現在進行形で片付けている書類のままの副長は俺の手から書類を素早く奪うと、サッと目を通すこともなくサインをして寄越して返した。

「ほら」

それはほんの数十秒の間の出来事だった。冷たいのではなく信頼されているのだ、と自分に言い聞かせる。
でないと心が折れそうだ。
とにかく、自らを奮い立たせて笑顔をつくり、軽く会釈。

「ありがとうございます。早速提出してきますね」
「あ、山崎。戻ってくる時に新しく茶を淹れ直してきてくれ」
「………はいよ」

さっき淹れたばっかりだよ。
この人やっぱり聞いてなかったよ。
俺は一抹の不安感と寂寥感を抱えて部屋を出た。

向かうは局長室。
この時間、いつもならばキャバクラへといそいそと足を運んでいるが、今日はお妙さんが休みだそうだ。
この間副長にお灸を据えられていたから、反省して今日は出掛けていないようだ。
そこまでしっかり調べ尽くしてある。

「局長、山崎です」
「おう!入れ入れ」

やはり灯りの点いていた局長室で入室の許可を願えば、豪快な声が聞こえてくる。
よし、ここまでは計算通りに事が進んでいる。

「失礼します」
「どうかしたか?」

俺は副長にサインをもらいたての書類を局長に差し出す。

「受理してください。副長からです」

それはれっきとした休暇願。日付は5月5日。署名は土方十四郎直筆。
局長は何の疑問も抱かずにそれを受け取ってくれた。
勝った。そう思った。

「よし、こっちは受け取った。じゃあ、えぇっと、これ、トシからだ…!」
「え」

ごちゃごちゃと色々なものの乗った文机の上から出てきたものは、一枚の書類。
そこにはでかでかと休養命令と書かれている。

「なんですか、これ…」
「ん?ああ、トシがな。もし山崎が『俺の名前の休暇願を出しに来たらこれを渡してくれ』って」

今つけるべき効果音はポカン、で決まりだ。
だっていつの間に。
俺、最短ルートでここまできたのに?

「そうだ、山崎お前、トシのところに戻るだろ?俺からの誕生日プレゼントだ。日帰りで悪いが、渡しておいてくれ」
「…あ、はあ」

じゃあ、よろしく。
そう快活に言われ、俺は局長室を後にした。足は副長の私室へ向かう。イマイチ状況が飲み込めないが。


「副長…!」


すぱん、と障子を開ければ悠々と煙草をくゆらせる副長の姿。どうやら一服の最中だったようだ。
だが、その口元はニヤリとつり上がる。

「茶、持ってきたか」
「それどころじゃないでしょう!」
「ああ、そうか。先に言うことがあったか」

副長は煙草の煙をゆっくりと肺に取り込むと人の悪い笑顔で高らかに宣う。

「休暇願の提出、ご苦労だったな」

やられた。
そうだ、よく考えればこの人が書類一つ碌に目も通さずにサインするわけがない。
つまり、端から読まれてたのか。
なんという策士だ。

「アンタ………」
「俺を騙そうなんざ、100年早いんだよ」

ふっ、と煙草の煙を吹きかけられる。
尚更悔しいのがその動作が様になっていることだ。
はああ、と思い切り溜め息を吐いて忘れかけていた手中のものを手渡す。

「…これ、局長からです」

差し出した小さな封筒を開けて、中を確認した副長の眉がぴくりと動く。

「おい、山崎。至急荷物纏めろ」
「はいよ…って、え?」

封筒の中から副長が取り出したのはチケットだった。

「近場でゆっくりするつもりだったが、予定変更だ」

ぴっと目の前で翻るチケットはどうやら列車の切符だ。

「『ささやかながら、お熱い二人にお祝いを。真選組一同より』…老舗の温泉宿の予約引き換えだな、これァ。隠れてコソコソ何やってんのかと思えば、あいつら」

ふ、と笑う副長は少し困惑気味だ。

「だって、総悟の字だぞ。信じられるか」

それでも副長の手のひらで舞う切符は本物だし、予約もちゃんとしてあるんだろう。

「たく、妙な悪知恵だけは働きやがって」

はめられたな、そう零す口元はそれでも幸せそうに歪められる。

「愛されてますね」
「…かもな」
「明日、お供させてくださいね」
「6時起床な」
「今夜は副長の部屋で寝ます」
「馬鹿か」

結局は押し切られて副長は俺をそのまま私室に置いてくれて、本当に6時に叩き起こされて、そして今に至る。
俺は炭酸飲料を、副長は缶コーヒーを片手に電車に揺られている。
景色は都会の灰色を置き去りにしてどんどんと自然の美しさを映し出す。

「ね、副長」
「なんだ」
「幸せですね。愛してますよ」

缶コーヒーに口をつけていた副長がきょとんと目を向ける。
そんな姿さえ愛おしくてたまらない。

「…お前、旅行中に手出したら切腹な」
「わかってますよ。副長のための旅行なんですから」

ああ、それでも愛しいという感情は溢れて底を尽きない。
策を立てて、策にはめられて。
結局はアンタに溺れています。

大好きです、副長。来年こそは俺プランで旅行しましょうね。




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2011/05/05


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