六道はあの日、白蘭に敗北した時に右目の損傷により傷口から焼けるような痛みと酷い熱を発症し、昏睡したまま監禁状態へと陥った。
その日から彼にとって生き地獄が始まる。
朦朧とした意識のまま、化膿止め等の抗生物質や解熱鎮痛薬を投与されない代わりに毎日他の薬を打たれた。記憶を改竄し白蘭の手足として動く為の駒になる実験や洗脳、薬といった類のものを無理矢理施され、本来なら幼少時の体験により耐性がつき常人以上に強くなっていた精神は右目の損傷により剥がれ落ち、その隙に洗脳される事を許してしまった。その後は完全にボンゴレ側の敵という立場に堕ち、何人も味方が傷付き殺されていく内に幹部の間では六道殺害という結論に至り実行されそうになった。
だが、無事に雲雀と沢田綱吉の手により保護され、二人の必死の働きかけによって殺害される事は無くなった、但し条件付きで。
六道骸を沢田綱吉か雲雀恭弥の下で完全に監禁もしくは監視付きで、完全に危害が無いと判明してから最低でも半年は軟禁状態にする事。それがボンゴレの幹部や守護者達が出した条件だった。
ずっと自由の無かった彼を救い出しても結局は水牢の中と変わらない。ただ文句を付ければ六道は今度こそ殺される、そう考えると条件は飲むしかない。苦渋の決断だった。
雲雀の住む日本家屋の一室、家具も布団も本当に何も無い部屋が六道にあてがわれた。首輪を嵌めて鎖で繋いで少しでも暴れたり自殺しないように部屋に何も置かないようにし、夜に雲雀が帰ってくると首輪も鎖も外され共に食事をして就寝をする。そんな毎日の繰り返し。
一見単調な毎日だが少しずつ変化もあった。最初六道は我を忘れて暴れたり舌を噛みきって自殺しようとする度に拘束衣と猿轡が必要になっていたが、それらも不要に近くなっている。
今は普通に雲雀と話しているかと思えば、突然敵意剥き出しになったりと正常と洗脳の間を苦しみ生きていた。
夕飯が食べ終わった後、二人だけの寝室の障子を開けると雲雀は縁側に座った。もう夏も終わり肌を撫でる夜風は風呂上がりにちょうど良い。着流しの裾が時々強い風で僅かでも捲れるのが難点だが。
こんな時君なら何て言うだろうか、と瞼を閉じて過去の恋人に向かって想いを馳せる。
『恭弥、風邪引きますよ。君は季節の変わり目に重い風邪を引きやすいんですから…』
『……どれだけ前の話してるの、今はそんな事ないよ』
『さあ、どうでしょうね』
後ろから藍色の羽織を肩に掛けられて振り返ると、風呂上がり故か髪が少し濡れて滴る恋人がクフフと独特の笑みを浮かべて小首を傾ぎ見つめる彼がいた。ムッと唇を尖らせて睨み付けても余裕綽々とばかりに笑む表情は崩さずに雲雀の隣に腰を下ろす。涼しい風が吹き抜ける中、中庭に作った日本庭園の鹿威しが時々カコン、と鳴った。
『…明日、イタリアに行くんだってね』
『ええ、少し私用で』
『嘘吐き』
六道の言葉を声を重ねて遮る。嘘だという絶対的な自信があった。十年もずっと一緒にいた所為か嘘を吐く時の癖などなくても感覚で見抜けるようになっていた。雲雀に睨まれた六道は数回瞬きしてから困ったような笑みを浮かべて鴉色の髪をあやすように撫でる。十年の月日のお陰で雲雀が何に怒り、どうやったら怒りが鎮静するか六道も十分熟知していた。
『クフフ、君に嘘は通用しませんね…でも僕が動く事で少しは現状を打開出来るでしょう』
『…違和感無く潜入出来るのは君だけだからね』
六道が忌み嫌っている赤い右目の能力も今や組織にとって必要不可欠なものになっていた。その事はボンゴレなら全員周知の事実。だからこそ沢田綱吉が死んだとされる今、敵地に乗り込み情報を得るには六道が最適だった。雲雀もそれは十分に理解していた事だが今回は今までとは訳が違う。相手はあの沢田綱吉を倒した男だ。相当の手練れである事予想出来る、だからこそ不安だった。
『そんな顔しないで下さい、僕は大丈夫ですよ』
『……あくまで君は情報だけだからね、無事に帰って来なきゃ許さないよ』
『心配性ですねぇ、君こそ僕の居ない間に無茶して傷を負ったりしないで下さいね?君は戦闘狂ですから』
唇を曲げて不機嫌さを露わにする雲雀を見て、クフフと独特の笑みを洩らしながら六道の顔が近くなると緩慢に瞼を下ろした。唇の感触や髪が肌に触れる擽ったさ、名前に反して確かに存在する体温が心地良いと感じると同時に暫く離れ離れになる事が寂しく、軽く下唇を上下の歯間に挟み雲雀からも吸い付く。徐々に熱が高まるのを感じて唇を離し視界を開くと、六道も自分と同じように熱に浮かされた眼だった事に小さく笑みを洩らし、耳元で囁くと目の前の男も同様に笑って頷いた。
『風邪引かない為に、君が行火になって』
淡く甘い睦言を思い出し雲雀は苦笑した。過去と現在の差違が有りすぎていっそ滑稽だと。季節の移り変わりはあったものの縁側から見える立派な日本庭園も、絶え間ない水の音や時折鳴る鹿威しも何も変わらない。雲雀の外見も思想も。変わってしまったのは、
「恭弥、風邪を引きますよ。君は季節の変わり目に重い風邪を引きやすいんですから…」
「……どれだけ前の話してるの、今はそんな事ないよ」
「…クハハ!そのまま死ねばいいのに、マフィア風情が!!」
「………」
六道骸、唯一人。それと六道を想う雲雀の気持ちだった。
To be continued...