2012-7-28 21:04
廊下を右に曲がり、暖簾をくぐって玄関に出ると、顔はとても似ているのに雰囲気はまるで違う二人組がいた。
右にいるのは光に透ける金色の髪に、それ以上に鮮やかな黄色の着物。羽織は血のように赤い。そして見るからに人懐っこい笑顔を見せていた。
そして左斜め後ろにいるいのが漆のように艶やかな黒髪。灰色の着物の上に落ち着いた緑の羽織をまとい、値踏みするような表情で此方を睨みつけている。
二人をじっと見つめ、持っていた煙管を深く吸い、
「なんだ、男か」
と、落胆を込めて吐き出した。
「酷い!こじろーこの人酷いよ!」
「落ち着けむさし。変わった趣味の女子かもしれないだろう」
「あ、そっか」
「納得しているところ悪いけど、僕男だから」
にこりと笑ってそう言うと、むさしと呼ばれた男は「えっ!?」と驚いた表情を見せた。
「女の人かと思った……」
「ふふん、褒め言葉として受け取っておくよ。で、この店に何の用かな?」
「しのぶちゃんを迎えに来ました!」
「月丸も、だ」
「ありゃ、もう時間切れか」
自分から『贅沢させろ』と言ってきたくせに、あのくそじじいはもう我慢が出来なくなったようだ。
何故そう思うかと言うと、手紙はしのぶちゃんが読んだところはほんの一部だけだったからだ。大半は、読んでうんざりするほどしのぶちゃんへの『愛』がつづられていた。
いったいどんな内容か気になる人もいるだろうが、そこは伏せさせていただく。僕の精神安全上。
そもそもじじいの熱弁を聞きたい人間が一体どこにいるのだろう。いたら怪談として語れるかもしれない。
「ねえねえ!しのぶちゃんはどこ!?」
「んー?今はね、ちょっと遅い朝餉と食べてるとこ。君たちはもう食べたかい?」
「……もう食べちゃった」
「師匠の朝は早いからな」
「もう老いぼれじじいだからねえ。仕方ないか」
「……師匠のことをあまり悪く言わないでくれるか?」
こじろーと呼ばれた男がギロリと鋭い視線を投げかける。それをへにゃりと笑って受け流しす。
「まあ怒らないでよ。二十年近くやりあっていたらいろいろあるのさ」
「にじゅうねん?お兄さんって何歳なの?」
「まだ三十五だよ」
けろりと暴露すると、二人は面白いくらい驚いた顔をした。
内心それを愉快に思いながら、僕は踵を返す。
「さ、ついておいで。しのぶちゃんと月丸くんのところに案内してあげる」
―――――――
中庭に面した廊下を、トタトタと歩く。
日差しは既に暑いと言っていいほど容赦なく降り注ぎ、肌を焦がす。
一番奥の部屋にたどり着くと、ここだよ、とむさし君とこじろー君に言って、そっと障子を滑らせる。
「あ、むさしにこじろーだ!え、どうしてここにいるの?」
左手に茶碗を、右手で箸を持って、頬をリスのように膨らませていたしのぶちゃんは、顔をパッと輝かせた。
「しのぶちゃーん!迎えにきたよ!」
「師匠が『しのぶはまだかのぅ、まだかのぅ』と繰り返してた」
「愛されているねぇ……」
と言うより甘やかされている、と言った方が正しいのか。
「あ、くれまちゃん、二人にお茶持ってきてくれるかなぁ?」
「応」
「さ、むさし君にこじろー君、座って座って」
「うん!えと、ありがとうございます?」
「疑問系じゃなくていいぞ、むさし。では失礼して」
そう言って、二人は座布団の上に腰を下ろした。
「ん、あれ?」
「どうしたのかな?」
「しのぶちゃん、いつもと違う?」
「――今更気が付いたか」
そう言いながら、二人はお兄さんみたいな目でしのぶちゃんを見る。
お風呂から出て、新しい着物をくれまちゃんは着付けたようだ。赤い生地に小花の模様が描かれ、濃い紫の帯を締めている。
髪も綺麗に結い上げ、赤い簪を二つ刺していて、しのぶちゃんの髪によく映えていた。
「似合っているでしょ?」
「うん!スッゴく綺麗!」
「それに、肌の艶も良くなっているな」
「まあ、それは……ねぇ、女の子だもんね、月丸君?」
「ぶっ!!」
それまで素知らぬ顔で吸い物を啜っていた月丸君が、盛大に吹き出した。吸い物の具が障子に張り付いて、力尽きたようにくたりと畳に落ちていくのを、全員が見守ってしまった。
「……月丸、汚いよ?」
「す、すまない」
ちょっと割れ物に触れるような表情のしのぶちゃんの横で、むさし君とこじろー君は顔を見合わせた。
「……違う、よね」
「……まさか、な」
そして、彼らは同じ結論に達したのか、同時に頷き、ぎくしゃくと佇まいを直した。
そんな彼らの様子に、涼しい顔のまま、僕は心の中で大爆笑した。
本当のことを言ったらもっと面白いことになるだろう。そう思い、口を開こうとしたとき、す……と障子が開いた。
「お茶を持ってまいりました」
「――くれまちゃんは、本当にいろんな意味で空気を読むねえ」
「何のことか」
しらっとした素振りで言葉を返し、そっと、むさし君とこじろー君の前にお茶と茶菓子を置き、僕の斜め後ろに控える。
まあ、言ったら言ったでしのぶちゃんの恋の成就は難しくなるのだろう。くれまちゃんは野郎のことは割とどうでもいいと思っているが、女の子のことに関しては情け容赦ない。ここで口を開けば、間違いなく鉄拳が飛ぶだろう。
「鉄拳は嫌だなあ」
「へ?いきなりどうしたの、おにいさん」
「いや、こっちのことだよ。ところで、しのぶちゃん体は大丈夫かな?」
「え……あ、う、うん」
仄かに顔を赤くするしのぶちゃんに、僕を除いた男性陣がぎくりと体を固くした。
まあ、これくらいのお遊びなら許されるだろう。コンコン、と煙管の灰を落とし、僕は笑みを浮かべた。
「そっか。じゃあ、ご飯食べ終わったらお帰り。じじ……しのぶちゃんの師匠が、首を長くして待っているから」
それからしのぶちゃんと月丸くんは朝餉を食べ終え、この店を出ることになった。土産に団子を二箱持たせ、四人を見送った後、背後からくれまちゃんに殴られたことは、多分僕とくれまちゃんしか知らないことだ。